「へぇ…待ちくたびれたよ…やっとその気になったのかい?」
俺は首を振る。
この空間から出る方法は二つ。
一つはアイツに殺されること。
アイツは俺の意識を乗っ取り表面へと移動するはずだ。
あの俺が外に出ていけばどうなってしまうかはナミもわからないらしい。
そしてもう一つはアイツを殺すこと。
今までのアイツを殺すことによってこの空間にできた闇が晴れる。
そしてその闇は霧散してもう俺の心に戻ってこないらしい。
克服というより忘れ去るという方が正しいとナミは笑いながら言っていた。
「ほぅ…なら俺を殺すか…いいだろう…で、そこの女は…」
闇は俺の隣に立っているナミをさした。
「こいつは助っ人みたいなもんだよ…でも、俺たちの殺し合いには参加しないから安心しろよ」
闇は俺のその言葉に安堵したように息を洩らす。
そして声を上げて笑い出した。
「いくぞ…まずは一発!」
そういった闇は腰に備えていた剣を抜き取り俺に振りかかってくる。
俺は間一髪でそれを避ける。
「ったくあぶねぇだろ!てか俺にも剣よこせ!」
「何言ってる?お前の背にあるだろ?」
俺は慌てて背中に手をまわしてみる。
カチャリとした感触、俺の使い慣れた刀がそこにはあった。
なぜ今まで気づかなかったのだろうか。
俺はそいつを左手で引き抜き構える。
その場にピリピリとした緊張が走った。
初めにその静寂を切り裂いたのはもう一人の俺。
両手で剣の柄を握り勢いよく俺に斬りかかってくる。
俺はそれを弾くようにして刀を横に薙いだ。
金属同士がぶつかりあう鈍い音が響いた。
俺の手に痺れが走る。
「くっ…やっぱ左手だけじゃ無理があるな…」
俺は忌々しげに自分の右腕があったところを睨む。
「おら!何よそ見してんだよ!」
もう一人の俺は声に怒気を含みながら俺に連続して斬りかかってくる。
俺は何とか左腕の力だけでそれを受け止めるも長くは続かなかった。
横なぎの一撃が俺の刀身をはね上げた。
刀は俺の手を離れて闇の中に消えた。
次の瞬間俺はふっとばされていた。
宙を舞う意識の中脇腹に鈍い痛みが走った。
どうやら蹴り上げられたようだった。
「ヤマイ君!」
ナミは彼女のいる近くに吹っ飛ばされた俺の元へと駆け寄る。
「…ダメだ…これだけじゃ勝てない…」
俺は奥歯をギリリと噛み締めた。
少し口の中に血の味が広がったがそんなことにかまっている余裕はない。
「これだけじゃお前の想いを受け取れない…!」
「ヤマイ君…」
悔しげにそうつぶやく俺の体にナミがまとわりついてくる。
「大丈夫、私がキミの力になるよ」
「え?どういうこと・・・だ?」
その瞬間ナミの全身が光に包まれる。
「私がヤマイ君の力になる…だからアイツに打ち勝って…!」
光に包まれてだんだんとその姿を失っていくナミ。
「なぁ…俺、お前の事思い出してもいいか?」
なぜか口からそんな言葉が出ていた。
「ごめんね…それは叶わないことなの…アイツの中に私の記憶がある、だからアイツが消えたら私とは本当にバイバイ…それにここでの記憶もすぐに薄れる…」
アイツを殺す、そう言っていた時のナミの表情が酷く悲しそうだったことを思い出す。
それはこういう事だったのかと今になって思った。
「私のことはいいから、ヤマイ君はアイツを倒して…!それが私の最後のお願いだから…!」
その刹那ナミは光の粒子となり霧散する。
しかし霧散した粒子は俺の右腕に集まってくる。
一瞬目映い光に目をつぶった俺。
次に目を見開いたときにはそこには俺の右腕がありその手には見覚えのあるハンマーが握られていた。
このハンマーはナミのモノだ。
ナミの最後の贈り物だ。
俺はそいつを握りしめて立ち上がる。
「いくぞ…これで最後だ!」
俺は思いっきり力を込めてハンマーをふるう。
確実に手ごたえがあった。
それは思いっきり吹き飛んだ。
吹っ飛んだ先、その向こうから光が漏れ出しているのが見て取れた。
「…光が?」
吸い寄せられるように俺はそちらへ向かう。
すると俺の耳に聞き覚えのある声が響いた。
「…ント…ケント!」
マリナだ。
マリナが俺をよんでいる。
大方あれは出口なのだろうな、俺はそう思い足を速める。
「そう簡単に逃がすかよ…」
光の出口、その前にもう一人の俺が立ちふさがる。
「俺は消えたくない…!俺はもう俺自身に抑圧されるのなんて嫌なんだ!」
そういうことだったのか。
アイツも精いっぱい生きていたんだな、そしてまだ生きていたいんだな。
「ゴメンな」
俺は一言そうつぶやいた。
「もう俺はお前みたいな存在を作ったりしない。何が起こっても俺は俺を受け止める…逃げたりなんかしないよ…」
俺はハンマーを振りかざす。
「俺と一緒に…生きてくれないか?」
そして俺は精一杯の力でハンマーを振り下ろした。
(これでいいんだよな、ナミ…)
忘れ去られていく少女の顔がちらりと脳内をかすめた気がした。