瑠璃色金魚と音色の水槽   作:沖縄の苦い野菜

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感想、コメント、お気に入り登録、評価など、ありがとうございます! 赤色になってて、ほんのり嬉しくなった次第。

今週は集中講義であったり、歯医者に通院、時間を置いて出血し始めたことなどがあって、少々時間が取れませんでした。

なので、土曜日のこの一本で、どうかお許しを。

それでは、本編をどうぞ。




小さなキミのため

 

 音楽は、一つの証明手段だった。

 あの日の選択は、決して間違いじゃないのだと。それを誰の目から見ても明確なモノにしたくて。そんな動機から進んだ道なのだ。

 

 キミがあの日に負い目を感じるのならば。

 ――僕はあの日に確かな意味を持たせて、正当化しよう。

 

 キミがあの日の自分を許せないのであれば。

 ――僕はあの日に助けたキミを、今生きているキミを全力で肯定しよう。

 

 キミがあの日のことで誰から何を言われようと。

 ――僕はあの日に感謝していると主張を続け証明して、キミの無実と僕の罪を晒し出そう。

 

 僕は退かない。例えそれがキミ相手であったとしても、主張するための音色が尽きるまで止まりはしない。キミ自身にだって、キミを否定させはしない。そうじゃないと、僕は誰を助けたのか分からない。あの日のボクは、〈ボク/キミ〉を突き落としたことになる。

 

 だから、紡ごう。間違いはなかったと、声高に叫びながら力強い赤色を。

 奏でよう。今を生きている僕たちの、緋色のメロディを。

 生み出そう。キミとの明日、黄色のマーチを。

 

「きっと、その先で幕は上がる筈だから」

 

 なのに、どうして。

 僕の生み出すメロディは、藍色に沈んでいるのだろうか。どれだけ綺麗な未来を想像しても、生み出せるのはやっぱり、悲愴の独奏曲。音符はバラバラに散乱して、宙を舞い、あるいは地面に落ち、または地を這い、いつの間にか形も湾曲して纏まらない。

 

 そうだとしても、止まるわけにはいかない。

 これは、キミの未来を願ったマーチだ。あの日に縛られることなく、自由への解放を謳うための伴奏だ。

 

 それを終えてようやく、始まるんだ。あの日、止まってしまった僕たちの物語が。

 

 ――でも、どうしてだろう?

 キミの未来をどれだけ紡ぎ出そうと、メロディを繋げマーチにしようと頑張っても。僕には、キミの笑顔が見えない。たった独りのキミだけが、振り返って泣いている小さなキミだけが、僕の脳裏に貼り付いて離れない。

 

 それが、どうしてなのか。

 キミには、何が見えているんだろう?

 

 僕には、キミが見えている筈なのに。

 それなのに、キミの為の音楽は、生み出せない。

 

 何が足りないのか。

 キミには、わかっているのかな。

 

 不意に、僕の中のキミが、小さく口を動かした。

 みつけて、と。

 

 

 

 瞳からほろりと雫が落ちて、音色の海に波紋した。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 不意に、溜息がこぼれる。本日何度目か、片手の指で足りなくなってからは数えるのもやめた。最初は、あの日の夢を見て飛び起きた後にひとつ。次は、決して得意とはいえないダンスレッスンの時にひとつ。その次は……同じ理由だったかもしれない。

 

 白石紬は、まさに不調といって差し支えないほど、体の自由がきかなかった。昨日は出来ていたステップがこの日は何度も失敗して。失敗に今度こそはと意気込んで挑戦すれば、力み過ぎてその次のステップがワンテンポ遅れた。修正すれば新たなミスが生まれて、それを修正してまたミスが……の繰り返し。体力が削られていくばかりだ。

 

 そうして息も絶え絶えとなった頃、ついにはプロデューサーから「今日はお終いだ」とストップが掛かった。まだやれます、と食い下がったが、オーバーワークだ、と言われてしまえば、紬も引き下がるほかに無かった。事実、足が棒にでもなったかのように、いうことをきかない。これ以上は無理だと、身体が悲鳴を上げていた。これ以上は逆効果だと、自分自身が一番よくわかっていた。

 

 夢のせいだ、と素直に認めたくはなかった。しかし、耳に残った誰かの声が煽るように「あの日のことは全てお前のせいだ」と心の内を蝕んだ。まるで、霧が少しずつ足元に掛かるかのように。つま先からそっと、全身を包み込むように。悪意の言葉は、病魔のように身体を侵蝕していくのだ。

 

「紬ちゃん、ちょっといいかしら?」

 

 鉛のように重たい体を、控室の椅子に預けて休んでいた時。不意に目の前から声が掛かった。誰も居ないと思っていたので、驚いて顔を上げてみれば、そこには小さな子ども……に見える、緩い三つ編みが特徴的な大人のお姉さん(年齢だけは)こと馬場このみが立っていた。こちらを窺うような視線に、何か御用でしょうか、と紬は反射的に言葉を返すと。

 

「悩み事があるんでしょう?」

 

 単刀直入に、鋭く的確に本題に入り込んで来た。突然のことに目を白黒とさせ、思わず、どうして、と訊き返してしまう。

 

「いや、どうしてって。今日の紬ちゃん見てれば、誰だってわかるわよ」

「……それは、私の今日のレッスンの出来が、あまりに不甲斐ないものだったから、と?」

 

 心当たりはいくらでもあった。分かっているのに、いつもの厳しく早とちりな見解は口から飛び出ていく。自分の何がいけなかったのか、他の人からもその理由を訊かなければ、不安で仕方がなかったから。分かり切っていても、訊いてしまう。

 

「外れよ」

「――えっ?」

 

 思わず間の抜けた声が口から漏れ出た。まるで地に足が付かないように。模範解答を覆されたかのように。鉛の様に重かったが体が、宙に浮いたような感覚を覚えた。

 

「表情よ、表情。紬ちゃんったら、思い詰めたような顔をしていたんだから。こう、暗くどんより、何かに追われて怖がっているような、そんな顔」

「……」

 

 今度は声すら出なかった。ただただ、このみの洞察力に驚かされた。いや、自分がそのような表情をしていたことに呆れた、というべきか。自分の顔を触ってみるが、それだけでわかる筈もなかった。

 

「ぷにぷにのお肌を触って表情変えるよりも! ほら、お姉さんに悩み事を話してみなさい。こう見えて、765プロアイドルの年長者なんだから! それに、誰かに話して、気持ちがスッキリすることってあるのよ?」

 

 だから話してみなさい、とこのみは紬の対面の席を陣取った。視線は真っ直ぐと紬の目に向けられており、その姿勢から「話すまでここに居る」といった無言の気迫を感じた。当然、それは紬の勘違いなのだが。

 

「話して、よいものなのでしょうか……」

 

 自問するように、紬はポツリと呟いた。彼が関わっていない第三者だから話せると考えるべきか。それとも、関係の無い第三者だから話せない、と考えるべきなのか。幼馴染の話といえども、今悩んでいることはあまりに、重すぎる。何より、誰かに話すには多大なる勇気が必要だった。清水の舞台から飛び降りる、それほどの覚悟が。信頼できる仲間だからこそ、話して良いと思っている自分と。何があっても話したくない臆病な自分が、心の中でせめぎ合う。

 

「悩んで、解決できるなら、話さなくてもいいけど。……ひとりで解決できないことなら、遠慮なく、ね。抱え込みすぎると、後に引けなくなって、話すタイミングもなくなっちゃうから」

 

 人生の先達としてのアドバイスよ、とこのみは茶目っ気たっぷりにウィンクをしながら言い切った。本人の性質か、あるいはこちらを気遣ってのことか、その両方なのか。強引には聞かずに、そっと歩み寄るように話をするこのみの姿勢に、紬の強張った心は少しずつ解れるように弛緩していく。

 

 このまま抱えて、何もできないよりは、誰かの力を借りてでも解決するべきか。しかし、そうして解決をしたところで、納得できるのだろうか。償いとして、成立するのだろうか。光を失っても、尚も凛と咲き誇る彼に向けて、胸を張って結果を報告できるのだろうか。

 

 片や、ウィーンで大成功を収めた天才ピアニスト。

 片や、最近成果が上がり始めた新人アイドル。

 

 差は歴然としていた。そもそも、土台が違うから当然ではある。六年と、一年未満の差は大きい。それでも、今の自分は彼に負けることはできない、という強い思いが胸にあった。天才ピアニストから光の音色を奪ったのは、自分だから。それを払拭できるだけの価値を証明しなければ、あの日の感謝を証明することはできない。白石紬は助けられた者として、その責任を全うすべく恩人を越えなければならない。そんな傲慢な考えが、彼女の意識には強く根付いていた。

 

 だからこそ、必要なのだ。どんな不具合も、どんなスランプも、どんな悪条件も、自身の足で乗り越えるだけの力が。仲間を頼り、楽な道へと逸れるのでは、彼に追いつくことはできない。弛緩していた心を引き締め、流されかけていた自分を心中で叱咤する。そうした後、紬はこのみに向けて首を横に振った。

 

「これは、私の問題です。私、個人の。なので、このみさんのお力添えを頂くわけにはまいりません」

 

 意地、なのだろう。見栄っ張りなのだろう。それでも、これは自分だけで越えるべき壁なのだと、紬は決意を固めた。誰に憚ることもなく、自分の責任を完遂するために。

 

「……そう。でも、辛くなったらいつでも相談してね?」

 

 そう言いながら、このみは席を立ちあがる。これから莉緒ちゃんたちと約束があるからまたね、と一言据え置くと控室から出て行った。その時の心配そうな表情を見て、胸がキュッと締め付けられるように感じたが、決意に揺らぎはなかった。

 

「頑張らんと」

 

 とはいっても、今日は足が棒になってしまっているので、ダンスレッスンは出来ない。オーバーワークを気にする程度の理性は残っている。

 

 だから帰宅しよう、と紬は席から立ち上がると控室を後にした。

 明日はもっと、という情熱を胸に。

 

 

 

 劇場を出て入り口に立ったとき。

 不意に、耳の奥から楽しそうに弾かれた三味線の音が木霊する。

 

 突然のことに驚き振り返ってみるが、そこには劇場の玄関が広がっているだけだ。その事実に、思わず俯いて、泣きそうな声がほろりとこぼれた。

 

「もう一度、聴きたい」

 

 それでも。無邪気で、真っ白で、跳ねるように弾かれる音の繋がり。自分が知っている限り、最高の音色を目指して。

 

 彼女は顔を上げて、その歩みを進めるのであった。

 

 

 




感想、コメント、お気に入り登録、評価、批判、ご指摘、しおり機能活用などなど、お待ちしております。(いつも言っている気がする)

割と、まだまだ長くなりそうです。


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