「お兄ちゃん!今日は年に一回しか会えない恋人同士の日だよ!ロマンチックだよねぇ…というわけでイチャイチャしよ!」
放課後、たいして用事もない俺はぶらぶらと廊下をさまよっていたんだが…
唐突にユキが現れてこうやってイチャイチャしたいとくっついてくるのだ。
別にイチャイチャしたくはないのだが、なんというか、ムード的な何かが欲しいよな…
「てか年に一回しか会えない恋人って誰だよ!」
「ん?誰って知らないの?織姫様と彦星様!」
「織姫と彦星…あぁ、七夕の事か」
そう言えば今日は7月7日、七夕の日だ。
しかし…
俺は窓から空を仰ぎ見た。
そこには真っ黒などっしりとした雲に覆われてどこか悲しみを帯びたような空があった。
「晴れじゃないんだから見れないだろ…」
うんざりしたように俺がそう言うとユキはそうでもないよとにやにやと笑いを浮かべた。
「こんな曇り空、愛の力があれば平気だよ!」
「は?愛?」
「そう、愛だよ!ラブラブパワーが有ればこんな暗雲どっか飛んで行っちゃうよ!けど織姫様と彦星様がイチャイチャしただけじゃまだ力が足りないの…だからお兄ちゃん!一緒にイチャイチャしてお星さま見よ!」
「結局お前がイチャイチャしたいだけじゃないか…」
「むぅ…」
ぷくぅと膨れる妹をおいて俺は歩きだそうとする。
が、背中にユキの大きな声が刺さった。
「待ってお兄ちゃん!」
「あ?今度はなんだ?」
「今日の夜!寮の屋上に来て!そこで…待ってるから!」
一方的にそう言ってユキは走り去ってしまった。
屋上、か…たぶん星を見るんだと思うけど…
この天気だとなぁ…
(頼むぜお天道様…夜にはこの雲、どかしておいてくれよ)
結局俺自身も、この七夕の夜を楽しみにしていたのは事実だった。
「ほんとに晴れたよ…やっぱりユキの言ってたラブパワーが原因か?」
その夜、無事雲はどこかへ去り空にはもう昼のような黒い雲は一つも見当たらなかった。
俺はユキの言っていた通り屋上へと歩を進ませ、そして屋上への扉に手をかけた。
途端に目の前に広がる真っ黒なキャンパス。
その上にまるで水気の多い絵の具を飛び散らせたかのように星が散りばめられていた。
「あ!いらっしゃいお兄ちゃん!ほら!早く早く!みんなそろってるよ!」
「みんな?」
「おっすキョウヤ、よかったな、晴れて」
「キョウヤおっそ~い!みんな待ちくたびれてたんだよ!」
「ほんとセンパイって遅刻多いよね?集合は5分前って習わなかった?」
屋上にいたのはユキだけではなかった。
ケントを始めクラスメイト全員がそろっていたのだ。
(なんだ…ユキのデートのお誘いじゃないのか…)
七夕の空の下、二人で星空を見上げる、なんてロマンチックな出来事他にないのに…
(ま、みんなで過ごす七夕ってのも、悪くないか)
「ん?何かいい匂いするな…香ばしくて食欲を掻き立てられる匂い…」
「お、キョウヤ!こっちだ、ナイトオリジナル焼きそばだ!ほら、食え食え!」
まさか屋上に鉄板まで用意していたとは…
「お兄ちゃん、はい!一緒にラムネ飲も?」
「あ!ずるいですわ!お兄様はわたくしと一緒にかき氷を食べるんですのよ!それで一緒に頭きーんってして笑い合ってそのままいいムードに…」
こうしてみるとなんだか夏祭りのようだ。
まだ本格的な夏が始まっていないというのに…
いや、でも…これはこれで楽しいしいいよな!
みんな楽しそうで笑顔がはじけている。
俺もその中に混じり少し早い夏の風物詩を楽しんだ…
「ふぅ…結構食ったぜ…」
「もうお兄ちゃんってばぁ…ケントと焼きそばの大食い勝負するからだよ」
「はは…何で俺あんなことしてたんだろうなぁ…」
屋上の隅の一角、そのフェンスにもたれかかり俺は今日のこの小さなお祭りの事を振り返った。
みんなと一緒に騒ぎながらご飯を食べて、少しハメを外したりして笑いあって…
まだ楽しそうに騒いでるみんなを俺は遠目で眺めていた。
「あいつらまだ何か食う気だぞ…」
俺は苦笑を浮かべながらラムネを一口煽った。
少しぬるくなったシュワシュワが爽やかな甘さを残しながら喉奥へと流れていった。
「ねぇお兄ちゃん…今日、楽しかった?」
「ん?もちろん楽しかったぞ」
「よかったぁ…最近いろんなことが怒りすぎてみんな元気がなかったからさ…またみんなにも笑顔になってもらえたらなぁって…あ、もちろん一番大事なのはお兄ちゃんの笑顔だよ!お兄ちゃんのその優しそうな笑顔、私は好きだよ?」
突然好きといわれて俺の心臓はドクンと高鳴った。
だんだんと火照ってくる身体を抑えるべく俺はまたラムネを喉に流し込み空を見上げた。
「あ、ほ、ほら!見ろよ!綺麗だなぁ…」
照れ隠しに見上げた空、そこには満天の星が煌めいていた。
まるで手を伸ばせばそれを掴めそうなほどに近しい空だ…
「ほんとだ…綺麗…ねぇお兄ちゃん、見える?夏の大三角」
「あぁ、確か…あの星がデネブ、そこからベガ、アルタイル…それでその間にまたがるように群がっている星たちが、天の川、だよな?」
「うん…」
ユキの返事を最後に俺たちの間に沈黙が流れた。
お互い星に見入ってしまっているのだ。
キラキラと輝く儚い光に、自然と目を奪われていたのだ…
「今光ってる星たちってずっと前に光ってた星だっていうのってホントなのかな?」
「ん?あぁ、そうだぞ。あの星からの光が俺たちの目に届くには何万年、いや、それ以上の時間がかかるらしいからな」
確か昔どこかの図鑑で読んだ気がする。
「すごいねぇ…今の星空って実はずっと昔のモノなんだね…そう考えると、私達の今なんてほんの一瞬にもならないんだろうなぁ…」
「ん?あ、あぁそうだな…今空にいる星たちにとっては瞬きする程度の事だもんな」
「それって何か…悲しいね」
「悲しい?」
珍しくユキの声が沈んでいた。
俺は黙って彼女の声に耳を傾ける。
「私たちのちっぽけな、一瞬にも満たない命を、今も世界のどこかで取り合ってるって思ったら悲しくて…私が生きるはずだったほんの一瞬が消えちゃうのが怖くて…」
この前の戦いで大勢の仲間が死んだ、そのことが俺たちの心にまとわりつき生と死を深く刻み込んでいたのだ。
だからユキは、こんなことを…
「大丈夫…」
俺は小さなユキの手をぎゅっと握った。
ほんのりと温かくとくんと脈打つのが分かるほどほっそりとした指が、俺の手と深く絡み合った。
「大丈夫…俺が、そんな世界、かえてやるから…みんなが安心して笑いあう世界を、理不尽に命を奪われない世界を作ってやる…それに…ユキの笑顔も守るから…俺の一番大事な女の子を泣かせる世界から、俺が守ってあげるから…」
「お兄ちゃん…グス…ありがと…」
こちらを向いたユキの瞳にはキラキラと儚げな星が散りばめられていた。
心臓の鼓動が高まるにつれて俺はその星空に吸い込まれるようにして近付き、そして彼女の唇にキスをした。
それは数多の星空でさえ頬を染めるような、甘美なキスだった…
「あ、そうだ!短冊!短冊にお願い事書こうよ!きっとお星さまが叶えてくれるよ。だってお星さまは何でも叶えてくれるもん!」
ユキはそう言って自分の髪についている星型のピン止めを愛おしそうになぞった。
確かこれって俺が昔あげたやつだよな…
これのおかげでユキは俺と再会できたって言ってたっけ…
だからこれは願い星だ、俺たち兄妹の、願い星…
「わかった、それじゃ笹探してこないとな」
「じゃ~ん!実は笹も用意していたのでした!」
「ほんと用意周到だな…」
「実は短冊も書いちゃってたりして!」
取り出してきた笹には水色の折り紙で作った短冊が一つ飾り付けてあった。
俺はそれを手にとって読んでみた。
[お兄ちゃんと満天の星空の下でキスできますように―ユキ]
「おい…これって…」
「えへへ…お星さまが願い事、叶えてくれたね」
ユキがニヤニヤとした笑みで振り返り今しがたキスをした唇に指を添えてフフと笑ってみせた。
その小悪魔的な仕草にどきりとしてまた頬が赤く染まる…
(なぁお星さま…もしほんとに願いをかなえてくれるなら…ユキの、俺の大事な彼女の笑顔を、絶やさないでいて欲しいんだ…)
どぎまぎとイヤに昂る心臓の鼓動がばれないように俺はユキに近づいた。
「ユキ…」
「なに…?お兄ちゃん…」
ユキもドキドキしているのか熱を帯びた視線でこちらを見つめ返してくる…
熱い視線が俺たちの間で絡み合う…
そしてまた、俺達は口づけを交わした。
ほんのわずかな、それでいて永遠にも感じられる時間の中、妹とキスをした―
まるで空に浮かぶ星たちに見せつけるように、俺達は恋人同士の契りを交わした―
身体の火照りそうな夏の熱気が、もうそこまで来ていた…