「お兄様…いよいよですわね…」
「あぁ、そうだな、イリヤ…」
ついに出撃の日。
わたくしたちは部隊の列に加わり待機していた。
周りにはわたくしたちと同じく10代くらいの人間がちらほら、あとは20~30代の兵士たちがいた。
「それにしても…お兄様…その格好は?」
「どうだ、カッコいいだろ?」
「…お兄様のバカさ加減に言葉も出ませんわ…」
「え、えぇっ!?」
今のお兄様の格好、それは真っ黒な甲冑で全身を包み込んでいるのだから。
多分絵本の中のハデスをモチーフにしてるんだというのはわかるんだけど…
一人だけ浮いてる…
周りの人達は胸当てとかはしてるけどここまでフル装備ではない。
わたくしは思わずため息を漏らした。
「そういうイリヤだって…この場に不釣合いじゃないか?」
「そ、そう…です?」
かくいうわたくしの格好はゴスロリ服。
この前お兄様が似合うんじゃないかといってたので着てみたのだが…
「戦場でそれは無いと思うんだけど…」
「だ、大丈夫ですわ!服の下にいろいろ仕込んでますの!」
「そ、そうか…」
と、そこで沈黙。
改めて周りと自分たちの格好を比較してみるとやはり…
うん、わたくしたち兄妹が何だかバカっぽく見える…
やはり普通の格好をしてきたほうがよかったかもしれない…
「…と、イリヤ。今日の作戦はどうなってるか覚えてるか?」
「もちろんですわ!」
今日のわたくしたちの出番。
それは他の部隊の補佐だ。
元々戦場が初めてだったわたくしたちは後方で他の部隊を支援しろと命令されていた。
初めての戦場で前線には就かされないのは嬉しい誤算だ。
とにかく今日のわたくしたちは支援に徹底していればいい。
これならヘタをしない限り死ぬことは無いはずだ。
「さて…お兄様!出撃の時間ですわ!」
「おう!俺たち兄妹の力、みせてやろうぜ!」
そしてわたくしたちは意気揚揚と出撃したのです。
この後地獄を見るとも知らずに…
「そっちいったぞ!追え!追え!」
「ぐっ…足をやられた…!」
「ダメだ…もう…持たない!」
銃声に混じり人の断末魔があちこちで聞こえる。
目の前は真っ赤に燃えている。
辺りにはもともと人であった肉塊が転がっているだけ。
わたくしたちはその肉の山を眺めながら立ち尽くしていた。
「イリヤ…これって…」
兜を脱ぎ捨てたお兄様が真っ青な顔をしてこちらを見る。
声もふるえているのが分かる。
「えぇ…全滅…ですわ…」
震える喉を抑え込みどうにかして声を絞り出す。
辺りを絶望の波が覆い尽くす。
どうしてこうなったのだろうか…
確かわたくしたちの部隊が潜伏中に奇襲されて…ベテランの兵士が食い止めてる間に逃げて…
で、逃げ遅れた人たちはみんな殺されて…わたくしたちは生き延びて…
もうどうすればいいかわからなかった。
思考が考えることを放棄する。
身体から力が抜け落ちる。
立っているのが精いっぱいだ。
「いや…諦めちゃダメだ…俺たちはまだ生きてる…ここから帰るんだ…絶対に生きて帰るんだ…」
「でも…もう…」
「弱音は無しだ。絶対に生きて帰れる…だって俺たち最強の兄妹だろ?」
無理やり作ったようなお兄様の笑顔。
だが確実に唇の端は吊り上っていた。
その顔につられて私も笑顔を作る。
「えぇ…そうでしたわね…わたくしたちは最強の兄妹…不可能なんてありませんの…」
「よし、いい顔だ!…この混乱だ、上手くいけば見つからずに逃げられるかもしれない…」
わたくしたちは重たい足を必死に動かして逃げる。
あちこちから響く人の叫び声が耳にまとわりつく。
わたくしはそれを振り払い逃げる逃げる。
罪悪感が押し寄せるがそれでも逃げる。
生きるために…
「あれぇ?どこに行こうとしてるのかな?逃がさないよ?」
と、ふいに後ろから戦場には似あわない無邪気そうな声が聞こえた。
「誰だ!」
バッと後ろを振り向く。
と、そこにいたのは…わたくしたちと同年代くらいの少年だった。
爽やかな笑顔にきれいに整えられた髪型、少し筋肉質な体。
見た感じいかにも優しげな好青年といったところだ。
だがそれは見た目だけ。
その少年から感じるオーラは百戦錬磨のそれと同じだった。
人を何十、何百も殺してきたような冷たい瞳。
身体だけではなく顔にまでべったりと付着した真っ赤な液体。
それを見ただけで彼は敵だ、戦ってはいけない相手だと本能が告げる。
「へぇ…ボクと同じくらいの年の子たちかぁ…ボク同年代の子って殺したことがないからなぁ…どんな声で鳴いてくれるのかなぁ…楽しみだなぁ…」
まるでプレゼントを開けるのをワクワクしている子供のような笑顔で彼はそう言った。
歪なその表情に全身に鳥肌が立つのが分かった。
喉がからからに乾き背筋につつぅと嫌な汗が伝った。
「あっ…殺すにはこれは邪魔だなぁ…気に入ってたんだけどな、この顔…ま、いいや…君たちにもっと面白い顔をさらしてやればいいだけだからね!」
と、少年は左手に持っていた大きくて丸い何かを捨てた。
ぼとりと地面を転がったそれを見てみる。
「ひっ…」
小さな悲鳴が喉からこぼれ落ちる。
それはなんと人の顔だった。
苦しげにうめき声をあげているような表情だ。
多分彼が殺した者だろう。
「お兄様…」
どうしようもなくてわたくしはそう声を出していた。
「あぁ…こいつはヤバい…逃げるぞ…」
そしてわたくしたちはもうダッシュでその場を離れた。
「へぇ…逃げるんだ…あっ!追い駆けっこだね!いいよ!僕追いかけっこなら負けたことないんだから!」
その無邪気な声が今は恐ろしい。
彼は笑いながらわたくしたちを追いかけてくる。
とにかくわたくしたちはひたすら走ってまるで死神のような彼から逃げ出したのだ…