弾ける閃光。
それは博とマツリ、両者の間にて起こったもの。
「今のは……まさかアルベイン流の?」
マツリは驚きに目を丸くする。
当然だ、その技の習得は難しく、また習得が可能な才能があるのならば汎用職業など不要だからだ。
「――初手から飛び道具は狡くないか? こっちは近接職だぞ」
剣を振り上げた姿で博は抗議の声を上げる。
しかし、その表情には笑みを浮かべていた。
馬鹿にする訳ではない、自らの技量が通じる事を確信した笑みだ。
「どのような手品かは知りませんが――」
杖の宝玉を囲むように文字が浮かぶ。
直線と曲線、そして文字で描かれた幾何学模様。
円形に描かれた陣の中で正方形の陣が回転している。
それは俗に言う魔法陣だ。
「――この一撃で種を明かしてみせますわ!」
魔法陣に碧い光が収束する。
それは魔力と呼ばれるもの、魔を扱う者にとっての基礎であり至高であるエネルギー。
今から行うのは先の速射重視の射撃ではない、収束率を高めた魔力弾の砲撃。
収束の間は大きな隙となるが構わない。
博に隙を突く気が無いのは、その場で構えた待ちの姿勢から窺える。
「今度は簡単に防げるとは思わないことですわ」
「だったら試してみるか?」
挑発するかのような笑みを浮かべ、剣を最上段に構える。
迎撃する意思を示す博に、返すべき答えは一つ。
「その余裕がハッタリかどうか試して差し上げますわ!!」
破裂音一つ。
碧の光は尾を靡かせ飛翔する。
近くはないが遠くもない二人の距離は、碧の弾丸にとっては無に等しい。
「――“剛・魔神剣”!!」
砲撃の返答に、博は振り下ろす斬撃で応答する。
叫びと共に振り下ろされた斬撃は、碧を地面へと叩き潰す。
潰された碧と斬撃のエネルギーが辺りへ撒き散らされる。
余波はそよ風となって彼女の髪を撫ぜた。
「今のは……やはり本物!?」
汎用職業、それは力無き者への希望。
気や魔力、異能といった超常の才を持たない者の為の刃。
この様な超常の力を扱えるのならば、汎用職業ではなく固有職業の“剣士”に成る筈だ。
「驚いたか? ならこっちの手番だな」
振り下ろした剣を手首を返して振り上げる。
「“魔神剣”!!」
振り上げられた剣先から光が飛び出す。
それは技能によって可視化された衝撃波であり、始めの牽制の一撃を相殺したものだ。
「くっ!」
衝撃波に、魔力弾で迎え撃つ。
急ぎ作った魔力弾だが、衝撃波を掻き消すには十分だった。
「……何故、汎用職業の貴方がアルベイン流の技を?」
「自力で習得しただけの事だ」
マツリの疑問に対するそっけない返事。
詳しく説明する気は無い様だ。
「さて、このまま飛び道具の応酬も出来るが、職業柄斬り合いの方が得意でね。斬りに行かせてもらおうか」
彼が踏み出す一歩で、その距離を詰めてきた。
○
一歩が軽い。
筋肉という重りを纏う体が素直に前進する。
続く二歩目は、歩幅から考えられない程の先へ踏み込む。
「
それは汎用職業によって齎された技能の一つ。
一歩の距離を伸ばし、相対する距離を縮めるもの。
広く認知された移動技であり、初心者から熟練者に至るまで愛用する移動技だ。
極まれば体捌きではなく、仙術の意味での“縮地”に至るとまで言われる基本であり奥義。
“滅却師”の“飛廉脚”や“神道術”の“翔翼”等、多岐に渡る移動技の中での使用者率では一位を誇っている。
……今の技量じゃ三十cmも縮められないけれどな。
精々が数十センチ先を踏み込める程度だ。
だが、その僅かな差が勝敗に酷く関わるのは、戦う者であれば誰もが知っていた。
「――くっ」
苦し紛れに放たれた魔力弾を掻い潜り、遂には剣の間合いに捉えた。
「セイッ! ヤァッ!!」
放つのは二連撃。
強化された刃による、袈裟切りと手首を返しての切り上げだ。
袈裟切りを半歩動く事で躱す。
「甘いですわ!」
「――なっ!?」
硬質な音が響く。
二撃目の切り上げは、速度が乗る前に魔杖抑えられた。
魔杖ごと切り裂くこうとするが、抑える魔杖がそれを許さない。
……魔術一辺倒って訳じゃなさそうだな。
昨日の熱田への拳打を思い出す。
腰の入ったあの打撃は素人には放てない。
事実、彼女から見て線にしか見えないであろう刃を魔杖の芯で捉えていた。
力が作用する一点を正確に抑えている辺り、高い技量が窺える。
「私は職業柄、魔術に長けていますが、こういうのも得意でしてよ?」
「自分は後方支援だけで、紅茶でも飲みながら“あらあら、うふふ”って感じのお嬢様じゃないってことか――っと!」
振りぬかれた魔杖の一撃を背後に跳んでやり過ごす。
「失礼ですわね。私にはどうしても叶えたい夢が有りますもの。その為に弱点を補う努力を怠るわけがありませんわ」
繰り出される魔杖の打撃に淀みは無く、手足の一つとして操っていた。
「それに、現代にそんな典型的な箱入り娘のお嬢様が存在するとでも思って……いえ、知人に居ましたわ。箱に収まるどころか、箱そのものを改造する傑物ですが」
「何それ怖い」
魔杖を剣で受けるが、その度に僅かな違和感を手に感じる。
違和感は、受け続けていくうちに、手首を越えて肘まで届くところまできた。
「なんと――っ!?」
嫌な予感に従い、魔杖を強く弾いて距離を取る。
マツリから意識を逸らさぬよう、確かめるように片手を振れば、その違和感は急速に消え去った。
「澄ました顔してえげつねぇな」
「あら、立派な戦術の一つではなくて? 肉体強度に劣る“魔導士”が“近接職”の土俵で戦うには多少の小細工も必要ではありませんこと?」
「だからって、杖に“麻痺”の術式を掛けて少しずつ痺れさせるのは厭らしくないか?」
その違和感は痺れというには軽すぎた。
そよ風が産毛を撫でる程度の、ともすれば気付かない感触。
あれは麻痺の効果が侵食していたのだろう。
どのタイミングかは分からないが、刹那の打ち合いの中で一瞬でも麻痺されたらそのまま命取りになる。
幸いな事に、打ち合いを止め、魔術の干渉を途切れさせれば侵食を無効化はできる。
「まともに打ち合うのは危険か」
厄介としか言い様がない。
離れれば弾幕、近づけば状態異常が待っている。
やりにくい事この上ない。
「“対魔力”所持者や“魔術職”相手には子供騙しにもなりませんが、汎用初期職の“剣士”相手には効果はばつぐんのようですね」
「だったらそっちの攻撃を受けないで、アンタだけ切り捨てればいいだけだ」
「させると思いまして?」
「防げると思うか?」
ここから先に問答は無し。
ただ、打ち合うのみだ。
「魔神剣――」
放つのは可視化した衝撃波。
本来ならば、三年間、素振りを毎日欠かさず一昼夜掛けて行うか、“魔神の魂”に触れることで習得できる技。
――というのが、人気RPG“テイルズ オブ シリーズ”の設定だった筈だ。
この世界には、“テイルズ オブ ファンタジア”の作中に出てきた“アルベイン流”が実在するため、技が実在する事は知っていた。
実際にアルベイン流の剣士達が活躍している事はテレビでもネットでも直ぐに調べられる。
が、肝心の習得方法は門外不出なために、自身が知るのは生前の知識のみだ。
素振りだけを三年間行うわけにはいかなかったし、“魔神の魂”なんて聞くだけでもどこにあるのか分からない存在を探す時間も余裕も無い。
故に、習得は不可能と諦めていた。
……筈だったんだけどなー。
チラリと手に視線を落とす。
両の指に填まるのは二つの指輪。
一つは遠吠えする狼の意匠が拵えられた物。
填める事で、身体能力が上昇する優れものだ。
あのアルトリウスの大剣ですら、自由自在とは言えないが、振り回す事が可能となる。
そして、“魔神剣”を習得した原因でもあるそれは、緑石が填められたシンプルな物。
“DARK SOULS”では“深淵の魔物と契約した証”として登場した装備品ではあった。
その指輪が、魔神とやらの魂へ繋がっているなぞ夢にも思わなんだ。
鑑定結果で効果を聞かされた時は驚いたものだ。
「同じ手が何度も通用するとお思いで?」
放った衝撃波は魔力弾に掻き消される。
しかし想定の内だ。
「――双牙!」
即座に二撃目を放つ。
それは“魔神剣”を2連続で放つ技。
衝撃波に追従し、マツリへ肉薄する。
「やりますわね……っ!」
対するマツリは迎撃ではなく、距離を取っての回避を選んだ。
“魔神剣”自体は魔力弾にて相殺する事が可能だ。
だが、相応の威力を出すためには、一定の収束時間が必要だ。
行使するには一呼吸も要らない間だが、“魔神剣”の速度はそれを許さない。
「“フォトンシューター”!」
彼女が唱えるのは呪文行使の
術者の唱えたキーワードに、魔杖に封じられた魔術が起動する。
「この弾幕を避けられまして!?」
魔力弾の花が咲く。
次々と花開く緑色の魔力弾は、雨となって博へ襲い掛かる。
……“魔神剣”の壁で防げているけど、長くは持たないか。
“魔神剣”に隠れるようにして、盾代わりとして魔力弾を防ぐ。
魔力弾の一つ一つがゴルフボール程度のサイズしかなく、一つ二つ程度では“魔神剣”を掻き消すには至らない。
しかし、魔力弾を打ち消すのに“魔神剣”の内包するエネルギーは消費される。
狙いは細かく定めていないのか、直撃は少ないが、魔神剣が相殺されるのは時間の問題だった。
……おかしい、何で
これは集団戦ではなく、一対一の勝負だ。
至近弾はともかく、明後日の方向に飛んでいるのは魔力の無駄遣いとしか考えられない。
「――っ、まさか!」
ある事を思い出す。
彼女の戦い方は知識にあった。
それは“魔法少女リリカルなのは”というメディアミックス作品だ。
“陸戦魔導士”や“千変魔杖”も、その作品特有の職業であり技術の特徴が強い。
尚且つ、主人公の“なのは”は、魔力の放出・集束と制御を得意とし、防御と砲撃に優れていた。
そんな主人公と似た戦闘スタイルであるマツリが、それを出来ないとは否定できない。
「誘導制御型の射撃魔法か!」
視線を背後に振り向けば、方向を変えた魔力弾が迫っていた。
幾つかの誘導弾を気取られないように弾幕に混ぜたていたのだ。
「だったら……っ!」
走る速度を落とさずに剣を構える。
「烈――」
一閃に振りぬくのは、眼前の“魔神剣”ではなく地面。
横一文字に残る斬線を踏まないように飛び越える。
「――魔神剣」
斬線から衝撃波が噴き出す。
二メートル程の高さまで登る衝撃波の壁は、望んだ通りの仕事をこなす。
鳴り響く着弾音を背後に、マツリへの距離を詰めた。
「衝撃波を壁にしましたか! でも――っ」
同時に“魔神剣”は魔力弾の連打により、その内包するエネルギーを使いきり消失する。
この時点で彼我の距離は五メートルも無い。
強化された身体能力と職業による技法の前では無に等しい距離だ。
「ここまで来れば――届くっ!」
故に跳ぶ。
強化した刃を振りかざし、いざ切り捨てんと飛び込んだ。
○
どさり、と倒れる音が闘技場に響き渡る。
勝敗が決まったのだ。
「両者そこまでっ!」
両者共に怪我は少ない。
「マツリ・カーテッジ。その才能は誰もが認めるものだ。だが才能の有無で判断しただけでは、足元を掬われるというのは今の一戦で理解しただろう?」
「……はい、心のどこかで彼を甘く見ていた事は否定しません。これを期に考えをキッチリ改めますわ」
「よろしい。で、盛武博。足りない才を多くの技能で埋める事は手段としては正しい。だが、使いこなせていなければ逆に自分の首を絞めることになる。今使える技術を習熟しておけ」
「はい、わかりました」
教師から、直すべき部分の忠告に素直に返答する。
それぞれが、何か思うところがあったのだろう。
「では、この模擬戦……
教師の宣言に、生徒達がにわかに騒がしくなる。
その内容の大半はただの感想が多いが、中には対策を立てているモノもあった。
「模擬戦の雰囲気は掴めただろう。これより、複数のグループに分けてそれぞれで模擬戦を行う。名前を呼ばれた者はその教師の場所へ移動しろ」
広大な闘技場の中、グループが別けられていく。
そんな光景を地面に転がったまま眺める者がいた。
盛武博だった。
「まぁ、実戦経験の差的に無理ゲーだよね」
見上げた空は、腹が立つほど青かった。