ビーチボールやら水中リレーなどみんなが様々に遊んでいる中、俺は一人小屋に戻ってきていた。
どうにも暑さが苦手な俺は早くもリタイアしてしまったというわけである。
あの暑さの下一時間も粘ったのは良いほうである。
戻るときみんなに大ブーイングをくらったがそんなの気にするか!
暑いものは暑いんだよ!
「はい、お疲れ様、センパイ。ジュース、飲む?」
「あぁ、ありがとな、イツキ…」
テラスに備え付けられたパラソル付きのテーブルで休憩していた俺の下にきゅるきゅると車椅子を転がしながらイツキがやってきた。
隣にはレイヤも一緒だ。
俺はイツキから受け取ったオレンジジュースを一口で煽った。
渇いた喉にフレッシュなオレンジの果汁がたまらなくしみる。
「すまんな、イツキ」
「大丈夫だよセンパイ。疲れた子にさし入れするのが私の仕事だし」
「いや、そうじゃなくてさ…その…お前が歩けないのにさ、俺たちが楽しんじゃって…」
イツキの足をじっと見つめて俺はそう言った。
遊び始めてからずっとどこか心が痛んでいたのだ…
「あぁ、そのこと?それなら大丈夫だよ。レイヤちゃんもいたし寂しくなかったよ?それにみんなのお料理作ってたから暇でもなかったし」
だけど俺の心配をよそにイツキはあっけらかんと言った風にそう笑った。
そこには強がりの色はどこにも見えなかった。
本当に楽しそうだったので俺はひとまず安心した。
「私たち結構気が合うみたいなんだよ、ね~レイヤちゃん?」
「うん!レイヤね、イツキのこと好きになっちゃったみたい!」
「可愛いねぇレイヤちゃん!」
そう言ってイツキはレイヤに頬ずりする。
プニプニっとした頬が触れ合ってフニャリと形を変えていく。
こいつらのほっぺたってお餅みたいだな…
「あ、レイヤってさ、何で海が嫌いなんだ?」
「う~ん…キライっていうか…水着がキライって言った方がいいのかな?」
「水着が嫌い?なんだそりゃ?」
「あんまり詳しい理由は話せないけど…嫌いなモノは嫌いなの!」
「センパイ!あんまりレイヤちゃんを困らせちゃダメでしょ!」
何で俺が怒られてるんだろう…
ちょっと気になったことをきいただけだっていうのに…
「なぁ…イツキ…その、さ…お前の足って、ほんとにもう歩けないのか?」
少し風が出てきたころ、俺はイツキにそう尋ねた。
ずっと俺の中でそれが心に引っかかっていたのだ。
イツキを助けられなかったのは俺の責任だと感じていた…
「うん…そう、みたい…あ、でもそれは私の責任っていうかなんて言うか…」
「どういうことだ?」
「あの時イリヤちゃんが私の足を治療してくれたでしょ?あれは応急処置だったけどしっかりした治療でさ、あの時のまま放置しておけばまた歩けるようになってたんだって。けどドラゴンに襲われたときにね、怪我したところを攻撃されちゃってさ…それで足の筋肉がずたぼろにされちゃって…さらにその足でみんなに合流するまで歩いたんだからもう足がボロボロになっちゃって…」
ゆっくりと淡々と話していくイツキだがその声にはどこか諦めたような明るさが滲んでいた。
「神経までもボロボロになっちゃっててさ、普通なら足を切断しなきゃいけなかったんだけどギリギリそこまではいかなくてもいいってさ。お医者さんも奇跡だって驚いてたよ。きっとイリヤちゃんのおかげかな…」
イリヤって案外医学的方面に関してはすごい知識を持ってたんだな…
そりゃそうか…ケントの腕だってくっつけてみせたし…
ん?イリヤが…くっつける…?
「そうだ!イリヤに足を作ってもらってくっつけてもらえれば…!」
「ううん…それはできないって…一回診てもらったんだけどね、足の神経がずたぼろになってて壊死しちゃってるんだって、イリヤちゃんの作る義体って人間の神経を少し使うんだけど私の足の神経は死んじゃってるから作れないって…」
「そう、なのか…」
「そんなに悲しそうにしないでよ、センパイ。ちょっと不便だけどさ、私、生きてるんだよ?普通ならあそこで死んじゃってたのにさ…」
「そう、だな…!今はちゃんとイツキは生きてる、それでいいよな!」
そうだ、今彼女は生きている。
俺が彼女の足を壊してしまったかもしれないという責任を放棄したわけでもないけど…
彼女に心配そうな顔を見せるわけにはいかないな、と思った。
「あ、センパイ。私も喉かわいちゃったからジュース飲みたいな」
「あぁ、入れてやるぞ。ほら、コップ持って」
俺はイツキにコップを渡した。
彼女は確かにコップを受け取った、けれどそれはするりと彼女の手から滑り落ちて地面に落ちた。
パリン、と音を立ててコップはただのガラス片に戻った。
「ご、ゴメンねセンパイ!手が滑っちゃってさ…」
「いや、俺の事はいい!イツキ、怪我しなかったか!?」
「う、うん…大丈夫…あ、レイヤちゃん、ゴメンだけどコップもう一つとってもらえるかな?今度はすべらないように持ち手がついてるやつ」
レイヤがもってきたコップを受け取ったイツキ。
だけどその手は不自然なまでにプルプルと震えていた。
「あれ…?おかしいな…手が…震えちゃってる…」
もう片方の手でぎゅっと震えを抑えようとするけど彼女の手の震えは収まらない。
力も入っていないせいかまたコップを落としてしまった。
今度はプラスチック製だったから割れなかったが、けど今はそんなことどうでもよかった。
イツキの身体の様子がどこかおかしかった。
「イツキ!大丈夫か!?」
「ねぇイツキ…落ち着いて…震えるの?ぎゅっとしてあげる…」
「うん…ありがと…レイヤちゃん…あれ…?なんだか…フラフラ…してきた…お薬、切れちゃったのかな…?センパイ…お薬、とってくれる?車いすの…ポケットのところ…」
俺は頷き薬袋らしきものを取り出した。
そこに入っていたモノは注射器だった。
薬らしき液体が入った注射器が3本、その中に入っていた。
「早く…お薬打たないと…」
注射を打つために腕をまくったイツキだったがその腕は凄惨なモノだった。
腕の付け根辺りが注射を打ち過ぎたせいか皮膚がたるみ青黒く変色してしまっていた。
もしかして面会謝絶だったあの時も同じような症状でずっと注射を打っていたというのか…?
薬を持ち歩いていたことからも今もその症状がおさまっていないっていうことか…?
まさかそれをずっと隠して…?
プルプルと震える手つきで注射針を刺そうとするイツキだがその動作は誰が見ても危なっかしかった。
代わりに俺がといおうとしたが医療知識のない奴がさしても大丈夫なのだろうか?
ちゃんと脈を見つけてそこに打たないと効果が無いらしいし、もし筋肉なんかに間違えて打ってしまえばそこからさらに症状がひどくなる可能性もあるし…
「イリヤ!おいイリヤー!早く来い!」
俺は叫んでイリヤをよんだ。
俺の声音が普段のと違うと何かを察して急いでやってきた。
「イリヤ…お前、医療知識結構あるよな?」
「えぇ…この中の誰よりもある自信はありますわよ…」
「それじゃイツキに注射打ってやってくれ…こいつ、さっきから震えが止まらないんだ…」
「えぇ、わかりましたわ…くっ…皮膚が固くなって…刺さりにくいですわね…少し痛いかもしれませんが我慢してくださいまし…」
なんとか皮膚に注射針を差し込み薬が体内に注入された。
さっきまで真っ青な顔色で荒い息をしていたイツキだったが注射された瞬間ほっとした安らかな表情を浮かべた。
「ありがと…イリヤちゃん…おかげで収まったよ…それにセンパイも、ありがと…」
「ほら、イツキ…奥で少し休め…」
「ダメだよ…みんなのごはん用意しなきゃ…」
「イツキ…ダメ…ごはんはレイヤが用意しておくから休んでてよ…」
「わかった…ちょっとだけ休む…」
イツキはレイヤに車いすを押されながら奥に引っ込んでいった。
「ねぇお兄様…さっきのイツキの症状…」
「俺もよくわからねぇんだ…急に体が震えだしてさ…」
「そう、なんですのね…念のためにわたくしがそばにいますわ…」
「あぁ、そうしてくれ」
本当にどうしたんだろうか、イツキは…
この前言っていた高熱がまたぶり返す前兆なのだろうか…
結局いくら考えたところで医者でも何でもないただの一学生である俺には何もわからなかった…