背中に突き刺さるような痛みが走った。
私の身体は何が起こったのかわからないままにその場に崩れ落ちようとしていた。
「お、お兄…ちゃん…」
その時私は自然とお兄ちゃんと口にしていた。
崩れ落ちてゆく私を見てまるで絶望のどん底に沈み込んだかのような顔をしたお兄ちゃんに大丈夫と強がろうとしたのか、それともお兄ちゃんが私を救ってくれると期待していたのか…
今の私にはどちらかが分からなかったがとにかくお兄ちゃんを呼ぶだけで心が落ち着いたのは事実だった。
私が地面に着く直前、お兄ちゃんが慌てた様子で抱きかかえた。
けどそのためにお兄ちゃんの手は私の血で真っ赤に染まって…
血を見ると私の麻痺していた痛みの感覚が再び襲ってきた。
背中にびりびりとした痛みが走る、多分これはナイフのようなもので切られた、いや、抉られたのか…
しかし幸い致命傷に至るほどの傷ではないのが自分でもわかった。
けど出血が止まらない…
このままじゃ失血で死んでしまうかもしれない…
痛みと貧血で揺らめく意識を必死に繋ぎ止めて私は自身の異能を使った。
氷がピキピキと背中の傷口を覆って止血した。
だんだんと身体に血が巡っていくのが分かる、それに伴って意識も明瞭となってきていた。
私は顔をあげてお兄ちゃんを見上げた。
だけど、そこにお兄ちゃんはいなかった。
いや、正確に言えばお兄ちゃんはいた、けれどそれは私の知っているお兄ちゃんではなかった。
何かどす黒いものに憑りつかれたような、例えるなら、そう、悪魔…
今のお兄ちゃんはお兄ちゃんの姿をした、悪魔だった。
身体からはまるで真っ黒なオーラが見えるようで、それに真っ赤に血走った瞳は漫然の殺意を込めて一か所を睨んでいた。
そこにはあの時のお面のやつがいた…
もう二度と会いたくないと思っていた、あいつが…
お兄ちゃんはそっと私を地面に横たえさせるとアイツに向かって一直線に立ち向かっていった。
その速度は今までのお兄ちゃんのモノじゃなくて、まるで人間の限界のリミッターを振り切ったような速度だった。
「ぐらぁぁぁぁ!」
お兄ちゃんの皮を被った悪魔が咆哮をあげる。
まるで獣が相手を威嚇するような、お腹の底から振り絞った低い声だ。
人間離れしたその威圧にアイツが一瞬ひるむ。
その隙を悪魔は見逃さなかった、きらりと目を光らせて相手の懐に飛び込んでいく。
悪魔は手をぎゅっと握るとそこには真っ黒で歪な形をした剣が出現した、そしてそれをやつの胸元狙って思いっきり突き刺した。
しかしやつも一筋縄では倒されないようで、自身が握っていた血濡れのナイフを目にも止まらぬ速度で胸元まで持っていきガードしていた。
ギンと鈍い音が響いた。
けれど悪魔はそれで諦めなかった。
全身の力を剣に込めてやつに向かって突きを入れた。
お面の男が体勢を崩す、そこに悪魔はまた剣を突き入れた。
ぐしゅり、と肉がえぐれる音とともに血が噴き出した。
悪魔は全身に血を浴びてさえ恍惚の声を漏らした。
それはまるで本物の悪魔、こんなの、お兄ちゃんじゃ、ない…!
さらに悪魔は攻撃を仕掛けていく。
何もない空間を握っては真っ黒な剣を数多に召喚する。
それをお面の男に突き刺しては歓喜の声を漏らす。
「やめて…」
もうお面の男は絶命しているだろう。
だって全身に剣を突き刺されているのだから。
それに血がたくさん噴き出してもう全身の血が抜けているんじゃないだろうか、だって今なお剣を突き刺されている彼の身体からはぐにゅりと肉がえぐり出されるだけだったのだから。
「もう…止めてよ…お兄ちゃん!」
これ以上みていられなくて私は叫んでいた。
もうこれ以上、私の大好きなお兄ちゃんが穢されるのを見たくはない…!
あの優しかったお兄ちゃんの面影が、悪魔の姿に上書きされていくのを見るのはもう、耐えきれなかった…