「じゃ、じゃあドラクエの世界が良いな。 ドラクエ3の世界で!」
女賢者、女魔法使い、女僧侶…… うへへへへ
「そうか。 じゃあ送り届けてやる、動くなよ」
その後確かに聞こえた。 小さな『ぁ』という声。
間違いなく何かをやらかしたのだろう。 何があった! と叫ぶも、聞こえていないようだ。
しかもその後直ぐに意識が薄れていき__ 先日までスッキリと全てを忘れていた。
そう、
透き通った長い水色の髪。 陶器の如く白い肌、整った顔立ち。
将来を約束されたと言っても過言ではない、まさに美少女となってしまった。
童貞を捨てるために選んだ転生先では、童貞を捧げられるようになっていました。 ……本当に、やってられないんですが……。
太陽が頂点を通過してしばらく。
いつものように集まって、木刀を振り回しているアルスとテリーを尻目に私は1人呪文に関する本に心を奪われていた。
『メラ』『ヒャド』『ギラ』『バギ』『イオ』『ホイミ』
いわゆる下級呪文の代表とも言えるこれらについての考察や、術式の構成についてなどが鮮明に記されている。
両親が魔法使いだった事は本当に運がよかった。
「ハァッ!」
「うわ! ちょ、ちょっとタンマ!」
「ヤァッ!」
「まって! アルス! ちょっと待って!」
チラリと二人の方へ目をやるとアルスがテリーに向けて猛攻を仕掛けているところであった。 まあいつもの事だ。
そろそろ準備をしておく事にしよう。
本に栞を挟んで座り込んだ木陰から腰を起こし、腰に差していた小さなステッキを手に取る。
それとほぼ同時に2人の戦いに決着がついた。
「ダリャアッ!」
「グッ! 痛ってええええ!」
「あっ、ゴメン」
今日の決まり手は脳天への一撃。 子どもの力とはいえ、木刀をまともに受けたテリーの頭には、漫画のごとく大きなタンコブができている。
これまたいつもの事だ。
二人に近づき、ホイミをかける。
レベル1にも満たない二人にはコレで十分に回復できただろう。
再び涼しい木陰へと向って歩みを進める。 早く続きが読みたい。
「なぁー、レイスも一緒に訓練しようぜー。 お前もオレとアルスと一緒に旅に出るんだろー」
「私はいい。 女の子に肉弾戦をやらせるもんじゃ無いよ、頑張れ男の子」
改めて座り直し、読書を続ける。
転生を自覚してから私は、それまで全くと言って良いほどに興味が無かった呪文やこの世界について色々と調べ始めた。
魔法については、幸いにも両親が王宮に使える魔法使いだったので、資料には困らない。
しかし、やはりというか何というか、調べれば調べるほどにこの世界がよく分からなくなっていく。
『ドルマ』『デイン』『ザバ』『ジバリア』
本来ドラゴンクエスト3に登場しない筈の呪文が、先のメラやヒャドと同じように下級の呪文として広まっているのだ。
それ自体は嬉しい。 使える呪文は多い方が、臨機応変に対応ができるだろうから。
だから、呪文に関しては今のところ大した問題は無い。 むしろ広がる知識が楽しいとさえ思っている。
問題なのはこの世界だ。
まず間違いなく
本来のドラクエ3では、海に囲まれたこのアリアハンが、この世界では大陸まで陸が続いていたり、サントハイムやベルガラックなどと言った別のナンバリングに出てくる城や街が存在しているのだ。
重ねていえば、再び木刀を交え始めたテリーや、姉のミレーユの存在も分からない。
他人のそら似というには難しいほどに似た容姿。
テリーに至っては、ご丁寧に毎日のようにトレードマークの青い帽子を被っている。 やはり本人なのだろう。
魔王もバラモスじゃなくムドーに変っている辺り、いくつかのドラクエ作品が混合して出来た世界。 そう考えるのが自然なのだろう。
いや、いいんだけどね。 テリーもミレーユも好きなキャラクターだし、将来のロトとお友達という時点で恵まれているのは分かってるんだけど。
原作崩壊ってレベルじゃねえぞ。
ドラクエ3が大好きだから転生先に選らんだのに、先の
……オルゴデミーラやらダークドレアムなんてモンもいたら完全に詰んでるんだよなぁ。
「レイスちゃんっ! ……あら? 何だか難しい本読んでいるのね、……呪文の本?」
不意に後ろから抱きつかれ、声をかけられた。 犯人は見えなくても分かる。
「こんにちは、ミレーユさん。 いい加減こっそり抱きついてくるのやめて下さい」
「考えとくわね、ん~何々? 『初級呪文に関する考察と研究』? レイスちゃん、魔法使いになるの? 僧侶の方が適正あるって言ってなかった?」
「私の目標は何でも唱えられる大魔導師だよ」
「いつも言ってるけど、ソレって結局は賢者と同じじゃないの」
クスクスと笑われた。 しかし私は大真面目だ。
目標は大魔導師ポップ。 あの
ぶっちゃけメドローア並の呪文が無いと安心できない。 流石にバーン様や異魔神辺りはいないとは思うけど、万が一に備えられる実力を身につけたいのだ。
最終目標は、メドローアやマダンテ並の呪文、そして合体魔法を使いこなせるようになること。
現状唱えられる呪文が、ホイミとメラ、そしてバギ。
7歳の子どもにしては十分化け物レベルとはよく言われるが、私の標的は正真正銘の化け物なのだ。 最低でもメラゾーマ並の呪文が使えなければ、戦力にならないだろう。
「はぁ~、私なんてようやくホイミが使えるようになったぐらいなのに…… お姉さんの立場が無いわよ、もう」
「何言ってるんですか…… 私が言うのもアレかもですけど、ミレーユさんも十分化け物ですからね? 普通の8歳児は呪文なんて唱えられませんよ、精神力おかしいんじゃ無いですか?」
「あら? 私が化け物ならレイスちゃんは何になっちゃうのかしら? ……悪魔? ……小悪魔レイスちゃん。 うん、何だか凄く可愛そうね!」
「ほら、バカ言ってないで。 あの二人そろそろ終わりますよ、テリーにホイミお願いしますね」
話している間に二人の立ち会いも再び佳境に入っていた。
若干テリーが優勢だ、珍しい。 __ああ、ミレーユがいるからか。
シスコンの気があるテリーの事だ、どうせ良いところを見せたいなんて考えているんだろう。 ああ、やっぱりそうだ、こっちをチラチラ伺ってる。
「テリー頑張って! アルス君も負けないでね-!」
あっ、テリー嬉しそう。 口角上がってニヤニヤしてる。
……あっ、そのスキつかれてやられてるよ。 これだから引換券、剣持たない方が強いなんて言われるんだ。
その日は結局夕暮れ時、私とミレーユのMPが尽きるまで二人の立ち会いは続いた。