「一方的に責められて腹を立てるのは分かるがな少年。もう少し周りを見て上手くやんな。これじゃどっちもどっちだぞ?」
ぽん、と慰めるように肩を叩かれる。
「い、いつの間に……っ!?」
動揺する4人、それは博も、後ろに座る彼女達も同じだった。
……どこからやって来たんだ!? 気配も何も無かったぞ!?
カフェテラスは見通しが良い。
野次馬も居る中で、誰かが近づいて来たのなら直ぐ分かる。
死角の背後から来たのだとしても、足音すら無いのは何故だ。
「そりゃあ企業秘密ってやつ? 無事入学できたら知る機会もあるかもな?」
簡単には教えてくれそうにはなさそうだ。
「期限も残り一ヶ月切ったってのに、お前ら大分余裕そうだな?」
両パーティを眺めながら男は言う。
「じゃあ、騒ぎを起こしたペナルティとして――お前ら明日から一週間で“チュートリアルダンジョン”を攻略な」
「え?」
思わず声が出た。
それは博だけでなく、彼らも、パーティメンバーの彼女達もそうだった。
「ん? お前らダンジョンの攻略もせずにこんな所でどんちゃん騒ぎを起こしてんだ。って事はもう攻略の目処は立ってんだろ? そうそう、一秒でも期限が過ぎたら問答無用で宿から追い出すからな。無理だと思うな今の内に荷物纏めて
「えっと、いやぁ、その……」
しどろもどろになる彼らを無視して言葉を続ける。
「まぁ、今から一週間で達成できたのならその功績は評価するし、十分上位を狙えると思うぞ。例年通りなら期限ギリギリで達成する連中が多いからな」
値踏みをするように眺めるその視線は、気だるげな態度と裏腹に真剣だった。
「だけど、現時点で達成しているパーティがチラホラ居てな。今年は粒揃いみたいだから、のんびりしていると不味いかもなー」
「……嘘だろ?」
その声は誰が発したものか。
博の言葉かもしれないし、4人の誰かかもしれない。
もしかすれば野次馬の中の誰かかもしれない。
だが、全員考える事は同じだった。
「念のため言っておくが嘘じゃねぇぞ。既に達成して、入学を確定させた連中がいる。それに現在進行形でダンジョン踏破に手を掛けているパーティも居るぞ? いやぁ、今年の新入生は中々扱き甲斐がありそうだ。オジサンはそうでもないけどな。――と、いう訳でチャオ」
伝えるべき事は伝えたのか、男はその場から消える。
まるで始めから存在しなかったかのように。
「――緊急会議! 場所を変えるぞ!」
呆然とする4人を無視して声を掛ける。
じっくり腰を据えて攻略する筈だったが、こうなっては仕方ない。
「はい!」
「何だか大変な事になったね」
支払いを済ませて店を出る。
最後に振り返った時も、彼らはまだ呆然としていた。
○
それから二日後。
集まったのは、広場。
この一ヶ月で今まで何度も足を運んだ場所。
そこは“チュートリアルダンジョン”の目の前だった。
「よし、これより“チュートリアルダンジョン”の攻略を始めるぞ」
「昨日は一日、準備と休養で潰したから、今日を入れて後6日だね」
先日のペナルティ宣告から慌しく過ぎたが、既に何度も挑んだ経験から準備自体はあっという間に済んだ。
「今回で万が一、攻略に失敗しても2回目の挑戦ができるようなスケジュールにはした。だけど俺は今回で攻略するつもりだ」
「それは私達も同じだよ。折角、入学権を手に入れたんだもん。ここで落とされる心算は無いからね」
「こうなってしまったのは私が原因です。だからこそ、今回の攻略では全身全霊で尽力します! 罠や奇襲については心配しないで下さい!」
大人しい咲が珍しく燃えている。
実力を確認したところ、忍術以外は“盗賊”に比する程の十分な実力を備えている事は知っている。
彼女という頼もしい仲間が増えたことは、ペナルティを受けても有り余る幸運だ。
「勿論頼りにするが、そこまで気負っていると最後まで持たないぞ。1階、2階の罠は俺達でも判る物ばっかりだから、少しリラックスしておけ」
「そ、そうですね。リラックス、リラックス……すぅ、はぁ――」
博の忠告に深呼吸をして気分を落ち着ける。
何はともあれ、後は挑むのみだ。
「それじゃあ行くか。もたもたして他の候補者に上位報酬を取られるのは勘弁だしな」
「そうだね。ちゃっちゃと攻略して入学式までのんびりしようよ」
「攻略できれば学食が利用できるって話ですもんね。朝昼夕と食事が一食無料なのは魅力的ですよね」
現時点では取らぬ狸の皮算用だが、取る事が確定しているので問題ない。
緊張を和らげるためか、談笑をしながら彼らは“チュートリアルダンジョン”へ潜り込んだ。
○
結果として、攻略は順調に進んだ。
迷路の様な洞窟である事は変わらないが、その内容は階によって違う。
1階層は罠も殆んど無く、魔物が徘徊するだけ。
魔物は単独である事が多く、“職業”の恩恵を受けている人間ならば対処は難しくない。
また、魔物からはエネルギー資源である“魔石”を得られるので、基本的に武装を整えるための小遣い稼ぎの階層になる。
一つ進んだ2階層は、魔物が徒党を組んで連携をしてくるようになる。
魔物の群れを対処し、油断したところに罠が襲い掛かるような階層になる。
大抵の挑戦者は、ここで徒党を組んで魔物に対抗する事に成る。
そして第3階層は罠が本格的に増え、値打ち物が入っている宝箱が出現するようになる。
宝箱には回復薬や、ちょっとした小道具が入っている。
高価な品物が入っている事もあるが、その確立は非常に低い。
「さって、前回はここで魔物の群れとやりあった訳だが……」
「あれだけ血塗れになった部屋なのに、綺麗になってるね。これがダンジョンの自浄機能の一部なんだろうね」
辿りついたのは前回撤退する原因になった小部屋。
血潮に染まっていた部屋は、何事も無かったかのようにその痕跡は残っていなかった。
そして部屋の中央には宝箱が一つ置かれている。
「……開けますか?」
本来ならば喜ぶべき事だが、前回の出来事を思い出してしまう。
念のため確認してくる咲のその表情が固いのはそのせいだろう。
「あ、ああ、そうだな。開けられるなら開けるって事で……」
そう指示を出し、咲が宝箱を調べる。
罠の有無の確認だ。
物理的に紐や錘を使った罠もあれば、魔法陣や呪いが掛けられた魔術的な罠も存在する。
物理はともかく、魔術的な罠は魔術系統の職業でもない限り特殊な道具を必要とする。
咲の職業は魔術寄りの“忍者”だ。
専門的な物でもない限り、両方に対応可能な数少ない職業である。
「……えっと、魔物寄せの罠が掛かっていますね。解除します」
「掛かっている罠まで同じって、因果なものだね」
「宝箱の固定出現の情報は無かったんだけどな?」
どことなく嫌な予感が過ぎる。
2人は静かに開錠を進める彼女の周囲を警戒する。
ダンジョンとは何が起きても不思議ではないのだ。
不意に、カチンと硬質な音が響く、鍵が開いたのだ。
「えっと中身は……」
箱を開けて中を覗く咲の背中に2人は祈る。
……剣じゃありませんように、剣じゃありませんように!
命懸けの場面が多い冒険者は縁起を気にする者が多い。
2人もまたそういった者であり、パーティ壊滅の原因である剣が取り出されたこの場所で、剣を手に入れるのは遠慮したかった。
そんな願いが通じたのかどうかは知らないが、中身は予想と外れていた。
「これは……ロックシードでしょうか?」
「え? 嘘!?」
箱から取り出したのは錠前の形をしたアイテム。
青系統のクリアパーツで構成されたそれは、一般的にロックシードと呼ばれる物に近い形状だ。
咲から受け取ったそれには型番も記されていた。
「んー、E.L.S-06? あれ? 06ってイチゴじゃなかったっけ? これは……なんだろ? 判らないな」
「ってエナジーロックシードかよ!? ゲネシスドライバーはまだ試作段階だから手に入らねーよ! ――てかよく型番を覚えてたな……」
「誰かさんがカタログを部屋に置きっぱなしだったからね。チラ見とはいえ何回も見れば何となく覚えるって」
肩を竦める仕草に咄嗟に謝りそうになるが、勝手に部屋に入ってきていたので、よく考えれば謝る理由は無い。
「でも、エナジー? ってこんなのカタログでも見た事ないよ。これって正式なアイテムなの? パチモンとかじゃなくて?」
空が訝しげなのもわかる。
使用するためのゲネシスドライバーは、つい先日その名前が発表されたばかりだ。
専用アイテムであるエナジーロックシードの存在は欠片も触れられていない。
見た目は同じ形状であっても、クリアパーツで構成されたロックシードはエナジー以外には特殊な物しかない。
情報が広まっていない今、誰かが真似した偽者と思われてもおかしくない。
「間違いじゃない、次世代ロックシードの一つだ。ただ、なんでこんなところに有るのかは知らないけどな」
エナジーロックシードのランクは全てがSとされる。
3段下であるランクCのマツボックリですら、目が飛び出るような金額なのだ。
エナジーロックシードを売れば、一財産築けるのではないか。
……いや、まだ秘匿されているから、研究情報の漏洩を疑われるかもしれないな。
ダンジョンの宝箱から、アイテムの入手というのは珍しくはない。
だが、ここは“
練習用の迷宮であるため、宝箱の中身は意図的にランクを制限してある。
ロックシードの様な高価な代物は出てくる筈が無い。
「これは……学園に提出した方が良いかもな。個人で持つには重い」
「博がそう言うって事は、そうそう良い物ではないってことね。本当、その知識はどこから手に入れてるのやら」
懐にしまうが、少々勿体無い気もする。
だが、使用するためのドライバーは現在入手不可能だ。
……学園に提出すれば、上位報酬と合わせて戦極ドライバー一式が手に入らないかな?
そんな風に馬鹿げた事を考えてしまう程、一行のダンジョン攻略は順調であった。