「うーん」
透明な板に挟まれた先。
色とりどりに並ぶそれらを眺める。
「やっぱり高いな……」
それらに飾られたプレートに並ぶゼロの数は、両の手指に収まるかどうかといった所。
学生の身分では、どうにも手が届かない。
「悪いけれど、値引きは無理だからね」
苦笑しながらも、宣言するのはこれら商品の管理者であり、この店の主人だ。
人の良さそうなオジサンではあるが、これまで多くの戦士が彼を頼りにしている。
申し訳なさそうではあるが、正当な理由でも無い限り、値引きは不可能だろう。
目の前に有れど届かない。
気分はまるで夜空の星を眺めている気分だ。
「ランクCのマツボックリでこの値段って……、ランクAのオレンジとかカチドキは一体幾らするんだか」
「ランクAとなると、オークションでの入手が一般的だね。――あと、カチドキなんてロックシードは有ったかな?」
なんとなしに呟いた言葉は店主に聞こえてしまったようだ。
「あ、えーと……そう! ネットで見たんです! たぶんオカルト系のサイトでチラッと見たような?」
「そうなのかい? ま、多分それはガセネタだろう。果物由来じゃないロックシードなんて、私は聞いた事もないからね」
「そ、そうですよね! あ、そろそろ約束の時間だ! すいませんお邪魔しました!」
「あいよ。預かった武器はキッチリ整備しておくから3日後に取りにおいでね」
「はい! お願いします!」
慌てて店を出る。
約束は確かにあるが、まだ余裕はある。
逃げる為の方便だ。
急ぎ後ろ手で扉を閉めれば、目の前は大通り。
行き交う人々は多く、その中には堂々と武器を携帯している者も居た。
この現代日本の町中でだ。
だが、誰もがその事を非難することは無い。
だって、それが日常なのだから。
とりあえず人の邪魔にならないよう、道の端に寄って一息を吐く。
「ふぃー。危ない危ない。まだゲネシスドライバーが発表されたばっかりだったな。……“森”というか“蛇”は居ないんだから、カチドキロックシードが生まれる筈も無い、か」
頭に浮かぶ知識と記憶を吟味する。
「あーあ、知識だけあっても意味無いなー」
無知は罪とは言うが、知り過ぎるというのも良くはない。
適度に無知の振りをしなければ、身を滅ぼす事になりかねない。
この世界では特にだ。
「現状、入手可能でリスクが少ないのが戦極ドライバーかロストドライバーぐらいしか無いんだよな。他にリスクの少ないG3シリーズやマッハドライバーは警察関係者にしか貸与されないし……」
ぼやいているとサイレンの音が聞こえてくる。
この少し高い音は白バイか。
音の発生源に目を向ければ、道路を走る一台のバイクが。
白バイにしては大型なそれは、“ガードチェイサー”と呼ばれるバイク。
搭乗者である隊員は、全身にパワードスーツを纏っていた。
「G3マイルドか。この世界だと量産体制だけど着用できるのは準エリート以上なんだっけ」
その姿にかつての憧れを思い出すが、今となっては叶わぬ夢。
宮仕えなんて死んでも……というか死んだのでもうゴメンだ。
「……武器も無いし、時間まで訓練場で体を動かすか」
小さくなる白バイ隊員の背中から視線を振り切って歩き出す。
この世界で生きる為に。
○
そこは小学生ぐらいなら運動会を開けそうな程の広さ。
屋内でありながら、土の地面が広がるそこは訓練場と呼ばれる場所。
広い室内に風切り音が響く。
「珍しいな誰も居ないなんて、今日は何かあったっけ?」
確かめるように木剣を握る。
鉄芯も何も無い、純木製だ。
「まぁ、忘れるって事はそんな重要な事じゃないか」
今の姿はジャージ姿。
学生として、訓練運動をするには最適な服装だ。
「さーて、後は軽く流しますか」
言葉と共に構えるのは授業で習った型。
切っ先を向けるのは一体の木人。
幾ら壊そうと再生する優れものだ。
「せーのっ《スラッシュ》!!」
発した宣言が力を現す。
木剣の刃は薄く輝き、その力が宿った事を示す。
そのまま剣を木人へ振り抜く。
在ったのは快音一つ。
ある種、気持ちの良い音を立てて木人は破砕された。
しかし、木剣には罅一つ無い。
「んー、試してみるか?」
手応えを確かめるように木剣を握りなおす。
そんな短い間に木人はその姿を戻していた。
「……だれも見ていないかな?」
見渡すが誰も居ない。
ならば好都合。
木人に木剣を構えて宣言する。
「《スラッシュ》! 《ワイド・スラッシュ》! 《ロング・スラッシュ》!」
宣言を重ねる事に木剣の輝きは強く、大きく迸る。
されど、その刃を振るわない。
その力を振るうに能う名が在るからだ。
「クロスチェイン! 《ドリームソード》!!」
宣言は迸る力の奔流に形を与える。
振り落とされる夢を冠する刃は、木人を消し飛ばす。
「……連続して使えないけど、“汎用職業”でこの威力を出せるんだよな」
目の前の地面から壁へと続く亀裂は、その一太刀の爪痕だ。
木人はその再生能力の限界を越えたのか再生する気配は無い。
どうせ、次の日には在庫が増えているから気にしない。
「あ、やっべぇ」
視線で追えば天井まで迫る勢いの亀裂に我に返る。
施設には再生機能があるとはいえ、やり過ぎた。
「直るまで誰も利用しませんように」
神頼みをするが、亀裂は思ったより深い。
跡が目立たなくなるまでには時間が掛かりそうだ。
「ロックマンEXEのプログラムアドバンスはチップが無いからこうして適用されたんだな。さて、誰かに見つかる前に離れ――」
「まーたよく分からない言葉を呟いてる。ぷろぐらむあどばんすって今のクロスチェインの事?」
「うぇっ!?」
掛けられた言葉に驚き振り向くと、そこには一人の少女が居た。
自分の通う学校の制服を着ている彼女は知り合いの一人だ。
肩で揃えた短い髪型。
勝気な瞳。
アグレッシブな印象を受けるが、本人が行動力の塊なので間違いではない。
「……なんだ、驚かせるなよ」
「まぁ、確かに? 初級技で誰も知らないクロスチェインを発現させていたら、それはそれは大騒ぎになるよね。……本人は知っていたみたいだけどね?」
じろりと視線を向けられるが、口笛を吹いてスルーする。
「というか何でここに居るんだ。
話しを逸らすための質問だったが、彼女は気に入らなかったようだ。
「何でかって? 約束を忘れて一人楽しく訓練している幼馴染を探しに来たんですよー?
笑っているのに、楽しそうな雰囲気は全く無い。
何の事か、視線を彷徨わせていると、ふと時計が目に入る。
時間を見る限り、長い時間訓練していたようだ。
「約束って――あ」
思い出した。
再度時計を確認すれば、約束の時間を大幅に過ぎ去っていた。
気付けば近くまで来ていた空に腕を掴まれる。
「今日と後日に埋め合わせ、よろしくね」
そう言う彼女は、中々良い笑顔をしていた。
少なくとも、財布が薄くなるであろう事だけは確定した瞬間だった。