「イツキ、大丈夫か?」
「うん…なんとかね…まだびりびりってした痛みはあるけど、ガマンできるよ」
「無理だけは禁物ですわよ。治療したと言っても簡単な縫合で止血しただけ、無理しすぎるとヘタすれば歩けなくなる可能性もありますわよ」
「歩けなくなるのは嫌だなぁ…じゃあセンパイ!私の事ちゃんと支えててよ!」
「あ、あぁ…分かった…」
だけどこんなに近づいてくることはないんじゃないだろうか…
ほぼゼロ距離だし、イツキの柔らかい体が直に当たって…
あぁ…こいついい匂いするなぁ…ここまでいろいろ大変で汗もかいたんだろうけど、女の子特有の強い甘さが俺の鼻孔をくすぐる。
その匂いを嗅いでいるとなんだかイツキにあてられたようになって頭がぼぉっとしてきてしまう。
「むぅ…キョウヤなにニヤニヤしてるの?気持ち悪いからやめてよ」
「なっ!?き、気持ち悪いって…」
「確かに今のお兄様は相当気持ち悪かったですわ…ですが、その顔もたまらなく愛おしいですわ~!普段のクールできりりとした顔もいいですけどこのギャップがたまりませんわぁ!」
「キョウヤ…こんな変態妹を持って大変だね…」
そう言って必死に背伸びをして俺の方に触れようとするウサギ。
多分こいつの頭の中では哀れみの表情を向けて肩をポンとたたくムーディーな自分を想像しているんだろうが…
現実は何とも無情でして…背の低さが仇をなして滑稽に見えてしまう。
最終的にぴょんぴょんと飛び跳ねてみせる姿がもはや愛玩動物のそれにしか見えない。
「ちょっとウサギ!飛び跳ねておっぱい自慢ですの!?その淫乱偽巨乳でお兄様を誘惑ですの!?許しませんわよ!」
「そうだよ!センパイはおっきいおっぱいより中ぐらいの、そう、私みたいなおっぱいが一番好きなんだから無駄な事はしないの!」
「そ、そうだったのですかお兄様…わたくしのような貧相な乳を持つ女の子はもはや人ではない、と…酷過ぎますわお兄様…」
「お前ら…勝手に俺のイメージを変な方向に持って行くなよ…」
まったく…緊張感のない奴らだ…
俺はあきれた溜め息をつきながらも内心では笑顔を浮かべていた。
もし俺たちが普通の学生で、これが学校の遠足だったとしたら…
多分きっともっとバカな話をして、みんなで笑いあって、そう、今みたいに誰も怪我することなくましてや死ぬこともなく…
そうなればどれだけ楽しい事だろうか…
だけどそんな想像をしたところで今は変わるわけがない。
もし、はいつまでたっても、もし、なのだ。
俺たちが生きているのは今という不条理な現実、もしもの楽しい世界じゃない。
「ん?どうしたのキョウヤ?そんな難しい顔して…」
「いや、もし俺たちが普通の学生だったらなぁって想像してさ、ちょっと虚しくなってた…」
「普通の学生、かぁ…でも、私は今のほうがいいかな」
「どうしてだ?」
まさかウサギが今のほうがいいというなんて…
「だって私たちが出会えたのってこの特別な環境だからでしょ?普通の学校だったらたとえ問題児がいてもクラスを隔離したりしないし…それに学年を隔てた授業ってのもないはずだよ?普通の学校生活をしてたらユキやサクヤ、それにナイトたちと会えてなかったし…私はそっちの方が嫌。今のみんながいて初めて楽しい学校生活がおくれてるんだもん」
「そう、だね…私たちがこうしてるのもみんな今があるから…確かに今は不条理だけど、でも、先輩たちと過ごしてる今がいい…」
そう、か…
確かに今じゃないとやれないこともあるよな。
さっきのようなバカなやり取りだってこのクラスの連中だからこそできるわけで…
「お兄様、たとえ不条理な今でもその中でいいことを探せ、昔お兄様が私に言ってくれた言葉ですわ」
「俺、そんなこと言ったのか?」
「ええ、確かに言いましたわよ、それもドヤ顔で」
ニヤニヤしながらイリヤはそう告げた。
自分の知らない俺自身に励まされた、そんな気がした。
「はぁ…キョウヤぁ…疲れたよぉ…」
「まだ30分位しか歩いてないぞ?」
「30分も歩いたのぉ!?私もう無理ぃ…死んじゃうよぉ…」
「私もなんだか疲れましたわ…」
「イリヤもかよ…」
「こうも同じ景色を見続ければさすがに飽きがきて疲れますわよ」
確かにイリヤの言うとおりだ。
俺達は30分も歩いたというのにいまだ洞窟の中、周りは岩に囲まれて景色が変わるわけもない。
まるで同じところをぐるぐる回っているんじゃないかという錯覚すら生まれてしまう。
それに足を負傷したイツキがいる、そのせいで進むスピードもゆっくりになってしまう。
「はぁ…それじゃちょっと休憩するか」
「待ってセンパイ!…何か、聞こえない…?」
「なにか…?」
俺は周りに耳を澄ましてイツキが聞いたであろう音を探す。
じっと目をつぶり周りに意識を集中させる。
バサ…バサ…
「ほんとだ…何かが、羽ばたく音…?」
「それに、だんだんこっちに近づいてきてない…?」
その何かがはばたく音は確実に俺たちの方向へと近づいてきている。
まさか、敵襲か!?
だがそう思ったころには遅かった。
前方数10メートルの所にそのはばたきの主の姿を確認することができたからだ。
それは真っ白な体をした巨大な、ドラゴン…
そう、俺たちを分断したアイツだ…
それによくみると俺たちの船を壊した、あいつだった…