輝く笑顔をもう一度   作:TAYATO

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平成最後の更新。



第12話

 スピーカーから、聞き慣れた鐘の音がきこえてくる。

 黒板を走っていたチョークは動きを止め、教壇にいる教師が授業の終わりを告げた。

 

 キリーツ、レーイ、アリガトウゴザイマシター。

 

 気の抜けた挨拶と共に、昼休みが幕を開ける。疲労感と空腹感を覚えながら、鞄に入った弁当箱を取り出した。

 朝早くから昼食を作ってくれる母親に、感謝を覚えずにはいられない。空腹時は特に。

 

 ちらりと、右隣の席を見た。いつもならそこにいる桂は、今日はほかのクラスメイトとご飯を食べに行ったようだ。

 孤立しているほどではないものの、あまり誰かと密接なつながりを持たない自分とは違って、彼はかなり社交的な性格であった。

 

 ……まぁ彼がいないからと言って、特段何かが変わるという訳でもない。毎日彼とご飯を食べている訳では無いのだ。

 授業の疲れからからか、少しでも動くことが億劫になる。頬杖をついて、そのまま無気力にぼーっと顔を動かさずにいれば、視線の右隣――要するに、自分の席の後ろなんだが――そこから戸山さんが、自分の席で突っ伏している牛込りみの方へ近づいていった。

 

 彼女たちはいつの間にそんなに仲が良くなったんだ。そう思ったのだが、どうやらそれはただの勘違いのようで。戸山さんの表情は少し硬い。

 昨日、部活動のことで教室に居残りしていた際目に入った二人の姿は、多分見間違いではなかったはずだ。その時のことも関係しているのだろうか?

 砂漠で乾涸びかけている旅人のように、まるで生気がない様子のニンジャに、戸山さんが話しかけた。聞く限りなにやら残金が二十円らしい。かろうじて聞けたのはそれくらいだ。

 そんなに大きい声で話している訳ではなく、彼女たちも弁当を食べながらの話なので、流石に間に割って入っていく気にはなれなかった

 

 ぐぎゅるるる。彼女たちの方を向いていると、腹の虫が「早く食べ物をよこせ」と主張してくる。

 ……昼休みをこれだけで終わらせるわけにもいかず、だからといって間に入って行くわけにもいかず。

 結局、彼女たちの話を聞くのをやめて弁当箱を開ける。

 

 ……その後聞こえたドシロート発言だけは聞き捨てならなかったが、既のところでぐっと堪えた。

 

 

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 1日来なかっただけなのに随分と懐かしく感じるのは、それが自分の中で一種の日課のようなものになっていたからなのだろうか。

 学校からの帰り道。蔵へと向けて歩いている時にふと考える。

 ルーティンというものは、思っていた以上に人間にとって、少なくとも自分の中では非常に大きいものらしい。なにか違和感のようなものを、昨日の夜は拭いされずにいた。

 

 でもそんな違和感は、ここに来れば吹っ飛んでしまう。

 見えてきたいつもの場所。見慣れた古い民家。

 

 『楽しいこと』は、すぐそこだ。

 

――――――

――――

――

 

 

 いつも通り飲み物を持って、現在地は蔵だ。歩いていると、ふと有咲の声が聞こえてきた。

 梯子階段を登った先にある彼女の部屋。その扉の隙間から、僅かに声が漏れ出ているのがわかる。

 

「あの子もシロートだよ!」

 

 扉を開けて中に入ると、「うがー!」と蔵の王が唸っていた。

 戸山さんは、困り顔で目を逸らしている。

 

「おいおいどうした。揉め事か?」

 

 多分ニンジャのことだろうけど。

 

「ん!?……あぁ何だ、普通ボーイか」

「お、おう。一日ぶりの普通ボーイだ。……昨日は連絡なしに休んでごめん」

「あー、いいのよそれは。あんたはお手伝い係だし、そもそも私に、無理やりあんたをどうこうする権利なんてないからね。で、そんなことよりもかすみん!」

 

 有咲が強い視線で戸山さんの方をむく。俺と有咲の会話している姿を見ていたらしい戸山さんは、有咲の相手を射殺さんばかりの視線を受けて、反射的に目を逸らしていた。

 

「かすみん! ちゃんと誘ったの? ドシロートって言われて、それであっさり引き下がったんじゃないの?」

「……だって……しょうがない、かな、つて」

 

 聞く限り、どうやら昼頃のあれは牛込を勧誘しようとしてのことだったらしい。

 そしてあのドシロート発言は大方、「貴女達みたいな素人と一緒にやりたくない」などといったプロ意識のようなものから来たものなのだろう。

 ニンジャの随分と上から目線な発言に、思わず苦笑してしまう。飛び入り参加したにも関わらず、結局一フレーズを延々リピートしていただけで終わったというのに。

 

 ……まぁ、俺はそれすらできないのだが。それに一フレーズだけとはいえ演奏の質自体は高かったんだよな……初心者目線からの感想だが。

 

 有咲が戸山さんに、そんなんじゃすぐにワゴンセール行きだと言っている。失礼な。戸山さん関係ならアルバムだろうとなんだろうと、売り残りそうならば俺が買い占めるというのに。まぁそもそも? 戸山さんの歌声が売れ残るはずないんですけどね?

 

「……明日は、学校に、行こうよ」

 

 ……なんて、一人くだらない思考の海に沈んでいると、既に話題は変わっていた。

 その話題は有咲に振るには確かに筋が通っていて、だけど少し違和感があった。

 気になったところを質問する。何気ない質問を投げかけた。

 

「あれ、有咲って通信制じゃないのか?」

 

 ……そういった途端に空気が凍ったから、地雷を踏んだかと若干の後悔を覚える。有咲の学校事情については、やはり触れてはならなかったか……?

 二人の体がビクッ、と震えた。

 

「げっ」

「『げっ』て……えっと、聞くのはまずかったか?」

「……えっ、えっと……有咲ちゃんはね」

「お、おう。有咲は……?」

「えっと、その、うぅ……」

「――ちょーっと待ったかすみん。もうこの際だし私から話すわ……」

 

 なにやら疲れたような表情で、有咲が戸山さんを静止する。首の後ろに手を回して、ハァ、と溜息をついていた。

 少しの間泳いでいた視線がこちらへ向き、彼女は自分が嘘をついていたと告白する。要するに、彼女はうちの生徒で戸山さんの隣の席、不登校少女その人だったらしい。

 

 ……考える。どう反応すべきか。

 何故嘘をついたと怒るべきか? 事情を察して同情でもするべきか?

 いろんなリアクションが頭に浮かんでは消える。結局考えた末に出たものといえば……

 

「……えっと、そうなんだ」

 

 ――それだけ。実に淡泊なものとなってしまった。

 

「……案外あっさりね」

「だってなぁ……」

 

 どちらにせよ、彼女に何かしらの事情があるのには変わりないだろう。

 通信制に通っておらず、おそらく定時制に通っている訳でもない。そもそも不登校少女の正体が彼女なのだから……まぁ、それはつまり引きこもりだ。不登校とも言う。理由無しに、不登校になんてならない……はずだ。

 それに、彼女のその事情について、俺にはそう言える根拠ともいえる推察があった。正しいか確証は持てないのだが。

 ……彼女は、父親を亡くしている。家の様子を見る限り、恐らく祖母と二人暮らしか、母親が仕事に出ているか。

 それが関係しているのだろうか。彼女はどうやら、この質店の経営に携わっているらしい。祖母も手伝っているのか、そこまでは分からないが。彼女はもう、ここで実際に働いているのだ。

 

 だからこそ、踏み込めない。彼女からその情報を明かされたとて、自分からの反応は「成程」で事足りてしまう。淡白なものになってしまう。深くまで踏み込もうとしても、足が動かないから。

 

「俺からは、有咲に無理して学校に来いなんて言えない。どうやら有咲を連れていきたいらしい戸山さんには……本当に、申し訳ないんだけど」

 

 戸山さんのファンだし、彼女のためならなんだってやりたいが……流石の俺も、その手の話が絡んでくると精力的には協力できなくなってくる。

 

「え、そ、そんなぁ……」

「あぁ、いや。戸山さんが悪い訳では無いし、貴女が誘う分には問題ないんだ。ただ俺に、その役目を全うできる自信が無いだけ」

「……よくわかんないわね。何がしたいのよ、あんたは」

「ぐっ」

 

 それを言われると痛い。

 ……俺はただ、臆病なだけなのだろう。深く踏み込みすぎて、相手を傷つけるのが嫌なだけだ。踏み込まずにいれば、かつての戸山さんみたいなことになるかもしれないと分かっているのに。それでも俺は、踏み出せない。

 

 『楽しいこと』だけ見ていたい。していたい。どうしようもなく卑怯で、どうしようもなく平凡なのだ。

 

「……あーもう。その話は終わり! そんなことよりも――」

 

 先延ばし。話題を打ち切り、彼女は次の話を始めた。それを傍から聞く。

 ゲームソフトが売れた。キーボードを買った。夢を撃ち抜きたい。練習で忙しい。

 戸山さんの育成ゲームなるものは終わってなかったようで、まだまだミッションは残っているらしい。そして彼女も、このゲームに参加したいのだとか。

 

 彼女が学校に行かない理由のひとつを挙げた。彼女は益々、蔵の内へと篭ろうとしている。戸山さんの望みと裏腹に。

 

 ――夜が、更けていった。

 

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「あの、千葉くん……ちょっといいかな」

 

 翌日、気落ちした様子の彼女が声をかけてきた。

 机に描かれた文字の並び、そこを意識しながら、緊張を帯びた声音で。

 

「えっと、どうかした?」

「その、ちょっと、相談事が」

 

 ……聞いた内容を要約すれば、戸山さんが二人の人物の間で板挟みになっているとのことだった。

 AさんやBさんといった呼び名ではあったが、誰のことを話しているのかがなんとなくわかった気はする。昨日のことだろう。膠着状態。デッドロックというやつだ。

 そして、それの解決案を求めて送ったであろうメッセージ。机越しの彼女から来た、そのメッセージへの返信、それについても教えてくれた。

 ……それなら彼女は何故、俺に相談を持ちかけたのか。最も信頼できるであろう彼女から、もう答えはもらっているというのに。

 

「どうしたら、いいのかな……」

「うーん……戸山さんも気づいているかもしれないけど、貴女はもう、『彼女』に答えを貰っているはずだ。どうすればいいかも、多分わかっているんだよね? 俺から言えることなんて――」

「えっと、そうなんだけど! そうじゃなくて……その……」

 

 入学以来、彼女と関わる機会は多くなったとはいえ、彼女を支えているのはきっと彼女なのだ。心の支え。精神の支柱である彼女は、戸山さんにとって大きな存在だろう。

 

 俺から、有咲に働きかけることはない。

 牛込を勧誘すること自体は出来るだろうが、多分簡単に突っぱねられて終わりだろう。

 

「……えっとね、戸山さん。これは俺から送るちょっと無責任な提案だ。聞き流してくれてもいい」

 

 だからこそ、俺にできることは、一ファンに伝えられることはとてもシンプルで。

 見方によっては身勝手で、でも心の底から湧き上がったこの思いだけだった。

 

「――貴女のやりたいことをすれば、いいと思う。貴女にとっての『楽しいこと』を、やればいいんじゃないかな」

 

 義務感や責任感で雁字搦めになるならば、彼女には自分がやりたいことをやって欲しい。

 そもそも彼女は歌が好きで、ロックが好きで、彼女にとって楽しいことをやっているからこそ、見ているこっちも楽しくなるのだ。

 ……普通の人なら、もっと冷静に考えるべきだと言うかもしれない。やりたいことだけやって、全て上手くいくなんて極小数。ありえない事だと言われてしまうから。

 

 でも彼女は、その『ありえない』を『ありえる』に変えてしまう。そう思わせるパワフルさがあった。

 だからこそ、彼女は自分の道を歩いて欲しい。その輝きを腐らせないで欲しい。

 その星の光は、彼女にとっての最高を掴もうとすれば、更に輝きを増すはずだから。

 

「私にとって、楽しいこと……」

 

 ――彼女の表情が少し晴れる。

 どうやら答えを、やりたいことを見つけたようだった。

 

 先延ばしはこれでおしまい。彼女にとって、『楽しいこと』はなんなのか。自問自答の終焉。

 

 物語は進む。あとはただ、己も前へと進むだけだ。

 

##########

 

 

『二人とも! 最高が欲しいんでしょ!』

 

『私は欲しい! キミも欲しくはない? 輝きの、その先を!』

 

『踏み出そう。さぁ、飛び出そう!』

 

 

 

『わたしたち、一緒に〝音楽(キズナ)〟を奏でよう!』

 

 

 

#########

 

 

 キラキラ光るお空の星は、曇り空では輝けない。輝いてはいるけれど、皆がそれに気づかない。

 それじゃダメ、なんだと思う。彼女はただ光るだけの星じゃない。曇り空なんて吹き飛ばす、最高にロックなキラキラ星。

 秘めていたカリスマを轟かせ、ありのままに輝く彼女は、やがて星々を惹きつけるのだろう。

 

 ……なんて気取った考えを頭に浮かべ、のんびりとマイペースに通学路を歩く。踏み慣れたコンクリートの上を、一歩一歩歩いていく。数日の間に起きた出来事を、寝起きのぼんやりとした頭で思い返していた。

 

 まず最初に語らねばならないことと言えば、戸山さんのパーティーに仲間が増えたことだろう。

 市ヶ谷有咲に、牛込りみ。彼女達の歩む未来が重なった。ギターボーカルにキーボードとベース。演奏の幅が大きく広がったし、戸山さんの進化にも繋がるだろう。

 

 そしてそこから、少し大きな変化があった。戸山さんは、彼女たちと通学しているらしいということだ。

 今まで一人だったのにと、彼女は笑顔で語ってくれた。賑やかで会話の絶えない、楽しい通学路が眩しく思える。

 

 変化は一つだけじゃない。有咲が学校に来るようになった。

 そして分かったことだが、彼女の気の強さ、自信は、どうやら彼女の領地だけのものだったらしい。

 学校に来るやいなや、文字の濃さが変わるかの如く、小さくか細い声で話すようになるのだ。

 そう、つまり蔵弁慶。りみからはクラベン系女子と言われていた。なかなかに不名誉だとは思う。案の定、彼女は不満そうだった。

 

 どうでもいい変化も言うならば、牛込りみのことを『りみ』と下の名前で呼ぶようになったことか。

 『りみりんと呼べ』とうるさいのだが、さすがにそんな呼び方はできない。妥協案として、彼女を下の名前で呼ぶことになった。

 普通、こういうのは恥ずかしいものでは無いかと、そう思うのが普通だろう。

 ……まぁ有咲で慣れていたのもあるが、何よりニンジャだからそういった感情は起きなかった。悪いなニンジャ。日頃の行いが悪い。

 

 

 びゅう、と暖かい風が通り抜ける。

 目線をあげれば、緑が芽生えた桜の木。季節の変化を思わせる景色が広がっていた。

 景色も、温度も、なにもかも。今までとはまるで違う感触のように思える。

 

 

 季節が変わり、春が終わる。

 

 

「ぐっもーにんだ。今日のおかずはなにかお聞かせ願おう。ほれ、言ってみ? 言ってみ?」

「いや、あんたは会って早々に何聞いてるのよ……おはよう、普通ボーイ」

「あはは……おはよう。千葉くん」

 

 聞こえてきた三通りの声。

 ……これが、最後の変化。ちっぽけで、何気ない、そして些細な。俺にとっての、確かな変化。

 彼女達と、確かに同じ道を歩き始めた。そんな始まりを意味する出来事。

 

 

「あぁ、おはよう。今日のおかずはハンバーグだ」

 

 

 ――彼女達と、「おはよう」を言い合うようになった。




間に合ったぁぁぁ……遅くなって申し訳ありません。
突貫工事気味だったかも、と言おうと思いましたが……何分、毎話毎話突貫工事なものですので。
いつも通りのセリフですが、また修正などする可能性はあります。申し訳ありません。

平成が終わり、時代は令和へ。連載はまだまだ終わる気配が見えません。時代跨いじゃいましたね。
今後とも、お付き合いいただければ幸いです。

感想や意見、誤字報告等お待ちしております。
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