輝く笑顔をもう一度   作:TAYATO

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第8話

 

「ジェット・フランジャー!」

 

 ギュォォォォォと、唸りのある音が響く。

 

「スーパー・オーバードライブ!」

「フラッシュバック・ディレイ!」

「ピッチ・シフター!」

 

「そして、スーパーオクターブ!」

 

 ……必殺技みたいだよな。でもコレ、全部エフェクターによる音響効果の名前なんだと。名前カッコよすぎじゃないか?

 

 スイッチを入れ、ギターの弦を弾く度に戸山さんと有咲はまるで子供のようにはしゃいでいる。

 見ていて自然と頬が緩んでしまいそうになるが、流石にそれは気持ち悪いので自重しておいた。

 

#########

 

 今戸山さんが全力でエンジョイしてるこれは、先程クリアした二つ目のミッションの報酬だ。

 学校でもそれらしき事をやっていたようだが、家でもしっかり練習を積んだのだろう。

 今日の蔵練習で、戸山さんは見事パワーコードを奏でられるようになっていた。

 

()()()コードと呼ぶ程なのだから、もっとパワフルに、もっと綺麗に鳴らさなければいけない』

 

 そんな調子で、彼女自身はまだまだ納得していないようだったが。

 そして、有咲にとってはその積極的な態度が喜ばしかったのか、戸山さんの言葉にうんうんと嬉しそうに頷いていたのを覚えている。

 

#########

 

 一通り弾き終わり、戸山さんが興奮冷めやらぬ雰囲気で虚空を見つめている中、パシャリと何処からか音が鳴る。

 それはカメラアプリのシャッター音だった。有咲が戸山さんの写真を撮っているらしい。

 

「あれ、また写真」

「うん。成長記録だから」

 

 そう言ってまた、戸山さんにカメラを向けてシャッターを切る。パシャリ。 

 ついでとばかりに俺の方もパシャリ。

 

「……いや、なんで俺も?」

「気分よ気分。そんなことより……」

 

 徐に有咲が近くにあった500ml入りペットボトルを掴み、そこに入った麦茶をグイッと飲んだ。いい飲みっぷりだ、買ってきた甲斐がある。

 

 そしてコホンと、一つ咳払いをした。顔は少しニヤついている。

 溜めて溜めて溜めながら、戸山さんの方へと向き直す有咲。

 

 あまりにわざとらしいその姿が妙に可笑しくて、思わず苦笑してしまった。

 

「かすみん! ――次のミッションに進むわよ。」

 

 ……そして、トドメだと言わんばかりにパシャリ。

 ハマったんですね。

 

「小心者のための序曲(オーバーチュア)、その三、"循環する三つの協和音(スリーコード)!"」

「スリーコード?」

 

 ――有咲の言う、『小心者のための序曲』というのは、彼女が小心者(戸山さん)のために作ったミッションの総称の事だ。

 ……どうでもいいが、序曲があるなら終曲などもあったりするのだろうか。卒業編とかそういうの。ないか? ないな。

 

 そんなことより、『スリーコード』に関してだが……確か3つのコードを回し続ける曲とかそういうのだったか。

 昨日眺めていた、ギターについてのウェブ・サイトでその名前を見た覚えがある。

 

 有咲曰く、ビートルズの『ツイスト&シャウト』もスリーコードの曲らしい。

 あまりビートルズの曲を聴いたことがないから知らなかった。帰ったら聴いてみようと思う。

 

「へえー」

「かすみんは今日やったGとAにDを加えれば、簡単な曲なら弾けちゃうってこと。でもいい? 昔の人は言ったらしいよ。スリーコードを制す者は世界を制す、って」

「へえ!」

 

 

「うん。ということでかすみん? 三日あげるから、スリーコードの曲を1曲マスターしてきなさい」

「えええ!?」

 

 

 傍から見れば、まるでコントのようにも見える掛け合いだ。見る人次第では笑いが起こるそんな会話。

 

 ……だがしかし、少々雲行きが怪しくなってきたようにも思える。

 戸山さんの顔に、焦りの色が見え始めた。

 

 先程までは穏やかだった空気が、急速に冷たいものへと変わっていく。

 

「スリーコードだし、土日を挟むから大丈夫だって。いずれはちゃんとしたコードで弾いてもらうけど、まずはパワーコードでいいから――」

「そこじゃないの! そこじゃなくて……」

 

 有咲が言い切る前に、彼女がそれを遮らんと声をあげた。

 自分の意思に関係なく、事が進むのは防がなければならないと。そう判断したのだろう。

 焦燥と、微かな拒絶を含んだそれに、有咲は懐疑の視線を向けながらも口を閉じる。

 

 その視線の先に目を向ければ、彼女が俯いているのが見えた。

 

 戸山さんは、辿々しく言葉を紡ぐ。

 

 

「わたし、人前で歌えないの」

 

 

 ――彼女は過去の件で、自分の歌を捨てている。自らが音を奏でる事を諦めてしまっている。

 そんな彼女がここでギターを、音を奏でている事は奇跡とも言えるのだ。

 

 しかし、忘れてはならない。

 何故彼女が今、その奇跡を実現出来ているのかを。

 

 ――――それはまだ、ごく限られた範囲内であるから。

 

『自分の音楽を辱めない』

『自分の音楽を聴かせても問題ない』

 

 彼女はまだ、そう判断した人達の前でしか自分の音を響かせていない。

 だからこそ、この奇跡のような状況が成り立っている。

 

(彼女を知らず、彼女も知らない周囲の目に晒されながら音楽を、何より歌を、彼女が)

 

 ……それは、トラウマに直接目を向ける行為だ。

 現状に未だ馴染めていない今はまだ、それをするのは止めておいた方が良いと……そう、考えてしまう。

 臆病者な自分の心は、彼女の現状維持を提案してくる。

 

 しかし、この問題を放置しておいたままにすることが出来ないのもまた事実なのだ。

 彼女の輝きを復活させようとするならば、どうしてもこの問題に一度はぶつかってしまうから。

 

 完全に解決しなくても。トラウマが解消しきらなかったとしても。

 

 彼女の根底に『自信』というものを刻み付けられたのなら、この育成ゲームを有利に動かせることは間違いないだろう。

 

 ()()()()。リスクは高いが、勝てば大きいこの博打。

 乗るという選択肢も、降りるという選択肢も、どちらも間違ってはいない。

 

 

 そして、それを決めるのは戸山さんだ。

 

 

 ――――彼女はまだ、俯いたままでいる。

 そんな戸山さんに一歩一歩、有咲は歩み寄っていった。

 さながら尋問のようなその風景は、しかし不思議と威圧感やそんなものはなくて。

 

「あんた、自分のこと、何もわかってないわよ」

 

 有咲の両手が、垂れ下がっていた戸山さんの右手をギュッと包み込んだ。

 

「あんたは大丈夫。その星と一緒ならなんだってできる」

 

 親が子を励ますように、彼女は一言一言をしっかりと戸山さんの心へ届ける。

 その温かさは、期待は、確かに戸山さんの心を揺さぶった。

 彼女が顔を上げる。有咲は自信に満ちた表情で語り続けた。

 

「いい?」

 

「大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵の事は上手くいくのよ」

 

 詭弁だと、切り捨てるのは容易なのだろう。そんな訳ないと、否定するのは簡単なのだろう。

 幼少期に理不尽を経験し、ずっと一人ぼっちを強いられた戸山さんは、その言葉をそう切り捨ててもおかしくはなかった。

 

 しかし彼女は、噛み締めるかのように有咲の言葉を繰り返す。

 

「大切なのは、意思と、勇気……」

 

 熱に浮かされたように、魔法にでもかかったかのように、立ち尽くした彼女は呟いた。

 

 

「火曜日にここで発表会をするから。楽しみにしてる」

 

 

 火曜日の発表会。3つ目のミッション。どちらに転ぶか分からない博打。

 

 有咲が発したこの言葉を最後に、その日のクラレンはお開きとなった。

 

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 休日を跨いだ週明け。月曜日の朝が来た。

 憂鬱な心持ちの者が多い中、今日も今日とて学校へ向かう。

 

 この二日間は戸山さんとも有咲とも会うことは無く過ごした。

 やった事と言えば、授業の予習とバンドについての勉強くらいだ。我ながら結構真面目だな。

 あと、例の『ツイスト&シャウト』もちゃんと聴いた。

 

 個人練習を言い渡された戸山さんの、この土日の成果は如何程か。

 連絡先の交換をしていないので進捗がどうなっているのか分からないのだ。

 

――――――

――――

――

 

 ……時間が経つのは早いもので、今はもうお昼時。

 食堂へ行く者。教室でグループになって弁当を広げている者。一人で黙々と昼食をとり始めた者。

 四時限目終了のチャイムが聞こえたと同時に、皆が自由に動き始めた。

 まだ数分しか経っていないのに、既に教室はガヤガヤとしている。

 

 斯く言う俺も、空腹を満たす為に鞄からパンとコーヒーを取り出した。

 ちなみにパンはカレーパンとチョココロネの2つだ。どうでもいいな。

 

 いただきます、そう心の中で呟きつつチョココロネの袋を開けようとして――

 

「師匠、それはなんのシュギョウか?」

 

 ――そんな声が聞こえた。唐突に。

 そしてその次の瞬間にガタンと、後ろの席から音がした。……戸山さんの席からだ。

 

 予想してなかった衝撃音にびっくりし、反射的に後ろを振り向くと、そこにはビクビクしながら恐る恐る後ろを見ようとしている戸山さんと……

 

 

 

(…………リ◯ックマ…………)

 

 

 

 ……教室の壁にもたれかかっている、某リラックスしたタイプのクマさんがいた。サン◯ックスの。

 …………なんで?

 

 戸山さんもその、あまりにも意味不明な事態に驚愕しているのだろう。

 顔を後ろに向けたままフリーズしている。

 

「――タンバ流忍術、カワリックマ」

 

 謎の声、再び。発信源は戸山さんの横からだった。

 戸山さんが少々オーバーに仰け反る。……俺の方はといえば、リ◯ックマに驚いていたとはいえ流石に今回はすぐ反応できた。

 

 ……というより、気付かざるを得なかったというのが正解か。

 

 声の主は、既に戸山さんの机に手をついてぬっ、と身を乗り出している。

 目をキラキラと輝かせ、興奮気味に戸山さんに質問し始めた。

 

「なにしてた? ねぇ、なにしてたの? 師匠は授業中、ずっとなにしてた?」

「……な、にも」

「ナ・ニモ!」

 

 納得した様子で、ケハイを断つだとかよく分からないことを呟いている。……何だこの娘。

 まぁしかし、戸山さんが凄い人ということには全力で同意しておこう。ふむ、なかなか見る目があるなこの娘。

 

 2人の様子を見ていたら戸山さんが助けてと言わんばかりに視線を送ってきた。

 取り敢えず、声をかけてみる。

 

「……えっと、君は?」

「む? 誰だ……あぁ、お主はよく師匠のことをチラチラ見てい」

「あー! あー! なんのことかなー!」

 

 ホントなんなんだこの娘!?

 

「んんっ……えっと君は……牛込、りみさんだっけ」

 

『牛込りみ』

 遠くから引っ越してきて今は一人暮らしをしている女の子だ

 居眠り常習犯で、何故かいつも裸足。

 昼休みには颯爽と姿を消してしまうため、知っていることと言えばこれくらいだった。

 なかなかに濃いキャラをしていそうだと勝手に思ってはいたが、まさか本当に、いやその予想以上に濃い性格だったとは……

 

「むむっ! お主、何故私の名を」

「いや、クラスメイトだし名前くらいは」

「何!? 同じクラスの人の名前とは、普通は覚えるものなのか……!?」

 

 意識して覚えようとしなくても、それくらいのことは自然に頭に入ってくるだろう。もう入学して結構経つんだから……戸山さん? 君はなんでそんなに『嘘……!?』とでも言いたげな顔をしているんだい?

 

「……それで、牛込さん。戸山さんに何か用があったの?」

「む、そうだった。師匠! そのナ・ニモを是非私にも…………いや、それはムシがよすぎる話なのだろうな。ならば師匠! あとそこのお主も!」

 

 ビシッと、力強く戸山さんと俺の事を指差しそう言った直後、牛込さんがまた一瞬視界から消える。

 

(……忍術ってすごいなー)

 

 などと、少し投げやり気味に心の中で呟いてると牛込さんが再び視界に入ってきた。忙しないなこの娘

 そしてその右手に………

 

 ……………………なんでしゃもじが?

 

「白米、買わへん? タンバのおいしいお米、炊きたてやで」

 

 炊飯器がどん、と戸山さんの机に置かれる。

 開かれた蓋から白い湯気が漂い、中を覗けばそこには美味しそうなお米が……ある……あるんだけど……うん。もういっか。

 

「……え、え?」

「一盛り二十円。師匠の持ってるおかずと交換でも可。そこのお主のチョココロネと交換でも良いぞ!!!」

「……あげないからね?」

 

 俺の言葉に続いて、おずおずと戸山さんがその押し売りを断る。

 心なしか、目の前の牛込さん……もう牛込でいいや。

 牛込がしょぼーんと眉をひそめている。……本気で、買って貰えるとでも思っていたのだろうか。

 

「おーい、牛込いるかー」

 

 米の押し売りをされそうになっていると、ドアの方から聞き覚えのある大人の声が耳に入ってきた。それは目の前の彼女を名指しで呼ぶ声だった。

 俺を含めた3人がドアの方へ振り返る。そこには予想通り、見慣れた顔の先生がいた。

 

「おお、いたか牛込。……ん? なんだそれは?」

 

 即座に、違和感に気づいた先生がそれを指摘すると、目の前のタンバ娘は顔を背けてちいさく、ち、と舌打ちをした。

 

 牛込がキビキビと炊飯器の蓋を閉め、そして先程のリ◯ックマを拾い上げ、目を伏せながらやや早歩きで先生の元へと向かっていく。

 

「……牛込、お前」

「御免!」

 

 キュッ。ダッ。

 擬音で表すとしたらこんな感じだろうか。

 緩急のある動きで見事先生の脇をすり抜けた牛込はそのままダッシュ。正に一瞬の出来事だった。

 右手にしゃもじとクマ、左手に炊飯器なんてヘンテコなスタイルで廊下を駆け抜けていく。……よくそんな荷物で走れるな。

 

「まて! おい、牛込!」

 

 一瞬呆気に取られた先生だったが、直ぐに気を取り戻し、そして怒声を上げながら彼女の背中を追いかけていく。

 

 広がった、炊きたてご飯のいい香りと、牛込りみという名の嵐が去った、その後の静けさだけが教室に残った。

 

 戸山さんは現実逃避気味に窓の外を眺めている。

 妙に物悲しいその背中を見て、こちらまでなんとも言えない気持ちに……いや、もうなっていたか。

 その背中に、何か気の利いた言葉を投げかけようとしたが……そんな芸当は俺にはできなかった。

 

 局所的な嵐に襲われた我がクラスの昼休みは、形容しがたい、そんな微妙な空気が残ったまま、過ぎていくのだった。




ふぇぇぇニンジャガール書くの難しいよぉぉぉ……

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