八百万な、この世界で   作:水混汁

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授業と傭兵

「で、あるからして――」

 クラスメイト達が誰一人として口を噤む中、一人の声だけが響く。

 黒板に描かれる言葉達を、クラスメイト達は自身が理解しやすく記録する。

 つまりは授業だ。

 今、行っているのは、熱田担任が行う世界史だ。

 前世ではシエスタタイムの一教科でしかなかった。

 だが、この世界では自身の知る創作(フィクション)の一部が実際に起きた出来事として歴史に刻まれていた。

 おかげで、物語を読んでいる感覚で授業を受けられていた。

 他のクラスメイト達からすれば退屈極まりない授業のようだ。

 その姿はさながら前世の自分。

 そんな姿を見てふと思う。

 ……前世の歴史も考えてみれば、色んな人たちが生きた記録(ものがたり)だったんだよな。

 そう考えると、ただ勉強の一環だと拒否していたのは勿体無い事この上ないのではなかろうか。

 ……そうだな。戦国時代や大正浪漫とかよく創作の題材になっていたけれど、それだけのポテンシャルを秘めているって事なんだよな。

 大人気作品の幾つかには史実を基にしたものが多くあった。

 当時は創作だけで満足していたが、史実を調べればもっと深く楽しめたのではないだろうか。

 転生してしまった今では調べる事すら叶わない祖国の歴史に、少し後悔してしまう。

「っと、いうことで……盛武! “異界事変”とその影響について簡潔に述べてみろ」

「うぇ!? あ、はい!」

 意識が逸れていた事に気付かれてしまった。

 自業自得なので席を立ち答える。

「えーと、“異界事変”は、この地球が他の異世界との“接続”が始まった出来事です」

 それは、何でもない日常の中、突如起こったという。

「地球は、それぞれの国を基点に異世界が接続され、全ての異世界の中継世界という立場となりました」

 接続された異世界は、現状把握しているだけでも莫大な数だ。

 だが、それらの異世界同士は直接の往来は不可能である。

 別の異世界へ向かうには、必ず一度は“地球”を経由しなければならない。

 故に“拠点世界”と呼ばれている。

「また、接続される異世界は国家ごとに偏りがあり、その国家の風土や気風が影響しているとされています」

 例えば、米の国ではSF染みた超科学や超能力者が存在する世界が、欧州方面では呪文と魔術が発達したファンタジーな世界との接続が果たされていた。

「その後は、自国の異世界との交流を重視し、出入国の制限など他国との交流は抑え目になっています」

 何せ異世界の一つ一つが齎す技術や物資は、この地球において計り知れないものがある。

 自国の国益として独占する意図もあるが、他国への流出が起きた場合、何が起こるのか想定できないのだ。

 ……コジマ粒子やレネゲイドウイルスなんかは絶対に外に出せないよな。

 さらっと思い出しただけで、世界の在り方を変えかねないものが簡単に浮かぶのだ。

 他国も似たような状況だろう。

 ネットの海での噂によると、米の国ではヒーローとヴィランが戦い、欧州では魔法学校が設立されたそうだ。

 本当に命の危険が発生するとはいえ、前世の大作達のファンがここに居たら感涙物だろう。

「また、日本では異世界接続の余波により“侵食性複層型異界”――通称“ダンジョン”が発生し、その対処として“冒険者”という職業を設立しました」

 異世界との交流によって齎されたものは、利益だけではない。

 日本特有の“災害”である“ダンジョン”というものが発生するようになったのだ。

 それは知性体の存在しない異世界。

 無作為に接続されるその世界は弱肉強食の原初の世界。

 放置すれば大量の害獣、モンスターを吐き出すそれは、日本に住まう者にとっての頭痛の種だ。

 規模の大小問わず日夜発生するそれらは、冒険者達によって切断、管理されている。

「よし、そこまででいいぞ。今、盛武が述べた通り、この学園は冒険者育成の一環として設立された訳だ。お前等にとってはまだ先の話だが、日本だけじゃなく異世界を巡る事になるだろう。その時に自分の命を守れるよう、知識と力をしっかり身に付けろよ」

 そう熱田が締め括るとチャイムが鳴る。

 教壇に広がっていた教材が纏まっている辺り、慣れていらっしゃる。

「今日の部分はテストに出すからな、しっかり復習しておけよ。それじゃ日直、号令」

 日直の掛け声と共に授業が終る。

 世界や種族が変わろうとも、その懐かしい光景だけは変わらなかった。

 

          ○

 

 時刻は昼。

 午前の授業を終え、それぞれが食事を摂る時間だ。

 午後からは参加は任意の選択式授業になるので、人によっては完全な自由時間でもある。

 参加は任意と言っても、進級には規定数の証明書が必須なので、何かしらは必ず行わなければならない。

 上級生に成ると、完全に参加せずとも進級は可能だが、有用な技術の取得には大変役に立つ。

「色んな世界を見てみたいし。そのためには技術は一つでも多い方が良いもんな」

 学生食堂の隅でパンフレットを捲る。

 机に幾つも積まれるそれは他の異世界について記されたものだ。

「んー? それってボクの故郷についてじゃん」

 掛かる声に振り向けば、黒を中心としたカラーリングのロボ。

 ルームメイトでありクラスメイトであるレイドが立っていた。

 かすかな駆動音を響かせ向かいの席に移動する。

 マニピュレータにはお盆を持っており、ストローの刺さったカップが載っていた。

「同席しても良いかな?」

「ああ、構わないぞ。一人で暇だったし」

 パーティーメンバーの2人は現在別行動中だ。

 それぞれが能力を鍛えに行動しているため、数日に一度はこうして一人になる。

「それじゃお言葉に甘えて、と。ところでボクの故郷について調べているみたいだけど、聞いてくれるなら答えるのに」

「なに、ちょっとした好奇心によるものだったし、情報の規制について結構厳しいんだろ?」

 レイドの故郷である“機甲世界”の世界観は完全なSFだ。

 主な産業が人型搭乗兵器という辺り、ロボットマニア垂涎の世界といえよう。

 また、それらの技術を保有するのは主に数多くの企業であり、同業者を蹴落しに企業スパイが日夜活動しているという。

 結果として、情報に関する取り扱いは他世界に類を見ないほどに厳重だ。

 こうして、配布される異世界紹介用のパンフレットも、ページ数が他世界の半分にも満たない辺り、苦労が窺える。

「まー確かにそういう面もあるけれど、新技術とか企業の内部に関しなければそうでもないんだよ」

 ツインカメラが特徴の頭部パーツにコップを近づける。

 すると顎下に当たるであろう部分が開き、ストローを受け入れる。

 半透明なストローの内部を液体が昇るのが見えるが、レイドの言葉が途切れる事はない。

「それに、ボクの故郷ってこの世界だと同年代の男の子に人気らしいからね。キミもそういう口かい?」

「そりゃ、ロボに憧れない男は少なくないわな。俺もモビルスーツやレイバーとか操縦してみたいし」

 初めてパンフレットを見た時は目を剥いたものだ。

 古今東西のロボットゲームで見た名前が並んでいるのだ。

 ワンオフであるスーパーロボットは存在していないようだが、有名所や名前しか聞いた事のないようなマニアックな機体まで存在していた。

 男の子としては、ある種夢の様な世界だ。

 幸いにも騎乗体験が可能な企業もあるようで、一度は観光に向かいたい。

「そういうものなのかな? ボクにとっては物心ついた時から仕事道具の一つに過ぎなかったからわかんないや」

「仕事道具ね……。なぁ、好奇心からなんだが、レイドはここに来るまでどんな事をしていたんだ?」

 ふと気になった。

 全身を義体化するのはありえない事ではないとはいえ、人から掛け離れた姿でいる理由に。

 そして、この世界にやってきた経緯を。

「傭兵だよ。ありきたりでしょ?」

「この世界にとっては、十分変わっているぞ?」

 そんな、極当たり前の様に言われても困る。

 これがカルチャーギャップというものか。

「あーそっか。世界が変われば常識も違うんだもんね。まぁ、それは置いといて」

 マニピュレータで器用に物を退かすモーションを行う。

 見た目こそメカニカルであるが、その行動に滲み出る人間臭さは自分達と変わらない。

「ボクは物心つく前から電脳化していたみたいでね。そのおかげで義体さえ交換すれば、大人と同じように機体を操作できるから結構若い頃から傭兵家業をやっていたんだ」

「いや、できるからって普通やるか?」

「やるさ。いや、正確にはやるしかなかっただけどね。生活が経済的に困窮していたからね。故郷だと手っ取り早く稼ぐには傭兵家業が一番ってだけの話だよ。幸い才能はあったみたいだしね」

 おそらく彼とっては極自然の当たり前の事なのだろう。

 傭兵文化が根付いているとは聞いていたがこれ程とは。

「稼げはしたんだけどね。初仕事の後に怒られちゃった。『相談も無く危険な事をするな』って」

 前言撤回、コイツがおかしいだけだったわ。

 身内に相談もしてなかったのか。

「そりゃ怒るだろうよ。でも、口ぶりからして傭兵家業自体は続けてたんだろ?」

「まーね。結局、お金が無い事には変わりなかったから。で、そんな努力の甲斐もあって、こうして他世界でのんびり学生が出来るんだ――っともう空っぽか」

 中身が空になったコップを机に置く。

「いやー、本当にこっち来て良かったよ。まさか食事が補給じゃなくて娯楽になるなんてね」

「ああ、サイボーグ用のナノマシン補給食か。擬似的に味を楽しめるって話の」

 彼が持つコップ、それは様々な事情によって体の半分以上を、特に内臓系や五感を機械に置き換えた者達専用の食料だ。

 栄養の補給という点では生身の人間とは違い、コップ一杯程度の保全用ナノマシンや少量のたんぱく質等で賄える。

 だが、娯楽という点ではこれ程味気ないものはない。

 サイボーグにとって食事とはエネルギー補給以外の何物でもない。

 そんな状況を打破するために、とある企業が生み出した特許技術。

 それはサイボーグ達に食べる喜びと言うものを知らせたのだった。

「そうそう。技術の規制関係上、故郷じゃよっぽどの上流階級じゃないと食べられなかったんだ。それが、この世界だと多種多様な味が大量に投げ売りされている! あー頑張ってホント良かった!」

 食事一つに大げさとも思えるが、異世界人が地球でこうしたリアクションを取るのは珍しい事ではない。

 各異世界からの収束点(ハブ)という立場は、厄介事は多いが利点も多い。

 異世界との取引で得られる技術は、その世界において数段遅れているものが多い。

 舐められているが、自分達よりも進んだ技術を持つ無数の異世界相手に中立を保つのが精一杯なのが現状だ。

 故に混ぜる。

 Aの世界とBの世界の技術を混ぜ合わせ、ブレイクスルーを起こして新たな技術を習得する。

 無数の世界から齎された技術の多様性。

 それが、今の日本が持つ優位性である。他国は知らん。

「故郷の傭兵仲間にも食べさせてやりたいなー。持って行くには馬鹿高い関税があるからなぁ……」

 その感慨深い声に彼の歩んだ道程がふと気になる。

「そういえば、傭兵をやっていたって言うけど、どこかの企業や組織に所属していたのか?」

「いーや、フリーランスだよ。下手にどこかに肩入れすると依頼が制限されたりするからね。基本は傭兵斡旋組織の“サインズ(SIGNS)”を通して受けていたんだ」

「サインズ?」

 それは前世でも聞き覚えのある名前であった。

「そう、裏の暗い事情もない、他組織の介入を受ける事もない純粋な傭兵斡旋業者。情報のやりとりが最低限だから依頼の信頼性は低いけれど、選び方は先人達の教えがあるから、結構利用させてもらったよ」

 知ってる。

 そんな歴代(・・)に比べれば真っ当な組織である分、影が薄かった。

 AIに完全管理されたり、企業群の意向が介入する様な濃い連中に比べれば薄味極まりない。

「そっか傭兵だもんな……。そうなると乗っていた機体ってAC?」

「おおっ、よく分かったね。とは言っても、傭兵が乗る機体って言ったらACやASとかに数が絞られるか」

 確信半分で訪ねれば、驚きの声が上がる。

「そっかー“レイヴン”だったのかー」

 “レイヴン”、それは3Dロボットアクションゲーム“ARMORED CORE(アーマード・コア)”シリーズのロボット乗りの総称の一つだ。

 シリーズを通し、基本的にプレイヤーは一人の傭兵として傭兵組織から仲介される依頼をこなしていくスタイルのゲームだ。

 サイズはシリーズ事に差異はあれど全長5メートルから10メートル程度のロボが、時に対峙し、時に共闘し、裏切り、和解を経て己の信念を貫く姿は多くのファンを生み出した。

 操作性、難易度共に難しく、そのためか比較的マイナーな部類に入るゲームだ。

 しかし、ロボット好きの人間なら一度は耳にするであろうタイトルだ。

 余談だが、先日戦った“深遠歩き”の元ネタである“DARK SOULS”と制作会社は同じであったりする。

「そうです、レイヴンなんです。これでも“アリーナ”の元ランカーAC乗りだったんだよ」

「……それは凄いな」

 今度はこちらが驚かされた。

 “アリーナ”といえば“ARMORED CORE”シリーズにてAC乗り達が順位を競って鎬を削り合う場所。

 在り様としては庶民の娯楽であったり、腕の高さをアピールや名声を求めると様々。

 ゲームでは自身のランクを上げると共に、政治的理由で八百長や順位の調整など、ストーリーの考察が捗る要素が満載されていた。

 ただ、この現実となった世界では違う。

 そこではACのみならず、バルキリー、モビルスーツ、KMF、AS、AT等々の多彩なロボット達がぶつかりあう。

 故に上位へ向かう程にその機体の性能や搭乗者(パイロット)の腕は天井知らずに跳ね上がる。

 アリーナへの登録は自由だが、会社や企業としての支援者(パトロン)でも居ない限り、大抵のパイロットは稼ぎを得るために登録している。

 ランカーの名は、そんな無数に存在するパイロットの中から勝ち抜いた上位百名の呼称であった。

 ロボットというのは維持、整備に金が掛かるが、一試合に得られるファイトマネーは補って余りある。

 それだけで一生食べて生きていける程に。

「ま、ランカーって言っても成り立ての新人だったし、90番台は入れ替わりが激しすぎて名前を覚えて貰うどころじゃない順位でもあったしね。でも甲斐あって留学費用の大半はファイトマネーで稼げたよ」

 その口ぶりから順位に執着心は無さそうだ。

 誰もが羨む立場より、自身の夢を叶える留学を選んだ。

 90番台の入れ替わりが激しい理由の一つでもある。

 ランカーのファイトマネーは桁が違う、それが最下位(ボトム)と言われる90番台でもだ。

 何かしらの目標額を稼ぎきって引退する、そんなパイロットも多い。

「――と、ボクの経緯としてはこんな感じかな。そうしたら博、キミが冒険者を目指した切っ掛けを知りたいな。ルームメイトとしてもクラスメイトとしても、ね?」

 こちらから訪ねといて、答えませんは不義理に過ぎるか。

 どうせ、この後の予定は無いのだ、ルームメイトと交流を深める時間には丁度良い。

「そんなに劇的な理由じゃないだけどさ、冒険者を目指す切っ掛けはな――」

 流石に前世の事は伏せ、自身の経緯や学生生活について会話に花を咲かせる。

 何て事のない友人との語り合いに、前世の学生時代を懐かしみながら。

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