「あん? ま、そうだな。本来一番適性があるのがランサーなんだけどよ。ま、こればっかりは仕方ねぇよ」
「一応槍なら持ってるけど、使う?」
「……マジか?」
「気に入るかは分からないけど」
「この際、使えりゃなんでもいいさ。ありがたく借り受けるぜ」
「……ちょっと待って。彼、さっき剣使ってなかった?」
「どういう訳か、他にも武器を持ってるそうですよ」
「…………(頭を抱える)」
――ランサー、アサシンとの戦闘後、休息中の会話より抜粋。
ランサーとアサシンを撃破したあなた達は、協力してくれたキャスターに礼を言うと、この冬木市に何があったのかを問いかけた。
キャスター曰く、最初は普通に聖杯戦争を行っていた筈なのに、気づけば彼らのマスター共々、この街から人が消えたのだという。あまりにも突然すぎて、何が起きたのか彼自身もまるで分からかったそうだ。
この異常事態の中で真っ先に動いたのは、最優のサーヴァントと称されるセイバーだった。今回の聖杯戦争における賞品である小聖杯とはまた別に存在する、この土地の本当の『心臓』である聖杯、即ち大聖杯が何かで汚染されており、その影響で
汚染されたサーヴァント達は、先程あなた達が遭遇したシャドウサーヴァントとなり、唯一生き残ったキャスターを狙っていたのだという。
「……で、ここまで何とかマスター無しでやってきたんだがな。流石にこりゃ限界があると感じたもんでね。そこに、丁度お前さんらが現れたっつぅワケだ」
「あのシャドウサーヴァント、知性は感じられなかったけど、聖杯戦争の原則として他のサーヴァントを倒さなければならない。つまりマシュが狙われたのもそのせいって事ね」
あれやこれやと情報交換を行う中、あなたは一人、先程の戦いの事を思い出していた。
――……自分に、出来るのだろうか。
正直、マシュ一人に指示を出すのもいっぱいいっぱいだというのに、恐らくこれからもっと多くのサーヴァントと一緒に戦うことになるのだろう。
様々な戦いを潜り抜けてきた歴戦の英雄に、素人の自分が指示を出す。これがプレッシャーにならずになんとなろうか。
「……そう気負う事はない」
そんなあなたを、オルフェウスが穏やかに励ます。
「いいかい? これは確かに、ゲームなんかとは違う、本物の戦いだ。……けど、ゲームとは決定的に違うところがある」
――それは?
「俺達っていう、意思を持つ仲間がいる事さ。君は、一人で戦うんじゃないんだ。不安になったら、俺達に助けを求めればいい。俺達は、可能な限りそれに応える。……そうだな、まず君がすべきなのは、信頼する事だ」
――信頼。
「そう。自分だけが気負わず、背中を任せられるようになる事。それがまず第一かな。……君のように自分一人で背負い込もうとする人間は、それだけ危なっかしいんだ。今すぐじゃなくてもいい。ゆっくり、慣れていけばいい」
最も、普通は慣れるもんじゃないけどね、と苦笑を浮かべながら、オルフェウスはあなたの肩を優しく叩いた。
結局、あなた達はキャスターと協力関係を結ぶこととなった。カルデア側はこの特異点の調査、可能であればその原因の排除を。そしてキャスターはこの歪んだ聖杯戦争を終わらせるという点で、双方の利害が一致した為だ。
あなたはキャスターと仮契約を結び、再び探索を開始する。
向かう場所は、キャスターからの情報で分かっている。この街にある柳洞寺という寺のある山の、その地下に広がる大空洞。その奥に、セイバーが待ち受けていると。
だが、その道中でマシュが何やら思い詰めているのに気づき、少しばかり寄り道をする事になった。
「その……宝具が、まだ使えなくて……」
彼女の悩み、それはデミ・サーヴァントになってからそれなりに試運転はこなしたにも関わらず、肝心の宝具が使えない、それどころか使い方すら分からない事にあった。
「今の自分では役に立てない」。言葉にはせずとも、彼女の弱気な姿が、そう語っている。
『でも、一朝一夕でいく話じゃないと思うよ? だって宝具だし』
そんなマシュを通信越しに見たロマンが、なんとか彼女を慰めようとするも――
「あ? んなもんすぐ使えるに決まってんじゃねぇか」
あっさりとキャスターがそれを否定する。
曰く、「英霊と宝具は同じものであり、マシュがサーヴァントとして戦えるのなら、既にその時点で宝具は使える」、らしい。
ロマンの言とキャスターの言のどちらを信用すべきか悩むが、今回は多分、キャスターの方が正しいのだろう。当の英霊本人なのだから。
そして、そんな彼女の問題を解決するには――
「な――!?」
「ちょ、ちょっと! アンタ一体何してんのよ!?」
――オル、フェウス?
唐突だった。何か金属音のようなものが聞こえたかと思い、そちらを向いてみれば――オルフェウスが無表情のまま、あなたに向かって拳銃を突き付けていた。
――拳銃……拳銃!?
そういえばステータス欄にそのようなものがあったような、なかったような。しかし、今のあなたはそれどころではない。
よく見てみれば、拳銃を握っている手の人差し指が、しっかり引き金に掛かっているではないか。
「お、オルフェウスさん! 一体何を!」
「何って……銃を彼に向けてる?」
「いえ、行動そのものについて訊いているのではなく!」
突拍子も無さ過ぎる行動に、あなた達は困惑する他ない。ただ一人を除き。
「――マシュ。君に今一つ足りないものが何か、わかるかい?」
「足りない、もの?」
「俺がこの引き金を引けば、彼は死ぬかもしれない。そんな状況の時、君がすべき事は?」
「それは……」
マシュは、言葉に詰まる。それは困惑がまだ続いているからであり、同時に別の要因――宝具を出せない原因と繋がっているからだ。
それを見たオルフェウスは、一つため息をつくと、マシュから視線を外す。そして、引き金に掛かった人差し指をそのままにグリップから手を放し、拳銃をぶらんぶらんと振り子のように扱う。
「……ま、俺は撃たないし、そもそも
「だろうな。お前さん、そのジュウとかいうのを向けてた時、殺気をこれっぽっちも籠めちゃいなかったし」
どうも訳知り顔なキャスターの一言に、あなたは思わず「殺気の有無なんて分かるか!」と怒鳴ってやりたくなるが、そういう事を言い出せる雰囲気ではない。
「でも――そっちは違うだろ?」
――へ?
あなたがそんな間抜けな声を出すと同時に、「危ない!」と、マシュがこちらに素早く駆け寄ってきた。
瞬間、マシュの盾の表面で炎が弾け、その余波の熱があなたのむき出しの皮膚を襲った。
――あつッ!?
「キャスターさん! 貴方まで一体何を!?」
「いや何、こいつは主思いだかなんだか知らんがやるつもりはねぇってんだ。だから――最初から考えてた通り、俺が一肌脱いでやろうと思ってよ。ま、安心しな。借りた槍は使わねぇから」
いきなり何を言い出すんだと、槍を使わないというのはひょっとして手加減してやるつもりなのかとあなたはキャスターを見やるが、残念ながらその顔は素面だった。つまり、本気と書いてマジの殺る気で、今の攻撃を放ったのだ。
「そらそらそらぁ!」
「うッ……きゃ、キャスター、さん! 話を――」
立て続けに放たれる炎を、マシュは必死になって防ぐ。
だが、キャスターの側にはやめるつもりがないように見える。
それから、どれだけ防いだだろうか。マシュは肩で息をしているのを見て、そこであなたも、自分の息が荒くなっている事に気づいた。
体表を流れる汗は、キャスターの炎の熱だけで流れたものではない。マシュと一緒に、命懸けで戦っている事への緊張感が、心臓の高鳴りと共に自然と火照っていくあなたの肉体を冷やそうと促しているのだ。
その緊張感が、あなたが今置かれているのは、命のやり取りの現場なのだという事を、改めて突き付けてきている。
「――はぁッ、はぁ、キャスターさん――その、こういった根性論では、なく――理屈にそった教授、を――」
一旦猛攻が収まったと同時に、マシュはキャスターに対し、交渉を試みる。
だが、それに対するキャスターはと言えば、全てにおいて正反対で。
「――分かってねぇなぁ、こりゃ見込み違いか?」
カン、と、木製の杖で地面を一突き。その顔には、明らかな呆れの色が見えている。
「いいか、お嬢ちゃん。普通英霊なら誰でも使える宝具が使えねぇってのは、つまり魔力が詰まってるってことなんだよ」
それを解消するには、理性があっては邪魔になると、キャスターは語る。
「お前さんに必要なのは、一旦精根を使い果たして、そして英霊としての本能を引き出し、詰まった魔力を解放する事だ。そら、しっかり構えな、お嬢ちゃん。でなきゃ――お前も、お前のマスターも、ここで死ぬことになるんだぜ?」
口だけではない。目がそう言っている。「本気で殺す」と。
膨れ上がるキャスターの殺気を前に、あなたはキャスターの本気度合いを察する。
そこまで感じ取ったあなたは、ふと、あなたのもう一人のサーヴァントにして、キャスターに先駆けて問題行動を起こした張本人のオルフェウスが何も言ってこないのに気づく。
彼を探すようにあなたが見渡すと――
「ちょっと放しなさいよ! あいつに一言文句を……いえ、それだけじゃ足りないわ! 魔力を溜めに溜めたガンドを百発ブチ込まないと気が済まないわ!!!」
「よりにもよってキャスターのサーヴァントにそんなの通じないに決まってるでしょ。はい、どうどう」
「わたしゃ馬かぁ!」
……何故か怒り狂った所長と漫才をやっていた。いや本当に何をしているのか。折角の(?)緊張感が台無しである。
とりあえず、あなたはそれを見なかったことにしてキャスターと向き合うと、当のキャスターは杖を正面に構え、詠唱していた。
そこに、ロマンからの通信が入る。
『まずい! 恐らくキャスターの宝具が来るぞ! なんとか回避を――』
そうこう言っている内に、キャスターの目の前に炎が集まり、やがて炎の中に巨大な人影を創り出した。
そして、地響きを高らかに、立ち昇る炎を掻き分けるようにして、それは現れた。
「――灼き尽くせ! 『
――ウィッカーマン。ドルイド信仰における人身供物の祭儀を由来とする、細木の枝が組み合わさってできた巨人。その胸部にある檻には、本来納められる筈の生贄はおらず。
炎を纏いながら一歩、また一歩と歩いてくるその姿は、さながら生贄を求めて荒れ狂う炎の巨人。
(どうすれば……)
意図せずして、あなたとマシュの思考が一致する。
あなたは、自分を守ってくれているマシュの背を見、そして左手の甲に刻まれた赤い痣を見やる。
それこそは令呪と呼ばれる、英霊をこの世界に繋ぎ止める楔。
所長曰く、本家本元の聖杯戦争で使われていた令呪とは違い、サーヴァントに対して絶対と言える程の強制力は無い。だが、それ自体が魔力リソースの結晶であり、その使い道は様々だ。
例えば、サーヴァントに宝具の解放を促す事も出来るし、指定の場所に瞬間移動させたりする事も可能だという。
(これを使えば、もしかしたら……)
「それは駄目だ、マスター」
令呪を使おうと考えた瞬間、まるであなたの考えを読み取ったかのように、オルフェウスの声がそれに待ったをかけた。
「これは、彼女がサーヴァントとして、自分の力で乗り越えるべき問題だ。君が令呪で助けても、彼女にとっては何の助けにもならない。それは一時しのぎにしかならない、ただの自己満足でしかないんだ」
――……でも、このままじゃ。
「……いえ、やります。やらせて、下さい!」
あなたの不安を感じ取ったのか否か、マシュが声を張り上げる。まるで、自らを鼓舞するように。
オルフェウスは、そんな彼女をまっすぐ見つめる。今までの仲間に向ける穏やかな色の無い、ただただ強い意志の籠った視線が、マシュに突き刺さる。
……彼女は、必死になって自分を守ろうとしてくれている。声も足も震わせ、怯えているのが手に取るように分かってしまうというのに。その背中は、とても頼りがいがあるとは言い難くて。恐らく、今のままではあの巨人の攻撃を受けて、まともに立っていられなくなってしまうと、誰から見ても分かってしまうぐらいに。
……そう、幾ら人間以上の身体能力を手に入れ、鎧に身を包み、身の丈程もある盾を構えていても、彼女の本質は英雄でもなんでもない、ただの女の子なのだ。
そんな彼女に守られている事への僅かなコンプレックスと、何より情けなさが、あなたの中にあった。
――……今の自分には、本当の意味で彼女を助ける事はできないのか。
「――何も、助ける為には絶対に令呪じゃないといけないって訳じゃない」
――え?
「君には、令呪以外に何がある?」
そこまで言われて、あなたの脳内で一つの光が灯った。
――それは……。
それは、つい最近の出来事。ほんの数時間前の出来事だ。
あなたがカルデアの廊下で目覚めて、それから起きた数々の出来事。
目が覚めて、マシュと出会って、レフ教授と出会って。
それから管制室に行って、まだシミュレーションでの眠気が取れなくて、所長にこっぴどく怒られて、追い出されて。
それから、自分の部屋でサボっていたロマンと出会って、あの爆発が起きて、そして――
――……あの……せん、ぱい。手を、握ってもらって、いいですか?
……そうだ。あの時、自分に出来たのは、彼女を励ます事だけ。事実、それしか出来なかった。彼女を押しつぶしていた瓦礫を除ける事も、ロマンの言う通り逃げ出す事も出来ずに。
けれど、そこまで弱気な考えが浮かんで、あなたは思い出す。
今の彼女もそうだ。自分と同じように、役に立てない、何もできないと考えてしまっている。自分よりも色んな事が出来る彼女が。
「――何をすべきか、分かったかい?」
――これが正しいかは、分からないけど。
あなたは、頭の中にあるごちゃごちゃとしたものを振り払い――そして、自分なりの答えに至った。
……そうだ。それこそが。
――マシュ。
あなたは、盾をぎゅっと握りしめるマシュの手にそっと触れ、優しく、力強く声を掛ける。
「っ、せん、ぱい?」
――
「自分の、心……」
――多分、君にとっての答えは、そこにある。
根拠なんて、あるわけない。彼女が、あなたの言葉を信じてくれる保証もない。だから、「信じている」なんて、そんな重い言葉は言えない。
だが……頭で考えてもどうしようもないなら。本能こそが大事だというのなら。
一抹の不安を抱えていたあなただったが、しかし、マシュはあなたの想いに応えた。
「――見ていてください、マスター」
あなたの想いを背に、マシュは、なけなしの勇気を奮い立たせる。
そして、ウィッカーマンの巨大な拳が、無慈悲にもあなた達二人に向かって振り下ろされ――