「はぁー、本当に今期の連中は生きが良いな」
呼び出され、個室に入った途端にため息を吐かれた。
こちらは長き眠りから覚めて直ぐに来たというのに。
解せぬ。
個室にて待ち受けていたのは、いつだかの監督官のオジサンだ。
「まっさか、期限ギリギリどころか半分以上余裕を持ってクリアとはな」
招かれたの部屋は、簡素な椅子と頑丈そうなテーブルが中央に置かれた部屋だ。
応接室のようにも思えるが、棚どころか窓すら無く、あまりも簡素過ぎる。
異界産のアイテムの鑑定場としては正しいのだろうか。
「ん? そんなところに立ってねぇでそこ座れ。取って食いやしねぇから」
「えっと、失礼します」
中に入るのは一人の少年。
つい先日“チュートリアルダンジョン”を攻略した少年――博だ。
他のメンバーは療養中という事でお留守番だ。
「今回来てもらったのは、ダンジョンから手に入れたアイテムの処理についてだ。で、俺はあんた等候補生を監督する監督官の一人で、事前に面識があるからと抜擢されちゃった人員の
服装自体はスーツであるが、だらしなく崩した着方は彼のポリシーなのか。
「とりあえず、今回提出してきたアイテムはこれで全部だな?」
「はい、そうです」
熱田が示す机には、エナジーロックシードとアルトリウスから受け取ったアイテムが並ぶ。
確認が済むと、熱田はエナジーロックシードを取り上げる。
「申し訳ないがこのロックシードについてはこちらで買取りとさせてもらう事になった」
「理由は聞いても?」
こうなるであろう事は予想できた、質問はただの好奇心によるものだ。
「あー、アレだ。大人の事情ってヤツ……って言っても納得できないだろうから言うが、これは戦極ドライバーの次世代型であるゲネシスドライバー用のロックシードだ」
「へぇーそうなんですか」
うん、知ってる。
というか、攻略後軽く調べたらネット上でも新型のロックシードらしき話は出回っていた。
「そんなに驚いてねぇな。もしかして知ってたのか? まぁいい、それならそれで別に構わないしな。で、この正式名称エナジーロックシードはな、ダンジョン産に良くある事だが
「性能が?」
「ああ、籠められるエネルギーの容量も効率も段違いだそうだ。少なくともこれを参考に設計し直す話まで出てるそうだ」
「えぇー……」
品物は同じであっても、技術力が違うというのは予想できなかった。
「というわけで、ユグドラシル・コーポレーションから機密保護と研究用資料として買い取りをしたいそうだ」
「そういう事情なら構わないですけど」
「おー簡単に済ましてくれて助かるわ。報酬とかの細かい取り決めは別の部署になるから一旦置いて、次だ」
次に指し示すのはアルトリウスのアイテムだった。
「ぶっちゃけて言うが、この大剣を俺に売ってくれないか?」
「えっと、それはできません」
とりあえず無理なので断る。
売る事を考えなかった訳ではない。
だが、あの大剣はかの騎士から命と引き換えに渡された物。
そう易々と手放すのは、自身が許せなかった。
「ま、そうだよな。念のために聞いておくが、この大剣が業物だからか? オークションに持って行けばもっと高く売れそうだからか?」
「金額や質は関係ありません。少なくともそんな恥知らずな行為をする心算がないだけです」
「……成る程、本心からの言葉のようだな。なら良かった、金に目を眩ませるようなヤツなら全部買い占めていたところだ」
さらっととんでもない事を言わなかったか?
「なーに驚いてんだ? 当たり前だろ? この大剣は魔を退ける聖剣で、指輪には一線級の
「使い手に選ばれた?」
「言葉の通りな。お前さん以外が使えば、大剣は見た目だけの鈍らになるし、指輪もペンダントもただの装飾だ。だが、お前さんの許可があるのなら性能そのままに貸与する事は可能だし、所持権の譲渡だってできる。まぁ渡された相手を認めるかどうかは別としてな」
知らない間に持ち主として認められていたようだ。
「言っておくが大剣が欲しかったのは嘘じゃないぞ? このレベルの剣はそうそう無くてな。剣を持とうとして指を切ったのなんて久しぶりだったぞ」
笑いながら見せる手の平には僅かに血の滲む包帯が巻かれていた。
刃の部分を素手で持とうとするのは如何なものか。
「これだけの業物、作った銘は無いし持ち主である“深淵歩き”なんて騎士はどこの記録にも存在しない。あれだけの実力があるならどこかしらに残ってもおかしくは無いと思うんだがな」
「見てたんですか? 俺達の攻略を」
“深淵歩き”の話をしたのはダンジョンの中でのみだ。
おまけに、戦いぶりを知っている様子。
何かしらの手段でダンジョン内を監視していたのだろう。
「悪く思わないでくれよ。あそこは死んでも病院に送られるだけで済む。逆に言えば死ぬような事をしでかしても問題無いって考える連中が居る事だ。そういう奴は毎回一定数居るからな、その対策の一環でもある。もちろんプライバシーを考慮はしているが、緊急時の時は許してくれ」
だらけきった様子とは一変して頭を下げる。
学園の運営にはどうしても必要な事だからか。
「一応、申込書の注意事項には記載されてたから責める事はしません。ただ、2つ程聞きたい事が有るんですけれど、あのレベルの守護者って普通に生成されるんですか?」
収集した情報では、守護者として現れるのは最高で強力な魔物が一体か、最低でリーダー格が雑魚を率いる少数の群れだ。
中間に数あれど、空がその身体能力で制圧するか、“ドリームソード”の一撃で仕留める事ができる相手ばかり。
当たり前だ、あのダンジョンは練習用の“チュートリアル”、つまり準備さえすれば確実に攻略できる難易度になっている。
でなければ、たった二人での攻略など始めから行っていない。
「ああ、その件か。はっきり言って調査中だ。あのレベルの存在がポンポン出ててくるのなら、在校生の数は10分の1になってるだろうよ」
「まぁ、でしょうね」
入学候補者の大半は、配布された汎用職業によって力を得ている。
誰でも超人的な力を振舞えるデバイスは、個人で所有するには手続きも管理も少々厳しく、自前の物を持つ者は殆んど居ない。
そんな彼らは職業を選んで直ぐに入学試験である“チュートリアルダンジョン”の攻略が始まる。
二ヶ月という短い期間では自身の選んだ職業を使いこなすだけで精一杯のひよっ子しか居ない。
そんな者達が、あの大剣の一振りを耐えられるとは思えない。
越えられるのは空の様な戦闘に長けた種族か、咲の様に鍛錬を積んだエリートくらいだ。
「お前さんから読み取った騎士のデータを解析したんだがな。所々がバグっててシステムが機能したのが不思議なぐらいだとさ。で、この件に関してはこっちの不備だから、負けた場合はボスの強制変更も視野に入れていたんだが……まさか勝つとはねぇ」
「辛勝としか言えませんけど」
「馬っ鹿、利き腕が封じられた上にガッチガチに弱体化されてあの強さ。職業の扱いに慣れた二年の連中でも厳しいだろうな。そこは誇っておけ、ただ驕らないように気を付けろよ?」
「え? 更に弱体化してた? あれで?」
熱田の言っている事を一瞬理解できなかった。
「あん? そりゃそうだろ。あれは幾つもの死線を潜り抜けた本物だ、狂化を考慮しても、利き腕が潰れた程度でひよっ子に遅れを取られるわけない。“チュートリアル”の弱体化が無かったら最初の跳躍で誰か一人は仕留められてたぞ」
「えぇ……」
はっきり言って二度と戦いたくないと思わせた強さ。
悪夢の様な強さは本来とは程遠いものだった事に戦慄する。
また同時に自分達の未熟さを突きつけられた気分だった。
「そして、もう一つの質問はこのエナジーロックシードについてだろ?」
「はい、そうです」
「その答えについては簡単だ、単に宝箱のグレードアップによるものだ」
「宝箱のグレードアップ?」
知らない単語に首を傾げる。
「ああ、そのままの意味でな、宝箱の中身の上質になる現象の事だ。発生条件は簡単、一度宝箱から手に入れたアイテムとプラスアルファをその場に残してダンジョンに再練成させる方法だ。すると中身に応じた価値を持つ何かになる」
「え? そんな事した覚えが……あっ」
思い出した。
あの宝箱があった部屋。
自分達は二度訪れていた。
二度目はエナジーロックシードを手に入れた時、そしてもう一度目は、
「あの時の魔物寄せの罠か?」
思い返せば、魔物の群れに襲われていた際、宝箱から出現した“魔術刻印付きの鉄剣”は部屋の中でそのままになっていた筈だ。
更には放置された魔物の魔石と死体の山。
それらが合わさったのだとすればありえない事ではない。
「まぁ、宝箱が同じ場所に出現する必要があるし、確実に良い品が出る訳でもない。再出現は不定期だし、誰かに捕られる可能性も有る、確実性は低すぎて余裕がある連中が運試しに遊ぶぐらいだな。だが、当たればデカイ、このエナジーロックシードの様にな」
「ハイリスクハイリターンってヤツですか」
ある種、幸運であったという事か。
その後のボス戦は完全に運が無かったが。
「そういうことだ。まぁ良かったじゃねぇか。譲渡する対価として、お前が希望していた戦極ドライバー一式ぐらいは用意してもらえるだろうよ」
「なんでそれを……って聞かれてたんですか」
「誰も居ないと思って悪巧みする連中も居るからな」
ダンジョン内の監視という点では、光景だけでは不十分ということか。
「他に何も無ければ、アイテム処理についての用件は以上だ。この後はユグドラシル・コーポレーションから対価についての話があるから頑張れよ。オジサンはまだ仕事が残っているからここで失礼させてもらうぞ」
言うだけ言うと、熱田はその姿を掻き消す。
コマ落ちの様に姿を消す様は違和感しか感じない。
だが、その理屈……技の予想は既に着いている。
「――っ!」
反射的に呼吸のタイミングをずらす。
全身の至る所を力んでは弛緩する。
「……おいおい、本気じゃないとはいえ
○
机の向こう側に居た筈の熱田の声が背後から聞こえてきた。
声の方向に振り向けば、丁度部屋を出て行こうとしていたところだった。
「あの騎士の知識といい、今のといい、末恐ろしい坊主だな。この技、どこで知った?」
その顔には驚愕があった。
意趣返しの意味も兼ねた実験だが、予想通りの結果だ。
「昔、知り合った冒険者の人が言ってたんですよ。相手の全知覚と全タイミングから、自分を気付かれない程度にズラす“歩法”があると。できれば習得したいと思っていた技法でしたから」
事前に考えていた言い訳で誤魔化す。
「ハッ、知っていたとして、転移や姿消しの魔術や異能が蔓延るこの世の中で、真っ先にその答えが出てくるかよ。――だが、知っているなら話は早い。習得したいのなら入学後に俺のトコに来い。基本は教えてやる」
それだけ言って熱田は部屋を出て行った。
一呼吸、間を置いて熱田が居なくなった事を確認する。
「はぁ、“終わりのクロニクル”の技術まで存在していたとはな……。いや、IAIが存在していたり自動人形が普及している現状じゃ予想はできていたけれどさ。……この世界が何でも有りな原因の一端かもしれないな」
机に置かれた道具を回収しながら独りごちる。
「まさか、“剣神”手ずからの手解きの許可が出るとはな。何がどう転ぶか分からないね」
片づけを終えて、自身も部屋を出る。
この後に待ち受ける交渉のために。