「はぁ…疲れた…」
「そうですね、お菓子を作っただけなのになんでです…?」
「少なくとも僕のせいじゃないですよ…」
「もぅ!みんなあとは焼きあがるのを待つだけなんだから!疲れるのはまだ早いよ!」
誰のせいだ、誰の…!
多分口には出さないが全員そう思っていることだろう。
クッキーづくりを始めたはいいもののユキの料理スキルには驚かされてばかりであった。
女の子は卵を片手で割れるようにしないとね、と言って無理に片手で卵を割ろうとし卵1パックを無惨にも消費してしまう。
塩と砂糖を間違えるのは当たり前、小麦粉、薄力粉、重曹を間違えるのなんて朝飯前。
小麦粉と卵を混ぜる段階では勢いよく混ぜすぎてまだ固まっていない生地が飛び散り霧散した。
チョコクッキーを作るためにチョコレートを刻む段階では包丁ではなくユキ愛用の短剣を使い出す始末。
あげていけばきりがない。
ユキが何かバカげたアクションを起こすたびに俺たち3人は必死になってそれを止めて自分が作ったものをユキに渡し自分たちはもう一度作り直す始末…
この作業をずっと繰り返していたモノだから俺たちはごらんのとおりもうHPが0に到達していた。
それでもユキがまともにできる作業があったので俺たちはそれをユキに任せてここで休憩しているというわけだ。
その作業とは型抜きである。
クッキーの生地を自分の好きな形にすることだ、それに関してはユキは文句の付けどころがないほどうまかった。
まぁこれは猿でもできることなのだが…
そうしてその生地を今焼き上げているところだ。
「ねぇ、ケント?」
「ん?なんだ?」
俺はユキの問いかけに気だるげに返す。
「ケントって何でもできるんだね、すごいよ!」
何でも・・・か。
それは俺にとっては一番言ってほしくない言葉だった。
「何でもできるわけじゃないさ、俺にだってできないことはあるよ」
「でも勉強もできるし、裁縫や料理だってできる、それに戦いも強いし」
「はは、アリガトよ」
俺はかわいた笑みを浮かべた。
そう言われて悪い気はしないがやはり事が事だ。
「俺には一つどうしてもできないことがある。それが異能だ」
俺の空気を察したんだろうか、さっきまでだれていた残りの二人も俺の話に真剣に耳を傾けていた。
「昔から練習してるんだがどうしても俺は異能が使えなかった、親父は異能の腕を買われて剣士として戦場に立ってるのにな…」
俺の親父は何でも数十年に一人と言われている位の優秀な異能使いだった。
そんな優秀な異能使いの息子である俺にその才能がひとかけらも遺伝していないということはあり得ない。
「で、俺は思ったわけだ。ここクロノスで異能の事を詳しく知れば俺も異能が使えるようになるかもってな」
まぁ最初の入学の時に風邪を出してつまずいちまったけどな。
「どうだ?俺にだってできないことはあるってわかっただろ?」
みんな黙りこくってそれ以上言葉を紡ごうとしなかった。
しかしその沈黙を引き裂いた人物が一人いた。
「ケントはすごいです。その努力のおかげでここに立ってるんです、ケントは。マリナはそう思うです。それに異能がなくたってケントは十分強いです、自分を追い込み過ぎですよ、ケントは」
「そう、かな…?」
「そうです!異能が使えたって使えなくたってケントはケントです、それに変わりはないのです!」
その言葉に俺は胸を撃たれた気がした。
周りはずっと異能を使える俺を求めているのだと思った、しかし違ったのだ。
俺は俺でいいんだ、俺のままでいいんだ!
「ありがとな、おかげで肩の荷がおりた気がする」
「へへへ、もっと感謝するです!」
もっと感謝か…
ならとっておきの…!
「じゃあマリナ様のその靴を舐めさせてください!俺にとってはそれが一番の感謝です!」
「うるさいです死ぬですか死ぬですね。ムードもへったくれもないですこのゴミ虫」
「あぁ、マリナ様が俺を罵倒して…!」
「いつものケントさんに戻ってる…はぁ…ちょっとでも尊敬した自分を恨みたいよ…」
「まぁ楽しいからいいんじゃないかな」
そうこうしているうちにオーブンからは甘い香りが漂い焼き上がりを告げる音を鳴らした。
「じゃあ私お兄ちゃんに渡してくる!」
そう言ってユキは勢いよく家庭科室を飛び出していった。
「で、ヨウはどうするんだ?誰かにあげるのか?」
「うん、僕はこれを姉さんに渡すよ。いつも僕にお菓子をくれって言ってきて迷惑だからね」
そう言っているヨウだがまんざらではないという顔をしていた。
何かと不満をぶつけあったりしてるけど、仲良いよな、こいつらは。
「じゃあ早く行ってこい」
「うん!」
ヨウはそう言って家庭科室を飛び出していった。
残るは俺とマリナだけだ。
俺は独りで寂しく食べるとしてマリナはどうするんだろうか?
やっぱり誰かに渡すんだろうか?それとも一人で食べるんだろうか?
「ねぇ、ケント…」
「ん?なんだ?」
「これ、あげるです…」
マリナは朱が指した頬で上目づかいをしながら俺にそう言ってきた。
「え?もしかしてクッキー嫌いだった?」
俺はその素振りに気付かないようにそう言った。
まさか俺に…いやいや、それは無い…いや、でも…
心の中の俺がそう葛藤を始めた。
「ケントのバカ!そうじゃないです!このクッキーをケントにあげるって言ってるんです!!」
その瞬間体にイナヅマが走ったような衝撃が走る。
これは…どういうことだ…?
「だ、だから…ケントのクッキーもマリナちゃんに食べさせてほしいのです…」
頭を整理しろ、俺!
マリナは俺にクッキーをくれた。
そして俺のクッキーを欲しがった。
これは俺はどう受け答えをすればいいんだ…!?
「そ、そうだ!二人で一緒に食べよ!」
我ながらナイスアイデアを思い付けたものだ。
「ほ、ほんとにいいですか?マリナちゃんの作ったクッキー…いやじゃないですか?」
「いやなわけないだろ!むしろ大歓迎だ!」
「ありがとうです!ケント大好きです!!」
俺とマリナはそのあと誰にも邪魔されない楽しいティータイムを過ごしたのだった。