本編をどうぞ。
「あ、あの……これ、落ちてたので……」
うさぎピックを差し出す彼女の姿を見て、『まるでプロポーズのようだ』と誰かが呟いた。
「それで……私たち、一緒に音楽をやれたらって。実は……、一目見たそのときから――」
普通なら。いや、
フードを被ったその少女は、脱兎のごとく逃げ出していただろう。
頑なに『参加するに見合う実力を得るまでは』と。兎のように、素早くその場を立ち去ってしまっていただろう。
「……ッ」
だけど。
『一度、彼女たちと話でもしてみてほしいかな』
……彼の言葉が、彼女の願いを引き出してしまったから。
『
「あの!! ……えっと……い、一度、屋上まで来てもらってもいいっすか?」
だから、少しだけ。
少しだけ、彼女たちと向き合ってみよう。
そう思ったときにはもう、口はとっくに動いていて。
「……! う、うん! 行こう!」
顔を上げた。フードが揺れる。
歩きだしたその後ろには、
――どこか弱々しい足取りは恥ずかしげで、不安に満ちたものだったけど。
その一歩は、
そう考えるだけで、少し安心できた気がした。
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「というわけで、ウサギ少女の花園たえちゃんです。はいみんな拍手ー」
「う、ウサギ少女?」
大袈裟な拍手ひとつ、控えめな拍手がひとつ。そして気怠げな拍手がまたひとつ。俺はそこに混じって、ごく普通の拍手をした。
それぞれに人間性のようなものが読み取れそうな、そんな音達に共通ずるものといえば……それら全てから、喜色が滲んでいることだろうか。
まだ話を聞くだけの段階ではあるが、これまでの数日間ずっと逃げられてきた彼女とようやく話ができると考えると……なんだか少し、感慨深いものがある。
「それにしても驚いたわ……どんな心変わりがあったのよ。ちょっと前まで、それはもうウサギの如く逃げ回ってたのに」
「えっと、それは……」
彼女は困ったように俺と戸山さんの方へと視線を動かそうとして、しかしすぐに眼前の有咲へと向き直る。
「私、今までエレキを触ったことがなくて。でもみなさんと、その、どうしてもバンドがやりたくて」
「ふむ」
「それでずっと練習してたんですけど、それでも足りなくて……今の実力じゃまだまだ一緒にバンドなんて烏滸がましくて……今も本当はここにいていいのかと」
「はいはいはい逃げないでね」
有咲が足が扉に向きかけた花園さんの肩を掴む。
「うーん……一応聞いとくけど、あんたはどのくらいの期間練習を積んであたし達のバンドに参加しようと思ったの?」
「半年っす」
「半年!?」
「半年って、あんたねぇ……」
頭を抱えた有咲をおどおどした視線で花園さんが見ている。
聞くところによると、彼女は毎日十二時間、休みの日は十八時間をギターに費やしているらしい。確かにそのペースで半年待てば、凄いギタリストになっていることはわかる。わかるのだが……
「長すぎるわ」
「長いな」
「ちょっと長い、かな」
「長すぎ注意だな」
「うぅ……」
長い耳が垂れているような、そんな幻覚が見えた気がした。
「間違いなく、この中で一番上手いのはあんたよ。あたしたちの方があんたに追いつかなきゃいけないんだから」
「いや、うちだな」
「あんたはもう少し手持ちのフレーズを増やしなさい」
花園さんをそっちのけで口論している2人組を一旦無視して、花園さんに声をかける
「どうかな、花園さん。彼女たちと一緒にバンドやってみない?」
「自分、不器用ですけど、まだまだ未熟ですけど、いいんすか」
「うん、一緒にやろうよ」
俯いている花園さんの手を、戸山さんは笑顔で掴んだ。ギターは持っていないけど、なんだかその姿はキラキラしているように見えた。
「わたしたちも頑張るから、もっとキラキラできるように頑張るから。ね、たえちゃん。一緒に頑張ろうよ!」
戸山さんがそう言いきって数秒後、堰を切ったように泣き出した花園さんが彼女に抱きついた。
口論していた二人も、便乗するようにそこへと走って抱きついた。そんな彼女たちも泣き出した。戸山さんも泣き出した。
まるで壮大な茶番のような泣き声。そんな四人の姿を見て、「これが青春か」なんて心の中で茶化してみる
屋上には彼女たちを撫でるように、優しく風が吹いていた。
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……と、このままめでたしめでたしで終われば良かったものの、それで終わらないからこその彼女たちで。
「いや無理です……無理……もうダメ……海に還らせていただきます……」
「あわわわわ」
「
その日の放課後にはこうなっていましたとさ。
こういう巻き込まれ体質に似た何かも、戸山さんがスターだからなのか。
数分前まではリードギターが加わったバンド練で皆のボルテージは最高潮にまで高まっていたというのに。『Yes! BanG_Dream!』を歌いきって「いぇーい!」と思わず叫んでいた戸山さんは今、まさに床と同化しそうな勢いで落ち込んでいた。
「まぁこうなっちゃうわよね」
「だよなぁ……」
絶賛ナ・ニモ全開中の戸山さんの顔は、まるで世界の終わりを告げられたかの如くであった。
この事態を引き起こした張本人である新メンバーさんは慌てていて、有咲は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを抑えている。
「
「そんな事言われても……俺は戸山さんがやりたいことを応援するだけだし」
彼女がここまで弱音を吐いている原因、それは花園さんが至極申し訳なさそうな表情で告げたライブ参加についての報告にあった。
そう、ライブである。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
花園さんの勧誘に苦心した矢先、一難去ってまた一難と言わんばかりに。バンド参加が決定して浮き足立っていた花園さんは、商店街のお祭りライブの参加をつい独断で決めてしまっていたのである。
規模は大きくないが観客層は身内同士などではない。自分たちのことを知らない者たちに演奏を見せる機会というのはバンド初心者にとっては中々にプレッシャーの強い催しだろう。
徐々に前向きになってきたとはいえ、それでも戸山さんのまだドがつくほどの内気な性格は抜けきっていない。そんな彼女にとって、これはかなり厳しいもののはず。
彼女自身、もう少し準備期間を経た上でライブに望む気であったようなので尚更だ。前に聞いたところによると、オリジナル曲を作ってからを目安にしていたらしい。
そして現状、クラパにオリジナル曲なんてものは存在していなかった。
「戸山さん。約束しちゃったこととはいえ、その約束をしちゃったのは花園さんだし、どうしても無理なら……」
「……とは言いたいけど、そう簡単に断れそうもないよねぇ……」
呻き声とともに戸山さんの落ち込み具合が四割増になった。
「うぅ……たえちゃんがバンドに入って来てくれてしあわせの絶頂だと思ったのに……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「あーらら、ネガティブモード全開ね……普通ボーイ、あんたまでネガティブになっちゃうと収拾がつかないからやめてくれる?」
四つん這いになるような形で落ち込んでいると、有咲に首を掴まれて無理やり立たされた。ぐえっと、潰れた蛙のような声が出た。
「もういっそ貝になりたい……いやヒトデもいいかも……星っていいよね……」
「はいはいその辺で。りみ、アレを」
「御意」
「ひゃいん!?」
困った時の切り札みたいな扱いをされているランダムスターが、戸山さんに取り付けられた。その瞬間にぴたりと弱音が止まる。まるでスイッチが切り替わるかのような光景だった。既に見慣れた光景だが、花園さんは少しびっくりしたように戸山さんの方を見ていた。
ネックを握り、ピックを摘み、少し熱に浮かされているかのような表情を浮かべた戸山さんに有咲が語りかける。
「かすみん、これは絶好のチャンスとも取れるわ。誰でも最初は、カバー曲をドヤ顔で客に見せつけるものなの」
あまりに堂々としたその発言は、偏見マシマシなその言葉にまるで説得力があるように感じさせた。
「観客が求めているのはオリジナル曲かカバー曲かだとかじゃなくて、
誘惑するように、懇願するように、だけど激励するように。全部引っ括めて彼女は語るのだ。
「学校やライブハウスよりもあたしたちにはハードルが低いでしょ」
「……うん、そうかもしれない」
その言葉が返ってきた時点で、彼女の心は既に決まっていたのだ。必要なのは一歩を踏み出す勇気だけだったのだから。
数回頷いた後、前を向いた。彼女の顔に躊躇いの色は見えない。
「……うん。うん! やろう!! 私達、クラパの皆で!」
「よし! そうこなくっちゃ。やるわよ、みんな!」
『1、2、3、ワッショーイ!』
ランダムスターを手にしてテンションが数割増な戸山さんと、達成感でテンションが高い有咲。取り敢えず勢いに乗った牛込に、少し及び腰な花園さん。4人の掛け声でクラパの初ライブは決まった。
ライブが決定したその翌日から、彼女たちの練習は姿を変えた。
一人が増えて、熱は二倍? そんなものではない。
稲光を幻視するリードプレイが、蔵の響きに加わった。初めは異質のように思えたそれは、しかし数瞬後にはなくてはならないものとなっていた。
リードギターを迎え、『ライブ』という身近な目標も得た彼女たちが次に求めたもの。それは『質』だった。彼女たち自身の手で、ライブに後悔を作ってしまわないように。
そして何より、初めてのライブを、絶対にキラキラしたものにするために。
『BanG Dream!』の名のもとに集った彼女達は、誰かが叫んだそれを引き継ぐだけでなく――自分達の音楽にするために。
今回のライブは、きちんと衣装を用意して行おうと言ったのは有咲だった。
知識もなく裁縫も人並みだったので、デザイン等はクラパのメンバーに任せて材料を買うためにあっちへこっちへ走り回ることに。次のライブまでに母親に裁縫を習おうかと考えたが、取り敢えず保留にしておいた。
そんな慌ただしい日常を走り抜けて、いつの間にかライブ前日を迎えていた。蔵で最終チェックを終えた彼女達に冷えた麦茶と、塩分補給のために飴を渡す。
汗をかき、肩で息をする彼女たちの浮かべる表情は自信と期待に満ちた笑みだった。
彼女たちは今、まさに「無敵で最強」だ。
おかわりを要求した有咲のコップに麦茶を注ぎながら、周りを見渡す。何かに熱中している、そんな彼女達の顔はとても魅力的だった。
「……あ、普通ボーイ。あんたまた『自分がここにいていいのか』みたいなテツガクシャじみた顔してたわね」
「哲学者じみた顔ってなんだよ」
「言っとくけど、あんたも関係者なんだから。共犯者よ共犯者」
「分かってるさ」
少し暗い顔をしていたらしい。自分の悪い癖だ。
「楽器を握ってなくてもあんたは仲間なの。そろそろちゃんと理解しなさい」
一拍、麦茶で喉を潤す。そして彼女は言葉を続けた。
「親しい人でも観客。それにあんたはファン第一号なんでしょ。ちゃんと肝に銘じておくように」
「……うん、そうだな」
「誰も見てくれない演奏会ほど辛いものは無いのよ」
取り敢えず、明日は彼女達の祭りを楽しもう。難しいことなんて必要ない。楽しむことが彼女たちに対する最大の応援だから。
そう答えれば、目の前の有咲が「分かればよろしい」と頷いた。
彼女が茶を飲み干したコップから、カランと氷の音が一つ。
祭りの開始は、すぐそこまで。
世はコロナ禍。外出自粛故に作者が取った選択肢は、一日中ゲーム三昧であった――
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