エールとワーグの話
エールはワーグを見つめていた。
「何かしら?」
エールはワーグがこちらをじっーと見ている気がしたので視線を合わせただけだったのだが、気づかれるとワーグはさっと目を逸らした。
それを見てエールはワーグに近寄ると腕を上げる。
何をされるのかとワーグは怯えたようにドキリとしたのだが、その頭にはそっとにみかんを乗せられていた。
「ほ、本当に、何なのこの子……」
頭に乗せられたみかんを受け取りながらその謎の行動にワーグはどう反応していいか分からない。
「プレゼントかな?うれしー、ありがとー!」
ワーグは困った様子で俯くだけだが、白い生物が嬉しそうにしたのを見てエールは満足げに頷いた。
「もう、エールちゃんはまたそうやっていきなり人の頭にみかん乗せてー」
その様子を見ていたリセットが助け舟とばかりに二人の間に入ってくる。
「リセット……」
ワーグはリセットの声を聴くとぱっと顔を上げてそちらを見た。
「突然でびっくりさせちゃったね。この子はエールちゃん、私の妹だよ」
「わーい!リセットだ、久しぶりー!会いたかったよー!」
「黙りなさい、ラッシー……話をするのは久しぶりね」
ワーグが気さくに挨拶をする白い生物ラッシーを窘めながらも、エールは心なしかその瞳が輝き言葉も柔らかくなったように感じた。
「エールちゃんはちょっと変わってるけど私達の冒険のリーダーでいっぱい頑張ってくれたの。とってもいい子だからワーグちゃんも仲良くしてあげてね」
リセットがそうエールを紹介した。
リセットに促されるようにワーグは今度は目を逸らさずまっすぐにエールを見つめる。
しかし目の前にいる少女、エールがにこにこと笑顔を浮かべているだけなのでその心中は分からなかった。
対するエールもワーグの表情は固く何を考えているかは分からない。
とりあえずエールはこんにちは、とあいさつをしてみる。
「こんにちはー!大きいけどリセットの妹なんだねー」
気さくに挨拶を返してくる白い生物と違い、ワーグのエールを見つめる瞳は緊張しているのかかうつむきがちである。
自分が大きいのではなくリセットが小さいだけ、とエールが言うとリセットがぺしぺしとエールを叩いた。
普段は大人びている姉も小さいのを指摘されると拗ねる。エールはそんな可愛い反応をする姉も好きである。
何も話さないワーグに自分が魔人を討伐してきたリーダーだからか警戒されているのかもしれない、とエールが考えていると
「やっほー、ワーグ!」
ナギが後ろからワーグをぎゅっと抱きしめた。
「あー、このふわふわの抱き心地。ワーグってば全然変わってないね」
「だ、抱きつかないで」
「わーい、ナギだー!ずっとお話しできなくて寂しかったよー!」
「ふふ、ラッシーは相変わらず素直だねぇ」
「……黙りなさい、ラッシー」
ワーグはさっきまでの固い表情はなくなり、顔を真っ赤にさせたままそう言った。
「まあ、変わってないって言ったらリセットも全然変わってないけど」
「ナギちゃん!」
「ごめんごめん。中身はすっかりみんなのお姉ちゃんになってるってー」
リセットが頬を膨らませる。
ナギの登場でその場の緊張はすっかりなくなり和やかな空気が流れる。
少し離れた場所で正気に戻ったランスが馬鹿笑いをしているのが見える中、エール、リセット、ナギ、そしてワーグとラッシーで床に座り小さなお茶会が始まった。
リセットがビスケッタから四人分のお茶をお菓子を受け取ると、ささっと並べてくれる。
エールはみんなは仲良いのか、と聞いてみる。
「昔の魔人戦争でお父さんが保護して仲間になってくれて、それからずっとお友達なんだよ」
「と、友達……」
「うれしー!大事なお友達ー!」
その言葉がよほどうれしいのだろう、ワーグは頬を染めた。
「今はワーグちゃんも能力のオンオフが出来るからこうやって向かい合ってお話しできるようになってるけど、あの頃は近くに行っちゃうとどうしても眠っちゃうからお手紙でやり取りするしかなかったんだよね」
「……あの時貰った手紙は全部取ってあるわ。寂しくなった時に読み返してる」
「私もお手紙全部取っておいてるよ、懐かしいね」
にこにこと笑って昔を懐かしむように話するリセット。
「ワーグってばその頃に私たちが上げた手作りのぬいぐるみ、ずっと大切にしてくれてるんだよね。今見るとよれよれのくちゃくちゃでかなり恥ずかしい代物……作り直したい……」
「返さないわよ。あの子も私にとって大事なお友達なんだから」
同じくにこにこと笑っているナギ。
二人に挟まれているワーグは表情こそ固いままだが、言葉は優しく柔らかくとても楽しそうに見えた。
魔人戦争というとエールが生まれる前の話、リセットもナギもまだ相当に小さかったはずでワーグは幼馴染といってもいいのではないだろうか。
「ランスが落ち着いてる間には近くでお話も出来たんだけど最近はずっとその機会もなくなっちゃって心配してた。ワーグ、すごく寂しそうだったのに声をかけられなくてごめんね」
ナギが少し真面目そうにそんなこと話す。
「ナギが悪く思う事なんてない……私はあなた達を眠らせて。怖がられて、嫌われるんじゃないかって思って……」
泣きそうな表情をするワーグの頭をリセットが優しく撫でる。
「最初に会った時はワーグよりだいぶ小さかったのに、いつのまにか身長も抜かしちゃったね。ワーグもリセットも見た目変わらないからなんか私だけ大きくなっちゃった感じがするよ」
「私はこれから大きくなるのー!」
軽口を叩く姉にすねる小さな姉、嫌われていないと安堵している小さな魔人。
その様子をにこにこと見つめているエールにワーグが改めて向き直る。
「あなたは私が魔人だって聞いて怖くはないの?」
普通の人間は魔人と聞けば震え上がるのが当たり前だった。
魔人戦争に参加し、魔王ランスと一緒に行動するようになって、魔人ワーグの姿と能力の危険性は広く知られるようになっている。
一見弱そうな女の子に見えても攻撃が通らず、近づくだけで眠らされるとあっては人類に打つ手はない。目の前に現れるだけでみんな叫び声をあげて逃げていく、それが普通の反応だった。
例え、ワーグに敵意がなくともだ。
「私が魔王様の命令であなた達を眠らせたこともある危険な魔人だっていうこと、忘れないで。私が本気を出せば今だって……」
脅す様にそう言ったワーグは言葉とは裏腹に顔を伏せており、エールの目にはとても寂しそうに見えた。
「こんなこと言ってるけれどワーグちゃんは人を傷つけるために能力を使ったりしないから大丈夫。 むしろお父さんが魔王になってる間、ずっとみんな……人間側が下手に抵抗して被害が出ないようにしてくれてたんだ」
「キャンプにランスと一緒に来てた前に話したでしょ?それと同じ理由だね」
ワーグ本人が言う通りかなり危険な能力を持っているようだが、リセットとナギが言うには害意はなくむしろ人類のことを考えて行動してくれていたらしい。
魔人リズナと同じように人類に協力をしていた感じだろうか。
「違うわ。騒がれると面倒だからっていう魔王様の命令……最初からずっと。魔王様、ランスが血に飲まれておかしくなってしまってもその命令を解除させられることはなかったから」
「それでもワーグちゃんのおかげで助かった人も多かったと思う。ありがとう、ワーグちゃん」
本当にただ魔王の命令だとしても、リセットの言う通りワーグのおかげで被害が大きくならなかった地域も多かったのは事実である。
リセットが心からのお礼の言葉を述べた。
「それにワーグちゃん、私達の事見逃してくれたんじゃない?」
「もし誰か一人でも眠らせられなかったら、私の負け。ホーネットまで倒すような人間に私が勝てるはずないもの」
「リセットやナギと戦いたくなんかないよー」
ラッシーが悲しそうにそう言った。
ワーグもそれを否定することはない。
「ワーグちゃんもお父さんに戻ってほしかったのかなって思ってた」
そう言ってリセットとワーグは後ろでシィルや他の子供や魔人達と騒いでいるランスを見つめている。
「こっちのランスの方が慣れてるから」
「こっちのランスの方が優しくて好き!大好きー!」
「黙りなさい、ラッシー」
「あー、ワーグは本当に良い子だねぇ」
ナギがワーグの頭をくしゃくしゃと撫でる。
エールもなんとなくワーグの頭を撫でてみた。
「わー! うれしいけど恥ずかしー! 」
「頭、撫でないで。私を、魔人を全く怖がらないなんて……」
ワーグは顔を真っ赤にしながらもなんとか言葉を絞り出した。
「いやー、もはや魔人より強いエールには今更でしょ。それを抜かしても相棒がハニーって子だから種族がどうとか気にしないだろうけど」
魔人を切れる刀である日光を持ち、魔人すら凌駕する力を持ったエールにとって目の前にいる自分ぐらいの女の子は恐れの対象にはならなかった。
むしろ、エールは自分こそ怖がられているところなのではないだろうかと思った。
「別に、リセットの妹なんでしょ。それにあなた魔人を倒したリーダーなんてそんな感じに見えないわ」
「エールはこう見えてもやるときはやるんだよ?」
ナギはそういうが当のエールは緊張感は全くない。
ワーグから見たエールは、茶をすすりつつお菓子を遠慮なく次々に口に放り込みながらリセットやナギとワーグが楽しそうに話す様子を嬉しそうに見つめている普通の少女にしか見えなかった。
「ワーグちゃんはこんな感じですごく良い子だから。エールちゃんも仲良くしてあげてねー」
「表情が硬いのはただの恥ずかしがり屋なだけだからね。ラッシーの言うことが本音だと思っておくといいかも」
「ずっとお話してみたかったよー、仲良くしてねー!」
「だ、黙りなさい、ラッシー」
ワーグは改めてエールに向き直る。
「あなたも、エールも私とお友達になってくれたら嬉しい……」
エールはそう言ったワーグを返事とばかりにぎゅっと抱きしめてみた。
「あ! な! 何するの!」
「あらー、エールったらだいたーん」
「きゃー!近い!近い!近い!ちーかーいー!」
騒ぐラッシーと顔を真っ赤にさせているワーグを見ながら、ふわふわとした柔らかさに甘くて良い香りがする、とエールが言った。
ナギがワーグを抱きしめていたのが気持ちよさそうだったから抱きついたのだが、予想以上に落ち着くふわふわ感であった。
「男の子が言ったらかなりのセクハラ発言……まあ、女の子同士だし恥ずかしがることもないけどエールってそういうとこあるよね」
「ふふ、仲良くなれそうで良かった」
ナギもリセットもそれを止めることなく笑ってみていた。
ワーグに抱きついているとエールは次第に眠くなってきた。
そしてワーグの膝に頭を乗せる。
「あ! 私、な、何もしてない……」
突然、うとうとし頭を預けてきたエールにワーグは焦る。
「もしかしてエールちゃん、さっきまでの戦いですごく疲れてた?お父さんを相手にかなり無理してたものね」
いやお腹いっぱいで眠くなった、とエールが言った。
ワーグの膝は柔らかく気持ちが良かった。
「あはは……エールちゃんはもー…しょうがないからワーグちゃん、そのまま少しだけお昼寝させてあげてくれる?」
「わ、分かったわ」
「くすぐったいよー! 恥ずかしいよー!」
ラッシーは騒いでいるが、ワーグは既に眠りはじめたエールを追い払おうとはしなかった。
「それにしてもこの子、私が寝ている人の夢に入り込んで操れるってこと忘れてないかしら。それとも知らないだけ?」
「ワーグちゃんはそんなことしないでしょ?」
「あはは、せっかくなら幸せな夢でも見せてあげて」
全く警戒なんてしてないように、リセットとナギが笑ってそう言った。
「……その必要ないわ」
膝で眠っているエールの頭を優しく撫でながらワーグは言った。
「この子、幸せそうに寝てるもの」
「よし、私もワーグに寄りかかって寝ちゃおうかなー。あー、本当に良い匂いする」
「せっかくだから私もーよろしくね、ワーグちゃん」
「ナギにリセットまで……」
その後ナギとリセットもワーグの近くで少しだけ昼寝をし、三人に囲まれることになったワーグは顔を真っ赤にして固まっていた。
その光景は場所が魔王城という場所でありながら平和であたたかいものだった。