「ようやく、ここまで来たんだね、お兄ちゃん…」
ユキがきゅっと俺の手を握る。
ここまで来るのにケンカしたせいかユキの手がさらに愛しいものに思えた。
「そうだな、ほんと長かったな…」
俺もそう言ってきゅっとユキの手を握り返した。
ユキのほんのり温かい手が俺の傷ついた心を癒してくれる気がした。
「えぇ、ここまで様々な試練がありましたわよね…」
「ドラゴン、怖かったけど私頑張れたよね…」
イリヤとウサギには本当に助かった。
冷静なイリヤの判断力といざっていう時のウサギの勇気、それが無ければ俺たちは全滅していたかもしれない。
それに彼女たちが場の雰囲気を和ませてくれてたのも助かった。
俺達が相当な険悪なムードにならずに済んだのは彼女たちのおかげかもしれない。
「お姉ちゃん…私、ちゃんと仇とるから…」
「私も、ユラの仇を、とらないと…」
「私、じゃないだろ?私達だ、俺もユラを殺されて黙ってられねぇ」
「ヒカリもだよ!」
こいつらは一番大事なモノを奪われたんだよな…
姉を、親友を、戦友を、兄を、奪われたんだよな…
最大のショックを受けたはずなのに彼女たちが前を向いていられるのは意思の強さだけじゃないだろう。
きっと亡くしたモノの大きさからくるものなんじゃないだろうかと俺は思った。
「はは、みんなやる気満々だな」
「そういうケントだってやる気満々に見えるです、マリナちゃんの目はごまかせないです!」
ケントとマリナは相変わらずイチャついてたな…
それ以上言うことなんかない!
「へ、へへへ…ここまで来たんだから…ブルってられないよね、ヨウ!」
「はぁ…姉さんが一番ブルってるのに強がっちゃって…まぁそこが姉さんのいいところだけどね」
緊張した面持ちのネムにその横でため息を漏らすヨウ。
ようやく姉弟再会した二人はやはりこんな現状でも幸せそうな顔をしていた。
「さぁ…ここでどれだけの命の華を散らすことができるのか…楽しみですわぁ!」
「僕も…やるよ…見ててね…お姉ちゃん…」
「よくわからないけど…ご主人様もがんばろうとしてるしレイヤもがんばらないといけない気がする!」
マヨとハルカ、それにレイヤは今回から参戦して思い出もあまりないが大切な仲間だって思える。
この三人だって欠けてはいけない俺たちの大切な仲間なんだ…
「よし!みんな…いくぞ…!ここから先は誰も欠かさない…みんなで生きて帰るぞ!」
「ねぇねぇお兄ちゃぁん…もっときゅっとしてぇ」
「あ!ずるいよユキ!ウサギちゃんも!ウサギちゃんもぎゅ~ってするの!」
「私もお兄様と戯れますのよ!」
「お、お前ら…重い…」
意気込んで進んだのはいいもののあたりの景色は一向に変わらない。
いや、変わったのは変わった、洞窟からどこか機械的な感じのする真っ白な廊下へと抜けたんだが…
そこからが長かった、進めどすすめど真っ白な壁と天井が続くだけ。
次第に緊張が解けてきたこいつらはというと…
「むぅ…!お兄ちゃんとイチャイチャするのは私ひとりで十分なの!お兄ちゃんだって私ひとりとイチャイチャしたいはずだよ?ね~」
「違うよ!キョウヤはおっぱい星人だからウサギちゃんのこのないすばでーなおっぱいで遊びたいはずだよ!こうやって胸をたぽたぽって揺らすだけでいちころなんだから!」
「なっ!?お、おっぱいは卑怯ですわ!わたくしたちにおっぱいが無いのを遠回しに嘲笑っているんですわ!エセ妹…あまり気が進みませんがここは共闘ですわ…この偽牛乳女に一泡吹かせてやりますわよ!お兄様を巡る争いはそのあとですわ!」
「センパイはこんなうるさい子より大人しい私のほうがいいよね?ね~?」
キラさんよ…そんな怖い顔でさらに力を込めて肩に手を置かれたら頷くしかないじゃないですか…
「はぁ…まったく…アケボシさん…節操なし…こんなところで…イチャイチャ…ダメ」
「キョウヤが節操なしで変態なのは今に始まったことじゃないさ…で、ハルカもそう言いながらちょっとうらやましそうな顔してるじゃないか?よし、俺がイチャイチャしてやろう!」
「あ!ご主人様がせくはらしてる!ダメだよ!せくはらは犯罪!」
「け~ん~と~?いいご身分ですねぇ…マリナがいながら他の女の子に手を出すです?浮気者は…万死に値するです!」
とにかくこの場が阿鼻叫喚に変わっているのだけはわかった。
やはり緊張感が高まると疲れてしまうからな。
けどこれだと学園でバカやってたのと同じだぞ…
「お前ら、ここは敵地のど真ん中だからちょっとは落ち着けっての…」
「だけどここまでずっと一本道の廊下だよ?誰か来たとしてもすぐわかるよ!お兄ちゃんは心配しすぎ」
「そうか?」
「そうそう!緊張のし過ぎは体に毒だよ?お兄ちゃんも体の力抜いて楽にしないとさ」
「はは、敵地の真ん中でバカやって…ほんとお気楽な奴らだ」
「え…?」
どこかできいたことのある男の声が、すぐ間近から聞こえた。
ヤバイと思って身構えたが、それは一瞬遅かったようだ。
「お、お兄…ちゃん…?」
俺の目の前にほとばしるのは真っ赤な鮮血、それがユキのモノだということに数瞬もかからなかった。
ユキの背中からこぼれ落ちる真っ赤な血液、まるで羽が生えたようにそこからほとばしる血は俺の身体にもびゅっと飛び散り赤い染みを作った。
「ユ、ユキ…?」
ガタリと崩れ落ちるユキを俺は抱きかかえる。
ドクドクと背中から血を流すユキ、彼女の背には何かに貫かれたような跡が残っていた。
「くはははは!油断してるからそうなるんだよ!ざまぁねぇなぁ!」
「お前は…!」
何もない空間、そこから空気を歪める陽炎のようにゆらりと現れ出た存在、あの時のお面野郎だ…
アイツの異能は、ウサギと同じ透明になれるものだったのか…
今更わかったところでもう遅かった。
ユキはこいつにやられた。
この下卑たクソ野郎に…やられたんだ…
俺が…油断していたから…俺が、ユキを守ると誓ったのに…!
いまだにドクドクとあふれ出る血液が俺の身体を真っ赤に染めていく。
ユキが…俺の大切な妹が、彼女が…俺の手の中で、死んでいく…?
俺は、また守れなかった…?妹を、守ると誓ったのに…?
何故だ…何で俺には力が足りない…!
「キョ、キョウヤ…?」
ウサギが心配そうにのぞきこんできたが瞬間ぎょっとしたように一歩後ろに下がった。
その瞳に映った俺の顔がまるで自分のモノではないように歪にゆがんでいた。
それはまさに、悪魔―
その瞬間俺の中で何かが崩壊した。
それは心の奥底に封印されていた邪悪な心。
俺の身体をむしばむようなそれは一度体験したことのあるものだった。
あの時、今の俺の最初の記憶、入学テストの時の記憶だ…
あの時も俺は心を闇にのまれた、それと同じことが、今、起こったのだ。
俺の心をむしばむ闇、抗うことなく俺は、それに心を預けた。
身体の奥底まで闇に飲み込まれた、その瞬間俺の意識はなくなっていた―