「お待たせ、キョウヤ」
そう言ってユキは屋上に訪れた。
今までユキはイツキとキラの為に学園に交渉しに行ってくれていたのだ。
「お疲れさま、ユキ。で、どうだった?」
「う~ん…まだわからないよ。あとはあの二人次第ってとこかな」
ユキは首をすくめながらそう言った。
キョウヤは前々から気になっていた本題へと入るようにユキへと促した。
ここで何が起こるのかキョウヤとしては気がおかしくなるほど気にしていたのだ。
「そうだったね。じゃあいうよ…」
ごくり。
キョウヤが緊張のつばを飲み込む音が屋上に響く。
その音がやけに大きく感じられたのはキョウヤの気のせいであろう。
「あのね、さっきの戦いで私のことを助けてくれてありがとう。とっても嬉しかった」
大きな瞳をキョウヤの瞳と合わせるようにして見つめながら感謝の言葉を述べた。
「それにね…ゴメンね、私キョウヤを殺そうとしちゃった…」
「いや…あれは俺も悪かったんだし…」
そう、あの時確かにユキを悪い方向へ導いたのはキョウヤだ。
キョウヤとしてはこちらから先に謝罪を述べないといけないと思っていたところだったのだ。
「でね、思ったの、私」
「ん?何を?」
ユキはその先を言うのをためらっているようだ。
次第に頬に赤みが差しもじもじとせわしなく身体が動く。
「あ、あのね、キョウヤ!」
ようやく覚悟を決めたというようにユキが口を開きこう叫んだ。
「キョウヤの事をこれからお兄ちゃんって呼ばせてほしいの!」
あまりの出来事によりキョウヤはあっけにとられた。
頭の中で疑問符が渦巻く。
「ダメ…かなぁ?」
上目づかいでそう尋ねてくるユキ。
この目をされて甘い声でささやかれると首を縦に振りたくなってしまう。
しかしキョウヤは精一杯に理性の糸を張りそれに耐えると、その理由を尋ねた。
「だってあの技を使えるのはお兄ちゃんだけだったし…」
「それだけだろ?」
そう、それだけ。
あの技を決めることができたから、そんな単純な理由だ。
キョウヤはそう思っていた。
しかしその言葉には予想外の続きがあった。
「それにね、お兄ちゃんは私と同じ異能を使ってたんだよ」
「え?」
そう、それはキョウヤの予想の範疇(はんちゅう)を上回る言葉だった。
「お兄ちゃんも私と同じブリザード・スピアを使ってたんだ」
「でも、俺のはたまたまできたみたいなもんだし…」
キョウヤは自分の能力に自信が持てなかった。
アイギスだったりブリザード・スピアだったり分からないのだ、自分の本当の異能が。
「じゃあ練習したら使えるんだよね?」
「いや、どうしてそう言う話に…?」
「いいからいいから。さ、早く」
有無を言わさぬ態度でキョウヤはユキに促される。
ユキはキョウヤの手を掴み耳元でささやきだす。
「まずは手に槍を持ったイメージをして。それでそれを形作るのは氷だと認識する。そしてその氷はどうやって作ればいいのかを思い描いて」
キョウヤはイメージした、その指示通りに。
するとその手には冷気が集まり出し、そこに透明の槍を形成し始める。
「そしてそのイメージを形にして、言葉に出してね」
そしてキョウヤは叫ぶ。
「氷女王の槍(ブリザード・スピア)!」
その瞬間透明だった槍はその姿を具現化させた。
「ほら、できたじゃんキョウヤ!」
キョウヤはなぜできたのかはわからなかった。
ただ自分の意識の問題だったのかもしくはそれ以外の問題だったのか、それはいまだ謎に包まれている。
「だからね、キョウヤ…」
ユキが甘えたような声でそう言ってくる。
だがまだキョウヤの中では信用にたる素材が出てこなかった。
「もう一つ、俺を納得させるものがあれば呼んでもいい」
「なんでキョウヤはそんなに頑ななのかな…いいよ、じゃあ最後の手を出すよ」
ユキは最初はあきれたように言っていたがすぐに表情を引き締めた。
「キョウヤの使ってた武器がお兄ちゃんの持ってたものだったからだよ」
「それってもしかして…」
「うん、あの刀の事だよ」
あの刀、キョウヤがユキに攻撃する時に使ったあの刀の事だ。
「見間違えるはずない、あれはお兄ちゃんが持ってた刀だった」
ユキは頑なにそう言い張った。
「もう一回あの刀を出して。お兄ちゃんの使ってたのと同じかどうか確認するから」
キョウヤはもう一度あの刀を出そうと虚空に手を伸ばし掴む。
しかしその手はただ空気を掴むだけで刀など出てこない。
「くそっ…何でこんな時に出てこないんだよ!?」
「もしかするとイメージが足りないのかも」
キョウヤはどういう事かわからずきょとんとした。
「ほら、私の異能を使う時にもやってたでしょ、イメージを形にするために言葉にするってこと。それと同じことをやってみるの」
だがそうするにしてもキョウヤのこの力に名前なんてなかった。
「名無しの技にどうやってイメージを付ける言葉を付けるんだよ」
「そんなの簡単じゃない、名前を付けてあげればいいんだよ」
いともたやすく名前なんて付けられるものかと思ったキョウヤだったがユキは一瞬考える素振りを見せた後すぐにそう言った。
「幻像の武具(イドラ・ボイド)…」
「え?」
「だからイドラ・ボイドだって。何もない空白の穴から武器が出てくるっていうイメージでイドラ・ボイド」
それなら納得の名前だ。
キョウヤはすぐにその名を叫び虚空を掴む。
「イドラ・ボイド!」
するとキョウヤの手にはさっき使用した刀がまた握られていた。
「キョウヤ、それ貸して」
ユキがその刀を握ろうとした、瞬間。
「痛っ!…なにこれ…電気?」
そう言ってユキは刀に触れた手を引っ込めた。
キョウヤもユキもどうなっているのかわからずにその刀を見つめるしかできなかった。
「もしかしてこれって…俺にしか使えない…とか?」
そう考えると納得できる。
キョウヤ以外を持ち主だと認めずに拒絶した、そう言う事なのだ。
「う~ん…じゃあ見るだけ、見るだけでいいから!」
そう言ってユキは刀をまじまじと見つめた。
そしてその顔は確かな確信へと変わっていく。
「間違いないよ!これはお兄ちゃんのだ!」
その瞬間キョウヤは覚悟を決めた。
自分はユキの兄を殺し技のみならず武器をも盗んだ。
そしてそんな自分がお兄ちゃんと呼ばれることを。
「ねぇ、キョウヤが嫌ならさ、ちょっとの間だけでいいからさ呼ばしてくれる?」
「ちょっとの間?」
キョウヤはそこに引っかかった。
言わなくてもいいでも、ずっとでもなく、ちょっとだ。
「今キョウヤのDNAを検査してもらってるのは知ってるよね?」
「うん、知ってるけど…」
これはキョウヤがクロノスに編入した時に検査をしてもらっていたものだ。
DNA検査を行えばある程度素性が分かるかもという上層部の判断に基づいてだ。
「これで私と血が繋がってないって分かったら私はもうこれ以上呼ばない。お兄ちゃんの事はきれいさっぱり断ち切る。でも、万が一血が繋がってたら…その時は本当のお兄ちゃんに甘えさせて…」
ユキはさびしげに、切なげにそう言った。
その顔は様々な感情が混ざり合っていて本心を読み取ることはできなかった。
「あぁ、わかった。俺ももう覚悟を決めたよ、これが俺への罰だというのなら…」
「えへへ、嬉しい…お、お兄…お兄ちゃん…」
ユキは頬を赤らめうつむきながらそう言った。
いつもは普通にお兄ちゃんという言葉を言えていたユキだったが急に相手に言うとなると緊張するのであろう。
キョウヤはキョウヤでいざ言われてみるとどうにもむず痒いものを感じた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
ユキはその存在を確かめるように何度もそうキョウヤを呼ぶ。
「あぁ、俺はお前のお兄ちゃんだ、たとえ一時の間だけでもお前のお兄ちゃんだから」
そう言ってキョウヤはユキの頭を撫でた。
夕暮れに染まる屋上、その中で二人はとても幸せそうな顔をしていた。