「お兄様!どうしたんですの?最近調子よくありませんわよ?ぼぉっとして…」
「ゴメン…」
「それに話すのもあんまり意思がこもってませんの。ほんとにそう思ってますの?」
「ゴメン…」
「うぅ…ほんとお兄様どうしちゃったんですの…?」
ここ2,3日ずっとこんな感じでお兄様はぼけぇっとしてしまっている。
食事もあまりとらないし声をかけても上の空だし…
だいたいお兄様がこうなる時のパターンが読めてきた。
お兄様はなにかとても深いものを抱え込んでいるのだ。
多分今回もそれと同じ。
オシリスに出撃すると言われてからだからやはりそこが原因だろう。
「お兄様…そんなにオシリスに出撃したくありませんの?」
オシリスに脅威があるなんて到底思えない。
だってあの国は数年前の大きな戦いで敗北しているからだ。
オシリスの主力兵力はその戦いで壊滅状態に、今は学生が主な戦力だとか…
ん?学生…?もしかすると…
「お兄様は相手がわたくしたちと同じ年代だから出撃したくありませんの?またあの悲劇を繰り返さないために…」
お兄様はこくりと頷いて見せた。
やはり過去のあれが原因となっているようだ。
わたくしも実際には出撃したくない気分だ。
武器を持った学生は途端に性格が豹変する。
その豹変は恐怖に怯えたり殺戮に愉悦をおぼえたり…
とにかくその変化はわたくしたちにとっては脅威でしかないわけだ。
「それに…」
「ん?なんですの…?」
ここ数日ぶりにお兄様が自分から口を動かした。
「それに…オシリスには俺の大切な人が居るんだ…」
「お兄様…その大切な人って…」
「ゴメンイリヤ…これは絶対に誰にも言えないことなんだ…俺がここで生きていくためにも…誰かに聞かれてたらまずいんだよ…」
「お兄様は…お兄様はわたくしにさえ話してくれないのですね…やっぱりわたくしはお兄様の大事な人にはなれないってことですのね…」
「そんなことは…!」
「いいんですの!どうせわたくしは他人ですわ!妹だっていうけど血の繋がりなんて全くない!そんなよそ者のわたくしに言える秘密なんてありませんわよね!」
うちにたまっていた色々な感情がダムが崩壊したように溢れ出す。
その崩壊はお兄様へのやつあたりとして発散されていく。
自分の口から思ってもいないことが次々と飛び出す。
まるで自分の口が自分のモノではないみたいだ。
あぁ…心が痛い…
お兄様は傷ついているのにもっと傷つけてしまった。
とてもひどい自己嫌悪で心がぎゅっと締め付けられる。
「イリ…!」
「お、お兄様!?」
お兄様はわたくしの本当の名を呼びぎゅっと抱きしめた。
温かい腕が冷えた私の心を抱きしめる。
ただの抱擁のはずなのに心がやけに落ち着く。
「ゴメンな…ゴメンな…俺はお前の兄貴なのに秘密なんて作っちまって…けど…けど…」
「いいですわ…わたくしも言いすぎましたの…わたくしだってお兄様に話してない秘密の1つや2つありますの…」
「イリ…」
またお兄様は強くぎゅっと抱きしめた。
強いはずなのに脆い抱擁にわたくしは身を任せた。
「これは俺の独り言だ…きいても何もツッコむな…」
お兄様はそれだけを言うとすぅと息を軽く吸い込んだ。
「俺はもともとオシリスの人間だった…訳あってこっちに連れてこられたんだけど…その時に約束したんだ、必ずお前を迎えに行くって…あの泣き虫で俺にべったりで俺がついていないとだめなあいつ…俺の大好きなアイツにもう一度会わないといけないんだ…」
お兄様はそれ以来喋らなくなってしまった。
わたくしも何も言えなかった。
お兄様の隠してきた過去の断片、それがどんな悲惨なモノでもかいまみれただけでも十分だ。
それ以外に何を望む…
「お兄様…これもわたくしの独り言ですわ…」
少し考えを巡らせてからわたくしはそうつぶやいた。
「今回の作戦はわたくしたちが要…ならわたくしたちがその戦いに参加しなかったら…たぶんそれで今回の作戦は潰れるはずですわ…わたくしはその日は病気をしたということで家にいるつもりですわ」
戦線逃亡は重罪に処す。
この国の法律だ。
もし逃亡なんてしようものなら地下で30年間の強制肉体労働、もしくは一生王族の男の相手をしなければならなくなる。
最悪の場合公開処刑だってあり得る。
だがわたくしはその罰を受けない自信がある。
わたくしの力がなくなればこの国の戦力は大幅に落ちる、それだけは絶対に避けたいところだろう。
だからわたくしはその場しのぎかもしれないけど逃亡することに決めたのだ。
「ありがとな…イリ…」
「感謝される心当たりが全くありませんわよ、お兄様?」
「そうだったな…あぁ、俺なんだか吹っ切れたよ。これも全部どこかの誰かさんのおかげかな」
「うにゅぅ…髪の毛わしゃわしゃするんじゃありませんの~…」
その3日後、戦争前夜。
その日お兄様はわたくしの前から姿を消した。
お兄様の失踪を知ったのは当日の朝、いつまでたっても起きてこないお兄様を探したが見つからなかった。
代わりにわたくしの部屋の机の中から手紙が見つかった。
わたくし宛の手紙…もちろん間違いなくお兄様の字だ…
わたくしは急いでその手紙を読み始めた。
『イリへ…きゅうにいなくなってゴメン…だけど俺はいかなければならないんだ、あいつの元へ。あいつは今も俺の帰りを待っていてくれてるかもしれないんだ、だから行く。イリにはいろいろ迷惑かけたことを謝らなければいけないな。初めて会った時から俺のことを心配してくれて…俺を励ましてくれて…俺が落ち込んでたらずっと俺を支えてくれて…はは…俺励まされてばっかりだ…お兄様としてカッコ悪いな、俺…でも、ほんとにオマエがいてくれてよかったと思ってるんだ。お前がいなかったら今頃俺は死んでたからな…最後になるが…この手紙は呼んだら焼き捨ててくれ。逃亡の共犯とみなされることがあるからな…イリのお兄様キョウヤより…』
手紙を読んでいるうちにだんだんと涙があふれてきた。
今までのお兄様との思い出が脳裏をかすめては消えていく。
最初で最後のわたくしの大好きなお兄様が消えていく…
心がぽっかりと抜け落ちてしまったようだった。
「お兄様…何で勝手に…!」
それはわたくしに迷惑をかけないためだというのはわかる。
お兄様なりの気遣いだというのもわかる。
けど…やっぱりお兄様のそんな気遣いが嫌いだ。
「…裏面にも…何か書いてますわ…」
ペラリと裏返してみるとそこには小さくこう書かれていた。
『今までありがとう…大好きだぞ、イリ…』
「私も…大好きですわ…お兄様…!」
その日の作戦は頓挫(とんざ)した。
理由は簡単だ、逃亡したお兄様を探すため。
そしてその翌日…お兄様が死んだという報告が入った…
わたくしは泣いた、ひたすらに泣いた。
涙が枯れても泣いた。
多分1日中ずっと泣いていたと思う。
もう大好きなお兄様がこの世にいないというのを受け入れられずに…
どこかで生きているという一縷(いちる)の望みを託して…わたくしはその日星に願いましたの…
「お兄様と…必ず生きて再開できますように…お願いします…」
「その結果がこれですわ!あぁ…やっぱりお星さまは神様ですわ!」
「そ、そうか…」
「うぅ…キョウヤぁ…ティッシュとってぇ…涙と鼻水が止まんないよぉ…」
「センパイ…私もぉ…」
「お兄ちゃぁん…私は胸貸してぇ…お兄ちゃんの胸の中でわんわん泣くもん…」
「お前らなぁ…」
とりあえず泣き喚く奴らにティッシュを渡していってやる。
俺もとりあえず目尻をぬぐった。
「そして!これがあの時のお兄様の手紙ですわ!」
「うっわぁ…ほんとに大好きって書いてる…キョウヤってば…最後までシスコンだったんだ」
「や、焼き捨てたんじゃ!?」
「そんなことできるわけありませんわ…これは大好きなお兄様がわたくしに残したラブレターですもの…」
「うぅ…お兄ちゃん…私にはラブレターくれないの?このエセ妹だけラブレター貰ってずるい!」
あぁ…そんなもの持ちだすからまた話がこじれるじゃないか…
それにしても…やっぱり俺が言ってたあいつって…
ユキのこと…だよな…?
でも、確証はないし…
ユキもそう思ってる…ってことはないよな。
まぁこれは永遠の謎ってことにしても面白いだろう。
「もぅ!お兄ちゃん何にやけてるの!」
「えっ!?俺にやけてた!?」
「えぇ…センパイの顔面が気持ち悪い程に…」
「キョウヤってばそんなにキモくなるまで何考えてたの?…やっぱりウサギちゃんとパフパフする!?」
「いいえ!お兄様はわたくしとイチャラブするのですわ!久しぶりの兄妹水入らずの時間を過ごしたいに決まっていますの!」
「兄妹水入らずなら私もそうしたいんだけど!なんてったってお兄ちゃんのホントの妹なんだから!」
「せ、センパイが望むなら…その…私…いやじゃないよ?」
お前ら…何変な期待してるんだよ…
あとお前らの中で俺はそんなに変人なのか…?
俺はため息をこぼすしかなかった…