瑠璃色金魚と音色の水槽   作:沖縄の苦い野菜

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さて、土曜日曜ととりあえず更新してみました。21時までに上がらなかったのは、ごめんなさい。居眠りしてました……。

感想、評価、お気に入り登録、しおりの方、ありがとうございます。まだ一話だというのに、そうしたものをいただけて非常に嬉しく思います。

そのご期待に応えて。とりあえず、二話目、投稿です。
本編をどうぞ。






隣の先客

 765プロライブ劇場の控室。その中では、得も言われぬ緊張感が走っていた。感動の再会を二人が喜ぶなどと、そんな展開はなかった。久遠のサプライズは、紬をただただ混乱させるばかりだった。その様子を見て話が進まないと逸早く察した静香が間に入って、三人は今、控室の椅子に座っている。

 

「えっと、どこから話したらいいのかな」

「……」

 

 久遠の困ったような声に、紬は無言を貫いた。彼女は実のところ、顎に手を当ててどう話を切り出そうか、と必死に考えているのだが。彼にとっては、与り知らぬ情報である。

 

「まずは、そうですね。音楽の都で開催されたコンクールで、優勝したと。風の便りで聞きました。おめでとうございます」

 

 落ち着いた口調、整った声音が彼の耳を打つ。昔みたいにはいかないか、と久遠はほんの少し寂しい気持ちを抱きながら。しかし、その態度や行動は昔のままだと懐かしい思いも抱きながら。祝福の言葉に頷いた。

 

「ありがとう。でも、よく知っていたね。ウィーンのことなんて、日本には早々広まらないものだと思うけど」

「……文のひとつも送ってくれない薄情者と、一緒にしないでください」

 

 先ほどまでの穏やかな声とは一変。とげを含んだ、攻撃的な声音が彼の耳を刺激する。久遠には、対面に座る彼女から、赤色と……それに隠れるように赤紫の波紋が滲み出ているように映っていた。あぁ、怒っているんだなぁ、と申し訳なさがひとつ。照れ隠しが混ざったそれに、微笑ましさがひとつ。久遠の知っている彼女が、目の前で見え隠れを繰り返していた。

 

「それは、ごめんね。うちの社長……いや、業界風に言うならスポンサーかな? その人は、ちょっと厳しい人でね。孤高を尊ぶというか、独立主義というか。今回ここに来たのも、お忍びなんだ。ウィーンでの一人行動は、身の危険が、ね。ヘルパーの人は、社長の意見を優先する人だったから。手紙も止められてた」

「……そちらの事情は、わかりました。ですが、どうしてうちのところに?」

「心配して、苦労かけてるかなって。だから、仕事が終わってから真っ先に飛んで来た」

 

 真っ先に? と紬はその言葉に反応して、一瞬だけ体も震えていた。しかしそれもすぐに露となって消えると、途端にあからさまな溜息を吐いた。

 

「あなたは……バカなのですか?」

「えっ」

 

 まさかそんな反応が返って来るとは思わず、呆けた声が久遠の口から漏れ出る。そんなことをお構いなしに、彼女は言葉を続けた。

 

「遠方の地より戻ったのなら、まずはご両親に挨拶をするのが常識です。海外で、文のひとつも出さず、音信不通の我が息子を、大変心配されていることはすぐにわかるものです。それを、あなたという人は……」

 

 正論だった。ドが付くほどの正論を前に、久遠は肩身狭く縮こまるほかなかった。しゅんと落ち込み、話を聞く様は叱られた子犬を連想させるほど愛らしかったとか。

 

「確かに、うちも心配しました。ですが、それ以上に心配なさっているのは、あなたのご両親の筈です。なので、この話が終わったらすぐに、ご両親にご挨拶に行ってください。わかりましたか?」

「……はい」

 

 ここで彼は、気が付いたとしても「一人称と口調が迷子」などと絶対に指摘しない。そんなことを指摘すれば「ふざけているのですか!?」と怒られることは目に見えていた。わざわざ自分から、藪をつついて蛇を出そうなどとは思わなかった。

 

「……あの、紬さん。さっきから、一人称と口調が……その、混ざっていますよ」

 

 今まで置物のように座っておとなしくしていた静香が、横合いから藪をつついてしまった。空気はガラスに亀裂が入るような大きな音を立てて凍りつき、紬も久遠も固まった。久遠は「やっちゃったよこの子」と両手を挙げる様な思いで、おそるおそる、事の顛末を見守るため沈黙を貫く。

 

「顔の方も赤いようですし」

 

 ――最上静香は白石紬に追い打ちをかけた!

 

 そんなフレーバーテキストが出てきそうな様子に、久遠は噴き出すのを寸でのところで堪えた。まさかわざとやっているのか、と勘繰って意識を集中させるが。静香から伝わってくるのは、一定間隔で漏れ出る水色の波紋だ。あぁ、これは本気で心配している様子だ、と久遠にはわかってしまった。だからこそ、幼馴染を本気で不憫に思った。

 

「何か、飲み物を持ってきます。近頃、熱中症が話題になっていますから。気を付けてくださいね」

 

 えぇ、この人マジで言ってるの、と久遠は背中に冷や汗をかきはじめる。場を乱すだけ乱して、静香はこの場を一時離脱すると言っているのだ。しかし、引き留める理由も無ければ、先ほどの件を指摘するのは紬への更なる追い打ちになるのは明白。黙って見送るほかに、久遠に出来ることはなかった。

 

 静香は、控室の扉から出て行った。扉が閉まる音がしてしばらくは、部屋の中に重苦しい沈黙が流れる。両肩にのしかかるような鉛色の空気に、さて話をどう切り出したものか、と働かない頭で考えるふりをして現実逃避に繰り出した。

 

「……なんなん、もぅ」

 

 蚊の鳴くような弱々しい声が、控室の中で虚空に消え入った。あぁどうするのこれ、とか。飲み物持ってくるには遅くない? とか。久遠の頭の中はまともに働かず、気の利いた言葉を投げることも出来ず。部屋の中は、重苦しい沈黙がなおも支配していた。

 

「久遠くんは」

 

 長い沈黙の後。不意に、紬から口を開いた。助かった、と当面の危機が去ったであろう話題の提供。それに釣り針の餌目掛けて飛びつく魚のように、彼は紬の言葉を食い気味に聞き入る姿勢になった。

 

「なんで、うちのところに来たん?」

 

 焼きまわしたような質問だった。だが、聞いていることが全く違うことは理解できた。久遠はその質問に、ほどよく間を開けてから答える。

 

「最初に、紬ちゃんに報告したかったから。向こうでこれだけやってきたよ、ってね。……みんなの反対押し切って、行っちゃったから。一番心配してくれた紬ちゃんには、最初に報告しようって、決めてた」

 

 紬は久遠のウィーン行きに、最後まで反対していた。空港で最後の最後まで、久遠がゲートを潜る時になっても反対していたのだから、その決意はまさに筋金入りといえる。その思いはきっと、彼女が久遠に対して親身になって心配していることと、強い責任感とが合わさった結果なのだろうと、彼はそう考えている。だから、帰国しての成果は一番に彼女に伝えようと、決めていた。

 

「……うちのこと、嫌いになってないのけ?」

「えっ、そりゃまたどうして?」

「だって、うち。うちのせいなのに……久遠くんの夢、あんなに反対して……。自分勝手に、怒って、泣いて、引き留めて。みっともなくごたむいて……それが嫌になったんやないのけ?」

 

 あぁ、そういうことか、と。久遠は紺色の波紋を広げる紬の言葉に納得する。そして、彼女の「自分を嫌いになった理由」が見当違いな方向に向いていて、それがどうにも彼女らしくて、彼は思わずその喉から黄色の音色を奏でた。

 

「なっ、いきなり笑って、なんなん!?」

「いや、紬ちゃんらしいなって。思い込むと的外れになって、ポンコツになるところとか」

「ポンコ――ッ!」

 

 赤色の大津波が彼女から溢れ出たかと思えば、それも一周回って収まった。怒りのあまりショートしたのか、はたまた冷静になったのか。何はともあれ、これはチャンスだと思い、久遠は言葉を重ねる。

 

「そんなことで紬ちゃんを嫌いになるなんて、あるわけないよ。いや、あの粘り強さとか、気迫にはちょっと気圧されたけど……それは紬ちゃんの長所だし。一度決めたら、まっすぐ貫き通すところ。……それに、僕の決断も今は理解してるんでしょ? 自分がアイドルになるために、東京に飛び込んだから」

 

 白石家の厳格な両親を見たことがあるからこそ、アイドルになるための説得が如何に困難を極め、それでも押し通したのかが、彼にはよくわかる。かくいう彼も、そんな両親や友人を押しのけてでも、ウィーンに旅立ったのだから。

 

「理解は、しとる。でも、納得はしとらんげん……」

「それでいいよ」

 

 過去との折り合いをつけるのは並大抵ではない。特に、純粋に幼馴染という枠には収まり切らない久遠と紬の関係は。いくら久遠が楽観的に折り合いをつけていたとしても、未だ紬の方はそれが出来ていないことは、彼にもわかっていた。原因の一端を担っている久遠には、それを言及することが出来ない。少なくとも今はダメだと、彼はひとり小さく首を振った。

 

「この後は、どうするん?」

「ん、特に決めてないかな。ただ、抜け出しちゃったからね。そろそろ、社長が血相変えて探してるかも」

 

 あはは、と苦笑を漏らす彼に対して、紬はほとほと呆れたといった様子で額に手を当てて首を横に振った。ついでに、大きなため息も一つ。

 

「昔みたいに、送ろうけ? 久遠くん一人は、危ないげん」

 

 呆れた様子ながらも、紬はそんな提案を持ちかけた。彼はそれに懐かしい思いを抱きながら、ひとつ頷いて。

 

「それじゃあ――」

 

 お願いしようかな、と言葉にしようとした時だった。

 

 突然、控室の扉が音を立てて開いた。久遠はそれに少し身構えて、更に足音が二人分あることに首を傾げた。静香一人だけ、というわけではないらしい。一方、紬は「あ、最上さん」と一人目の姿を視界におさめて声をかけて……二人目の来訪者を見て、息を呑んだ。

 

「あぁ、やっぱりここに居たんですね! もうっ、クオンさん。パ……社長が鬼のようになって探していましたよ! 早く事務所に戻らないと……!」

「あちゃぁ……」

 

 その声音は、清涼の風のように鮮やかに波紋する。久遠はその話を聞いて思わず天を仰ぎ、「時間切れか」と呟いた。

 

「ごめんね、紬ちゃん。彼女に送ってもらうとするよ。……社長も、しびれを切らしてるみたいだし」

「どうして、詩花さんと、久遠くんが……?」

 

 突然の乱入者。それは、961プロ所属アイドルの詩花だった。時折、この765プロライブ劇場に遊びに来る彼女は……しかし、今日は久遠を連れ戻すために来たという。一体どういうことなのか、訝しむように紬の端正な眉が動く。

 

「あぁ、紬ちゃん。グリュース・ゴット。お話し中のところ、ごめんなさい。うちの社長が、クオンさんが居ないことに気付いちゃって……今すぐ捜索隊を派遣しそうな勢いなの」

「……詩花さんは、961プロ所属ですよね? えっと、どうして久遠さんが……?」

 

 紬と静香、二人が状況を把握していないような反応を見て、詩花は現状をすぐさま理解した。そして、説明しようと言葉を紡ごうとしたところで。

 

「実は――」

「いや、僕の口から言うよ」

 

 今まで椅子に座っていた久遠が立ち上がり、口を挟む。彼は白杖を左手に持ってから「先導お願いできるかな?」と詩花に向けて頼むと、彼女は「任せください!」と花が咲いたように柔らかい黄色の波紋を木霊させる。

 

「僕はね、961プロに所属しているんだ。正確には、社長はパトロンだけど。お抱えのピアニスト、ってところかな」

 

 961プロ。その言葉に反応して静香は小さく息を呑み、紬は目を見開いて固まり、呼吸すら忘れるありさまとなった。

 

「だから、ごめんね。紬ちゃんが961プロの目の前まで行くと、社長に何か言われるかもしれないから。あの人、765の人を執拗に目の敵にしてるから……」

 

 悲しそうに眉をひそめて、久遠は「それじゃあ、今日はこれで」と目の前に手を伸ばし、詩花は静かにその手を自分の肘の上で掴ませると、慣れた様子で誘導を始めた。

 

「失礼します。また、遊びに来ますね」

「僕もまた、抜け出せそうなときは来るよ」

 

 二人は新郎新婦のように(役が逆ではあるが)、控室から退場する。そんな二人の後ろ姿が、いやに紬の網膜に焼き付いて離れない。慣れたように、しかし様になっているその姿は、長年付き従っているパートナーのようであった。

 

「久遠くん……」

 

 まるで、どこか遠くに行ってしまったような幼馴染の姿。目の前にいるというのに、彼がウィーンに居る時と変わらないほど、その距離は開いているように思えて。更には、いつも自分が居た場所には、詩花が居たことが、彼女の心を余計に抉り込むようだった。

 

 同じ部屋に静香が居るにも関わらず、彼女はポツンと、その場にひとり取り残されたように思えて。

 その悲しみを、紬は唇を噛みしめ、手を握りしめて。ひっそりと耐え忍ぶのであった。

 

 




感想、コメント、評価、お気に入り登録、しおり機能活用などなど、お待ちしております。

これからの展開に、乞うご期待あれ。


ちなみに、詩花も紬も同じ「17歳」です。

※詩花からの久遠の呼び方がぶれていたので統一。正しくは「クオンさん」となります。(8月17日19時53分)


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