青の番犬の一人、ショウは砂浜にたたずんでいた。
潮の香りを乗せた風が彼の身体を心地よくくすぐる。
彼は今遠い海の先にいる仇敵のことを思っていた。
「ケント…」
二刀流の少年、ケント、彼とは全力を挙げて戦った相手だ。
今までの戦いでこれほどまでに楽しくなった相手は、彼が初めてだった。
それに不思議な奴だった。
「なんで、殺さなかったんだろうな、ユーリカ…」
彼は車いすに座った少女、ユーリカの痩せ細った頬をなでる。
張りのない頬だがそれでも少し暖かい体温を感じた。
彼はあの時ケントにユーリカを、妹を殺してほしいと頼んだ。
このまま生きていても彼女に幸せが訪れるなんて、あり得ないことだったから…
けれど彼は殺さなかった。
「俺は、こいつを殺せない…ここで俺が殺せばほんの少しでもある奇跡の種を摘むことになっちまう…それに、お前の努力も無駄にしちまうからな…」
と、涙に瞳をにじませてそう言ったのだ。
「お前が精いっぱいこいつとぶつかりあったら絶対に応えてくれるはずだ…そんな兄妹の奇跡何度も見せられてるんだよ、俺は…」
その言葉にはとてつもない重みを感じた。
彼が自分を励まそうとして言った言葉ではないのだということをショウは一瞬のうちに理解したのだ。
「はぁ…俺も兄妹が欲しかったぜぇ…優しいお姉ちゃんか、可愛い妹が欲しかった…いや、どっちも欲しいな…」
「ケントにはマリナがいるです!だから姉も妹もいらないのです!」
「いや、彼女と兄妹は別格だから」
「むぅ…ケントのバカ!」
「ま、なんだ…俺は一人っ子だからよくワカンネぇけどさ、やっぱり家族の絆っていうのは奇跡すら呼び起せる、だからお前も奇跡を呼び起こしてみろよ。大丈夫、お前ならできる、なんたって奇跡を呼ぶ男と呼ばれてる俺と対等に渡り合えたやつなんだからな!」
「いつ奇跡を呼ぶ男って呼ばれたです?」
「う、うるせぇ!」
…ほんと不思議な奴だ…
バカっぽい感じだけど、その言葉には真実しか含まれていないような気がして、奇跡にかけてもいいかな、なんて思わせてくれる奴だった…
「奇跡、か…なぁユーリカ…奇跡なんて、あるのかな…?」
彼は妹の前に立ちそのか細い手をぎゅっと握った。
「にい…さん…?」
「え…?」
「だ…い…じょう…ぶ…?」
とてもか細くて風に吹かれれば飛ばされてしまいそうな小さな声だったけど、確かに彼女は声を発したのだ。
もうずっと聴いていなかった妹の声、それをきいて彼の心はぎゅっと締め付けられるようになっていた。
「お前…喋れたのかよ…グス…」
「なか…ない…で…にいさ…ん…」
「泣いてなんか…ねぇよ…」
相変わらず表情は変わっていないけど、確かに彼女の声には感情が宿っていた。
どうしてユーリカが喋れたのかはわからないけど、やっぱり奇跡は存在するんだ…
彼はこの奇跡をくれた存在に感謝した。
「ウソ…だ…兄さん…顔…くしゃくしゃ…」
「ゴメンな…ちょっとだけ…泣かせてくれ…」
そして彼は再び生の熱を取り戻そうとしている妹に縋り付き、泣いた…
砂浜に打ち付ける波の音に混じり、彼の嗚咽がかすかに響いた―