俺達はただただ逃げた。
もうかれこれ数十分も走っている。
その間俺達は誰一人言葉を発しようとはしなかった。
それはもちろん疲労のせいではない、大事な友達の一人が、死んでしまったから…
「はぁはぁ…ここまでくれば…もう大丈夫ですわ…」
結局俺たちは閉じ込められていたところまで戻ってきてしまった。
ドラゴンは追っては来ていない。
たぶんアイツは…イツキをくらっているのだろう…
「お兄様…大丈夫ですの?さっきから顔色がよくないみたいですが…」
心配そうにイリヤが俺の顔を覗き込んでくる。
自分だって走り続けて疲労が見え隠れしているというのに俺のことを気遣うなんて…
しかし俺はそんな彼女の頬を、ぶった―
「え…?お兄…様…?」
イリヤは何が起こったかわからないという表情で俺の顔を覗き込んだ。
ウサギはというと突然のことに戸惑っているようだ。
けれどそんなのは関係ない、俺は今まで溜めていた言葉を思いっきり吐き出した。
「なぁ!どうしてあんなことしたんだ!どうして…どうしてイツキを見殺しになんかした!」
口から出たのはイツキを見殺しにしたイリヤへの不満だった。
俺は怒りに身を任せて言葉を発した、その時何を言ったのか正確に覚えてはいなかった…
「どうして…どうしてなんだよ!」
気付けば俺はイリヤの服の襟をつかんでその場に泣き崩れていた。
俺が流した涙が地面に落ちてぽつりと小さく爆ぜた。
そしてそのちょうど隣にまた水滴、しかしそれは俺が流した物ではない。
それは、イリヤのモノだった。
イリヤの顔を覗き込むとボロボロと涙を流してこちらを睨みつけていたのだ。
「お兄様のバカ!わたくしだって…イツキを助けてあげたかった…けど!あのときはああするしかなかった…あの場合、誰か一人が犠牲にならなくちゃいけなかったんですわ!」
「だからって何でイツキなんだ!犠牲なら俺が代わりに死ねば…」
「キョウヤのわからずや!」
まさかの横槍に俺は驚き彼女の、ウサギのほうを向いた。
ウサギも涙をこぼして目を真っ赤に腫らしていた。
「キョウヤが死んじゃったら…意味ないじゃん…キョウヤは私たちにとって大切な人なんだよ?もちろん実力的っていうのもあるけど、精神的にも…キョウヤを必要としてる人はいっぱいいるのに…死ぬなんて簡単に言わないで!」
「ねぇお兄様?命の天秤を信じます?もし命に重さがあれば…それはきっとお兄様のほうが何十倍も重いですわ…」
「だからってイツキを殺していい理由には…」
その瞬間、バチン、とイツキのてのひらが俺の頬をぶった。
じんわりとした痛みが頬を走る。
「お兄様!ウジウジしないでくださいまし!これじゃ自ら犠牲になったイツキが可哀想ですわ!わたくしたちの負担を減らすためにイツキは自ら犠牲になることを選んだ…それを俺が代わりに犠牲になれば、なんて安っぽい考えで汚さないでくれます!?だいいちお兄様は自分の理想ばかりで人の気持ちなんてこれっぽっちも考えてないじゃありませんの!」
「そうだよ…キョウヤは私の気持ちも、イリヤの気持ちも、それにユキやケントたち…死んじゃったイツキの気持ちも、考えてない…キョウヤはいつも自分が犠牲になったらとか自分が死ねばっていって…その時の私達の気持ちなんてわかってない…私達がどういう思いでその言葉をきいてるか…知らないんだ」
あの時のイツキの気持ち…
俺たちを逃がそうとして身を挺したイツキ、彼女は死の直前に何を思ったんだろうか…?
自ら進んで犠牲を選んだ彼女は、きっとおれたちのことを一番に考えてて…俺たちに死んでほしくないって思っていて…
「イツキはきっと…わたくしたちがこうしてケンカしないでほしいと、一番に願ってたんじゃありませんか?」
「え…?」
「私たちが生き残って仲良くみんなと暮らす世界、彼女はそれを願って死んでいったんじゃありませんの?ならわたくしたちは彼女の願いを踏みにじってはいけませんの…」
「でも…俺、悔しいんだ…自分に力が無かったこともそうだけど…イツキが死んで自分が生き残った、そのことにどこかほっとしてる自分がいることに…だからそんな自分が、みんなと仲良くするなんて…そんな資格、ない…」
「そんなことありませんわ…わたくしだってほっとしてる…人間は誰しもそんな感情を持っていますわ…お兄様、どうしても悔しいというならば…泣いてください…泣けば気持ちが落ち着くはずですわ…いっぱい泣いた後は、イツキの願いに応えてあげればいいんですの…」
「う、うぅ…イリやぁ…」
「ほら、ウサギもこっちに来てくださいまし…悔しさも、悲しさもみんなで分け合いましょう…」
そして俺達3人は寄り添って泣いた。
泣きながらお互いを励まし合った。
俺たちの流した雫は地に落ちて、じんわりと染みを作っていった―
「はぁはぁ…あれは…広間か?」
さんざんに泣き喚いた俺たちはそのあと洞窟内をフラフラと歩き回りようやく広間らしき場所に出た。
そこは天井が無く太陽の光が差し込む場所。
洞窟の闇になれた目に久々に差し込む太陽の光は眩しすぎて目がくらんだ。
「あれ…?ねぇ、あそこにいるのって…」
ウサギが広間の隅のほうを指差す。
そこには洞穴から抜け出してくる人影があった。
そしてその人物たちには見覚えがあった。
「キョウヤ!ナイトたちだよ、あれ!」
「お?その声はウサギか!?おーい!」
手を振りながらこちらにかけてくるナイトたち。
彼らの身体にはところどころ切り傷があったがどうやら重症患者はいなかったようだ。
「ねぇお兄様、あちらの洞穴も見てくださいまし」
今度はイリヤが別の穴を指差した。
そこからは…
「ふぅ…やっと開けた場所に出てきたよぉ…」
「うッはぁ…眩し~…」
「これぐらいマリナちゃんには何ともないです!」
ワイワイとにぎやかな集団、ユキたちだ。
彼女たちもこちらに気付いたのか驚いた表情で駆けてくる。
「お兄ちゃ~ん!」
「ユキ!」
そして俺たちは再開したのだ、大切な仲間たちと。
「うぅ…お兄ちゃぁん…寂しかったよぉ…」
「あぁ…俺もだユキ…ゴメンな…寂しい思いさせて…」
俺はユキをぎゅっと抱きしめた。
ほんの数時間別れただけだっていうのにすごく久しぶりな気がした。
ユキの、妹の身体をぎゅっとするだけで俺の心はほっと安心する。
これが…家族のぬくもり…
「ようやく再集合ってわけか…ここまで来るのに色々あったなぁ…」
ナイトがそうしみじみと呟くと周りの皆もうんと頷いて見せた。
だが、一人だけ周りをきょろきょろと見渡して不安そうな表情を浮かべていたんだ…
「ねぇセンパイ…イツキはどこ?さっきから姿が見えないんだけど…」
俺はその言葉に答えることができなかった。
ただ目を伏せてぐっと歯を食いしばることしかできなかった…
「イツキは…イツキは死んでしまいましたの…」
俺のかわりにイツキの死を報告したのは、イリヤだった。
「え…?ウソ…だよね…?だってイツキの異能があれば何でも防げるんだし…死んじゃうなんて…ねぇ…黙ってないで誰か嘘っていってよ…お願いだから…お姉ちゃんが死んだなんて嘘つかないで…」
「ウソ、なんかじゃありませんわ…イツキは、わたくしたちを守るために、死んだのですわ…」
最悪の宣告を受けたキラはその場に膝から崩れ落ちてしまった。
周りのみんなも今までの楽しそうなムードからいっぺん、辺りには真っ暗な絶望のムードが漂っていた。
「お姉ちゃんが…死んだ?もう、この世にいないの…?もう一緒に喋ったりご飯食べたりできないの…?うぅ…お姉ちゃん…お姉ちゃぁん…うわぁぁぁん!まだありがとうも何も言えてないのに…そんなのって…うわぁぁぁん!」
「キラ…ゴメンな…俺が…俺がイツキを守れなかったんだ…!」
俺はキラをぎゅっと抱きしめるしかできなかった―