「制服か、懐かしいなこういうの」
そう言って袖を通すのは、これから入学する学園指定の制服。
種族特徴や異能の関係で改造や私服も許可されているが、何故か種類やカラーバリエーションが豊富だったりと様々だ。
制服自体は決して安い物ではないが、武装の手入れや新調と比べれば遥かに安い。
中には複数買い揃え、お洒落に邁進する者も居るという。
その為か、可愛い制服コーデの組み合わせ方、という特集も校内の広報誌に載っているようだ。
ボタンを留め、自室に掛けられた姿見で確認すれば、まだ幼い顔立ちの少年が制服に身を包んでいた。
「昔は学ランだったからブレザーにしてみたけど……何だか気恥ずかしいな」
転生し、気分的には若返ったつもりでいたが、なんだかコスプレをしている気分だ。
「今日は入学式とオリエンテーションか。てか、中学を卒業したばかりの連中に必修授業以外が選択形式って大丈夫なのかね。絶対単位落とす奴が出るだろ」
他の一般校は生前と変わらないため、この学園が特別だ。
ある意味でのエリートを輩出するためには必要な形態といえるのか。
制服を整え、深呼吸をする。
「さて、と。遂にこの日がやって来たか」
必要な物を詰めた鞄を持って自室を出る。
同居人は、所用が有ると早めに出ていた。
「席が埋まると探すのが大変だし、俺も早めに行くか」
引っ越した当初と比べ、賑わいが増した廊下を少年は歩き出した。
○
……入学式っていうのは、どうしても肩が凝るな。
内心を表情におくびにも出さず、パイプ椅子に座る。
今座る場所は、学園内でも最大規模を誇るであろう闘技場。
抜けるような青が天井代わりだ。
両隣に視線のみを向ければ、パーティメンバーの二人が居る。
欠伸を噛み締めている空と真面目に座る咲という対照的な二人だ。
同居人のレイドは、パイプ椅子に座るには少々場所を取るので、専用の特別席で参加している。
「――始めに学園長、挨拶」
司会進行を務める教頭の言葉に、とある人影が動く。
他の学生の頭で見えない姿は、一段と高い場所にある演壇にてその姿を現した。
途端に辺りがざわめきだす。
「どうも皆さん始めまして、学園長の“
肥満と思われる丸く肥えた体型に柔和な顔つき。
探せばどこにでも居そうなオジサンではあるが、少なくとも国内有数の権力を持つ一人だ。
しかし、壇上に立つ姿は平凡そのものだった。
数多くの冒険者を輩出する学園のトップに対して、周囲の学生は思うところがあるようだ。
「皆さん、それぞれが大変な思いをしてダンジョンを攻略したと思います。ですが、それは始めの一歩に過ぎません。この学園で学ぶ間も、また卒業した後も、生活でも戦いの中でも、もっと大変な場面は多くあります。――ですが、それだけではありません。今振り返ってもらえば、楽しさがあったでしょう、達成感があったでしょう、新たな目標を見つけた者も居るでしょう。それはこれから先も同じです。辛く苦しい道程はあります、ですがその果てには苦労を厭わない程の何かが有るでしょう。美しい景色に心を奪われ、美食に舌鼓を打ち、闘争の果てに頂を見て、溢れんばかりの財宝に欲望を叶えるでしょう」
花咲が語りだした途端、全員が静かに話に耳を傾けた。
それは隣で船を漕いでいた空も同じだった。
気負っている訳でも、力が篭っているわけでも何でもないただの言葉。
だというのに、一言一言発する度に何か憑き物が落ちるような、目が覚めるような気持ちになる。
「貴方達は冒険者となるべくこの学園に集いました。将来……いえ、今この時から貴方達だけの冒険が始まっています。冒険とは血湧き肉踊るような英雄譚や、太古に隠された真実を暴くミステリーだけではありません。その辺の路地裏に迷い込む、いつもと違う道を歩く、それもまた冒険です。冒険に大小はあれど貴賎はありません。不可思議、謎、未知。それらを恐れず、忘れず、また楽しんで日々冒険して欲しいと私は願います。その果てに見つけたものを、心の糧としてこれからの人生を楽しんでくれれば、学園冥利に尽きます。――以上です」
そう切り上げ、壇上から降りる。
その姿は学生の山に隠れてしまうが、何故か印象に残っていた。
……あれがこの学園のトップ兼土地神なのか。
それは学園のホームページにすら載っている情報だ。
この学園を守り存続させる土地の神。
見た目はただのオジサンではあるが、少なくともその存在は百年以上は続く学園と共に在る。
……心なしか体が軽い。言葉自体に力が宿っていたんだな。
眠気も肩こりも解消された今、次々と続くお偉いさん方の時候の挨拶を聞き流すだけだ。
……眠いのは困るんだが、逆に淡々と聞かされるのも辛いな。
大事な式であるため、挨拶は形式ばったものばかりだ。
ユーモアに富んだ挨拶というのは全体的に見ても少なく、結局は耐えるように式に参加する事となった。
そんな苦行染みた式は、気付けば終わりを告げていた。
「んーっ! やっと終ったぁー!」
式も終えた開放感に、空は安堵の息を漏らす。
辺りを見れば、式を終えた新入生達が三々五々闘技場から移動していた。
「この後は、振り分けられた各クラスでのオリエンテーションだな」
学生証を開けば、生年月日などの細かい情報の他に学年とクラスも記されていた。
「振り分けは攻略の成績順との事でしたが、一緒のクラスで良かったです」
「どういう基準かは知らんけど、一緒のクラスなら連絡も取りやすいし助かるな」
荷物を纏めて立ち上がる。
「よし、そろそろ俺達も行こうか。初日から遅刻は恥ずかしいしな」
○
「納得いきませんわ!」
いきなり怒られた。
違う誰かに対してかと思えば、高らかに指し示す指は、今教室へと足を踏み入れた3人へ向けられていた。
というか、人を指差してはいけないと思うのですが。
「単独攻略の“レイド”さんはまだ分かります。ですが、9番目に攻略した貴方達の成績が一番に到着した私達と同等というのは理解できませんわ!」
これは一体、どういう事なのだろうか。
状況を把握すべく教室内を見渡せば、見知ったロボが一体。
疑問を視線に乗せて向けるが、帰ってきたのはサムズアップの一つだけ。
あのロボが役に立たない事だけが分かった。
「スマン、話が全く見えないんだが」
火に油を注ぐ行為になるのは目に見えていたが、何故怒っているのかが解らなければ対処の仕様がない。
「……っ! アレを御覧なさい!」
顔を赤くして示すのは、黒板。
そこには一枚の紙が張られていた。
確かめるように近づけば、それは席順と名前、そして数字が記されていた。
紙面の下部に書かれた説明文が正しければ、まず名前の前に付けられた1から10の数字は攻略達成順のようだ。
11番目からが無記入なのは成績のボーナスが着かない為との事。
そして、名前の後ろに続く複数の数字は各々の成績か。
「私達の点数が軒並み高いですね。博さんに至っては総合順位が2位ですね」
「確かに筆記で手応えはあったけど、ここまでダンジョン攻略の点数が稼げているとはな」
特に“財宝”と“戦闘”に関する評価がずば抜けて高い。
そのお蔭か、1位との差は僅差と言えるまでに縮まっていた。
「て、事はこの1位が彼女か?」
確かめるように、名前を指で追う。
「攻略順位1位、筆記、攻略ともにトップの――」
「それが私、マツリ・カーテッジですわ!」
「――おわっ!?」
人の真後ろで大声を出さないで戴けませんかね。
心臓に悪い。
振り返れば、金糸の様な長髪をかきあげて言う。
「歴代最速で攻略したこの私達のパーティが、貴方達と同等という評価は納得いきませんわ! 一体どんな攻略をしたのです!?」
彼女の言葉に思い出したことがある。
訓練場で“ドリームソード”の試し切りを行ったあの日。
攻略が始まり、月も下旬半ばを過ぎた頃だ。
あの日は、学園に記録されていた最短攻略期間が塗り替えられたとの事で大騒ぎになっていた。
誰もがその姿を一目見ようと、ダンジョン前に集まって人だかりを作ったらしい。
もっともその事を知ったのは日も暮れた後だったが。
「どんな攻略と言われてもなぁ……」
「特筆するとなるとねぇ。メンバー全員が一度も病院送りになってないとか?」
「他には少ない人数で攻略したという点ですかね?」
「もしかして、レアアイテムを手に入れた事もか?」
思い当たる節を記憶から掘り起こすが、彼女のお気に召さなかったようだ。
「それは私達も同じですわ! 誰も死なず! 3人で! チュートリアルダンジョンで手に入る最高ランクのアイテムを5つも見つけましたわ!」
「そりゃ凄いな」
出てきたのは感嘆の言葉だ。
潜った期間は自分達よりも短いのに、しっかり成果は出している。
事前に準備を怠っていない証だ。
「……何感心してますの!? それは貴方達も同じでしょう!?」
「――はっ!? 確かに私達とマツリさん達の“財宝”の評価はほぼ同値です。違うのはあちらが“時間”、私達が“戦闘”で高い評価を出している点ですね」
「あ、ホントだね」
咲の言葉に確認してみれば、確かにそうだ。
“財宝”以外のほとんどの数値は横並びであり、“時間”と“戦闘”の評価が目立っていた。
「“戦闘”は攻略時の道中での魔物への対応とボス戦での評価が主ですわ。ですが、ただ単に魔物を大量に倒すだけではこんな評価は得られませんわ」
「戦闘狂で高評価ってのもおかしな話だもんな」
「むしろ戦闘を避ける方が評価は高いでしょう」
「本腰で攻略した時は魔物と遭わない様に気をつけてたしね」
評価基準は詳しくは解らないが、攻略の情報を集めている内におぼろげながら知る事はできる。
それが正しいのかは別の話になるが。
「攻略時の道中は魔物を避ける。……それは私達も同じでしたわ。だとすると、その評価の大半はボス戦という事になりますわ。それで一体どんな相手と戦ったのです?」
「えっと、それはー……」
言葉を濁してしまう。
あれはある種、バグの様なものだ。
別に口止めされている訳でもないが、吹聴するものまた違うように思える。
どう話したものかと頭を悩ませていると、予想外の所から助けが来た。
「――それは、そいつ等が歴代最強のボスを倒したからだ」
「きゃんっ!?」
マツリの背後にいつの間にか現れたのは一人の男。
気配も無く現れた男に、マツリが軽く飛び上がる。
「ほーら、さっさと決められた席に着け、オリエンテーションを始めるぞ」
スーツを軽く着崩し、やる気のやの字も感じられない男。
「始めに自己紹介しておくが、このクラスを担当する事になった熱田灯示だ。種族は“人間”、固有職業は“剣神”をやっている。最低限名前だけは覚えておけよ」
それはいつぞやの監督官だった。