「えーっと、こっちか」
数多く並ぶ扉を横目に歩く。
ここは学生寮。
これから寝泊りを続ける事になる場所だ。
まだ見ぬ自身の部屋を探す今、手に持ったメモだけが頼りだ。
「あぁー、早く荷物を降ろしてゆっくりしたい……」
背負う背嚢や引き摺る旅行鞄には着替えや装備が詰まっている。
実家からの荷物は最低限にした筈が、たった2ヶ月間で随分増えた。
特にアルトリウスの大剣が場所を取る。
命を預けるに値する武器ではあるが、平時ではどうしても持て余してしまう。
「……っとここか」
手元のメモと扉の番号を見比べて確かめる。
メモが正しければ、その扉はこれから暫くの間、世話になる部屋へ続いている。
「2人部屋ね。確か、もう同居人が居るんだっけか」
部屋の割り当ては、学園によって振り分けされる。
その際、先着何名かの者は自由に部屋を選ぶ事ができる。
攻略パーティの男女の比率にも因るが、その権利を得られるのは男女別に十名前後か。
その権利は通称上位報酬と呼ばれ、ダンジョンの早期攻略者は学園生活での優遇措置を得られる。
優遇と言ってもちょっとしたものではあるが、有効期間が一年と長いので何かと助かる。
「でもアレだな。優遇措置の部屋割りを希望しないと、4人部屋に割り当てられるとか油断ならねぇな」
咲が集めた情報が無ければ、手続き疲れで部屋割りの希望はしなかっただろう。
流石は冒険者を育成する学園、平時であっても情報収集の重要さを実感させてくれる。
「しっかし、学生証が鍵代わりって流石に違和感を感じるな」
ポケットから学生証を取り出す。
校章の描かれた真新しいカバーに収められたそれは、自身の身分を証明する大事なもの。
カバー越しにドアへ翳すと、確かに鍵が開く音が鳴る。
そのままドアノブに手を掛ければ抵抗も無く扉は開いた。
玄関は無く、室内は土足で過ごせるようだ。
「ほぉー中は結構綺麗だな」
中に入れば、目の前にリビングが広がっていた。
見渡せば個室へと続くドアが二つある。
片方は、既に同居人が使っているのだろう。
「ふぅーん、平面図で見るより広く感じるな」
2人部屋ではあるが、部屋の広さ自体は4人部屋と変わらない。
人数が少ない分、個室のスペースが広いのは気分が良い。
「とりあえず挨拶だけでも済ませておくか」
どのような相手かは知らないが、人間関係の構築において挨拶は大事だ。
「こっちか」
片方の個室の扉にはネームプレートが吊るされていた。
「……レイド、ね。家名は無しか」
数多の種族や技術が入り乱れるこの日本では、名前のみというのは珍しくは無い。
耳を澄ませば、何やら物音がするので中に居るようだ。
荷物を置いてからでも良かったが、万が一にでも不法侵入者に間違われると困るので先に挨拶を済ませてしまう。
「どーも、同居人になった者ですが。挨拶に来ました」
ドアをノックしてから数秒待って、中から物音が聞こえてくる。
足音というには少々重音な気がするのは何なのだ。
「オマタセシマシタ」
開いた扉の前に居たのは、
「ドーモ、ハジメマシテ。ワタシ、“サイボーグ”ノ“レイド”トモウシマス。コンゴトモヨロシク」
「ロボだコレ――!!!」
○
「――と、いう訳で、“機甲世界”出身のレイドと言います。これから宜しくね」
「……まーた予想を超えるキャラを連れて来たね」
「サイボーグ、ですか。義体化自体は珍しくありませんが、その……」
「言葉は選ばなくて大丈夫だよ。珍しいでしょ? こうした完全にロボットタイプの義体って」
「どこからどう見てもロボなんだよなぁ」
場所は学園内の食堂。
彼らは、朝昼夕それぞれの一食分は無料というサービスの恩恵に与っていた。
「知人から、仲良くになるには鉄板ネタの挨拶って聞いていたんだけれど、突っ込みを入れてくれたのは博が始めてだったよ」
「そりゃ、あんな見た目も相まってロボロボしかったら、本当にロボットなのか困惑するわ」
机を囲むのは四人。
その内一人は完全に人としての形ではなかった。
人型としての五体は有る。
だが、その形は人というには異形であった。
「普通はもっと人に近い義体なんだろうけれど、ボクの場合は少し事情があってね。でも、この体のおかげでダンジョンを
そう言って持ち上げる腕部には5本指のマニピュレータの他に銃口らしきものが見える。
「そういう事ね。確かにその体なら毒や体内のマナに干渉する状態異常は効かない訳だ」
「まあね、唯一の生身である脳も電脳化済みだったおかげで、4階層ではそこそこ儲けさせてもらったよ」
フルフェイスの頭部に光るツインカメラは、微動だにせずとも自慢げである事が察せられた。
「だとすると疑問なんだが、何で地球に来たんだ? 向こうにも教育機関はあったような」
「あるにはあるんだけれどね。どちらかと言えば“庸兵”としての意味合いが強いし、個人的なしがらみもあったからさ。それに“冒険者”としてなら、ここ“拠点世界”は他世界についても学べる環境が整っているしね」
何やら含むものを感じるが、出会ったばかりで踏み込むのものではないだろう。
「ま、それはそれとして。故あって戦闘経験は豊富にあり、武装を換装するだけで遠近両対応可能! 1パーティに一体……とはいえないけれど、このボクの実力を試してみない?」
「いきなり、自分を売り込んできたな……。別にそこまでしなくても単独攻略できる実力ってだけで需要はあるんじゃないのか?」
「いやさ、入学後にパーティの本決めがあるでしょ? その時にそれぞれの力量を知っていれば地雷パーティを組む事も無いからね。余裕があるならこうして仮パーティを組んでみようと思っているんだけど、どう?」
思いがけない申し込み。
ダンジョンを単独攻略したというその力量は気になるが、今は断るしかない。
「残念ながら、俺達は暫くは潜れないんだ。俺はともかく二人がな」
「動ける程度に回復はしただけで本調子じゃないよ。部分変化もできないし1階層でもキツイかな」
「私もその、お医者様から暫くは戦闘行為は控えろとの事で……」
既に騎士との戦いから数日は経っているが、その傷跡はまだ大きい。
彼女達は外見上の傷は無いが、その分内側はボロボロだ。
「えー、じゃあ博は? 小遣い稼ぎに潜らない?」
「悪いが、ダンジョンで見つけたレアアイテムのおかげで金には困ってないんだよ。それに入学までは“汎用職業”の研究をするつもりだったしな」
“戦士”の職業は有用である事は確かだが、金銭や時間に余裕が出来た今、他の職業に触れるには丁度良い機会であった。
「そっかー、そりゃ残念。それじゃまた次の機会に宜しくね」
「ああ、その時は頼むよ」
「そうだね。楽しみにしているよ。――さーて、ボクも遅い昼ごはんにしよーっと。何があるかな?」
目的は済んだのか、机に置かれたメニューを開いて確認する。
「……え? ご飯食べられるの?」
予想外の衝撃を受けながら、彼らの昼下がりは過ぎていった。