BanG Dreamの名の下に、ウサギの少女はギターを弾く。神が去ったそのときから、彼女は今日も弦を弾く。
全てが始まったのは、彼に〝約束〟を貰ったあの時から。
求めたのは〝夢〟。彼が『いずれ出会う』と、自分に語ったそれに向かって。
だけど今はただ――
(――
弾いたGの開放弦が、静かな部屋に鳴り響いた。
花園たえとの邂逅から数日。
我らが蔵パのメンバー達は、あれから一度も彼女と顔を合わせることなく日々を過ごしていた。
『今はただ練習あるのみだ』と活動を続けていくうちに、以前弾けなかった曲も今ではレパートリーのひとつになっていたりもした。
今でこそ普通になった、そんな日常の風景。そこに大きな変化はない。
変化はなかったが、何かの兆しとなりそうななものはあった。
――〝
蔵で見つけたこの言葉。『こんな名前の曲はこの世界のどこにもなかった』と有咲が言った、作りかけの曲。
有咲の父が残したであろう曲は、彼女達に受け継がれた……のだろうか。その行く先は、まだ見えない。
その行く先が見えるまで、気長に待つこと。
自分たちにできるのはそれだけなのだろうと、どこかで自分を納得させた。
――――――
――――
――
茹だるような暑さは、未だ続いていた。燦々と照りつける日光に、コンクリートから込み上げる熱気。『熱中症にご注意を』なんてニュースを見たのは、今朝で何回目だっただろうか。
適度に水分を摂りながら商店街を歩いているのは、親からおつかいを頼まれたからだった。
休日で、バンドの練習もない土曜日の朝。家で遅めの起床を決め込もうとしていたのだが、リビングから聞こえてきた母親の呼び声に起床せざるを得なかった。わずか数十分前の出来事である。
その後は早かった。カバンと紙切れと、そして一万円札を一枚渡されて家を追い出された。これもまた、わずか数十分前の出来事であった。
綴られた文字を見ながら、バッグ片手にのんびり歩く。時間は既に、正午を回っていた。
腹の虫は今日も絶好調のようだ。誘惑の多い昼食時の商店街が、眠っていた腹の虫を目覚めさせてしまった。
右で揚げ物のいい匂いがすれば、左からは珈琲のいい香り。コロッケに食らいつくのもありだが、カフェでゆっくりするのも悪くない。
そんなことを考える度にお腹が空く。人間たるもの、三大欲求には逆らえないのだ。
(そろそろお昼にしようかな)
辺りを見渡す。目についたのは、先程から気になっていた喫茶店にコロッケ屋さん。どちらに入ろうかと考える。
喫茶店の食事というのは、少々値が張るものだ。だが、コロッケだけで昼食を済ませるというのも物足りない気がした。
うんうん呻きながら悩んでいると、また新たに鼻をくすぐる良い香りが。
香りの出処に目を向けた。看板にはヤマブキパンの文字。その名前は大丈夫なのかと思ったが、気にしないでおこう。
昼食にパンというのもありかもしれない。そう思った時には既に足は動いていた。
帰りにコロッケも一緒に買っていこう。そう考えている自分のお腹は、絶えず今も鳴り続けていた
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―――
――
いい匂い。パンの香りだ。たどり着いたそこには、黄金色に狐色。思わず涎がたれてしまいそうな光景が広がっていた。
「いらっしゃいませ」と、ドアを開けた先から男性の声が聞こえてきた。店員さんだろう。トレイとトングを手にして、パンの並んだ棚へと向かう。
(美味しそうなメロンパンだ。カレーパンも捨て難い……このレッドホットドッグ(チリペッパー味)って、似たような響きをどこかで聞いたことある気がするんだけど)
腹の虫が、早く食わせろと言わんばかりに鳴動している。
少しばかり欲張ってしまおうか。今見た3つのパンをトレイに乗せて、会計へと向かった。
「お会計お願いします」
「ありがとうございます! ……おっ、レッチリドッグとはお目が高い」
「あぁ。えっと、なんか聞いたことあるような名前で気になっちゃって」
「このパンはね、作る時生地に『Red Hot Chili Peppers』を聴かせてるんですよ」
「……パン生地に歌を?」
曰く、生地に音楽を聴かせるとパンは美味しく発酵するという。
「『メタリカ』というバンドの音楽を聴かせたあんぱんも作ってみたんですが、あまり売れなかったんですよね。娘からはよく弄られていますよ」
はっはっはという笑い声に合わせて、苦笑を浮かべておいた。
「はい、じゃあこれがお釣りになります」
「また来ますね」
「ありがとうございましたー!」
今しがた手に入れたこのパンたちを、果たしてどこで食べたものか。
良い場所はないかと、考えながら出口へと向かう。
「ただいまー……お父さん、体調は大丈夫?」
「何の問題もないさ。この通りピンピンしてるぞー」
その時すれちがった女の子は、どうやら先ほど話していた店員さんの娘さんのようで。
高めに結んだポニーテールを揺らす、その姿を遠目に見ていた。
「無理はしないでよ?」
「ははっ、分かっているさ――沙綾」
聞いたことはないはずなのに。その名前が、なぜか頭から離れなかった。
こんなんじゃ足りない! 全然足りない!! 時間も、技術も、熱量も!!!
ピックが擦り切れるほどに。睡眠時間さえも切り捨てよう。今はただ、一分一秒が惜しい。
私は、『神』のようなギタリストになりたい。その為にも……いや、その為だけじゃない。心の底から、彼女達と一緒に音楽をしたいんだ。
だから私は――――
「……でも、ちょっとだけ……」
そう言って持ち出したのは、使い慣れたアコースティック・ギターだった。
……エレキギターが未来への思いならば、これには過去への思いを乗せる。
「アタシはもうすぐ、夢に出会えるんだ」
爪弾いたのは思い入れのあるメロディ。
涙が落ちそうだった。だけどそれにはまだ早かった。
――この目に浮かんだ
基本的に、他の店で買ったものを違う店で食べるのは御法度だ。
というわけで、非常に暑苦しいが外で食べることにした。公園ならば、日陰もあるだろう。
ガサガサと、パンの入った袋を揺らしながら公園へ足を踏み入れる。
入ってすぐに見えた遊具には、元気に遊んでいる子ども達がいた。寒さをものともしない彼らは、どうやら暑さに対しても無敵なようだ。
子供たちの保護者なのだろう。数人のお母様方が談笑している姿を横目に、座るためのベンチを探しながら歩いていた。
「……あれ、花園さん?」
歩いている最中に見かけたのは、どこか疲れたような表情を浮かべた花園さんの姿だった。
数日を経た邂逅は、しかし彼女と自分に大した接点もないので。そっとしておこうと、見て見ぬふりで去ろうとした。
……のだが。
「……すみません。隣、座ってもいいですか……」
「……えっ、あっ、はい。どうぞ」
結局座ることになったのは、花園さんの座っているベンチで。
(なんでどのベンチも空いてないんだよ!!!)
まさかベンチが全部埋まってるなんて、全部保護者様方が占拠しているなんて。誰が予想しただろうか。
夏真っ盛りのお昼時なのに、こんな暑い中ご苦労なことだ。
座っている保護者方に複雑な感情を抱いたまま、袋からパンを取りだした。
――――――
――――
――
「……パンいる?」
「い、いや、お気づかいなく」
「そっか」
何となく会話に困って、パンも差し出そうとしたがさすがに断られた。
(それにしても、まさかこんなところで見かけるとは思ってなかったな)
あの日屋上でギターを鳴らしていた彼女と、公園でばったり会うとは。それも戸山さん達とではなく、俺なんかと。
考えながら、先程買ったパンを食べ始める。元々、それが目的で公園に来たのだから。
「……」
「……」
無言の時間。俺がパンを貪る時間だけが続く
沈黙が長く続いた。花園さんも立ち上がる様子を見せず、じっと座ったままだった。
気まずい。その一言に尽きる。
ようやく食べ終わったタイミングで、この気まずい空気をどうにかしようと話を切り出してみた。
「あの時って、何で戸山さんたちの前から逃げ出していったの?」
さらに気まずくなった気がした。
「あ、あの、えっと」
「……いや、ごめん。聞いておいてなんだけど、答えたくないなら別に大丈夫だよ」
「いえ、問題ないっす」
どう見ても大丈夫そうには見えない様子だったが、黙っておいた。
深呼吸して、彼女は静かに言葉を発する。
「前のあの時は、単純に恥ずかしかったんです。誰も、いないと思ってましたから」
「……まぁ、そうだよね。あの時はごめん」
「あ、いえ。大丈夫っす」
彼女はそこから、ポツポツと話し始めた。あの後に起こった、僅かな間の邂逅について。
「あの後、公園でトヤマカスミさんに会いました」
花園さんしか知らないはずの曲に、戸山さんが歌をつけたらしい。花園さんがいうには、まるでその歌がつくことが運命だったかのような……そんな感覚に陥ったらしい。
そのフレーズの1つは――『In the name of BanG_Dream!』
「あの瞬間から彼女と……彼女たちと、バンドがしたいと思いました。だけど……私じゃまだ、彼女達に釣り合わない」
「釣り合わない?」
花園さん自身の実力がまだクラパに見合わないという発言は、なんともおかしなものだった。
彼女達がこの少女に釣り合わないというなら、まだわかる。楽器の技術、経験の差がそこにはあったから。
だけど何故、目の前の少女は
「ギターはやったことがないから正しいことを言っているかはわからないんだけど、やっぱり君の方がギターの技術は上じゃないのか?」
「
ペットボトルの、ほんの僅かだが確かに潰れような音が聞こえた。
「ジブン、アコギの経験はそれなりにあるんですけど、エレキに関しては一切無いんです」
「うん」
「なので、ある程度のレベル……彼女達に見合うようなエレキギタリストになれるまでは……彼女達に合わせる顔がないとおもって」
「……なるほどなぁ」
……彼女が、戸山さん達のことを高く買ってくれているように思えた
始まって間もない、まだ本当の始まりには至っていないともしれないクラパを。
そう分かったら、なんだか気分が高揚してきた気がした。本人達ではないのに、どうしてこうも嬉しくなってくるのだろうか。
だけど。いや、それを聞いて尚更。
そんな彼女達とこの少女が、共に歩んでいく姿も見てみたくなってしまった。
「花園さん……だったよね」
「はい、そうっす」
「俺はね、彼女たちのことが大好きなんだ。一人のファンとして、彼女たちのこれからを見届けたいと思っている」
「はぁ……?」
「そんな一ファンとして言うならば――彼女たちはね、技術だとかそういうのを最重要視はしないと思う」
「ただ彼女たちは、共に音楽という名のキズナを奏でたいだけなんじゃないかな」
なんだか、柄でもないことを言っている気がする。
「……キズナを、奏でる……」
「うん。最終的には花園さん次第だし、どんな選択をしても誰も咎めることはない。咎められるはずがないんだよ。だけど、できるならば……」
「一度、彼女たちと話でもしてみてほしいかな」
手を伸ばす。でもこの手は、握られるとは思っていない。握られることはないとわかっていた。
だからこの手は、宙を舞っても構わない。
「……千葉 修斗さん、でしたか」
「……俺のことも知ってるのか?」
「えぇ、調べましたので」
「どんなところまで調べてるんだ……」
「名前だけっす。それで、話してみて欲しいということについてなんですけど……自分、不器用っすから。保証は、できないっす」
その返答で十分だった。
「それで大丈夫さ。……っと、長居しすぎたかな。じゃあ俺はこれで」
「あ、いえ……今日はありがとうございました」
「いや、それはこっちのセリフだよ。それじゃ、熱中症には気をつけて」
未だ残る日の光に照らされる、公園を出る。夕焼け小焼けにはまだ時間があった。
その光は辺りを強く照らしていた。
そんな日もやがて落ち、そして月が昇っていく。
月にはうさぎが住んでいると、昔の人は言ったらしい。そんなことを思い出したのは、どこかうさぎのように感じられた、花園さんと話していたからだろうか。
うさぎ うさぎ なにみて爪弾く。
昔聴いたことのある童謡を、少し歌詞を変えて口ずさんでみた
どこかうさぎのように思えた少女は、月を見て何を思ったのだろうか。
――月というのは惑星で、星の一つだったか。
彼女の行く末は、まだわからず。
2019年も終わり、2020年へ。
少しずつ終わりも見えてきた気がします。問題は更新ペースですね。はい。すみません。
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