疲れたのか、息を整えながら車座に座り込む3人。
今居るのは小部屋。
各階に設置された、数少ない安全が確保された部屋だ。
「……4階層はここまでキツイのか。知ってはいたが、実際に体験するとこうも違うとはな」
「搦め手がこんなに対処に困るとはね。咲ちゃんが居なかったら、ここで結構足止めされてたかも」
「症状は比較的軽いですが、だからこそ油断しかねませんね」
確かめるように体を伸ばす。
凝り解される体に気怠さも、痺れもない。
「グロンギの高い耐性すら通用する毒とか……、予想以上だったな」
4階層における魔物、罠はどちらも何かしらの状態異常を引き起こす。
その最たるものは毒。
吐き気、頭痛、眩暈。
それらの症状は非常に軽く、耐えられない程ではないが、全身に回れば死に至る。
そこまで辛くないと甘く見れば、あっという間に病院送りだ。
「麻痺もある種辛いね。完全に動かせないならともかく、基本は軽い痺れだけで普通に動かせるっていうのは、ある種性質が悪いね」
麻痺といっても、軽く痺れるだけだ。
静電気のようにピリピリするだけと言っても良い。
だが、時折筋肉が硬直するのか、一瞬動きが止まってしまう。
平時ならともかく、ここはダンジョンの中。
戦闘中でも探索中でも、その一瞬の隙が命取りになりかねない。
「解毒も調合されたものならともかく、魔術的要因ですと手持ちに限界があります。ただ、在庫は大量に用意してありますので、今すぐどうこうするものではありませんが」
咲が指し示すのは小さな巻物。
長く開かれた巻物には小さな陣が並んでおり、中央には“薬”と描かれていた。
しかし、始めの幾つかの陣に文字は存在していなかった。
「時空間忍術、か。こうして物資の持ち込みの制限が緩和されるだけでも“忍者”が人気なのはわかるわ」
“封印の術”を用いる事で、この一本に大量の物資を封じ込める事を可能とする。
おまけに、巻物自体も手の平サイズであるので複数の携帯が可能だ。
“開封の術”を使用できる者しか取り出せないが、持ち込める薬などの物資が増やせるのは大きな利点だ。
「時空間魔術が掛かったマジックバッグは誰でも使えるけれど、その分高いもんね。今の私達の稼ぎじゃ購入に何十年掛かる事やら」
マジックバッグは、その名の通り魔術が掛けられた鞄だ。
外見の数倍以上の容量を持つ鞄は、ポシェットサイズであっても高額で取引されている。
「ま、有限である事は確かだし、さっさと階段見つけて最下層に降りよう。この階は俺達にとってはジリ貧でしかない」
宝箱から手に入るアイテムは、階層が深くなる事に高価になる。
4階層では、回復や治療のポーションが手に入るようになり、それらは高く売れる。
ただ、大半は自分で使う事になるだろうが。
「それが最善かもね。最深部である5階層は各階層の特徴の集大成とはいえ、搦め手一辺倒なこの階と比べれば大分マシでしょ」
はっきり言って、“戦士”も“グロンギ”も戦う事しか能がない。
こうして搦め手で来られると、対処の仕様がない。
「えっと、一応これまでの道程から、階段はそう遠くない場所にある筈です」
そう言って取り出すのは一枚の紙。
元は無地であった紙には、簡易ではあるが地図が描かれていた。
記憶通りであるならば、それは4階層の地図だ。
「……ホント、咲ちゃんが居て良かったね」
「脳筋2人でゴリ押しするより大分……いや、全然マシだな」
戦闘ならともかく、それ以外に対しては並み以下と言っても過言ではない。
道中の手応えから、回復薬を大量に背負い込んでのゴリ押しは不可能ではないだろうが、掛かる時間は今の比ではないだろう。
咲を招いた判断に、自分で喝采を送りたい程だった。
○
小部屋での休憩から少しして、彼らは階段を下っていた。
「ここまでに毒7回、麻痺5回、睡眠2回か。よく生きてんな俺ら」
「戦闘中に眠った時は、ヒヤッとしたね」
「練習用とはいえ、罠の配置が陰湿過ぎますよ……」
大分余白が増えた巻物を装束の中に仕舞う。
消費した回復薬の費用は考えたくもない。
「こうして支援役が居るだけで難易度が劇的に変わるのか……。この調子ならボス前まで辿り付けるだろ」
腕に着ける時計型デバイスで確認すれば、ダンジョンへの侵入から既に5時間が経過していた。
魔物の狩猟も宝箱の捜索も行わなず、階層を降りてきただけ。
罠や魔物による足止めを考慮しても、かなり調子の良いペースだ。
「一層一層が広すぎるんだよなぁ。……東京ドーム何個分なんだよ」
こまめに休憩を挟んだため、体力に余裕はある。
だが、ボスを相手取るには辛いものがある。
「事前の作戦通り、安全部屋とボス部屋の確認を最優先。可能な限りボス部屋に一番近い安全部屋で仮眠をとるぞ」
「ん、流石に少し疲れてきたからね。なるべくベストな状態は維持したいね。それに咲ちゃんの負担が大きくなってるしね」
「そ、そんな事無いですよ?」
慌てて否定はするが、短い間とはいえ共に過ごした2人は気付いていた。
道中、罠の判別や斥候など、集中力のいる仕事を任せきりにしてしまっている。
その上、戦闘時では的確な支援で有利な状況を作り出してくれていた。
はっきり言って、気が休まる時が少ない上に、4階層という彼女でも見落とす陰湿な罠の群れ。
彼女の性格からして、少しでも見抜ける様に気を張っていたのは目に見えていた。
「お馬鹿、脳筋の私達でも分かるぐらいよ。まぁ、道中の安全を任せっきりの私達が悪いんだけどさ」
「その代わりと言っちゃ何だが、戦闘に関しては俺達に任せてくれ。脳筋だけど、十二分に働くからさ」
咲1人におんぶに抱っこのこの状況。
2人は彼女が優秀である事への敬意と、自分達の無力さに焦りを感じていた。
「……はい、お願いしますね!」
名前の通り、花が咲いたような笑顔が眩しかった。
……入学したら探索技術を磨かなきゃ。
そう、心に決める2人だった。
○
目を覚ますために背伸びをすると、硬質な音の連打が体内から鳴り響く。
「……おはよう」
「おはよー」
「おはようございます」
寝ぼけ眼を擦りながら見渡せば、既に攻略準備を始めている2人。
軽く仮眠をと思っていたが、閉鎖空間での長時間の活動は予想以上に疲労が溜まっていたようだ。
時計を確認すれば、起床予定時刻から大幅に過ぎ去っていた。
「うぇぇ、寝坊か。やっちまった」
目覚まし時計はセットしていた。
しかし、確認すればそのスイッチは切れていた。
寝ぼけてアラームを切ってしまったのだろう。
「私達もつい先程目を覚ましたばかりなので気にしないでください」
「目覚ましにインスタントコーヒーを淹れたんだけど、飲む?」
「うん、飲む」
渡された温かな湯気が昇るカップには真っ黒な液体が波打つ。
一口含むそれは砂糖の甘さ控えめ、ミルク無しの好みの味付けだ。
火傷しそうな程の熱を秘めるそれを舐めるように啜る。
「……完全に気が抜けてますね」
「寝起きはいっつもこんな感じだね。旅行とかで外泊する時はそうでもないんだけどさ。疲れもあるんだろうけど、ここが安全の確約された場所なのと信頼できる身内しか居ないからかな?」
「そう、なんですか。私の事を身内と認めてくれているんですね」
「おっと、少なくとも私もその1人だからね。できれば入学してもパーティの継続をお願いしたいぐらいだから。ね、博?」
「ん? おーそうだな。組んでくれればありがたいなぁ」
どこか眠気を帯びた声だったが、その答えは確かなものだ。
「はい! こんな私ですが、可能であれば是非お世話になります!」
謙遜も過ぎれば厭味になるが、彼女の場合は本心からだから手に負えない。
自信が無いために、自分の働きを理解できていないのだろう。
「お世話になるのは、私達なんだよなぁ」
「負担を軽くするために、後衛かポーターが欲しいなぁ。でも人気的に難しいかもなぁ」
状況を理解しているのかいないのか。
未だに冴えない目でぼやくのであった。