死神との邂逅
「なぁイリヤ、そろそろ離れてくれないか?」
俺の上でぎゅっと抱き着きいまだに軽い嗚咽を鳴らしているイリヤにそう告げる。
イリヤはイヤイヤと首を振ってさらに俺の体にぎゅっとしがみつく。
「…だって、離れてしまったらまたお兄様と殺しあわないといけなくなるんですもの…」
泣き声交じりの声で俺にそう言ってくるイリヤ。
イリヤは本気で俺との殺し合いをしたいわけではないらしい。
「俺はお前を殺したりなんてしない、それにこいつらもオマエを殺そうとなんかしないよ」
俺はユキやキラに顔を向ける。
皆一様に大きくこくりと頷いていた。
イリヤはそれを見て驚きに目を大きく開いた。
どうやらさっきまでひどいぐらいにいたぶっていた相手が簡単に自分を殺さないといったことに驚きを隠せないでいるのだろう。
イリヤがそんな優しさで包まれた世界で生きてこなかったんだなとその動作から俺は推測する。
少しでも彼女にやさしさや愛情を向けていればもっと違う結果が見えたのだろう…。
「ほら、こいつらも殺さないってさ。だからとりあえずはあの人形の動きを止めてほしいな」
「あ、そ、そうでしたわね。…止まりなさい!」
空気を震わせるような大声でイリヤがそう告げる。
するとケントたちと戦っていた竜人形はすぐにおとなしくなった。
まるで生気がなくなったように。
そのほか大勢の人形の集もその場で起動を停止する。
バタバタと生気を無くしていく人形を見ているとB級ホラー映画のような中途半端な恐怖が襲ってくる。
「じゃあお兄様…もうわたくしの出番はなくなりましたの…だから、サヨナラですわ…」
悲しそうにそう言いながら立ち上がるイリヤ。
その姿はとても弱々しいものでして…。
「いくな、イリヤ!」
俺はそう叫んでとっさにイリヤの腕をつかんだ。
「お、お兄様?」
「え、え~と…」
ほとんど情景反射で掴んでしまったのでまだ頭の中で言葉が思いつかない。
俺が言葉を選んでいる間にもイリヤはどこか遠くへ行ってしまいそうだった。
「はぁ…これだからお兄ちゃんは…肝心な時に抜けてるよね?」
ふと声を出したのはユキだった。
ユキはあきれながらもしっかりとした強いまなざしをイリヤに向けていた。
「お兄ちゃんはあんたにいて欲しいんだって。…その、私だっていてほしいし…か、勘違いしないでよ!?あんたがいなかったらお兄ちゃんが悲しむからで…!」
確実に俺の言いたいことを言ってのけるユキ。
あれだけイリヤに悪態をついていたのにな。
「じゃあ、私、お兄様といていいんですの?…でも…」
イリヤは不安げに見つめてくる。
それはそうか、だって俺と一緒にいると言っても様々な障害があるだろうからだ。
一つは国の違いだろう。
敵国のやつを俺たちの国が受け入れてくれるかということが問題になってくる。
「はぁ…オシリスって意外と亡命者が多いんだよ、だから基本どこの国の人でもウェルカムってわけ。まぁ入国審査もあるけどそんなのたいしたことないし…」
ユキは淡々とそんなことを言ってくる。
そう言えば俺もそんなことを聞いた覚えがあるような無いような…。
「お兄ちゃんだって最初はどこの誰かもわからなかったけど戦力になるならって学校に入れてもらえたし…」
俺の場合記憶がないからっていう利点があったからだろうが…。
わざわざそんなことを口にしてこの場の雰囲気を潰すつもりはない。
「だからさ…一緒に、帰ろ?」
その途端イリヤの瞳からまたも大粒の涙がこぼれ落ちた。
それがさっきの悲しみとは違うというのはすぐにわかった。
俺達の方へとクルリと方向転換をして少しためらったイリヤ。
「…わたくしも…連れて帰ってください…お兄様たちの所へ…」
嗚咽混じりに途切れ途切れにそう言ったイリヤは一歩こちらへ歩み寄ってくる。
が、そんな和やかな雰囲気をぶち壊すような声がその場に鳴り響いた。
「はぁ…ったく、また裏切り者かよ…処分を下す俺の身にもなれっての…」
あたりを見渡し声の主を探る。
するとイリヤの数メートル後方、そこにさっきまでなかった黒い影が現れていた。
その影は次第に大きくなり人の姿を形成していく。
「お、お前は…アイン・・・ですの…?」
後ろを振り向き恐怖に顔を歪めるイリヤ。
アインと呼ばれた人影はその姿を白日の下へとさらした。
身体全体を覆うように纏われた漆黒のマント、マントについたフードであまり顔は見えないがそこから覗く真っ白な長髪は印象的だった。
そして黒の奥に煌めく真っ赤な瞳は得物を狩る獣のような鋭さと冷酷さを隠し持っていた。
「久しぶりだな、人形遣いのお嬢様…全く、兄妹そろって俺に面倒かけて…」
漆黒のマントの隙間からきらりと銀色に輝く何かが見えた。
「これで3人目か…最近は裏切り者が多くて疲れるぜ…」
「3人目…?私とお兄様ともう一人いるってことですの?」
「あぁ、あの辺鄙(へんぴ)なところで研究を重ねてた博士がな…おっと俺としたことが、今から死ぬやつにそんなこと言っても無駄だよな」
アインとか呼ばれた奴は下卑(げび)た笑いを洩らした。
その笑いは人間のモノではない様だった。
まるで悪魔か何かを彷彿とさせた。
(それより…博士って誰の事だ…?)
俺の疑問もよそにアインは薄ら笑いを浮かべながらイリヤに近づく。
「さて、おしゃべりもほどほどに…死んでもらうからね!」
アインは懐から銀色に輝く鎌を取り出してイリヤに迫る。
そのさまはまるで死神の様だった。
今のイリヤは何も装備を持っていない、この状態では確実に殺られる。
俺は地面をけり上げてもう一人の妹の下へと急いだ。