「……で、意気揚々と飛び入り参戦してきた牛込りみさん?」
「はい」
「お前の頭には常識やマナーというものが存在しないのかと、問い詰めたいのは山々なんだが……この際それは置いておこう」
「はい」
ライブ終了後の興奮に浸る間もなく、突如迎えた急展開。
見慣れた広いおでこと、ピンクの髪留め。
我がクラスにおける前科一犯(罪状:炊飯)のお騒がせ少女が、何の前触れもなく市ヶ谷家に現れた。後ろに効果音でもついていそうな、そんな勢いと共に。
そしてその数分後、ちょっとしたコントのようなものを経て今に至る。
構図を言うと、部屋に牛込を正座してその前に俺が立ち、その後ろに戸山さんと有咲がいるというものだ。取り敢えず有無を言わさず正座をさせた。拒否権などない。
言いたいことは山ほどあるが、俺の説教で戸山さんに無駄な時間を過ごさせるわけにはいかなかった。
故に、最も聞きたいことを単刀直入に質問させてもらう。
「それで、だ。さっきの戸山さんの発表会のどこが気に食わないのか、聞かせてくれないか」
……それは、純粋な疑問。
彼女の歌は、確かに素晴らしいものだった。
だがそれは、あくまで俺個人の……いや、おそらく有咲にとってもだが、それでもごく限られた者達から見たものに過ぎない。
だからこそ、他人から見て彼女に何が足りないのか。それを知るのは戸山さんにとっても有益なことである……と思う。
押しつけがましいかもしれないが、彼女の成長に繋がることはどんどんやっていきたい。
そう。例え発言者が、このお騒がせ娘だとしてもだ。
「……足りないの」
「足りない?」
「……た、足りないって……なにが、よ」
後ろで有咲が問いを投げる。その横で戸山さんもうんうんと首を縦に振っていた。
「て、い、おん。低音が足りなぁいたぁ!?」
「おいおい、立っていいとは言ってないぞ」
……語尾を伸ばしつつ立ち上がろうとする彼女の頭に、素早く手刀を落とす。
女性への対応としては最悪であるだろうが、もう彼女に対してそこら辺を気にするのが面倒になってしまったのだ。
この娘、放っておけば何をやらかすかわからないから動きを制限しておかないと……
「え、えっと……千葉くん? 私達は大丈夫だから、その娘に正座を崩させてあげて?」
「そうだそうだー」
「おだまりニンジャ……でもまぁ、戸山さんが言うなら……仕方ないか」
……戸山さんがいいなら、別にいいか。
そう思い、彼女の正座を崩させた。
未だニンジャが頭を抑えてジト目で睨んでくるが気にすることなく、先程の発言の真意を追及する。
「で、低音が足りないんだって?」
「そう。低音のないロックなんて、福神漬けやらっきょうがないカレー。六弦だけでは、スイコウできないニンムがある」
なんの任務なのか。
「ねえ、四弦はないの?」
「……有咲」
「えっ……あ、あるけど」
有咲の視線に釣られるかのようにりみが素早く移動した。目にも止まらぬ動きに、有咲の目が点になっている。
「四弦あった! あ! ベースアンプもって痛ぁい!」
「だから勝手にちょこまか動くな。人の家だぞ」
他人の私物を勝手に触るのはよろしくない。常識だ。弁えるところは弁えないとな。
……使うならせめて、一言断っておかないと。
「……で、これ弾きたいのか?」
「うん!」
「……というわけで、有咲。いいか?」
「……あ、えっと……い、いいわよ。ちょっとだけなら」
「わーい! おおきにやで!」
急に関西弁になり、喜びの表情を隠そうともしない牛込。これだけ見てると可愛いんだけどな……
彼女は有咲からチューナーを初めとした器具を受け取りながら、手馴れた様子で準備を進めていく。やはり経験者なのだろう。
「――いざ」
――空気が、変わる。
やがてベースアンプの前に仁王立ちした彼女は、纏うオーラを猛々しいものに変えてこう言い放った。
「あなたたちの音楽には、決定的に足りないものがある!」
兎のようにぴょん、とその場で跳ねた彼女。そして奏でる、軽快なリズムのベース・サウンド。
同じ四小節の繰り返し。しかしそこには、確かな熱がある。
――――あぁなるほど、これは確かに
(あんな啖呵を、切れるだけのことはある)
……純粋に、凄いと思ってしまった。
低音だけだが、それでもその演奏は力強くて。
彼女の全身から、彼女がどれほど音楽を、音を楽しんでいるかがわかってくる。
彼女のベースは、周りにも音を楽しませる。そんな力があるように思えた。
無意識に腕を組みながら、指でリズムをとっている自分に遅れて気づく。戸山さんや有咲も、彼女につられてリズムをとっている。
………………だが、これは一体いつまで続くのだろうか。
「……なぁ牛込。他のフレーズって弾けるか」
「……」
「あの、他のフレーズ」
「……」
「だめだこりゃ」
完全に
もとより俺に対する興味関心は薄いのもあるのだろうか。俺から話しかけてもピクリとも反応しない。
「……あ、あの、りみちゃん……」
そうこうしていると、後ろから戸山さんの声がした。
駄目だ戸山さん。このニンジャ話しかけてもちっとも反応しな――
「……師匠!?」
(するのかよ)
思わずずっこけそうになってしまう。
「……えっ、もしかしてさっき歌っていた人って師匠なの! まるで別人!!!」
「え、えっと」
「気配を消すだけでなく変わり身まで……やはりできる! そ、それより師匠が何故ここにィッタイデコガァー!?」
「……あのさ、お前の脳内には冷静沈着という概念が存在しないのか?」
オロオロしている戸山さんに怒涛の勢いで迫る牛込を、デコピンで黙らせる。
そろそろしつこいぞ。頼むからもう少し『自重』という言葉を覚えてくれ。
「痛い……あんまりだ……」
「牛込はもう少し落ち着きを持ったらどうなんだ……」
「そんなことより師匠はなんでこんなところにいるの?」
「そんなことよりって……というか『こんなところ』ってそれは」
「――それは! こっちの台詞よ!!!」
……鬱憤を晴らすかの如く、割り込むように有咲が叫ぶ。
かなり頭にきているのか、実に刺々しい雰囲気を身にまとっていた。
「勝手に人の蔵に入ってまぁ好き勝手に言ってくれちゃって……演奏はよかったけど、あえて言わせてもらうわ。あんたこそなんなの? どうしてこんなところにいるの?」
鋭い視線で牛込を睨み付ける有咲。だが、そうしたくなる気持ちも分かる。
……ここは、彼女の家で、彼女の部屋で、彼女にとっておそらく数少ない居場所だ。
そんな場所で見知らぬ者が好き放題しているのは、繊細であろう彼女にとっては常人以上に許容しがたいことであるのかもしれない。
「それは……あ、そうそう。ホカクだ」
「――は?」
――しかし、そんな有咲の怒りに露ほども怯えたりすることなく、あっけらかんと彼女が何故ここに来たかを口にする。
有咲の剣幕が凄いあまり、会話に入っていけそうになかったから傍で聞いていたが、どうやら彼女はやはり明確な目的を持ってここに来ていたようだ。
(……捕獲とは、これはまた物騒な言い回しだな)
牛込は話を続ける。
「ホカクの用事で来たんだけど、あなたたちの音に感動……、じゃなくて、ついモノ申したくなって」
「……モノ申すって、あんた随分とえらそうじゃない。それだけ言えるなら勿論さっきのあれ以外で、私たちを唸らせるようなフレーズも弾けるのよね?」
「……えっと」
「なによ」
「他の、フレーズ」
有咲がまるで、先程の俺の発言と似たようなことを言っている。
延々繰り返していた同じ1フレーズ、あれ以外にも弾けるなら彼女は本物だ。
だが、有咲がそう聞いた途端に挙動がおかしくなった牛込の様子を見る限り、どうやらそんなことはなさそうで。
全力で目を泳がしながら、妙にソワソワしていた。
痺れを切らした有咲が口を開きかけた、その次の瞬間――
「――――ご免!」
――先日目にした時と、同等の精度を誇るターン&ダッシュ。
……以前は教師を抜いた彼女の技で、今回は戸山さんの脇をすり抜けて逃げていった。
「あっ、ちょっとあんた! 待ちなさい!」
――有咲の叫び声が、虚しく響く。
彼女の姿は既に見えなかった。なんて逃げ足が早いのか。
「……んなのよ……」
「あーっと、有咲?」
「……ほんとに、なんなのよ……もう……」
……今にも崩れ落ちそうな程の雰囲気を身にまとい、虚しく立ち尽くす有咲の肩に、無言で手を乗せる。グスンと、鼻をすする音が聞こえたような気がした。
……そして、数秒後。落ち着きを取り戻したらしい彼女は恥ずかしさからか、行き場のない感情を発散するためか、俺の鳩尾に肘鉄を喰らわせてきた。解せぬ。
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次の日の放課後。
部活動の申請書の締切が間近ということで、俺は桂と教室に残っていた。
「さて、どうするよ」
「んー」
「うんうん分かるぜ。悩むよな。一回きりの高校生活だ。華やかに行くか、それとも泥臭く行くかは人によりけりだもんな!」
「そうだねー」
「そんないかにも無関心な感じで流すなよー」と項垂れる彼を尻目に、ぼーっと廊下を眺めてると、戸山さんとニンジャが歩いていくのが見えた。
……牛込がまた何か変なことを吹き込むんじゃないかと立ち上がりかけたが、ここで着いていくのはただのストーカーだと、すんでのところで思いとどまる。
「それで……ん? どうした修斗」
「あーいや、なんでもない。続けてくれ」
「そっか。それでだが、お前一度も部活動見学も体験してないだろ?」
「そう、だな」
そうだ。この数日は蔵に入り浸っていた為、この学校にある部活動をある程度把握することすらできていない。
……部活動要項すら、見る気が起きなかったから。
「流石に体験はもうやってないだろうけど、見学くらいなら行けるだろ。締切近いし、1回だけでも行ってみないか?」
「……それも、そうだな」
「うっし、そうと決まれば早速いくか!」
ちなみにこの桂という男、中学までは野球をやっていたらしいが、高校でも入るかどうかはまだ少し決めかねているようだった。入部の申請書には、薄く消し跡が残っている。
そういうこともあり、こうやって放課後に俺と一緒に残っていた。
(……今日は蔵に行けそうにないな)
連絡手段もないので、無断欠席みたいな形になるが今日はお休みだ。
……もとより、今日は蔵に行くつもりはなかった。
戸山さんの発表会も終えたのに、未だに決めきれていないのは、さすがに先延ばしのしすぎだ。
迷いなんて、ないはずだから。
俺もそろそろ、決めなければいけない。
――これから先の、高校生活。その指針を。
――――――
――――
――
……結論として、部活動見学は確かな意味があった。
自分の中の意思、自分がやりたいこと。何をしていくつもりなのか。その再確認として。
サッカー部を見に行った――興味は湧かなかった。
野球部を見に行った――興味は湧かなかった。
バスケ部を見に行った――興味は、湧かなかった。
スポーツ系の部活動はほとんど見て回ったが、これといって興味を引くものはなかった。
文化系の部活動も見に行った。文芸部にイラストレーション部、他にもいくつか。
だけど、どれも面白そうには思えなかった。
最後に見に行った軽音楽部に至っては、戸山さんの演奏と比べ始めてしまった。
失礼だとわかっているが、どうしようもないほどに――――あの輝きに溢れた音楽が、頭に浮かぶ。
「さて、これで大体の部活を見終わったけど……お前の目に適うような部活はあったか?」
「……」
「……そっか。まぁそうだよなー……お前、どれもつまんなさそうに見てたし」
……どうやら、顔に出ていたらしい。
傍から見ればそう映る程に、俺はポーカーフェイスというものが苦手なようだ。
「……すまん」
「気にすることねぇよ」
沈黙が包む。
桂は気まずそうに頭を掻いている。
なにか話そうとするが、上手く言葉にできない。
「……何も見ずに決めちまうのは勿体ないから一応誘ったけど……多分お前、どの部活動に大した興味は持っていないだろうって前から思ってたから」
「それは……」
「……こっちこそ悪かったな、付き合わせちまって。こんな風に誘っておいて、こういうのも何だけど――別に部活に入る義務なんてないさ。折角の高校生活だ」
一呼吸。
苦笑いしながら、彼は次の言葉を紡いだ。
「――やりたいことをやる方が、楽しいさ」
言いきられるような形になった。だがその言葉はストン、と胸に落ちた。
『楽しい』、か。そうだな。
「……あぁ。まさに、その通りだな」
ごくありふれた言葉は、しかしそれこそが真理だった。
やりたいこと。それはもう、分かりきっていた。
……あの日から、もう全てわかっていたんだよ。
今は『それ』だけが俺のやりたいことで、それをしている時が一番楽しいんだ。
「さてと、じゃあこの話はここで終わりだ。そうだな……帰りに飯でも食いに行くか?」
「……あぁ、行くか」
……いずれは、答えを出さなければいけなかった。
部活動という小さなことでさえ、今まで目を逸らしていたのだ。
ただただ我武者羅に、やりたいことだけをやって。
結果としていえば、それでいいのかもしれない。だけどその為には、然るべき心構えというものがある。
自分の行動には、『芯』がなかったのだろう。
やりたいことをやるためには、それ相応の決断がいるのだ。
故にこれは、俺にとっての最終決定。
心は既に決まっていた。だから今度は、それを行動に移す必要があった。
――日が沈む。一日の終わりを感じた。
夕焼け色の空模様は幻想的で、青空や夜空とはまた違った顔を見せている。
十分も経たないうちに、空には星が輝いているのだろう。
鼓動すら感じさせる満天の星が、黒い空で輝いているはずだ。
短く、端的に、本当にどうでもいいことを口にする。
「ありがとう。そしてごめんな。――俺は部活、やめとくよ」
「…………あぁ、それがいい」
残照が、仄暗い空を照らしていた。
――――星が見えるまで、あと
お久しぶりです。更新を1ヶ月以上空けてしまい申し訳ありませんでした。
これからはせめて最低月一更新をですね……したいなぁ……
前書きでも言いましたが、後半は最後までオリジナル要素たっぷりでした。純粋なバンドリ二次ssをお待ちしていた方には大変申し訳ないことを致しました。だが私は謝らない(謝れ)
感想や意見、誤字報告等お待ちしております。