ぐんし と りゅうおう 作:悪手を具現化して人にしました。
竜王戦六組予選、二回戦出場棋士が出揃った。
若手が往年の棋士を次々に破り、コンピューター研究の成果が目立つ竜王戦6組。全体的に居飛車の割合が多く、最新型や最近の定跡が各対局で飛び交った。
注目は5人のアマチュアで唯一2回戦に駒を進めた高月孔明アマ名人と、順位戦無敗のホープ神鍋歩夢六段。ともに二十歳以下の超若手でありながら、竜王戦6組優勝候補に挙げられている。
二人は別の山に入っているため、対局するとなればランキング戦の決勝。そのためにはあと3回勝つ必要がある。
高月アマは一局目を振り飛車で戦った。アマチュアの棋戦では常に居飛車で戦っていたため、相手の研究を外しにきた大胆な作戦だ。
四間飛車に穴熊の形で戦い、終盤まで相手を寄せ付けない将棋を指していた。独特の指し回しはまさに人間コンピューターと言える。
神鍋六段はいつも通りの居飛車。未だ順位戦負け無しの若手は竜王戦でもその実力を遺憾なく発揮し勝利した。
18歳の年齢でB級2組、六段のホープは将来、きっとタイトル戦に現れる。そんな将来性を感じさせてくれる。
二回戦では高月アマが家永四段と、神鍋六段が佐渡八段と対局する。
・ ・ ・ ・ ・
孔明が勝った。
完勝だ。盤上では相手の優位を全く与えず、盤外では研究を上手く外した。
公式戦に出た孔明は普段、俺と家で指しているときとは比べ物にならない集中力を発揮していた。
プロと互角に戦えるオールラウンダー、しかも研究している定跡は俺とやっているだけでも10はある。
「やっべえ…本格的にやべえぞ…」
俺は今、公式電での11連敗を止めたばかり。対する孔明はどんどん力をつけている。
負けていられない。それが逆に自分へのプレッシャーになっていくのを感じる。
棋力、盤外の心理戦の才能。どちらも今の俺より上だ。
「師匠、どうかしたんですか?」
孔明の棋譜を熱中するように見入っていた俺に、弟子のあいが声を掛ける。
あいは最近俺の弟子になった小学3年生。将棋図巧をたったの3ヶ月で解いたり、俺の得意戦法で逆に俺を追い詰めたりと類まれな棋才を持つ。
将棋界ではちらほら竜王が小学生を内弟子にとったと噂が流れ始め、姉弟子には『ロリコン』呼ばわりされている。
「なんでもないよ。ちょっと知り合いの棋譜を見てただけ」
「師匠のお知り合いですか?」
「そう。アマチュアなんだけど竜王戦の予選に出てるんだ」
「ほよ? 竜王戦ってプロの大会じゃないんですか?」
「確かに竜王戦はプロの棋戦だけど、参加資格はプロ棋士だけじゃないんだ」
竜王戦に参加する資格を持っているのは、全棋士と女流棋士4名・奨励会員1名・アマチュア5名。
つまり、一応はアマチュアや女流棋士でも規定上奪取可能なタイトルになる。
「あいだって竜王戦に出れなくはないんだぞ。もっと強くなればだけど」
「本当ですか! 師匠とタイトル戦やってみたいです!」
「じゃあ、もっと強くならないとな」
あいの頭に手を乗せ、優しく撫でる。
師弟対決がタイトル戦で実現したことは今のところない。
若手が強い傾向にある将棋界で、師匠になるような年齢の棋士がタイトルを持っていることすらあまり多くない上に、タイトルへの挑戦は非常に厳しい。
あいなら女流タイトルは取れるかも知れないが、プロ棋士のタイトルとなれば話が変わってくる。
「師匠! 将棋、教えてください」
「い、今から? もう10時だし寝なきゃ駄目だろ」
「でも、強くなるには指さなきゃ駄目なんですよね!」
「ま、それはそうだけど。お互い寝ないとだめだぞ」
「孔明!」
「よっ」と軽く返事をする孔明。
無言で部屋に上がり込んで来やがった。
「師匠、この人がその?」
「君がひな鶴あいちゃんだね。こんばんは。高月孔明と言います。一応、アマチュア竜王・名人です☆」
「おい。何で上がり込んでるんだよ」
「あいちゃんにちょっとだけ用事があったからさ」
「私に?」
あいが首をかしげる。
「これ、プレゼント」
孔明があいに渡したのは薄い本。『詰将棋超手数5選』と表紙に書かれているが、そんな本は見たことがない。
「俺が自主的に作った超手数の詰将棋だ。最短211手詰め、最長が583手詰めだったはず。あいちゃんが将棋図巧解いたって先生から聞いたからセレクトして印刷したんだ」
流石に寿以上の長さではなかったようだが、三桁手数の詰将棋なんて普通の詰将棋本ではまず記載されない。
詰将棋の好きなあいにはもってこいのプレゼントだ。
「先生?」
「俺の師匠のことだよ」
「いやぁ…寿の発想を取り入れたんだけど、頑張っても583手が限界だったよ」
「普通583手の詰将棋は作れないから」
「寿も1955年に手数更新されてるし、人間やろうと思えばだいたいのことは出来るぞ」
「ノー勉テストはだめだけど」と小声で続ける孔明に思わず苦笑する。
孔明はこれでも一応高校生だ。ほとんど高校に行っていないが、特待生だからテストさえできれば問題ないらしい。
「ありがとうございます!」
目をキラキラとさせながら喜ぶあい。
普通の詰将棋本なんかは長くても15手とか、17手とかがほとんどなのであいとしては嬉しいプレゼントだ。
でも、授業中に解いて内容聞いてないなんてことが起こりそうで少し怖い。
「して、八一。連敗ストップおめでとう」
「孔明こそ。1回戦突破おめでとう」
「やっと勝率3割の竜王から抜け出せるな」
「言ってくれるじゃねえか。そこに座れ! こてんぱんに叩きのめしてくれるわ!」
「おいおい。ロリコン野郎に負ける俺じゃねえぞ!」
孔明による見え見えの挑発に乗せられ、布団を棚に押し込み、盤と駒を取り出す。
「あい! 一緒にこいつを倒すぞ」
「はい、師匠!」
「おい。プロが何弟子と一緒にアマチュア叩き潰そうとしてんだよ」
「お前がアマチュアでたまるかッ!」
このあとめちゃめちゃ将棋指した。
・・・・・
「クズ竜王に敗率2割…あいちゃん1回負けた……」
カーテンの隙間から眩しいくらいの陽の光が差し込む午前7時。
孔明が盤のそばで目を虚ろにしながらポツリと呟く。
闇のゲームで負けて魂抜かれたみたいになってるぞ。
「ししょー…眠いです……」
「あい…俺もだ……それと孔明…クズ竜王言うな……」
俺たち2人も魂が抜けている。ぶっ通しで9時間も将棋を指すなんて思わなかった。
9時間なんてタイトル戦なら普通だろと思うだろうが、もう寝ようとしていた人が9時間将棋指したらどうなるか想像に難くない
さらに居飛車の古典定跡から、振り飛車の新定跡までありとあらゆる戦術を使われたから頭が痛い。
泥のように眠った俺とあい、それとは対称的に孔明は俺らが寝た後帰ったらしい。
1日の終りに9時間徹夜で将棋して、まだなおピンピンしていられるあいつの体力はなんなんだ。
『八一 公式戦頑張れよ』
適当なメモの切れ端に殴り書きで書かれた置き書きがテーブルの上に置いてあった。
それと一緒に、コンビニの袋に入った飲み物とお菓子。去り際だけは本当に洒落てる。
「さあ、俺も負けてられねえ!」
スーピーとかわいい寝息を立てながら寝るあいを起こさないように最新の注意を払いながら、そっとパソコンを立ち上げる。
俺の研究は対人でも行うしAIとも行う。
孔明に『お前は高校に行ってないんだし、人との関わり作るのにも対人で研究しろ』と言われてるのだが、すでにコミュ障の俺にはハードルが高かった。最近の研究はAIとのことが多い。
部屋にはあいの寝息と、マウスのクリック音だけが永遠に響く。
「こんな変化が…」
コンピューターならではの深い読みに裏付けされた妙手には毎回驚かされる。
意味のなさそうな手が終盤になって急に生きたり、パッと見大悪手がその局面の好手だったり、研究の進んだ局面で優劣ひっくり返る手が飛び出したりと本当にすごい。
この手筋の数々、孔明には見えているのだろうか。少なくともタイトル戦の時並に集中している俺でも見えるかどうか微妙なところだ。
「あー! 負けた!」
コンピューターは強い。本当に強い。
1年前のソフトが今のソフトと対局したら大差で負けるくらい成長も早い。
2017年世界最強のAI『elmo』は、翌年にGoogle社・DeepMind社などが作成したチェス・将棋・囲碁プログラム『Alpha Zero』に100戦92敗している。さらに翌年公開された『Apery』と『elmo』では、すでに大きな差がある。
そんな技術が進んでもなお、AI将棋ではなく人間の将棋が多くの人に愛されるのは、間違えるし色々な事情や駆け引きがある人間らしさが愛されているからだと俺は思っている。
「人間の将棋で勝つのは難しいな」
最善手を指し続けるコンピューターに間違えることのある人間が勝つのは難しいことじゃない。
コンピューターの読みを超えるだけ、それだけなのだ。
ただ、それが出来るのは1回の対局中にの中で何回もあるわけじゃないし、ないときもある。
「はぁ…俺も本当に負けてられない」
あいが寝ている間、永遠にマウスと寝起きの頭を強引に動かしながらAIとの対局を繰り返した。
・・・・・
八一が久々に白星をあげたと聞いたので行ってみた。
なんだか動画投稿サイトのドッキリ動画のタイトルでありそうだな。
まあ、不調の時は俺に1勝も出来なかったが今回は勝率2割。
俺と八一だと八一が勝ち越すはずなのでまだ調子半ばと言ったところか。
「天才のレベルは違うなぁ」
前と今回の間は2週間くらいしか空いていない。それでこの調子の戻り、早い。
奨励会から八一の才能は抜き身出ていた。俺も同じレベルに数えられていたが、実際の才能は八一が上だと当時も今も思っている。
苦労していなかったとまでは言わないが、あの三段リーグを中学生で抜けるのはそれだけで将来の名人候補。実際、今まで中学生の年齢でプロに入った棋士は名人のタイトルを取得している。
「俺もああなれたのかな」
奨励会を辞めた。その決断は今でも正しかったかどうか言い切れない。
中学2年生で三段退会は異常だ。三段リーグに中学生で入れること自体普通ではないのに、まだまだ伸びてくる年齢で退会など普通じゃ考えられない。
俺が退会する時、師匠は止めなかった。『自分で決めた道に進むなら私は止めません』と。
そして今ではどうだ。結局将棋を指している。しかも、高校にも行っていない。いや、行ってるけど。
その時は辞めることが最善手だと思ったのに、辞めたことが人生の大悪手になっている。
「若さゆえの過ち」
俺がプロになれば師匠の顔に泥を塗ってしまう。師匠にそんなことは出来ない。
だから、プロを目指すことはない。
プロ編入資格があっても俺はアマチュアで指し続ける。
そのために高校は特待生で入学した。
ただの元奨励会三段、一般人のアマチュア強豪であり続けるために。
更新ゆっくりですみません。悪手を具現化(ryです。
私が想像してるよりたくさんのお気に入りとアクセス数が出て驚きです(底辺作家なので…)
これからもよろしくお願いいたします。
作中で中学生棋士に触れたので少し小話を。
現実で中学生棋士になったプロ棋士の先生方は5人。
1人目、加藤一二三先生。2人目、谷川浩司九段。3人目、羽生善治竜王。4人目、渡辺明棋王。5人目、藤井聡太七段。(いずれも投稿日時点での段位・タイトル)
加藤先生から羽生竜王まで全員名人経験者で、谷川九段と羽生竜王は永世名人の資格を持っておられます。
渡辺棋王も名人に並ぶ棋界の最高タイトル竜王に長く在位しておられたので、世界初の永世竜王資格所持者です。
藤井七段も29連勝の華々しい記録を打ち立てられ、将来タイトルホルダーになると思います。
中学生棋士とはそれだけの才能を持ってることの証明、みたいな感じですね。
興味のある方は調べてみたりすると面白いですよ。
(作品と関係ないところで筆が進むのってなんだろう(´・ω・`))