リュウセイが必死に口を動かして死にたくないと懇願する。
だけど彼の命はもうおしまい、万が一助かる可能性もあるって仮面の男は言ってたけど…
そんなこと私は信じられなかった。
あれは誰がどう見ても死ぬ、だってあんなに血を噴き出して呼吸もうまくできてない。
例えあの血が止まったとしても身体にいきわたる血を作り出す機能が追い付かなければそれまでだ。
結果として彼には死ぬ道しか残されていない。
なのにお兄ちゃんたちは躊躇っている。
そのザマを見ているだけで私の心は冷たく冷めてしまう。
今が絶好のチャンスだというのになぜ攻撃しないのか。
私は不思議でたまらないのだ。
(うっ…頭が…)
刹那、私の頭に軽い痛みが走った。
その痛みは私の思い出したくない記憶の一つをひっかきまわす。
(やめて…もう…あのときみたいなことは…二度といや…)
脳裏に張り付いた記憶を振り払うように頭を振る。
知らぬ間に息が荒くなっているのに気が付く、どうやら自分は相当に動揺してしまっているらしい。
それはそうだろう…だって昔とほとんど同じ光景なのだから…
(でも…昔と同じになんて…させない…!今の私には力がある、守りたい人が居るんだ…!お兄ちゃんを…お兄ちゃんを絶対死なせたりはしない…!)
やっと会えた私の大好きなお兄ちゃん、妹だというのに私を選んでくれたお兄ちゃん、もうずっと離れないって言ってくれたお兄ちゃん…
そのお兄ちゃんを守るためなら…私は…
「ウサギ…その銃借りるね…」
「え…?」
私はウサギの手に構えられていた銃を奪い取る。
ずしりとした重みが手にのしかかる。
これが…命の重み…命を奪うモノが背負う重み…
軽い…軽すぎる…こんなものが人一人…いや数十人以上の重みと同等なんて…
私は思わず笑ってしまった。
人はどうしようもない理不尽に襲われた時笑うというが…なるほど、確かにそうだ…
いや、今はそんなことどうでもいいか…私がやるべきことは一つ…
「あいつは…私が殺す…」
私の大切な仲間を、居場所を、お兄ちゃんを奪おうとするアイツを殺す…!
ただ…それだけだ…
私は銃をアイツに向けてそのまま引き金を引いた。
そう、何のためらいもなく、リュウセイに当たるという不安もなく、まるで心が機械になったかのように…引き金を引いたのだ。
バンっ!
渇いた音がその場に鳴り響く。
反動で腕が吹き飛びそうになるがなんとか踏ん張り続けざまにバン!さらにバン!、と引き金を引いた。
鼓膜を震わせるような破裂音、そして鼻をつく火薬のにおいが私の心を凍てつかせていく。
鉛の弾が私の放つ銃から吐き出された。
それは超高速の殺人兵器として目的へと吸い込まれていく。
私の目には全ての動作がスローモーションに見えた。
鉛弾がはじけてやつの身体に吸い込まれていく…そして…
「ぐっ…」
奴の身体に着弾した。
アイツの悲痛なうめき声をきいた瞬間に私の世界は時間を取り戻した。
引き金を引き続ける私、まるで暴風雨のように吹き荒れる弾丸の嵐、そして吹き上がる真っ赤な命…。
その光景をまるで画面の中の光景のようにただひたすらに無感情で見ている私がいる。
弾丸がリュウセイの身体に吸い込まれていく。
彼は弾丸の雨にさらされてまるで壊れたロボットのように体を不規則にその衝撃で震わせる。
それでも私は無感情だった。
心が冷えて…寒い…
私の耳に誰かの声が聞こえたような気がしたがそれは火薬の爆裂する音で掻き消されてしまった。
そんなことお構いなしに私は引き金を引き続ける。
私の大切なモノを守るために…
でも…でもなんで…こんなに心が寒いのだろう…
「やめろ…ユキ…お願いだ…」
その刹那私の身体は温かなぬくもりに包まれた。
それは家族のぬくもり、愛する人のぬくもり…
その熱で私の心は熱を、人間らしさを取り戻した。
「お…にい…ちゃん…?」
(私は…何をしていたの…?)
私はガチャリと銃を落とす。
銃は大きな音を立てて地面を転がっていった。
「はは…こんな異常者がいるなんてな…イテテ…こんなに傷つけられたのは久しぶりだ…」
仮面の男が何かを言っている…けど…私にはそんな声は聞こえていなかった。
お兄ちゃんの熱を浴びた私は一種の混乱状態に陥っていた。
そこからは何が起こったのか覚えていない。
ただわかるのはアイツが怪我を負って逃げて行ったことだけだ。
けど…そんな混乱から目を覚ましてくれたのはお兄ちゃんだった。
「ユキ…お前…!」
お兄ちゃんが私の下に走り寄ってくる。
よくやったって褒めてくれるのかな?それとも大丈夫だったかってぎゅっとしてくれるのかな?
私の胸の中には淡い期待が渦巻いていた。
けど…そんなのがただの幻想だっていうのはすぐにわかった…
だって…お兄ちゃんの顔がとっても怖いんだもん…
いつものようにやさしい笑顔を浮かべるお兄ちゃんの顔じゃない、怒りという感情に支配された誰ともつかない顔だった。
「なんで撃ったんだ!仲間だろ?なんで…!」
「だって…」
(なんだ…そんなこと…)
私は一瞬顔を伏せてからお兄ちゃんの顔を覗き込んだ。
「もうアイツは助からない、なら撃ったっていいでしょ?私間違ったことした?結果はどう?あの仮面逃げて行ったでしょ?あそこでお兄ちゃんたちが躊躇ってたら私たちがリュウセイみたいなことに…」
そう、私はお兄ちゃんたちを助けたんだよ?
褒められはすれ怒られるのは筋違いだと思う…
「だからといって仲間を撃っていい理由にならないだろ!」
お兄ちゃんは明らかに怒気を孕んだ声音で私にそう言ってくる。
まるで私にすべての怒りをぶつけるかのように…
「なんで?」
だけどなんで私が怒られないといけないの?
私はみんなを助けたんだよ?
みんなを助けるのは当然のことで、ああするのも当然で…
あの状況でためらった方が異常じゃないの?
お兄ちゃんはまだそんなことが分かっていないようだ。
だけどその顔は理由を話せという顔だ。
そんな…私にお兄ちゃんが理由なんてない…
だから私は言った、"何で"って…
するとお兄ちゃんは怒りの表情から一転、今度は何か汚いものでも見るかのような目を私に向けてきた。
(なんで…何で私をそんな目で見てるの…?ねぇお兄ちゃん…私…お兄ちゃんを助けたんだよ…?)
ずるずると後ずさっていくお兄ちゃん。
なんで私から逃げようとしているの…?
「お前…狂ってる…」
「え…?」
お兄ちゃんが何かをぽつりとつぶやいた。
そしてその場で一瞬顔を伏せたかと思うと次の瞬間…
「お前は狂ってる!もう一緒にいることなんてできない…!」
バッと顔をあげてそう言い放ったのだ。
その時の恐怖に満ちた顔もそうだがお兄ちゃんの言葉が私の心を深く深くえぐった。
私の心は再び凍てついた…
お兄ちゃんはそのまま私に背を向けて走り出した、逃げたのだ…
「待ってお兄ちゃん!」
私の声には自然と涙が混じっていた。
だって…ずっと一緒にいようって言ってくれたのに…私をもう一人にしないって約束したのに…なのに…なのに…
涙で視界が霞む…
走り出そうにも足が動いてくれない。
その間にもお兄ちゃんは遠く、遠く走っていってしまっていた…
「お兄ちゃん…グス…ひぐ…」
私はその場に泣き崩れてしまった。
お兄ちゃんに嫌われた私なんて…もう…
「ユキ…大丈夫だから…たぶんキョウヤもすぐ帰ってきてくれるから…だから…ね?一緒にご飯食べながら待ってよ?」
ウサギがそっと手を差し伸べてくれる。
でも私はその手を…払った。
ウサギの…仲間の優しさを振り払ってしまったのだ…
「ゴメン…今はほっといて…」
かろうじて言葉を絞り出して私はのそりと立ち上がる。
そして行く当てもないが森の中へ入った。
モンスターが出てくるかもとか敵に襲われるかもとかそんなことが一瞬頭をよぎった。
けど…
(お兄ちゃんに嫌われちゃったんだから…もうこんな世界にいても意味ないよね…いっそ殺されれば…)
負の感情が私の心を支配した。
私はもう自分でもどうにもできないほどに冷え切ってしまっていた。
「お兄ちゃんなんか…大嫌い…」
私のつぶやきを木々がざわざわと嘲笑った気がした…