今回は少しピアノ楽曲を動画サイトから漁って、とにかく聞いていく作業に入っていました。ピッタリなのないかなぁ、と。
更新頻度は、週2ぐらいを目安に、ぼちぼちやっていこうと思います。
それでは、本編をどうぞ。
――次の詩花の公演。その伴奏を貴様に任せる。
――今や詩花もトップアイドル。その伴奏がCD音源などと、少々安っぽいとは思わんか?
――そこで貴様の出番だ。精々、詩花を引き立てる、その礎となることに全力を注ぐがいい。
――言っておくが、今日みたいに無断で出歩く暇があるなら。次の公演に向けて練習でもすることだ。
――わかったな?
先日、765プロにお忍びで遊び行った後の話だ。961プロに戻ってみれば、そこで待ち構えていたのは警備員を集めた黒井社長の姿。今まさに捜索隊を派遣しようとする場面であった。そんな中、詩花が久遠を連れ戻してきたのを見て、黒井社長はふと息を呑んだが、次の瞬間には何事もなかったかのように「通常業務に戻れ」と警備員たちに指示を出すことでその場は解散となった。
そして次に待っていたのは、当然のように社長室への呼び出しである。詩花のフォロー虚しく、一人で呼び出された久遠は黒井社長に小言をいくつかぶつけられた後、言い渡された指令が次の公演の伴奏をすることである。
やっと仕事が回ってきた、と彼は二つ返事で頷いた。対して、当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした黒井社長は「話は終わりだ。さっさと練習でもするがいい」と彼を部屋から退出させた。
現在、そんな出来事から三日が経っている。公演まであと二週間ほどしかなく、その時点で伴奏を任命してくるものだから、久遠のスケジュールも必然的に埋まってしまった。
初日は社長室から退出した後、詩花を通してセトリを聞き、そのCD音源を全て取り寄せた。
二日目は、取り寄せたCD音源をとにかく聞き込んだ。楽譜を読めない彼は、その耳で音の全てを覚えて、黒井社長より与えられたマンション。防音室にあるピアノで弾いて手に馴染ませる。
三日目、即ち今日は。手に馴染ませた音を転がしていた。どうやって表現するか、どうメリハリをつけるか、詩花の歌声に対して、伴奏の自分はどのように引き立てればよいのか。あれでもない、こうでもない、と鍵盤に指を走らせながら試行錯誤を繰り返す。
「というか、これ詩花さんとイメージ共有しないとダメなような……」
愚痴を呟きながら。彼は挑戦という意味も込めて、緋色と茜色の音をメロディとして爆発させた。大きく、高みを目指すように、鷹が大空を羽ばたくように。そうして弾き終えた時、手に残るのは違和感だ。これじゃない、という微妙な、何とも言えない気持ち悪さ。手をシロップにでも突っ込んだかのような感触だ。
「違う。もっと、挑発的に……」
挑発的ってどうやるんだろう、と気になるフレーズを鍵盤の上で転がした。激しく、速く、あるいは音を伸ばして、縮めて。赤と黄色の音色を混ぜてとにかく高飛車に。見下ろすように傲慢な旋律を。そのどれもが、違うような気がした。
(ピアノ曲とアイドルの曲って全然違うなぁ……)
やっていることは変わらない。だが、工夫の仕方がまるで違った。例えばオーケストラであれば、指揮者との音楽性のすり合わせをすれば、後はそのオーダーに合わせるだけで事足りた。追加編纂は、また指揮者と話をすればいい。
ソロで弾くのであれば、曲への理解と技術点を煮詰めることが命題となった。こちらはある程度自由度が高く、基本に忠実であれば音色を自由に変えられた。
では、アイドルの曲はどうかと聞かれれば。オーケストラのように全体に溶け込んで一つのハーモニーを生み出すわけではない。かといって、ソロのように独善的に音色をコロコロと変えれば、歌っている側が混乱するだろう。今回は特に、伴奏と歌い手の二人だけの舞台。その伴奏は、歌い手を高めることだけに、集中しなければならない。
弾き方が、まるで違った。
合わせて、音色を弄るだけではどうにもならない。むしろ問題はそんなところにあるのではなく、もっと根本的なところにあるように感じられる。見えないことが、暗闇が、久しぶりに気持ち悪く感じた。まるで泥の中でもがいているかのようだ。
歌い手の為だけに奏でる音楽。それは限りなく献身的なものでなければならないのか。盲目的に後ろについて行かなければならないのか。いや、追従し後押しを行う風のように弾くのがよいのか。
(ダメだ。やっぱり、イメージをすり合わせるために一度会わないと)
果たして、今からスケジュールの合間を縫って会うことが出来るのか。甚だ疑問ではあったが、彼はポケットの中から携帯を取り出した。起動して、パスワードを打つ時……画面の不自然な感触に、苦笑が漏れる。
ピロン、と飛び出す様な機械音が鳴り響く。ロックを解除したときの音だ。
「ヘイ〇〇。詩花に電話をして」
ともかくまずは、行動しなければと。久遠は決意を胸に、電話を耳に当てて、鳴り響くコール音に集中するのであった。
◆◇◆
「あ、あった。これね、久遠さんの本選の演奏記録」
同日。事務所の控室にて。最上静香はネットサーフィンをしていた。三日ほど前に久遠本人に会ってから、どうしても気になって、彼が優勝したというコンクールの演奏記録を探していたのだ。海外の動画ということで時間はかかったが。ようやく、お目当ての動画を見つけることが出来た。
タイトルは「〇〇コンクール本選。ベートーヴェン ピアノ ソナタ 第8番『悲愴』 後藤久遠」というもの。投稿日は半年ほど前だった。せっかく見つけたのだから視聴しなくてはと、携帯にイヤホンを挿してから、両の耳に装着する。
緊張から、深呼吸をひとつ。程良く肩の力を抜いた後、たっぷり数秒、目を閉じた。それからゆっくりと瞼を上げると、いざ、とその再生ボタンを押した。
その瞬間だった。
「っ!?」
キュッ、と心臓を鷲掴みにされたような圧迫感のある音が頭の中で爆発する。思わず身が縮こまり、身体が飛び上がり、喉の奥から鋭い息が漏れた。なんだこれは、と思っているうちに次の旋律に。まるで大雨の日の大気のように湿った音が、嫌に低く地を這うように紡がれる。夜などという美しいものではない。暗闇のように、全てを包み込もうとする重い音符が、地を這っていた。あるいは、空気中の澱みとなって揺蕩っている。
気分が重い、心にのしかかる、苦しい。そんな思いを抱いてしまうのに、一時停止を押そうとする手は動かない。耳が離せない。目が離せない。もっと聴いていたい。正しく悪魔の囁きのような魅力が、中断というものを許してくれない。
心は落ち込む。旋律が紡がれる度に沈んでいく。まるで底なし沼のように。音の一つ一つが、真っ黒に塗装されていた。滲んだ墨汁のように曖昧な音もある。それがより正体不明への絶望を表わしているかのようで、心の底から冷え込んだ。
――それなのに、どこかで喜んでいる自分が居た。背徳的だと、面白いと、嗤っている、醜い自分が心の底から楽しんでいた。
耳で追ったのは、そんな音。そして目で追っていたのは、演奏者である久遠の表情だ。彼の表情は……悲痛に、歪んでいた。プロの音楽家であれば、その音を出すために表情まで変化させる人は、少なくない。
しかし、久遠のその表情は、絶望と悲しみと、痛みと苦しみ、怒りに失意。それを思い出すかのように、臨場感をもって、歪んでいる。まさに、「悲愴」な面持ちと云わんばかりに。
そうして、耳も目も離せず視聴しているうちに。
演奏は、終わっていた。
(なによ、これ……)
音楽を聴いていただけだというのに、動悸が激しくなり息が切れていた。気分は最悪といっても過言ではない。だが、そんな思いにさせて尚、聞き手を惹き込むだけの魔性の魅力があることは、確かだった。
――問題児。胸の奥でつっかえていたその言葉がようやく、音を立てて落ちていった。これは確かに、問題児と評されるだけのことはある。気分は最悪なのに、機会があればまた聞いてみたい、という怖いもの見たさの自分が居る。
何より、芸術という観点でいえば、人の心をこれだけ動かせる音楽に。いちゃもんをつけることは憚られた。むしろ、その力はどこまでも突き抜けている。ただ、それが正と負のどちらに向いているのか。その違いだけが、厄介だった。
「紬さんには、聞かせられないわね……」
というより、他の人に好んでオススメ出来る様なものではない。まるで暗闇の中でもがき苦しんでいるようなこの演奏を、誰かに聞かせようなどとは思えない。彼女はそっと、自分の中に仕舞い込もうと心に決めて。
「……私に、聞かせられないとは?」
「ひゃっ!?」
後ろから声を掛けられて、咄嗟の事に変な声が飛び出した。慌てて振り返ってみれば、そこには件の紬が立っていた。静香は慌てて動画からホーム画面に戻した後、イヤホンを耳から外して「何でもありません」と誤魔化した。
訝しむように眉を寄せる紬は、胸に手を当てて「もしかして……」と何やら不安そうに呟いたあと。
「私は、最上さんに何か、知らないうちに失礼なことを……?」
そんな早とちりな見解に行きついた。静香は慌てて「ち、違いますっ」と否定してから「えぇと」と視線を四方八方に泳がせ言葉を探す。だが、当然ながら空中に最適な言葉が落ちているわけも漂っているわけもなく。
「ベートーヴェンの『悲愴』が、思ったより暗くて。あまり人にはオススメできないと、そう思っただけです!」
静香の必死の弁明に、紬は息を呑んで固まった。しかし、それも一瞬のことだ。すぐに視線は下を向き、その瞳は揺れ動く。
「久遠くんの、ことですね」
「えっ」
どうして、と聞く暇もなく。
「あまり、彼の事を嫌いにならないでいただけると……嬉しいです」
そう言葉を重ねると、「失礼します」と紬は背を向けて外へと足早に去って行った。言葉を継ぐ暇も、質問を投げかける余裕さえもなかった。まさに一瞬の出来事で、瞬きをしている間に、紬は静香の目の前から消えていた。
最後に見た、真一文字にきつく結ばれた口に、胸を押さえた手、俯いた視線。
それらがどうにも、静香の頭の中に残り続ける。
不意に、ベートーヴェンの『悲愴』の出だしが耳の奥に流れ込んだような気がした。ハッと呆然とした様子から一転、意識を叩き起こされてから、ひとつ。
胸の奥で黒い霧が、渦を巻くように。
嫌な予感が、彼女の脳裏について離れなかった。
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※もっとゆっくり進めていくかどうか、悩みながら執筆中。
……全体的に文章が迷子だったので修正(8月15日 21時16分)
描写不足なところがあったため、加筆修正(8月17日20時45分)
以下、その箇所抜粋。
――それなのに、どこかで喜んでいる自分が居た。背徳的だと、面白いと、嗤っている、醜い自分が心の底から楽しんでいた。
耳で追ったのは、そんな音。そして目で追っていたのは、演奏者である久遠の表情だ。彼の表情は……悲痛に、歪んでいた。プロの音楽家であれば、その音を出すために表情まで変化させる人は、少なくない。
しかし、久遠のその表情は、絶望と悲しみと、痛みと苦しみ、怒りに失意。それを思い出すかのように、臨場感をもって、歪んでいる。まさに、「悲愴」な面持ちと云わんばかりに。
そうして、耳も目も離せず視聴しているうちに。
演奏は、終わっていた。
以上。
度重なる改稿、申し訳ありません。次話を書いているうちに、どうしても加筆しなければいけないところが増え、このような結果に。
以後、出来る限りこのようなことをがないように、細心の注意を払っていきます。