「ヒカリ!お前が行っても何も変わらない…だから待ってろ!」
「ヤダ!デンシを助けにいくもん…!ヒカリが…ヒカリが助けてあげないと…!」
「お前に何ができる…行っても殺されるだけだ!」
洞穴を抜けるとそこにはヒカリとナイトがいた。
顔を涙で濡らしキンとした高い声で泣き喚くヒカリ。
少女の手を必死につかみ悔しそうに歯噛みをしているナイト。
「あっ!キョウヤセンパイ…!この子を何とかしてくださいっス!さっきから行くって言って聞かないんす!」
何が起こっているのかさっぱりだった俺にリュウセイが声をかけてくれた。
ちなみにリュウセイはちょっと先の茂みの近くで武器を構えている。
敵に備えているようだ。
「キョウヤお兄ちゃん!ヒカリ行ってもいいよね…!?ね…?行かせてよ…」
今度は俺に縋り付くように懇願するヒカリ。
だが俺もナイトと同じで断ることしかできなかった。
なぜならこんな小さな子供を死ににいかせるなどどう考えても出来なかったからだ。
この子にはまだ未来があるのだ…それを俺たちが潰してしまっては…
「ねぇ…早くしないと…デンシが…デンシが…」
涙でぬれた弱々しいヒカリの声がだんだんと消え入る。
そしてその場に崩れ落ちた。
「大丈夫…私たちが助けにいってくるから…だからヒカリちゃんはここで待ってて…」
ユキはヒカリと同じ目線で優しくそう言い聞かせた。
言葉は優しいもののそこには確実に強い意志が込められていた。
「お兄ちゃん…早くいこ…じゃないと…」
「そうだな…デンシが危ない…」
俺達が一歩を踏み出そうとした時だった。
どこからか不敵な笑い声が聞こえてきた。
聞いているだけで不快になるような男の声だ。
「敵!?」
とっさに武器を構えて周囲を警戒するがどこにも敵の気配がない。
声が聞こえる範囲にいるなら少しでも気配を感じるはずだ…
だが…それでも気配がない…上手く殺されている…!
「キミたちが探してるのはこの子かな?」
「なに…?」
その声とともにどさりと大きな何かが茂みから放り出された。
赤黒くてぐにゅっとしていて大きな肉の塊…
それがごろごろと地面を転がりそして俺たちの足元で止まった。
それを確認したいという衝動と絶対に見てはいけないと本能がせめぎ合う。
これを見ればどうしようもない絶望に潰されるぞ…
本能はそう声高々に叫んでいた。
「ひっ…」
そう短く声をあげてユキが俺に抱きついてくる。
その顔は真っ青でがくがくと身体が震えていた。
どうやら見てしまったようだ…
「お…にい…ちゃん…これ…」
妹は震える指でその肉塊をさす。
絞り出すように出た声、それが空気に溶けて消えていく。
俺は妹の指すそれを…見た。
「うっ…」
その瞬間こみ上げる吐き気。
直視できないほどにえげつなく壊されたそれは人の体。
身体のパーツはところどころ抉られたように欠損してむごたらしい断面を見せつけている。
赤い肉片がこべりついた骨が断面から飛び出ているところもある、そこから考えられるのは肉を引きちぎられたということだ。
腹だと思われるところからは内臓と思しき赤黒いぐにゅぐにゅが飛び出している。
まるでスライムのような赤黒いそれは体のところどころから飛び出してしまっていた…
顔面は右半分以上が吹き飛ばされていて真っ赤な血液と脳汁が混ざった何かがだらだらと漏れ落ちていた。
残された顔も誰だか判別するのは難しい程に欠損されていた。
だがこれだけはわかる…苦痛に顔を歪めてこの世のすべてを呪いながら死んだ…残された顔のパーツからそんなことが読み取れた。
この光景に加えて言葉にすることすらためらわれてしまう臭気に胃の中のモノがすべて逆流してしまいそうになるのを必死にこらえる。
脳内にこべりついたその光景を消そうと必死に努力する。
が、それは消えるはずもなく消そうとすればするほど深く深く記憶の奥底までもぐりこんだ。
「これって…」
「でん…し…?」
ヒカリがぼそりとそうつぶやいた。
はっとしてヒカリのほうを見たがもう遅かった。
ヒカリはその肉塊を見て…デンシ、とそうつぶやいたのだ。
「なんでこんな…」
ガクリと膝をついてがたがたと身体を震わせる。
そしてスイッチを切るかのようにその体から力が抜けてどさりとその場に横たわってしまった。
死肉の匂いに混じってアンモニアのような独特の臭気も鼻をついた。
見るとヒカリはあまりの恐ろしさに失禁してしまっていた。
この子にとってこれはあまりのも残酷な光景だったに違いない…
こんなことをするなんて…人を冒涜しすぎだ…
「喜んでもらえたかな?…って聞くまでもないか。そこの小っちゃいのが失禁しながら気絶しちゃってるもん。出来は最高だね」
どこにいるかもわからないその男は歓喜に満ち溢れた高笑いを上げた。
「おいクズ野郎!…出て来いよ…ぶっ殺してやる…!」
その笑い声を掻き消すように声を荒げたのはリュウセイだった。
いつもの飄々としたちょっとした手に出るような喋り方ではない、今まで聞いたことのないような…まるで刺すような荒々しい声を上げた。
その瞬間その場のすべての音が消えた。
その空白は何か不吉な事のおこる前触れだと俺は思ってしまった。
「ちっ…このガキが…俺を殺すだと?笑わせる…だが…その威勢だけは認めて…お前から殺ってやるよ!」
その瞬間その場の殺気が一気に飽和するまで満ち溢れた。
肌に張り付くような殺気、今まで感じたことのない部類のそれに俺の脚はがくがくと震えていた。
「お兄ちゃん…」
ぎゅっとユキがしがみついてきた。
だが俺はそれすらもわからなかった。
その殺気ですべての感覚がマヒしてしまっていた。
歴戦を潜り抜けたナイトでさえそれに怯え屈してしまっていた。
がさり…と茂みが動いた。
そこから…来る…!
だが俺は動くことができなかった。
足がしばりつけられたように動かない。
このままじゃ…リュウセイが…!
「はい、捕まえた」
「な、なに…」
その声が聞こえたと思った瞬間にはリュウセイの首には真っ赤に染まったナイフが突きつけられていた。
朝日を浴びて鈍色に光るそれから滴る赤、それは不謹慎ながら綺麗だとさえ思ってしまった。
リュウセイの後ろに立つ存在、ところどころに赤が混ざったクロのローブを身に纏う高身長の男、その顔には不気味なお面がつけられていた。
不敵な笑みを浮かべたお面、その奥からはぎらぎらとした殺人者の瞳が覗いていた。
「さぁ…こいつを助けたかったら…君たち全員ここで自害しな」
何だと…
気味の悪い高笑いがその場の全員を包み込んだ。
「できるわけないよねぇ?だって自分の命が大事だもん。こんな奴一人の為にみんな死ぬわけないもんねぇ?」
男はかかかと愉しげに笑った。
こいつは今まで出会った中で一番のゲスだ…あのアインという死神よりも腐ってやがる…
「おい…ふざけんじゃねぇよクズが…俺たちが選ぶのは3つ目の選択肢…お前が死ぬってことだ…!」
声を上げたのはナイトだった。
剣を抜き取り何か術のようなものを唱える。
するとナイトの周りに真っ赤な炎が渦巻いた。
「殺してやる…絶対に殺す!」
「あっそ…」
熱のこめられたナイトの言葉とは対照的にお面野郎の言葉はありえないほどに冷たかった。
それを人が発しているとは思えないほどに…
「死にさらせぇ!」
爆発的な瞬発力を発揮してまるで弾丸のような速度で敵に向かっていくナイト。
瞬きする間にナイトはもう敵の目前にいた。
そして真っ赤な絵の具が夜明けの真っ青なキャンパスに散った…