『愚者』と巡る、大いなる旅路   作:K氏

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邂逅の時

 ――そこは、まさしく地獄だった。

 

 元々は発展した近代都市だったであろうその街並みは、今や見る影もなく燃え盛っている。燃えているだけではない。人々の暮らしの為に築き上げられた建造物のことごとくが、無残な姿に成り果てている。

 だが不思議な事に、そこに人の声はおろか、生物の気配すらない。

 聞こえるのは、燃える炎の音、火に焼けて劣化し崩れ落ちる瓦礫の音、そして時折聞こえる、刃の飛ぶ音や骨が動いているかのような不可解な音。

 

 何が起きても不思議ではないこの地獄変の中、それを調査しに来た三人の男女が、その街の中の一画である事を為さんとしていた。

 

 人理継続保障機関『フィニス・カルデア』。それが彼らの属する組織の名だ。人類史にできた特異点を調査、これを修正する事を目的とする彼らは、記念すべき初のレイシフトにおいて、何者かのテロ行為により、レイシフトの素養を持つメンバーの大半を失った。

 だが、たった一人、運命のいたずらでその被害から逃れた少年がいた。

 この組織のほとんどを占める魔術師と呼ばれる家柄の者でもなければ、特別な技術を持っているわけでもない、本当の意味での一般人。それが今、召喚陣を前に呪文を詠唱している少年、つまりあなたであった。

 あなたの背後で、やや際どい黒の鎧に身を包んだ少女――マシュ・キリエライトと、険しい表情の銀髪の女性、カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアが、固唾を飲んで見守っている。

 今行っているのは、カルデアが保有する英霊召喚システム『フェイト』によるサーヴァントの召喚。現在彼らの側で戦力として数えられるのは、実質マシュ・キリエライト唯一人。そんな彼女ですら、デミ・サーヴァント――英霊と人間の融合体――と呼ばれる、正規の方法で召喚されるようなサーヴァントではない存在。ほんの偶然でサーヴァントになってしまった彼女には、サーヴァント達が行うような本格的な戦闘経験はない。

 加えて、彼女のクラスであるシールダーは、守りに特化した特殊な(エクストラ)クラス。そんな彼女一人で、この先戦い抜くには少々どころかかなり心細い。

 だから、今必要とされるのは、盾の担い手である彼女と対を為す攻め手の持ち主。

 だが、このフェイトシステムを用いた英霊召喚は、()()()()()以上に精度が低い。元となった聖杯戦争での召喚は、英霊に縁のある遺物を用意する事で、ある程度は狙いを絞る事が出来る。だが、カルデアのそれで使われるのは、聖晶石と呼ばれる特殊な鉱物。未来を確定させる概念が結晶化したものであるこの鉱物を使うことで、英霊がいるという未来が来る確率を高め、呼び込むのだ。

 しかし、同時に高い頻度でサーヴァントに装備させる礼装が出てくる事もあり、特に強力なサーヴァントを呼ぶ事に関してはほとんど博打に近く、それ故に責任重大であった。

 

 ――あなたは、願う。自分と一緒に戦ってくれる英雄を。

 

 ――右も左も分からない、こんな自分を導いてくれるような、頼もしい英雄を。

 

 ――何よりも、自分を先輩と慕ってくれる後輩(マシュ)を助けてくれるような、そんな英雄を。

 

―――――!

 

 そして、あなたは詠唱を完了させた。

 

 それと同時に、召喚サークルの設置の為に置かれていたマシュの大きな盾から、光の玉が浮かび上がる。そして、それらの玉が盾の上で円を描くように回り始めると、一瞬にして光の輪となる。

 僅か数秒の後、輪が外側へと広がったかと思うと、その輪が三つに分かれる。これから召喚されるものが、サーヴァントである証だ。

 

 そして、光が一気に中央へ収束し、光の柱が立ち昇る。

 

「――!? この霊基パターンは!?」

 

 マシュが、何か切迫した様子で言っているが、あなたはそれどころではない。人生で初めて見る光景に、その神秘さに、心奪われていた。

 

『……汝―――――』

 

 不意に、誰かの声が聞こえた。だが、耳に聞こえたものではない。どういうわけか、あなたの心に直接届くかのような、そんな声。

 

――……愚者?

 

 そんなワードが、突然あなたの脳裏に閃く。

 その声は、どうやら後ろの二人には聞こえなかったようだ。

 

 しばらくして、眩い光が収まると――

 

 

 

 

「……あれ。もしかしなくても、呼ばれた?」

 

 

 

 

――長い前髪で右目を隠した、現代日本の高校生の制服らしきものに身を包んだ少年が立っていた。

 

 

 

「……は?」

 

 思わずそんな声が漏れてしまったが、あなたは一切悪くない、筈だ。

 現に少し振り返ってみれば、マシュは呆気にとられ、所長もあなたと同じように「は? え?」と間抜けな声を漏らしている。

 

 面食らうのも無理はないだろう。あなたが想像する英雄とは、基本的に筋骨隆々の逞しい男だったり、昔の鎧を着ていたり、見た目からにして凄そうな武器を持っていたりする者達だ。

 それが、実際に召喚されたのは、どこからどう見ても現代人。しかもあなたと同年代ぐらいの。これが困惑せずにいられようか。

 

「……はっ、ダメダメ。何を驚いてるのよ、オルガマリー・アニムスフィア! ここで私がちゃんとしないと……」

 

 一番最初に我に返ったのは所長だった。自らの頬を挟むようにパンパンと叩き、キッとした目つきをしながら、謎の少年に問いかける。

 

「……オホン。よくやって来ました。アナタが何処(いずこ)かの英霊かは知りませんが――」

「えっと、君はマスター……ではないね。どう見ても」

 

 完全に出鼻を挫かれた。あえて強気に出て威厳を出そうとしたつもりなのであろうポンコツ所長は、少年に言葉を遮られるどころか、遠回しに自分が気にしている事を突かれ、思わずずっこけてしまいそうになる。

 

「……え、ええ。そうです。そうですとも。私はマスターではありません」

 

 が、ここで怒っても仕方がないと分かっているのか、なんとか理知的に答えたのを見、あなたは「自分が召喚した」と手を挙げた。

 

「……そう。ここにいる彼が、アナタの召喚者、マスターよ」

 

 「ついでに言えば、レイシフトの素質ぐらいしかないタダの一般人よ」と付け加えながらそう告げられた少年は、その言葉に特に関心を持つ素振りも見せず、ただ、あなたの事を観察しているようだった。

 ……よくよく見てみれば、かなり中性的な顔をしている。所謂、イケメンという部類の人間だ。自分の通っていた高校にいたら、きっと女子生徒の人気を一身に受けていたことだろう。いや、女子だけではない。なんと言うべきだろうか、纏う雰囲気が違うのだ。魅力に溢れているとでも言うべきか。

 

 こういうのをカリスマがあるというのだろうか、などとそんな関係ない事を考えながら、あなたは黙って少年に観察されていると、少年は何か納得したのか、うんと頷く。

 

「少しいいかな」

 

――えっと、何ですか?

 

「そんなに畏まらなくてもいい。ただ、ちょっとこのカードを引いてみて欲しいんだ」

 

 そう言われて差し出された彼の手元には、いつの間にかカードの束が握られているではないか。

 驚くあなたを他所に、少年は慣れた手つきでカードを扇のように広げると、あなたへと差し出した。

 なんだかよく分からないが、とりあえず指示された通り、あなたはカードを直感的に選び、それを抜き取った。

 それから、「表に返してみて」と促されるままに、あなたは手にしたカードを裏返す。

 

 描かれているのは、一匹の犬を連れた旅人の絵。そして、カードの下には『0』が刻まれている。

 

「……なるほど。()()()()()()()()

 

――……? それって、どういう……。

 

「ああ、いや。君が今気にする必要はない。特に、こんな状況じゃあ、ね」

「……あの、ところで貴方は一体?」

 

 そこで、ようやく状況が呑み込めてきたマシュが、努めて冷静に少年に問いかける。

 

「ああ。そういえば、まだ名乗ってなかったっけ。……といっても、名乗る名前がなぁ」

 

 すると、少年は困ったように頭を掻きだす。

 

「何よ、まさか真名どころか、クラスすらも名乗れないとか言うんじゃないでしょうね?」

「まぁ、半分は正解かな」

 

――半分?

 

「そう。俺は少し、霊基が特殊でね。明かすと色々面倒ってのもあるけど……真名に関しては、間違いなく()()()明かせなくなってる」

 

 明かしたいのは山々だけどね、と付け加え、少年は苦笑を漏らす。

 

「しかし、そうだなぁ……一応霊基の偽装は出来なくもないし、うん。とりあえず便宜上のクラスと真名でも名乗っておこうか」

 

 サラッと口に出されたそれは、魔術師的にはかなり思うところがあったのか、マシュは再びあんぐりと口を開け、所長はまたぎゃあぎゃあと捲し立てる。その内容は、正直現在のあなたにはまるで理解できない内容ばかりだ。

 

「クラスは……どうしようか。フール、ワイルド、ジョーカー……最後のはなんか違うな。具体的に言うと後輩辺りが使ってそうというか」

 

 そんな騒がしい状況にあっても、少年はまるで動じる事無く、あれやこれやと考えを巡らせているようだった。

 ……なんだか、かなり肝が据わってるというか、漢という言葉が似合うというか。

 

「……よし、決めた」

 

 一体どういう経験をしたらこんな状況でも動じない勇気を得られるのかという疑問と、少年に対する複雑な憧憬の念が頭の中を堂々巡りしていると、少年も考えが纏まったらしい。

 

「俺は、アルターエゴのサーヴァント。真名は……仮に、オルフェウスとしておこうか。コンゴトモヨロシク……」

 

 少年は自らをそう名乗った。これが、旅を始めたばかりの愚者と、■■に至った者との初めての出会いだった。

 

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