「ここまでくれば…何とかなるか…」
わたくしたちは精一杯逃げ岩陰に身を隠す。
さっきまで走っていたのでやたらと息が上がっている。
身体から汗が噴き出して服にべったりと張り付き冷たくなっていた。
「このままやり過ごせればいいが…」
荒い息を吐きながらお兄様はそうつぶやく。
わたくしも必死にアイツが来ないように祈った。
だがそれはすぐに打ち壊された。
ざくりざくりと土を踏みしめる音が近くから聞こえる。
「今度は隠れんぼ?いいよ、僕が鬼だ…見つけたら殺してあげるからね」
嬉々とした声も聞こえてくる。
間違いない、さっきのアイツだ。
彼は手当たり次第に隠れられそうなところを潰していく。
このままでは見つかるのも時間の問題だ。
「お兄様…どうすれば…」
「あいつと戦うしかないか…合図をしたら出ていくぞ…」
「でも…!」
「あいつはまだ俺たちの居場所に気付いてない、なら今がチャンスじゃないのか?」
確かに言われてみればそうだ。
奇襲が成功すれば勝てる確率は高くなる。
それに勝てなかったとしても傷を負わせることぐらいは可能だ。
「なら行くぞ…アイツが背を向けた瞬間だ…」
「わかりましたわ…」
ごくりとつばを飲み込む。
背筋に冷や汗がはしる。
緊張のあまり手もふるえていた。
「イリヤ…落ち着け…」
「お兄様…」
わたくしの手にぎゅっとお兄様の手が重ねられる。
ポカポカとした温かさが重ねられたところから伝わり緊張の氷を溶かしていく。
なんだか心までポカポカしてきた気がした。
これならやれそうだ…
「よし…今だ!」
アイツが背を向けた。
その一瞬をついてわたくしたちは岩陰から飛び出し得物を向ける。
お兄様は剣を、わたくしは鎌をそれぞれ突き出す。
互いの武器が相手をとらえる。
その瞬間だった。
「やっぱりそこだったんだ…!」
彼は振り返り様に腰に下げていた剣を引き抜いてわたくしたちの攻撃を止める。
ギリギリと金属がこすれる音が響く。
刀身から真っ赤な火花が散る。
「くっ…」
このままじゃ危ないと思ったわたくしたちはいったん身を退く。
奇襲が失敗した。
これで勝率は大幅に減った。
もう小細工はできない、わたくしたちの持っている力を全てぶつけるしかなかった。
「イリヤ、俺がアイツを引き付けておく…その間にお前がとどめをさせ」
「お兄様!おとりならわたくしが…」
「妹に危険な目に合わせる兄貴が何処にいる?それに俺はお前を信じてる…お前なら絶対にしてくれるってな」
ぽふりとわたくしの頭を撫でてからお兄様はアイツに向かって行った。
銀色の刃が軌跡を描きながら敵を穿つ。
敵はそれを綺麗にかわして攻撃を入れる。
お兄様はそれをギリギリかわしてまた攻撃。
この繰り返しだった。
みた感じは一進一退だ。
けど確実にお兄様が押されている。
躱してはいるが身体には切り傷がたまっていっている。
やはりお兄様では無理なのか…
いや、わたくしが信じないと…!
お兄様が信じてくれたのだから!
「イリヤ!今だ!」
お兄様がアイツの動きを一瞬封じた。
その隙をついてわたくしは鎌を振り下ろす。
悲痛な悲鳴とともに真っ赤な飛沫が辺りに飛び散る。
ぼたぼたと胸元から血を流しながらアイツがゆらゆらとこちらを見る。
わたくしはその視線にぞくりとした。
なにせ見つめられた瞳には冷酷な殺意しか籠っていなかったのだから。
「フフ…あはは!楽しいな、楽しいな!僕をこんな目に合わせたんだ…すぐに死んでくれよ!」
彼はさっきよりも素早くお兄様を斬りつけていく。
どこにそんな力があるかわからない、でも確かにさっきのアイツとは比べ物にならない実力だった。
防御に間に合わず傷つけられていくお兄様の体。
ところどころから血が噴き出して苦しそうだ。
「お兄様!わたくしが…!」
懐から人形を取り出してそれを敵に放り投げる。
すると人形は自分の意思で動き相手を攻撃する。
「邪魔なんだよ!」
だがそれも相手の一刀で地に落ちる。
「はぁはぁ…こいつ…強い…」
隙が出来たお兄様はさっと身を退いて息を整える。
今のお兄様はあまりあてにはできない、ならばわたくしが…
お兄様にまだ見せていないあの力を使うしかない…
「お兄様、これから見ることは秘密でお願いしますわね…」
ざくりと震える足で一歩を踏みしめる。
でもその一歩は確かにアイツに近づいている。
手にした鎌に力を込めて精一杯に振りかぶる。
「えい!」
全ての力を込めてアイツに振り下ろす。
が、それも受け止められてしまう。
だがそれは計算通りだ。
「本当の攻撃は…こっちですわ!」
わたくしは鎌から手を離して何もない空間に手を伸ばす。
手を握ればそこには真っ赤な剣が現れる。
それを瞬時に敵に振りかざす。
ぐしゃりという感覚とともにわたくしの視界が一瞬真っ赤に染まる。
「今度は…こっち!」
またもわたくしは空間へ手を伸ばす。
今度は真っ黒な短剣を顕現させた。
それを今度は敵の足に突き刺した。
「ぐっ…あぁ…!」
苦しげな声をあげてもだえる敵。
情けなんて無用だ、次でとどめを刺す。
最後に取り出したのは黄金の剣、これですべてを終わらせる。
わたくしは残った力を振り絞って剣を彼に振り下ろした。
が、あまり手ごたえはなく代わりにカキンという乾いた音が辺りに響いた。
「へへ…さんざんやりやがって…クズが!」
彼はわたくしから受けた傷をもろともせずに剣を振るっていた。
普通の人間なら致命傷レベルだ、だがこれはおかしすぎる。
まさに化物だ…
「イリヤ!逃げろ!そいつは危ない!」
お兄様の忠告、だがそれは遅かったようだ。
気が付けばわたくしの身体は宙を舞っていた。
何が起こったかわからない。
世界がぐるりと一回転する。
「危ない!」
ものすごい速度で地に落ちる視界。
あぁ、このまま落ちて死ぬんだ…
「死なせるかよ!」
目をつぶり覚悟を決めた。
どれぐらいの痛みを感じるのかな…
そんなことを考えていたがいっこうにその痛みは訪れない。
わたくしは恐る恐る目を開ける。
するとそこには大好きなお兄様の顔があった。
「お…兄様…?」
「イリヤ…ちょっとそこで見ててくれ…俺がすべて決着をつける…」
お兄様は地面にやさしくわたくしをねかすと一人でアイツに向かって行った。
ダメ…今のアイツには勝てっこない…
「よくも俺の妹を…俺の大事な妹を…死んで償え!」
お兄様が恐ろしい速度でアイツに近づく。
そして剣を一薙ぎ。
アイツの身体から横一文字に血がほとばしる。
「まだまだ!」
お兄様は何もない空間に手を伸ばしてそして握る。
まさか…まさかとは思うが…あれはわたくしの…
でもどうして?
頭が目の前の光景に追いついて行かない。
ただわかること、それはお兄様がわたくしと同じ異能を駆使して敵を嬲り殺していることだけだった。
「はぁはぁ…」
お兄様は倒れたあいつを見下ろす感じに立っている。
手には血で真っ赤に濡れた刀身が握られていた。
対する彼は全身から赤黒い血を噴き出し顔をぐちゃぐちゃにゆがめていた。
「これで…終わりだ…!」
「や、やめて!助けて!まだ死にたくない!死にたくないよ…助けてママ!僕痛いの…!痛いの!怖い…怖いよママ!うぅ…グスっ…死にたくない…死にたくない…!」
これが死ぬ寸前の人間か…
滑稽なものだ。
さっきまであんな態度だったのに一変して今はこんなにも弱々しい。
「人を殺しておいて自分は死にたくないとは…最低だな、お前は…」
「最低でもいい…お願い…!僕はまだ死んじゃダメなんだ…僕がいっぱいがんばってママを元気にしないといけないんだ…お願い!殺さないで!」
これ以上は見ていられなかった。
口からはゴポリと血を吐き出し身体は失血のせいでぶるぶると震えている。
もう放っておいてもこいつは死ぬ。
どうせ助からない。
そんな命乞い無駄なのだ…
けれどわたくしの胸には痛い程の悲鳴が突き刺さる。
その命乞いに耳を貸してはいけない、これ以上きけば罪の意識に身を潰されかねない。
「お兄様!早くそいつ殺してぇぇ!」
気が付けばそう絶叫していた。
彼の哀れな姿と醜い命乞いに精神が崩壊寸前だった。
ぐしゅりという音が耳に届いた。
それ以降この場に一切の音は響かなかった…