八百万な、この世界で   作:水混汁

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必修実技“模擬戦”

「準備体操も済んだことだし、これからAクラスとBクラスの合同実技を始めるぞ」

 集まったのは入学式で使った闘技場。

 二つのクラスが合同で行うという事で、五十人前後の学生が集められていた。

 対する職員は、クラスの担当二名と講師が三名の体制だ。

「これより模擬戦を行う。昨日伝えたとおり装備を忘れた奴は居ないな?」

 ここに集まる者は、それぞれが戦う装いに身を包んでいた。

 自身と同じく鎧を纏う者もいれば、件のマツリ・カーテッジのように武器も鎧も持たない者も居る。

 単に忘れた訳ではなく、武装せずとも何かしらの戦う手段を持っているのだ。

「今回の目的は実力を確認するためと言ったが、確認するのもされるのもお前達自身だという事は頭に入れとけ」

 熱田の言葉で、学生達に疑問符が広がる。

「あのな、これから学園で過ごしていく上で、お前ら同士が協力する場面が否が応でも何度かある。学園行事でも異界実習でもな。その時、お互いの手の内とまでは言わないが、種職の特性を把握しておけば協力もスムーズにいくだろうよ。だから各自、一度は戦ってもらう。ああ、それと反対に敵対する場面もあるから、どこまで手の内晒すかは今の内に決めておけよ」

 その言葉に、顔を強張らせる者、興奮する者、思案する者と反応は様々だ。

 無理もない、彼らの大半はつい半年前まで一般人であったのだ。

 ジムや道場にて鍛えはすれど、こと実戦の経験は少ない。

 殺すか殺されるか、命懸けの実戦を経験したのは“チュートリアルダンジョン”が初と言っていいだろう。

 そんな彼らが、空や咲のような幼少の頃より実戦を繰り返した相手と戦うのは厳しいものがある。

「安心しろ、同じ力量の相手と戦えるよう職員で調整する。流石に一方的な戦いはどちらの経験にもならんからな」

 熱田のその言葉に安堵する者も居るが、博は嫌な予感がしていた。

 見渡せば、自身と同じように不安げな顔をしている者が何人か見受けられた。

「……先生、質問良いですか?」

「ん、何だ?」

 恐る恐る手を上げれば、即座に反応があった。

 というか、こちらの言いたい事は既に察しているようで、腹が立つような笑顔を向けてきた。

「俺達の大半は、この前のダンジョン攻略が初の実戦って人が多いはずです。おまけに配布された汎用職業だって、貰ったばっかりで完全に使いこなせているとは言えません」

「そうだな。二ヶ月かそこらで使いこなせるのはそうは居ないな」

「はい。で、自分達がどれだけの力を持っているか完全に理解している人は少ないですし、手加減できる人は更に少ないと思います」

 汎用職業の欠点の一つ。

 加減が効かないという事。

 誰もが意思の一つで、職業の技能を発動する事が出来る。

 ただし、威力は一定であり、強弱の調整は不可能。

 どのような状態でも、一定の効果を発揮する利点ではあるが、手加減となると話は別だ。

 例えば、近接職業なら誰でも使用できる“スラッシュ”の技能は、刃物の強靭性と切れ味を跳ね上げる。

 その効果は誰が使っても一緒では有るが、手加減して浅く斬るか、本気で切り裂くかは使用者のセンス次第。

 熱田の言うひよっ子共に、そんなある種達人めいた技量を持っている者が居るとは思えない。

「おまけに使うのは刃引きした訳でもない、実戦用の装備。下手したら死人が出かねませんよね?」

 剣や斧といった武器なら峰打ちぐらいは出来そうだが、銃器に関しては加減も何も無い。

 それらも含めて言った。

 そんな質問に。

「ああ、下手をしなくても出るぞ」

「え?」

 熱田はあっけからんと言い放った。

 当たり前の事を言ったと言わんばかりの態度に、開いた口が塞がらない。

「自分が振るう力がどんな結果を引き出すのかすら分からん状態で外に出せるか。かといって自覚するまで丁寧に時間を掛けるには時間も人も足りない。なら、やってやられて実体験が一番だろ?」

 多数の人間が顔を青くする。

 その脳内には、“チュートリアルダンジョン”にて自身が死んだ記憶が甦っているのだろう。

 魔物によっては悲惨な死を迎えていた者も居る筈だ。

「模擬戦は決まった領域内で、降参か、戦闘不能になるまで行う。勿論、死亡した場合も負けになる。なぁに安心しろ、終れば怪我は治るし、闘技場内は“チュートリアルダンジョン”と同じで転送される仕掛けだ。送り先は病院じゃなく学園の保健室だがな」

 そう告げる熱田はいい笑顔をしていた。

 

          ○

 

 四角に区切られた領域の中、男女が相対する。

 一人は少女だ。

 まるでドレスにも見える黒を基調とする学生服を身に纏い、彼女はそこに居た。

 一見すると鎧や武器の類は見られない。

 そんな彼女は金糸の様な髪を風に靡かせ、勝気な黄金と碧のオッドアイで対する相手を睨みつける。

 睨まれるのは少年。

 剣の柄を確かめるように握る。

 腰の鞘に収まるそれは大剣ではない、ショートソードと呼称されるもの。

 数打ちの安物で大した価値ではないが、彼にとっては大事な相棒だ。

 刀には浪漫があるが、如何せん高かったので諦めた。

 ……どうしてこうなった。

 いっその事、ため息を吐きたいが、それは失礼だ。

「盛武博! 貴方の実力を、この私直々に確かめますわ!」

 対戦相手が決まっていたにも関わらず、わざわざ教師に直談判し勝負を捥ぎ取った少女。

 その熱意はどこからくるのやら。

 ただ、あっさり認める熱田もどうかと思うが。

「はぁ、そりゃどうも」

 現実から逃避するように視線を横に向ければ、期待と興奮が大多数を占めた視線のシャワーが降り注ぐ。

 彼らの学年の主席と次席の勝負だ。

 これから競い合う自分達のトップの実力が気になるのは当然と言えよう。

 ……全く、見世物じゃないんだけどな。

 文句の一つでも言いたいが、逆の立場であれば大層な見物として楽しんでいただろう自覚があるので、強くは言えない。

「不満そうですわね」

「まぁ、元々こうして目立つのは苦手でねぇ」

 対面に立つ彼女だから気づく、武器は構えど戦意が低い事に。

「この際ですから話しますが、貴方との模擬戦を望んだのは私怨もありますが、興味を持ったからですわ」

「何でだ? こんなただの学生に対して?」

「……ただの学生はあんな成績を叩き出しませんわ」

 呆れられた、何故だ。

「確かに、強引なやり方ではありましたが、私はどうしても知りたかったのです。知っていました? 昨日張り出されていた評価は、パーティ単位ではなく個人単位で評価されていますのよ?」

「……それがどうした? パーティ全員がそう変わらない評価だった筈だけど?」

 思い出せば、多少の差は有れど、全員が似たり寄ったりの評価であった。

 三人の内で一人だけが目立つような評価は無かった筈だ。

「それです。使い易さを重視した汎用職業とはいえ、受け取ったばかりで使い慣れない職業でありながら、熟練の固有職業の二人と同等の評価を得ている。これは凄い事ではありません?」

「――そういう事か」

 何故自分が目に付けられたか合点がいった。

「入学以前から鍛えているのは、その立ち振る舞いを見れば分かりますわ。ですが、熱田先生は歴代最強のボスを倒したと仰いました。それも攻略の貢献度は全員等しく――まだレベルも低い汎用職業で? ありえません。前半の一ヶ月を習熟に当てたのならともかく、調べた限りその様子は無い。ということは、職業だけでない何かでメンバーの二人と肩を並べたという事。どのような人物か興味を惹かれません?」

「昨日今日で大分俺の事を調べたようだけど、そこまで大した人間じゃないぞ」

 思い返しても、攻略の貢献は5:3:2の割合だった様に思う。

 どれが自分の貢献かは言わなくても分かるし、評価が高い理由といえば騎士に止めを刺した事しか思い当たらない。

「それは、この一戦で分かる事ですわ」

 思うまま素直に伝えたが、信じてはくれないようだ。

「お喋りは済んだか? なら早く準備しろ。後の連中がつっかえている」

「あら、長話が過ぎてしまいましたわ」

「そうだな、さっさと始めようか」

 剣を引き抜き、正眼に構える。

 呼吸を整え、意識をマツリに集中させる。

 自然体のその一挙手一投足にはまるで隙が無い。

 学年トップたる実力は持っているようだ。

「案外やる気に満ちていますわね?」

「相手が変わっただけで、元々戦う事には変わらないからな。どうせやるなら勝ちに行くだけだ。――ほら、そっちも構えな、“魔導士”さんよ」

 そう告げるとマツリは不敵な笑みを浮かべ、胸元からペンダントを取り出す。

「ええ、そうさせてもらいますわ」

 直後、彼女は瞳と同じ碧の光に包まれた。

 海を連想させる、その深い色合いは彼女特有の色。

 彼女を包むのは瞬きにも満たない一瞬。

「――はぁ、全く厄介な相手だ」

 殻を破るように四散する光の中から、現れるのは一人の魔導士。

 彼女がどんな職業なのかは、前日の自己紹介で知っている。

 それは、一種の社会現象まで発展した事のあるジャンル。

「私とこの“千変魔杖”で貴方を確かめるとしましょう」

 振りかざすのは一本の杖。

 メタリックな黒色の持ち手の先には蒼の宝玉が嵌められていた。

「“魔法少女”が相手か。大きなお友達が大興奮だな」

 見れば服装も変化していた。

 足を覆い隠すスカートに長袖のジャケット。

 胴体を覆うコルセットはお洒落でもあるが、堅固な鎧でもある。

 それは“バリアジャケット”と呼ばれる戦闘服だ。

 一見鎧には見えないが、魔術の類に対しては高い防御性を誇り、物理攻撃に関しても並みの鎧より強固である。

「魔力で構成された戦闘服か。なら、“シャープネス”」

 技能の宣言をすると、剣の刃に沿って光が走る。

 “スラッシュ”とは違い、切れ味のみを上げる技能だ。

 しかし、効果は“スラッシュ”よりも長く、切れ味は比べ物にならない。

「最後に一つ聞きたいのですが?」

「なんだ?」

 剣身一体とまではいかないが、技能によって剣の状態が感覚として把握できる。

 刃に渡る力に淀みは無い、調子は良好だ。

「先日の自己紹介では“剣士”と仰っていましたが、何故“戦士”から転職を?」

「ああ、そこまで調べてたのか。答えとしてはダンジョンは始めから少人数での攻略を想定してたからな。身体能力への補正が高い“戦士”を使っていただけだ」

「そうですか。確かに状況に合わせて転職するというのは汎用職業の利点ですわね。――では、問答は終わりにして始めましょうか」

 杖の先を向けてくる。

 その構えは慣れたもので、魔術以外にも何かしらの武術の心得があるようだ。

「――“陸戦魔導士”、マツリ・カーテッジ。……手加減は致しませんわ」

「――“剣士”、盛武博。……構わん、全力で戦うだけだ」

 お互いに睨みあう。

「両者、共に準備は良いな? ――始め!」

 熱田の号令と共に閃光が辺りを照らした。

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