書いた(馬鹿)
それでは本編をどうぞ。
今日も今日とてクラレンの時間がやってきた。
授業という名の長く、苦しい拘束時間を乗りこえた放課後に、いつも通りの場所で、そしていつも通りのメンバーが集結。そして戸山さんの練習の開始する――というのがいつもの流れなのだが、実を言うとまだ練習自体は始まっていなかったりする。
「あのね、炊飯器がどんって……、それでね、あのね」
「うんうんうん……ごめん、何言ってんの?」
我らがクラレンでは、練習前に少し雑談をするというのが最早定番となっていた。今は『学校で面白いことがあったか』といった話題で盛り上がっている。
有咲がまるで戸山さんのお母さんであるかのように、今日1日の出来事を尋ねてくる。
――今日起こった特筆すべき出来事といえば、やはりあの昼休みの一件しかないだろう。
そうだ。ニンジャだ。お米の。
まるで嵐のような、あのペンペン草も生えないような勢いのニンジャが起こした珍騒動の顛末を、理解しきれないながらもなんとかして有咲に伝えようと頑張っていた戸山さんだったが……悲しいかな。残念ながら結果は惨敗。
奇想天外。摩訶不思議。
もっと適切な表現はなかったのかと思うが、そうとしか形容出来ないのだ。あれは。
ホント、なんだったんだあのニンジャ。
有咲の容赦がない一言と『なんだコイツ』とでも言いたげな怪訝な視線に傷ついたのか、フラフラとおぼつかない足取りで部屋の隅へ歩いていった戸山さんは、ガックリとそこで項垂れている。
仕方ない。彼女には少々、荷が重い任務だった……
「普通ボーイ、説明よろしく」
「……えっと、しゃもじ装備忍者が米を売付けようとしてきてだな……」
「
「丹波産。炊きたてだったらしい」
……まぁ、だからと言って俺がまともに答えられるかといえば答えは『No』だが。
支離滅裂な俺の回答を聞き、遂に有咲は天を仰いだ。
「全く……何? あんたらの学校、変人だらけなの?」
「え……、変人だらけっていうか。私が、知ってるのは……その子だけ、だけど」
「俺も彼女しか知らないな」
「そう。ま、あたしはもう一人知ってるけどね」
ジト目のままじろじろと戸山さんのことを見る有咲。
頭にハテナマークを浮かべ、戸山さんは首を可愛く傾げている。所作があざとい。
そんな彼女の膝に、市ヶ谷家の飼い猫であるザンジがぴょんと飛び乗っていた。
……うん、なんか絵になるな。
――――――
――――
――
「そ、そういえば……え、えっと……あの、有咲ちゃんって、どこの学校に通ってる……っていうか……」
「あー、俺も聞いたこと無かったな」
クラトークは終わらない。今度は戸山さんが話題を振っていた。
学校か。
何かワケありなのは察していたが、実際の所はどうなっているのだろうか。
「……通信制の高校よ」
少し間を開けて彼女が答えた。……これは、聞いてはいけない質問だったか。
有咲は、なんとも言えないような表情をしている。軽く顰めたその顔は、苦虫を噛み潰したような表情にも見えなくはなかった。
「そう、なんだ」
「……すまん」
「別に……。それよりかすみん、スリーコードは大丈夫なの?」
彼女が話題を転換させることで、重くなっていた空気を霧散させる。
申し訳ないと思うと同時に感謝の念を覚えた。思慮が足りていなかったのは、こちらだと言うのに。
「私の学校ことなんかより、そっちの方が大事でしょう。いい? 明日が発表会だからね」
「あ……うん」
スリーコードの発表会。彼女、戸山香澄の最初の関門とでも言うべきこの試練。
どうやら練習自体は概ね順調に進んでいるようだった。
有咲の一言が彼女に魔法をかけたのだろう。その面において、彼女の顔に不安という不安は見当たらなかった。
戸山さんの演奏技術や歌唱技術は、恐らく現状では特に問題ない。
――ならば問題があるのは、それ以外の面。率直に言うのならばメンタルに関してだ。
有咲の魔法があれど、しかしそう簡単にトラウマへと目を向ける事が叶う筈もなく。
彼女の顔から、未だに強ばった表情が消える気配はない。
彼女は、やはり俯いてしまう。
勇気は貰った。向き合う方法も教えて貰った。
あとは、彼女自身が踏み出すしかない。
……それも、分かっているのだろう。
有咲がついた溜息に、戸山さんの肩がビクリと震える。
怒られると思ったのか。それとも嫌われると思ったのか。彼女の挙動からは、怯えのようなものが感じ取れてしまった。
「しょうがないわね」
だが、有咲の顔は険しいそれではない。
その顔は僅かに緩んでいて、仄かに優しさを帯びている。
「この程度は想定内」だと、そういう思いもある筈だ。
だが何より、彼女が、戸山さんのその弱虫加減にウンザリなんかするわけが無いと。妙な確信のようなものがどこかにあった。
甘やかしているのとも違う。しかし、追い立てるように彼女を責めることもしない。この関係を――――
(本当の『友達』と、呼ぶのだろうか)
「これは今回のミッションの報酬のつもりだったんだけど……特別に先に見せてあげるわ。普通ボーイ、あんたも見ときなさい」
そう言って、有咲は額縁の方へ歩いていく。
『夢』の文字へと、歩みを進めた。
「明日は、こっちのお兄さんで引いちゃおうか、かすみん」
彼女の視線の先へ顔を向ける。
――そこにあったのは、巨大な箱型のナニカだった。
そのあまりの巨大さと、有咲の身長を超える高さに威圧されてしまいそうになる。
「いざ! 古より蘇りし"壁"よ! 姿を現しなさい!」
――ドラゴンの召喚。魔道士の最上級魔法。まるでファンタジーの世界にいるかのような錯覚を起こす。
そんな仰々しいセリフとともに、有咲は被さったその布を引き抜いた。
「これが、すべてのギターキッズ憧れの、
……黒く、重く、大きい。
目の前に現れたソレは、彼女の言う通りまるで"壁"のよう。
「うわ」
「おお……」
思わず声が零れてしまう。
アンプ……だろうか。
「真空管アンプだからね、すぐには音が出せないの。あったまるまで待ってね」
待つこと、数秒。どうやら温め終えたらしい有咲の元へ、戸山さんがふらふらと近づいていく。このブラック・ボックスに魅了されているのか、心ここに在らずといった様子だ。
有咲が使い方や特徴の説明をしつつ、このアンプの見所である――と勝手に予想している真空管について、熱く語っている。
真空の中で輝きを放つそれは、彼女の言う通り確かに〝星〟に似ていた。
星のカリスマ、星の申し子である戸山さんは、有咲の説明に相槌を打ちながら興奮気味にそれを見つめている。
「真空管のアンプは、豊かで、温かみのある音を生み出すの。お父さんはブラウンサウンドってのを、目指していたらしい」
「……ブラウン、サウンド」
「あたしにはわかるの。マーシャルにつながったランダムスターは、きっと、秘められていた真の力を解放する」
――――肌が、震える感覚がした。
あの時、この蔵で〝夢〟を見せてくれたあのギターのその先を――夢の続きを、コイツが見せてくれるのか。
確かな〝重み〟を感じさせるブラック・ボックスと、真っ赤に輝くランダムスターは、ビッグバンを起こし得るというのか
――震えが、止まらない。
『戻れないぞ』と、生物的本能が危険信号を送り続けている。
それでも、その場を離れようとは思わなかった。どうしようもない俺の魂が、それを聴きたいと叫んでいるから。
「さあ、かすみん、感じなさい! 音圧の向こう側を!」
――――――――――
奏でられる星の鼓動。心震わす
雷鳴の如く
未完成な筈のギター・サウンドは、それでも目を、耳を、脳を焼かんばかりのキラメキを包含していた。
残響と共に、音は宙へと溶けていく。
しかしその熱量は、いつまでもそこに留まり続けていた。
到底形容することのできない、この湧き上がるモノがなんなのか、何から何までわからないまま……夢を撃ち抜く星の鼓動は、青臭い俺の
数秒間、体感で言うなら数時間。俺は宇宙旅行でもしているかのような心地だった。
「……その様子だと、あなたも震えちゃったみたいね?」
有咲が声をかけてくる。彼女も興奮しているのだろうか。少し震えの混じったその声が、俺の意識を地上まで引っ張り戻してくれた。
「……あぁ、思わず震えてしまった。〝月までブッ飛ぶ衝撃〟とでも言えばいいのかな、あれは」
「さぁね。それにアレは、可能性を秘めてるだけでまだその全部を放出できてないの。マーシャルの調整も完璧じゃないし、かすみんはギターを一鳴らししただけ」
そうだ、俺たちはまだランダムスターの可能性の一端を目撃しただけ。
口元が緩むのがわかる。宇宙を観測しようとして、その広さに、底知れなさに圧倒されたような感覚。
「……どこまで、行くんだろうな」
「どこまでだって行くわ。あの娘とランダムスターなら。……あの調子ならまず手始めに」
深呼吸。そして指さす先には、〝夢〟があった。
「
その目は、それを信じて疑っていない。戸山香澄なら必ずやると、そんな信頼がこもっていた。
「――そいつは、実にロックだな」
ロックに詳しい訳でもないのに、この言葉が口からついて出てしまった。有咲と顔を向き合わせて数秒。互いに思わず吹き出してしまう。
何話してるの、と戸山さんがこちらへ近づいてくる。ランダムスターは既にギターケースの中に仕舞ってあった。
なんでもないわよ、と有咲が返す。マーシャルのSTANDBYスイッチは、既にOFFを指していた。
「かすみん、元気は出た?」
「うん!」
ムフーッと鼻息を荒くする戸山さん。気合いは十分のようだ。
「発表会、本当に楽しみにしてるんだからね。チンケな音じゃ許さないわよ?」
「……が、がんばりましゅ」
「しゅ?」
三通りの笑い声が宙を舞う。
本日のクラレンは、これにて終了だ。浮き足立った足取りで、俺と戸山さんはそれぞれの帰路に着いた。
――――――
――――
――
春の夜の、少し寒い帰り道の途中。俺は空を見上げて星を眺めていた。
(……あ、流れ星)
見つけたその流星は、しかし願い事なんて聞き届けようとしないまま、瞬く間に消えていった。
……ケチなものだ。ちっぽけな人間の、ちっぽけな願い事くらい聞いてくれていいものを。
『空に、でっかい穴を開けるでしょうね』
ふと、有咲の言葉が反響する。
空に、穴か。空の果てなんて、遠すぎて到底人の届く範囲じゃない。ましてやそこに穴を開けるなんて、普通ならできっこない。
それでも彼女なら、『やってのけるんじゃないか』と。不思議と、そう思えてしまった。
手で銃の形を作って、それを天にかざしてみる。
「――BANG!」
俺には、夢を撃ち抜くことなんてできない。空に穴を開けることもできない。
……この弾丸は、憧れの君へ送るエールのようなものだ。
彼女が皆の前で輝く。そんな日を待ち続けている俺からの、しょぼすぎる応援ソング。
(楽しみだなぁ)
そうさ、俺はいつだって、いつまでも、
――
BanG Dream!の小説版、その文庫版が電撃文庫様より出版されましたね。もう皆様すでにお読みになりましたでしょうか? 私の方はといえば、買ったはいいものの未だ半分程度しか読めていないのが現状です(白目)
小説版は本当に面白いので、もし未読の方がいらっしゃるのであればこれを機に是非……
感想や意見、誤字報告等お待ちしております。
感想ください(乞食)