これは確か…お兄様がお兄様になって1週間ぐらいした時の話ですわ。
毎日の特訓もうまくいき着々と力をつけた私たち。
いつもみたいに特訓していたのですがその日お兄様は大きな失敗を犯してしまいましたの。
いつもは避けられる攻撃を避けきれずにそのままフルボッコ…という具合ですわ。
その日のお兄様はすごくしょげていましたの。
「俺はやっぱりダメなんだ…アイツのために強くなるなんて…無理だ…」
と、うわ言のようにそうつぶやいていましたの。
その時のお兄様の姿はまるで家にきたばっかりのお兄様の姿に似ていました。
危うく儚くて少しの刺激で存在が消えてしまいそうな…
「大丈夫ですわ、失敗は誰にでもあるモノ…次に活かせればいいんですわ」
わたくしがそう言ってもお兄様は全く聴いていません。
心ここにあらずという感じで適当なあいづちを打つぐらいでした。
このままではだめだ、何か悪いことが起きる…わたくしの奥底の感情はそう言っていました。
そしてその夜の事でした。
わたくしの考えはどうやら当たってしまったようです。
「お兄様!お兄様!」
いつになってもベッドにこないお兄様。
不安になったわたくしはお兄様を探しに行きました。
暗い廊下にわたくしの歩く音だけが響きます。
それがわたくしの不安を増幅させて足をすくませる。
だがお兄様の事を考えれば幾分楽になった。
もうこのころからわたくしの心の支えはお兄様になっていました。
そして見つけました、お兄様を…。
「お兄様!しっかりしてください!お兄様!」
わたくしはキッチンで倒れているお兄様を発見しました。
ぐたりと倒れてまるで死んでいるようなお兄様。
不安に思いわたくしは早足に近づいた。
そこで初めてわたくしはお兄様の右手に大きなナイフが握られているのが分かりました。
闇の中でもキラキラと光るそのナイフ、刃の所に赤黒い血がうっすらと付着していた。
いやな予感が全身を襲う。
背中に冷や汗が溢れ呼吸も荒くなる。
「はぁはぁ…お…お兄…様…?」
わたくしは震える指で電灯をつけた。
キッチンがパッと明るくなる。
明りに一瞬目を細めるも急いでお兄様を見た。
そこには左手から血をだらだらと垂れ流すお兄様の姿が。
赤黒い血がたまって大きな池を作っている。
息を吸い込むと生臭い血の匂いがむわっと襲ってくる。
これは自殺だ。
慌てる自分自身とは裏腹に頭は冷静にそう答えを出した。
「お兄様!お兄様!」
わたくしは近くにあったタオルで傷口を縛る。
真っ白だったタオルはすぐに血で赤く染まる。
「ど、どうしたら…」
わたくしは何をすればいいかわからずにオロオロと慌てる。
その間にもお兄様は苦しそうな息をつき顔を真っ青に染めていく。
「そ、そうだ…救助を…呼ばないと…」
そう考えたわたくしは急いで電話を取る。
救急の番号を襲うと思ったが震える指はうまく機能してくれずに入力を何回もミスする。
「早く…早く繋がって…!」
ようやく番号を押し終えたわたくしは祈る気持ちで電話をかける。
やけにコール時間が長い気がした。
実際は数秒だっただろうコール時間も今だけは10分、1時間に感じられた。
電話の向こうでガチャリと音がする。
わたくしは急いで状況を説明した。
そして数分後…無事救助が訪れてお兄様は病院に搬送された。
「よかった…お兄様…ほんとによかった…!」
病院でなんとか一命を取り留めたお兄様。
目を覚ましたお兄様にわたくしは抱き着いた。
「イ…リ…?」
「よかったですわ…よかったですわ…!」
目頭がかっと熱くなる。
気が付けばわたくしはお兄様の胸の中に顔をうずめて泣いていた。
「どうして…どうしてあんなことを…自殺なんてしたんですの!」
「俺はあの娘に会いたくて…助けたくて…でも力が無くて…それで…」
お兄様はポツリポツリと感情を吐き出していった。
「俺にはあの娘に会う力もないんだ…こんなに苦しい想いをするならもういっそ死んだ方が…」
お兄様は吐き捨てるようにそう言った。
わたくしはお兄様のその言葉に怒りを覚えた。
ずっと…ずっと感じていたお兄様への不満。
それがこの言葉で爆発した。
「お兄様!あの娘あの娘って…今はわたくしがいますの!お兄様にはわたくしが…妹がいますの!なのにずっと違う人を見て…もっとわたくしを見てください!わたくしだけを見てほしいのですわ!」
そう、お兄様がいつも口にする"あの娘"への嫉妬。
誰かも知らない女の子にわたくしは嫉妬していました。
「私はお兄様が言ってるあの娘のかわりになれませんの!?私、お兄様を大事に思ってますのよ!だからお兄様も…わたくしを大事に思って…」
「ゴメン…!」
すべてをはき終える前にお兄様はぎゅっとわたくしの身体を抱きしめた。
温かくもありつめたくもあるお兄様の腕がわたくしを締め付ける。
「ゴメン…俺…ずっとアイツの事ばっかり考えて…イリの事考えてやれなかった…今はイリが俺の妹なのに…また妹を悲しませたりしないって誓ったのに…」
そのあとお兄様はずっとゴメンといいながらぎゅっとしてくれました。
わたくしはそんなお兄様の腕の中で泣き疲れて眠ってしまいました…。
「それがお兄様の左手首の傷跡の秘密ですの…」
「そうか…そんなことがあったからあの時俺の傷を…」
俺は自分の左手首を眺めてそう漏らした。
この傷にはそんなことがあったのか…。
俺は傷跡をなぞる。
もう完治しているはずのそこがちくりといたんだ気がした。
「そのあとお兄様は自殺なんてしませんでしたわよ…それにわたくしをとても大事にしてくださって…嬉しかったですわ…」
「やっぱりキョウヤってシスコンじゃん…」
「悪かったな、シスコンで」
ウサギの頭をわしゃわしゃとしながらそう言ってやる。
「や~め~ろ~!髪の毛が乱れる~!」
「それでは次のお話に…これはその数年後…お兄様とわたくしが初めて戦場に立った時の事ですわ…」