八百万な、この世界で   作:水混汁

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受け継がれるもの

 激戦の末に手に入れた勝利。

 噛み締めるように、確かめるように。

 剣を振り上げ宣言する。

「だぁー! やってやったぞこのヤロー!」

 目の前に佇むは騎士。

 見上げるような巨躯は、膝を着き微動だにしない。

「……しっかし、即座に消えないって事は、結局魔石は砕けなかったってことか」

 魔石は、異形にとって存在を固定する楔であり、心臓に値する物であるが、必ずしも砕くだけが殺す手段ではない。

 人が血を流しても死ぬように、異形もまた同じ。

 胸に風穴を開ければ、然しもの異形でも死に至る。

「ここから体中を弄って魔石を探すのか……」

 狂気に呑まれながらも、その死の様相は騎士としての意地か、地に伏せる事は無かった。

 胸部に人一人が潜り抜けられそうな大穴を開けられても尚、その威容は畏怖に値する。

「……ちょっとー、戦後の感想は後にして助けて貰えないー?」

 掛けられた弱弱しい声に顔を向ければ、近くに力なく横たわる空が居た。

「肩貸してくれない? 割とキツイんだよね」

「あーはいはい。今行くよ」

 近寄れば普段の快活さの面影はない。

 身を抱き起こせば、その体に力は無かった。

「“モーフィングパワー”の過負荷(オーバーロード)か。聞いてはいたけどキッツイね」

「ああ、本来武器を作り出すのって上位階級の“ゴ”からだったな。未覚醒で最下級の“ベ”にすら至ってないのに良く出来たな?」

 “ゴ”は、グロンギの階級においても上から2番目に位置する。

 その階級相応の力を持ち、手の平サイズのアクセサリーを身の丈程の武器に変化する事ができる。

 今回は既製品の鉄剣を変化させただけだが、それすら本来は難しい。

「はは、おかげで暫くは身体能力は落ちるし部分変化もできなくなるけどね。でも入学式までには回復するよ」

「そりゃあ良かった」

 肩を貸すことで空は何とか立ち上がる。

 装備はボロボロであるが、回復ポーションのおかげか傷自体は少ない。

「さて、もう一人の重症人はっと」

 ヨタヨタともう一人の功労者の下へ向かう。

 空の負担もあるが、博自身も戦いで疲労困憊だ。

 時間を掛けて歩けば、空と同じように倒れ臥す咲が居た。

「うぅ、すいません。手を貸してください」

「気にすんなって。咲の力が無かったらもっと酷い事になっていただろうからな」

 少なくとも彼女の一撃が無ければ、背後を取る事はできなかっただろう。

 空が倒れないように気をつけながら、彼女を起こす。

 何とか立ち上がることは出来たが、博という支えが無ければ歩く事はままならない。

 結果、両手に花というか、多数の男子から羨望される状況だ。

 しかし、悲しいかな、疲労が重すぎてこの幸運を味わう余裕は無かった。

「そうだ。2人に聞きたい事があるんだけどさ――」

 2人に話すのは騎士の魔石について。

 人型の魔物は、基本的に心臓の位置に魔石がある。

 たまに、頭や足など変わった場所に在る時もあるが、基本的には胸である。

 今回の場合、胸部に大穴を空けても尚、その存在は確固たる物として残っている。

 さすれば、頭か腹か、どこかに別の場所あるのだろうが、その魔石を探さないで放置する提案だった。

 自身からすれば死力を尽くして戦った相手だからこそ、その遺骸を傷つける事はしたくなかった。

 無傷の魔石、それも一ダンジョンのボスの代物。

 庶民からすれば数年は遊んで暮らせる価値の存在。

 それを放置するという、普通であれば、パーティの瓦解に発展しかねない提案。

「いいんじゃない? 私としては戦士の死屍に鞭打つ行為はやりたくないし、何よりそんな元気が無い」

「私も構いません。博さんが言いたい事は共感できますし、例え模倣(コピー)だとしても狂気から解き放たれたのなら静かに眠らせてあげたいですから」

「……ありがとな」

「いいよ。どうしても気になるのなら、私と咲に借り一ってことでね」

 結局は単なるエゴに過ぎない。

 だが、それでも理解してくれる仲間に感謝する。

 闘技場に2つしか存在しない選手の出入り口。

 その片方の門が開かれていた。

「じゃあ、後はそこの出口から帰還して入学資格を受け取るだけだし、落ち着いたら打ち上げでもしようか」

「あー良いね。じゃあどこにする? 安心安定のチェーン店? それとも個人経営にする?」

「あ、それなら良いお店を知ってますよ。学生割引もあって安く利用できるお店が――」

 出口に向かって歩を進める3人。

 彼らを越えるように巨大な影が横切った。

 地面を揺らし重厚音を奏でながら、彼らの目の前に降り立つのは騎士。

 胸に巨大な穴を開けた騎士だ。

「あ、ははは。こっちはもう腕も上がらないんだけれどなー?」

「手札は切り尽くして疲労困憊……お手上げですね」

「再起動だと! 有り得るのか、こんなネクス――ってふざけてる場合じゃないよなぁ」

 出口は騎士の後ろ、それも遠くだ。

 2人を置いて走ったところで、背中から切り捨てられるだけ。

 空と咲は歩く事すらままならないし、博一人では凌ぐ事すらできない。

 まさに万策尽きてしまった。

「Gu――」

 目の前に立ち塞がる騎士は、何かを確かめるように3人へ視線を向けるだけだ。

「戦意は……無さそうですね」

「あれ? あの大剣は? 手に持ってないよ?」

「……倒れていた場所にも無いな? どこへ行った?」

 騎士の唯一無二の武器。

 それは見渡す限り、どこにも見えなかった。

 困惑する彼らに、騎士は動く。

「Gu――a!!」

 大剣を無くし空いた右腕、それを叫びと共に胸の大穴へと差し込む。

「うぇぇっ!? 何してるの!?」

「呪い、とは違うようですね」

「え、何? 何なのこの状況?」

 呆然とする彼らを置いて、騎士は叫び声を響かせ腕を動かす。

 それは何かを探す動きの様にも見えた。

「a――ッ!!」

 何かが引きちぎれるような音と共に腕が引き抜かれる。

 その手に握るのは一つの石。

 宝石の様な妖しい輝きを持つそれは魔石。

「自分で魔石を? 何でだ?」

「――――」

 魔石を握る右腕は、疑問を浮かべる彼らに差し出される。

「受け取れって事か?」

 見上げるが、その兜は動かない。

 ただ、視線のみが突き刺さる。

「博、立つ位なら大丈夫だから」

「はい、博さんが受け取ってください」

 左右からの声に促されるまま手を伸ばす。

「そ、それじゃあ、貰うぞ」

 その魔石は巨躯の騎士ですら片手から零れそうな大きさ。

 半分ほどの体では、両手で抱えるように持つしかない。

 手に掛かる重さは、息を呑むほど重い。

 単に大きいのもあるが、目の前の騎士の命そのものの重さでもある。

「“深淵歩き”の“アルトリウス”。貴方程の騎士と戦えた事、誇りに思う」

 それは心からの賞賛だった。

 例え模倣(コピー)であっても、元がゲームの中の存在だとしても。

 その研鑽された強さは、本物だった。

「…………」

「あっ、体が!」

 確かに魔石は渡された。

 魔石という存在の楔を失った騎士は、終わりを迎える。

 あれほど堅牢であった鎧は、その末端から塵と化し崩れ落ちる。

 一度、始まった崩壊は留まることなく、全身が崩れ落ちるのは一瞬だった。

 後に残るのは塵の山でしかなかった。

 

          ○

 

「……これで本当に終わり、かな?」

「そう、みたいですね」

「全く……最後の最後まで気が抜けないな」

 両手に抱える魔石を見る。

 床が見える程に透き通る魔石。

 エネルギー原としても、装飾としても上物だ。

「ここまで、色々起きるとこの魔石にも何かありそうだな。こう、換金の時に砕けたり?」

 それは憶測に過ぎないジョークであった。

 本心としては、これ以上のイベントはもう勘弁して欲しい。

「そんな事言っていると、フラグが立っちゃうよ? ありえそうだけどさー」

「案外、ドリームソードの余波でボロボロになっているかもしれませんね」

 騎士という最大の脅威が消え去った事で、懸念事項はこの魔石だけ。

 だが、そんな話は聞いた事は無い。

 だからだろうか、2人の声色も明るい。

「案外ちょっとした衝撃で粉々になったりな。そうそう、こんな風に罅が入っ、て……?」

 それは嘘から出た真か。

 透き通る程の透明度は、無数の罅によって見る影も無かった。

 それどころか罅から光が溢れている。

「嘘だろ!? 言ってみただけなのに!?」

「フラグが成立しちゃったか……」

「早く! 早く投げてください!」

 光は徐々に輝きを増し、刹那の内に目も開けられない光度に達する。

「何の光!?」

 目も眩む光の中、何かが砕ける音だけが響く。

 光が止んだ時には、巨大な魔石は影も形もなかった。

「えーっと、これはプレゼントって事でいいのかね?」

 手の中に魔石は無く、代わりにとでも言うかのようにそれは存在していた。

「それってあの騎士が持っていた大剣?」

 騎士が振るっていた物に比べれば、半分以下の大きさだ。

 それでも大剣に類する大きさではあるのは驚きだ。

 戦いの記憶を起こしても、大剣の装飾や形状は全く同じだった。

「剣の上に何かありますね? 指輪とペンダントでしょうか?」

 それは2点の指輪と1本のペンダントだ。

 はっきり言って、大剣よりも価値があるかもしれない。

「……最後の最後にとんでもない物置いていきやがったな」

 その価値が正しく分かるのは、“DARK SOULS”の知識を持つ博だけだった。

「これは遠吠えする狼、でしょうか? この指輪は“狼騎士”の異名と関係があるのでしょうか?」

「もう一つは緑色の石だけ付いたシンプルなものだね。その銀のペンダントは何かの紋章が刻まれているね」

 指輪はどちらも、“狼騎士”と“深淵歩き”の異名を表したもの。

 そしてペンダントに刻まれるのは“騎士アルトリウス”の紋章だ。

「魔石……無くなったな」

「いいんじゃない? 始めから取る気は無かったんだし、こんな業物の大剣はお金で買えないだろうしね」

「指輪やペンダントからも何らかの強い力を感じますし、何かしらの術具でしょう。大まかに換算しても先ほどの魔石一つじゃ総額に届かないでしょうから、むしろお得?」

 物欲しげな顔で大剣を眺める空と冷静に分析する咲。

「――で、何時もの事だけど、博はこれが何なのか知っているみたいだね」

「え? そうなんですか?」

「……今日は疲れたし、今度で良いか? 俺も少し情報を整理したいし」

 問題の先送りでもあるが、純粋にもう休みたかった。

 布団があれば丸1日は寝ていられる気がする。

「ま、仕様がないか。私達も疲れたし、汗も流したいもんね」

 予想に反してあっさりと矛を収める。

 “モーフィングパワー”の過負荷は予想以上に辛い様だ。

「そっ、そういえば……あ、汗臭くありませんか?」

 空の一言で気づいてしまったのか、落ち着かない様子を見せる。

 仕方ないとはいえ、体重を支えるために密着する形となってしまっている事が恥ずかしいのだろう。

 容赦なく全体重を掛けてくる空とは正反対だ。

 ……あ、これ答えに失敗したら駄目なパターンだ。

 咲から見えない位置に、空からのメッセージが届く。

 背中の肉は万力の如きそれに摘まれ、間違えた瞬間にプレス加工されてしまう。

「そんな事ないけれど? それよりも俺の方が大分キツイと思うんだけどさ。今までに返り血とか浴びてるし」

 嘘です、生臭さに混ざって何か甘い香りがします。

「そ、そんな事ありません。血の匂いは仕方のない事ですし、慣れてますから!」

 顔を赤くして否定する。

 その後は、何か言いたいようで口を開閉するが、それ以上の追及は無かった。

 対応は合っていたのか、万力から解放されたようで一安心だ。

「……っと、とりあえずこれ以上何かが起こると面倒だしさっさと出ようか」

「そうですね! 早く出ちゃいましょう!」

 果たして、出口を潜り抜ける前も後も何事も無く、彼らは生還を果たしたのだった。

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