「それではお兄様…しっかりと押さえててくださいまし」
「あぁ…」
足に重傷を負ったイツキを治療することになったのだがイリヤ一人では無理なようだ。
俺はサポートということでこうしてイリヤの体を固定している。
もちろん俺だけでなくイリヤの人形も2体用意してくれている。
「センパイ、痛いよぉ…」
「わかった、もうちょっと緩める」
「ダメですわ!ちゃんと押さえておいてもらわないと暴れたときに手元が狂ってしまいますもの。ちょっとぐらい我慢してほしいですわ」
「はぁい…」
俺は改めてイツキの身体を抑える。
ぐっと押さえつけた彼女の身体はがくがくと震えていた。
それがだんだんと身体から血が抜け落ちていっている生理的なものか、今からの治療に対する恐怖かはわからなかった。
だってそのどちらとも取れるほどにイツキの容体は悪かったからだ。
右足に大きな裂傷、それも相当深い傷だ。
傷口の周辺を固定して血を止めようとしているが未だにドクドクと深紅の液体がこぼれ落ちて彼女の足元に水たまりを作っていた。
「ねぇ…早く、してよ…」
そしてイツキのメンタル、これも相当に弱まっていた。
言葉はどこか弱々しく額には汗をかき呼吸もままならない。
人間というのは恐怖を感じるとこうなってしまうのかと驚いてしまうほどだ。
「それではいきますわよ…まずは消毒からですわ。お兄様、しっかりと押さえててください…」
イリヤはカバンからアルコールの入った瓶を取り出してきゅぽんとキャップを外す。
そしてそれをイツキの傷口までもっていった。
「はぁはぁ…」
だんだんとイツキの呼吸が荒くなってくる。
それに伴って俺の動機も早くなった。
透明な液体が彼女の真っ赤に裂けた足に降りそそいだ。
じょぼじょぼ、じょぼじょぼと…
「ああぁぁぁ!い、いだいいぃぃ!ぎいいぃぃっ!」
その瞬間洞窟内に聞いたこともない叫び声が響いた。
イツキの鼓膜をつんざかんとするほどの悲痛な絶叫が、俺の耳を支配した。
「ううぅぅ!し、しんじゃうぅぅ!いたい…痛いよぉ!」
「我慢してくださいまし!」
ガタガタと今にも暴れ出しそうなイツキの身体を抑え込む。
だが彼女の反抗は強かった。
男の俺でさえてこずるほどのチカラで彼女は必死に痛みから逃れようとしたのだ。
人間のどこにそんな力が隠されているのか、そんなことを思ったが到底答えの出るものじゃなかった。
人の身体、それは痛みを与えるとここまで拒絶反応をおこすのだ、と俺は改めて思った…
「消毒終わりましたわ…」
「あ…あぁ…」
イリヤはイツキにそう話しかけるが彼女は虚ろな答えしか出さなかった。
いや、出せなかったという方が正しいだろうか。
あまりの痛みに彼女の思考はショートしてしまったのかもしれない…
「今度は縫合ですわ…お兄様、これを噛ましておいてくださいまし…」
イリヤが渡した物はタオルだった。
俺はイリヤの言うとおりにイツキの口にそれを噛ませて縛った。
まるで人質のようだと思ったがそれも仕方のない処置なのだ。
そうしないと彼女は痛みを耐えきれなくなってしまう。
「お兄様、今度はさっきより暴れると思いますわ…ですから…」
「あぁ、わかってる…」
俺はイツキが壊れてしまうのではないかと思うほどのチカラで彼女の身体を抑え込む。
だがその全力の力も、彼女の前では無力だった。
「んんぅぅぅ!ぐぎいいぃぃぃぃぃ!」
彼女の体に針が通った、その瞬間絶叫、そして精一杯のあがきが俺の体を襲った。
「お兄様!」
「わかってる!」
「ぎぎぃぃぃぃ!痛い痛い痛い痛い痛い!死ぬ!死んじゃう!…殺して!殺してよぉ!こんな痛いの無理なのぉぉぉ!」
ガタガタと暴れるイツキの身体、俺はそれを抑えつけながらなんとか彼女の耳元まで自分の顔を持っていった。
「イツキ、大丈夫だ…俺がついてるぞ…大丈夫、お前はきっとすぐによくなる…だから今だけは我慢してくれ…」
俺の言葉が届いたのか、彼女はようやく体を落ち着かせた。
「ふぅ…」
一息ついた瞬間だった、彼女の身体が大きく跳ねまた暴れはじめたのだ。
「お兄様!あれは気絶しただけですわ!気を抜かないで!」
「くっ…!」
結局彼女は治療が終わるまで痛みによる気絶と覚醒を数十回と繰り返した。
例え治療だとはいえ大事な友達をこんなことにしてしまっている俺たちの心はすっかりすりきられていた…