その日はいつもと変わらない、太陽が空にゆらゆらと輝き青白い空に大きな雲がただよっていた。
そう、いつもと同じような、これから起こることなんて想像させることすら許さない、穏やかな日だった。
私は今日も、昨日と同じようにいつもの公園でみんなを待っていた。
けど私の元に訪れたのは一人だった。
いつも通りのあの穏やかそうな雰囲気はどこへやら、一転して焦りの表情を顔いっぱいに浮かべたツキくんだった。
彼は額に汗を浮かべて、さらに呼吸も荒々しくてついさっきまで全力疾走をしていたように思える。
「はぁはぁ…ど、どうしよ…妹が…いないんだ…!」
「えっ…!?」
「さっきまで一緒にいたんだけど…俺が一瞬目を離した間に…いなくなってたんだ!」
「お、おちついて!こういうのは慌てちゃダメなんだってお母さんが言ってたよ?」
「そ、そう…だな…」
ツキくんは深呼吸一つ、そしてポツリポツリとさっきあった事を話し始めた。
いつものように私との待ち合わせの為に町に出てきた二人、だけどツキくんがおトイレに行っているちょっとの間にツキちゃんはいなくなってしまった…
あの臆病で怖がりでお兄ちゃんっ娘のツキちゃんがツキくん無しでどこかに行くなんてありえない。
「そ、そうだ!もしかしたらいっちゃんたちと会ったのかも!あの二人の所に行ってみようよ」
限りなく薄い希望、だが今はどんなに小さく脆い希望でも縋りつきたい気持ちだった…
だけど…やはり小さな希望は大きな絶望の前には無力だった。
「え!?ツキちゃんいないの!?」
「今日は私もお姉ちゃんもずっと家にいたから…分かんないの…」
「じゃあ…ツキちゃんは…?」
「誘拐…」
最悪のワードが頭に浮かんだ。
だけどその言葉がじわじわと現実性を持って私達にのしかかってくる。
ツキちゃんはあの体のアザのせいでみんなからよく思われてない、だから彼女をさらってどこか人目のつかないところで…殺す…
まるで子供が見えもしないお化けを怖がるかのように街の人たちの大半はツキちゃんを恐れていた。
だから…そうなってもおかしくない。
「みんな!手分けしてツキちゃんを探すよ!」
「うん…!」
「もしツキちゃんを見つけて一人だったら一緒に連れて帰ってきて!でも…もし周りに大人の人達がいたら…私を呼んで、私が懲らしめるから!」
ツキちゃんの捜索から1時間が経過しようとしていた。
私達は必死にツキちゃんを探すがどこにも見当たらない。
早くしないと彼女は…
焦る心だけがどんどんと私の心に広がっていく。
そんな中、私の元にいっちゃんがやってきた。
「あの森の奥…そこにツキちゃんが連れていかれてたのが見えたの…」
「ほ、ほんと…!?」
「うん…けど、ゴメンね…先にうーちゃんに言えばよかった…」
「ど、どういうこと…!?」
「ここに来るまでにツキくんにあったからそれを話したんだけど…ツキくんが一人でそこに行っちゃって…!」
「ツキくんが…!?」
どうしてそんなことをしたのだ…
彼は私と同じ年ぐらいで力もあるが…けど私より弱いのだ。
それに…ツキくんも殺されちゃう…!
ツキちゃんをさらったってことはいずれツキくんも標的にされる…早くしなければ…ツキくんが…!
「いっちゃん!それどこ!?早くツキくんたちを…!」
「うん!こっち!」
走っていった先、いっちゃんたちの家がある反対側にたたずむ大きな森、町では不帰(かえらず)の森なんて呼ばれているところだ。
その名の通りこの森に入ったものは帰ってこれない、といわれている。
だから町の人達は皆敬遠していたのだが…あえてそこに入るなんて…
「あっ!お姉ちゃん!早く早く!」
「どう?何か変化はあった?」
「ううん、なんにも…ツキちゃんも、ツキくんも帰ってこないの…」
「そんな…じゃあ早く探しに行かないと…!」
そして私たちは森の中へと入った。
高く生い茂った木々が太陽の光を遮り森全体が薄暗い。
先の見えない暗闇の森の中、本当に彼らがいるのかどうかすらわからなくなってくる。
「ツキちゃーん!ツキくーん!どこなのー!」
必死に声を出すが虚しい残響となってそれは耳に帰ってくるだけだった。
「ぐわぁぁぁぁ!」
『な、なに…!?』
森にすむ鳥たちさえ驚いて飛び立つほどの絶叫が私たちの耳をつんざく。
男の人の声だ、ツキくん…ではない、多分大人の男の人の声。
ならどうしてこんな声が…?
私達は顔を見合せて声のした方へと走った。
「ツキちゃん!ツキくん!」
森の中の開けた場所、そこに足を踏み入れた私たちは見てしまったのだ。
真っ赤に染まっていく森の木々たちを…
「森が…燃えてる…?」
オレンジの炎が緑の木々たちを食い殺している…
食われた木々は炎に身を包み手近の木々をまた食い殺していく…
それは絶望的であり、神秘的な光景…
炎、その美しい芸術が今、私の目の前で展開されていく。
「うーちゃん!早く!早く逃げよう!」
「そうだよ!ここにいたら死んじゃうよ!」
「でも…ツキちゃんたちが…!」
ボン!
そこで何かが破裂する大きな音が聞こえた。
それと同時に大きな炎の塊が私たちめがけて襲ってくる。
私が逃げるタイミングを潰したから…?
このままじゃ…炎に巻かれて死ぬ…?
ツキちゃんたちを探せないまま…死ぬの?
死ぬのは嫌だなぁ…まだお母さんにもサヨナラしてないし…
お母さん…助けてよ…お母さん…!
ふと家族のことが思い出されて涙が出てきてしまう。
もう会えない家族、私の…大好きなお父さん、お母さん…
「諦めちゃダメ!」
「え…?」
俯いていた顔をあげて前を見る。
なぜか私たちの周りを炎が逃げるように通っていた。
まるで、目の前にバリアか何かが展開されているみたいに…
「うーちゃん!」
「え…?きーちゃん?」
きーちゃんの目の前に展開された魔法陣のような何か、それが炎を遮る壁となっていた。
まさか…きーちゃんが異能を使えるなんて…
「ここは私が抑えてるから…だから早く…!」
「でもきーちゃんは…!?」
「私のことはいいの…うーちゃんが生き残ってくれれば…お姉ちゃん、あとは任せたよ…」
「だ、ダメだよ!私たちみんなで生きて帰るの!」
きーちゃんの言葉にいっちゃんは涙交じりの声で反論を返す。
「死んじゃ嫌だよ!まだまだ遊び足りないのに…!」
「えへへ…ありがと、お姉ちゃん…けど…このままじゃみんな…」
「バカ!何やってるの!早く逃げるよ!ウサギ!」
と、どこからか知らない人の声が聞こえた。
女の人の声だ。
でもどうして…?どうしてこんなところに…?
それになんで私の名前を…?
考えている間にも私たちの身体はどこからともなく現れた女の人に抱きかかえられてしまっていた。
「逃げるからしっかり捕まっててね!」
「ま、待って…!まだツキちゃんたち…友達が…!」
けど私の言葉は炎による轟音によって掻き消されてしまった。
最後に私はキっと炎に渦巻く森の中心を睨んだ。
「え…?」
そこには私の見間違いかもしれないが、人が、それも黒いオーラを纏ったような存在がたたずんでいた―
「はい、到着」
私達は女の人に抱きかかえられたまま炎の中をなんとか逃げ延びたのだ。
しかしこの人は誰なんだ…?
顔を見ようとしたが煙が目に染みて上手く開けられない…
「それじゃ私はこれで…あ、あとここから離れた方がいいよ?もうじきここも燃えちゃうからね」
と、言い残して彼女はどこかに去っていった。
結局今となっても彼女の正体はわからずじまいだ。
「ね、ねぇ…私たち、助かったの?」
「う、うん…生きてるよね…」
「けど…ツキちゃんたちは…?」
『…』
その問いに応えられるものは誰もいなかった。
それが意味するもの、それは彼ら兄妹の死―
「うわぁぁぁん!ツキちゃぁん!ツキくぅん!」
そして私は泣いた、もうこの世にいないであろう、初めての友達に…
初めてで、最高の友達に、涙を贈った―
私達の泣き声は、森から立ち上る真っ黒い煙に乗って、恨めしい程の快晴に溶けていった…