「ねぇうーちゃん…私たち、おうちの方が心配だから帰るね…」
だんだんと黒い煙が上がっていく街を見つめながらいっちゃんはそう言った。
炎は燃え広がりこの街ごと飲み込もうとしている。
それはいっちゃんたちの家も例外ではなく…
「ダメだよ…あっちに行ったらいっちゃんたちも死んじゃう…」
「大丈夫だよ、私達の家は街からちょっと離れてるから。それに…あの家には一杯思い出が詰まってるんだ…だから、それを取りに帰らないと…」
「うん…お姉ちゃんの言うとおり…だからゴメンね?私たち、行くよ」
「いっちゃん…きーちゃん…」
私達は改めて彼女たちの顔を眺め見る。
彼女たちの信念がこもった大きな瞳が私を捉えて離さない。
こんな瞳を見せられたら、私は何も言うことができないじゃないか…
「わかった…けど、死んじゃだめだよ?」
ふと脳裏にツキくんたち兄妹の姿が映る。
あの二人の後を追うようにこの二人もいなくなってしまったら…
私は…私は…
「大丈夫だよ…危なくなったら逃げるから」
「それじゃ…また明日ね、バイバイ」
そして私たちはいつものように別れのあいさつを交わした。
だがそれは今までで一番力のこもっていない、虚ろな言葉の掛け合いだった。
そして私たちは知らなかったのだ、その挨拶が、一番最後のバイバイになることを…
ごうごうとオレンジの魔物が揺らめく道を私は歩く。
ぱちぱちと火花が散る音、何かが焦げたような異臭、時折上がる爆発のような音…
その全てが私の足を家へと急がせた。
「お母さんたち大丈夫かなぁ…」
家の方角にはまだ火の手はあがっていないが…
あの大規模な火災だ、いつ火の手がこちら側に迫ってきてもおかしくはない。
気付けば私は早足から全力疾走へと変わっていた。
「はぁはぁ…お母さん!お父さん!」
もうすぐ家につく…!
だんだんと近くに見えてきた小さな木造づくりの家。
早く…早く…!
額には汗がにじみ呼吸が定まらない、けれど私は走った。
この先に待っているであろうお母さんと、お父さんに会いに…
「お母さん!お父さん!今帰った…え…?」
今目の前で展開されている光景に私は目を疑った。
なんで…何でこんなことに…?
数刻前まではそんなこと微塵も思っていなかった、頭の片隅にもなかった。
けれど…今目の前にあるこれはなんだ…?
帰ったらお母さんもお父さんもいるはずだった。
だけど幼い私の目に映ったのはそんな期待を打ち壊すほどに絶望的な光景だった。
「お母さん!お父さん!」
私はとっさに叫んでいた。
目の前に広がる、この光景に…
放し飼いにしていた牛や豚の姿はどこにもなく彼らがいたと思われるところには真っ赤な液体と何かぐにょぐにょした固まりが転がっているだけ。
目の前に横たわるお母さんとお父さん、その体には何かに裂かれたような傷がついていた。。
そして…そのすぐ近くには二体の巨大なドラゴン。
ゆうに10メートル以上もある巨体が、私の両親を狙っていた。
「ウサギちゃん…きちゃダメ!」
お母さんが口から血をこぼしながらも必死に叫ぶ。
それはただの叫びじゃない、絶叫だ。
お母さんの声がじんじんと脳裏に響いて私の身体に浸透していく。
「お母さん!待ってて!今助けるよ!」
けれど幼い私はそんな言いつけ守れるわけなかった。
だって…このままじゃお母さんもお父さんも死んじゃう。
また、私は助けられないんだ…
「ダメ!もう…私たちは…きゃぁ!」
二匹の龍はまるで示し合わせたようにともに両親を手に取った。
そしてその手は…だんだんと口へと近づいていく。
「待って!お母さん!お父さん!」
「ウサギ…!父さんたちはもうダメだ…だから逃げるんだ!」
「そうよ!逃げて…生きるのよ!早く!」
「ダメだよ!待ってて…何か…何かあるはずなんだ…」
「もういいの…ウサギちゃん、愛してるわ」
最後に見た両親の顔は今までで見たこともないほどにやさしい顔をしていた。
「お母さん!お父さん!」
グチャリ―
そう表現するのが精いっぱいだった。
ドラゴンは、私の両親を、噛み砕いた―
真っ赤な血液が辺りに飛び散りドラゴンを、その下の地面を染めあげていく。
ぼとり、ぼとりとドラゴンが食べそこなった両親だった肉片が地に落ちてぐちょりと嫌な音をたてて地面で色鮮やかな花を作っていった。
その瞬間に私の心に闇のような黒い霧がかかる。
許せない―
赦せない―
私はドラゴンを、そして無力だった自分を、ゆるすことができない―
けれど、今の私には何をすることもできない。
こんな無力な私は何もできないのだ。
ドラゴンは両親を食べることに夢中、ならば今は…逃げるしかないんだ!
お母さんとお父さんのお願い通りに、逃げて、生きていくしかないんだ…!
「はぁはぁ…はぁはぁ…!ゴメンね…ゴメンね…!」
私は走りながらもゴメンね、と口にする。
生き残ってしまった十字架を背負うように…