クラパのメンバー四人が各自楽器を背負って歩いている。戸山さんと有咲の楽器ケースがばいんばいんと揺れているのに対し、牛込と花園さんの楽器ケースは彼女達の背中に張り付いてるかのように安定を保っていた。
後者二人のケースの安定、その秘密は『なんば歩き』という歩行法にあった。
古武術や陸上競技にも応用されるそれは、右足を出す時に右手を、左足を出す時に左手を出すというものである。一説によると、普段の歩き方と違って腰を捻らない形になるため疲れが出にくいのだとか。確かジ○ンプの漫画で読んだことがある。
戸山さんと有咲もそれを真似しようとするが、慣れない動作だからかどうにも上手くいかないらしい。
すたすたと前を歩いて行く優れた運動神経二人組と比べたら、まるで緊張した高校球児みたいな様子で少し笑ってしまった。聞こえていたのか有咲に睨まれた。
――本番は、あと数時間まで迫っている。
しかしその道中は穏やかで、そして楽しげなものとなっていた。
未だに睨んでくる有咲に軽く謝罪をしながら歩くこと数分、前の2人組が足を止めたのを確認して周りを見渡す。
焼きそばにお好み焼き、その他諸々。鉄板の音と美味しそうな匂いが周りから漂ってくる。
屋台が立ち並ぶ、見慣れない姿の見慣れた商店街。そこはなかなかに賑わっていた。
食欲を誘う香りに、初めにお腹を鳴らしたのは牛込だったか。
……いや、どうやら花園さんだったらしい。気づけば周りには子供達が集っていた。
「会場に荷物だけ下ろしに行くわよー」
商店街の空き地にはそこそこ立派な会場が設営されていた。スタッフらしき人達に挨拶しつつ、荷物を置きに行く。
出番までまだ時間があった。しかしその時間を使って練習やリハーサルなどはできない。ここは蔵でもスタジオでもないのだ。
――――――
――――
――
楽器、エフェクター、その他諸々の荷物をまとめて会場となる空き地に降ろした後は自由行動となった。
花園さんは子供と一緒に屋台巡り、牛込は輪投げで無双しているようだ。
そして、戸山さんは駐車場の片隅で蹲っていた。見慣れた光景がそこにあった。
「おおー、かすみん、引き籠もってるねぇ」
屋台から駐車場に帰ってきた有咲がそう呟いた。
実際に演奏するわけじゃない俺でさえ緊張しているんだ。実際に演奏する戸山さんの心臓は、現在進行形でとんでもない事になっているに違いない。
「そんなに不安がらなくてもいいのに」と呟く有咲だって、脚が若干震えている。なんなら声も震えている。
何か手っ取り早く緊張を解せるような、そんな方法があるといいのだが……『手に人の文字を書いて飲む』なんて典型的なものくらいしか思いつかなかった。発想が貧困すぎて頭を抱えた。
「ほら、ここはあんたが何か気の利いたセリフを言うところでしょ普通ボーイ」
「うーん……えっと、リハーサルの演奏も良かったし、緊張しすぎる必要はないんじゃないかな……?」
「何言ってんのよ、リハーサルの演奏は
「……頑張れ!」
「あんたほんとにかすみんのファンなの?」
「ファンなのに気の利いたセリフが言えなくてすみません」
穴があったら入りたい。
「まぁそこのファン失格男は置いといて……自信持ちなよ、かすみん」
「う、うん……わかってはいるんだけど……」
「お祭りだよ? フェスティバルだよ? せっかくの機会なんだから、楽しもうよ」
有咲が手を差し出す。おずおずとその手を取った戸山さんを、そのまま立ち上がらせた。
「わっ」
「ほら、焼きそばでも食べに行こうよ。普通ボーイ、あんたの奢りね」
「戸山さんはいいけど、有咲の分も奢るのか……」
「何よ文句ある?」
ぎゃーぎゃーと軽口を叩き合っている俺達の後ろで、戸山さんが「ありがとう」と呟くのが聞こえた。振り返ってみると、戸山さんが少し顔を赤らめていた。
「何言ってんの、行くわよ」
「気の利いた励ましの言葉は言えないけど……焼きそば以外にも欲しいものがあったら言ってね」
歩きだそうとして、前を向く。正面からお囃子の音が聞こえてきた。
商店街はすっかり賑わっていた。ちんちきちきちき、と鳴り続ける笛や太鼓の音が、人々の心を浮つかせる。
ちんちきちきちき。通りに、お囃子のリズムに合わせて舞踊っている『何か』がいた。
「獅子舞か」
獅子舞。祭囃子に合わせて獅子が舞い踊る、伝統芸能の一つだ。
一見怖い見た目で、泣いてしまう子供もいることだろう。しかし獅子舞に噛まれた者は厄が落ちるとされていて、一般に縁起のいい存在とされている。
そんな獅子舞だが、その踊りは実に見事なものだった。「生きているみたいだな」と、横にいる戸山さんの呟きが聞こえてきた。
ちんちきちきちき。
「……あれ?」
「……ん?」
ぼーっと眺めていたのもつかの間、獅子舞の顔面が少し大きくなっているように見えた。
「えっと……なんかあの獅子舞」
「近づいてない……? こ、こっちに向かってない!?」
『まるで生きているようだ』と表現した、その躍動感たっぷりの動きを伴って。獅子舞はこちらへと距離を詰めてきた。
「……」
「あれ…….いや、え、え?」
獅子舞が動きがぴたりと止まったのは、
真っ赤な色をした獅子舞の顔面が、戸山さんの顔に触れるほど近い位置で静止している。戸山さんの足は震えていた。
獅子舞が一瞬こちらを向く。戸山さんも恐る恐るこちらを向いた。
「あー……」
「普通ボーイ、こっちこっち」
有咲に手招かれる。戸山さんと獅子舞から離れておく。
一瞬頷いたかのように体を揺らした後、獅子舞の視線は戸山さんの方へと戻った。戸山さんの震えが強くなった。
――獅子舞の大きな口が、がばっと勢いよく開いた。戸山さんは涙目だった。
「……あ、あの、わた、しは」
がぶり。
――――――
――――
――
「千葉くん……」
「ごめんごめん」
「キミのことは信じてたのに……」
「うっ」
その場で蹲ってしまいそうになった。
「まぁまぁかすみん、その辺にしときなよ」
「うぅ……」
「良かったじゃない。獅子舞に噛まれると、厄がおちるんだよ」
そう言いながら戸山さんの肩を叩く有咲。
「でも、こわかった……」
「ほーら、焼きそばでも食べて元気だしなよ」
「むぐむぐ」
尚も食い下がろうとする戸山さんに、有咲がパックに入った焼きそばを戸山さんに食べさせた。獅子舞騒動の後、結局戸山さんが何も食べられずにいたことを思い出して急いで買ってきたのだ。一パック600円である。
ちなみにメンバー全員分買わされた。横で牛込と花園さんもおいしそうに焼きそばを食べている。有咲は後で食べるらしい。
本番まで後少し。獅子舞が持っていってくれたのか、獅子舞への恐怖によって上書きされたのか。戸山さんの緊張も、先ほどよりはマシになっているように思えた。その代償と言うべきか、焼きそばをすすりながら、複雑そうな顔でこちらを睨んでくるが。
戸山さんからの無言の非難に心を痛めること数分。全員が焼きそばを完食したのを確認して、有咲がメンバーに声をかける。
「これからが本番よ」
その言葉に、メンバー全員が頷き合う。
「あ、そういえばかすみん」
「? どうしたの有咲ちゃん」
「これ買ってみたんだ。その……似合うかなって」
有咲が持っているそれを見て、戸山さんの目が輝いた。
「星だ……!」
予想通りの反応だったのか、有咲の顔が綻ぶのが見えた。
星形のイヤリングは、有咲の手元でキラキラと輝いていた。
「つけてあげよっか」
「う、うん」
戸山さんが目を閉じた。ぱちり、と音がした。
彼女の右耳でより一層、星は強く輝いていた。
ぱちり。音と共に、甘い痛みが走った。
右の耳に触れてみる。そこには確かな感触があった。
「もう片方は、誰につけて欲しい?」
有咲ちゃんの声が聞こえた。ふわふわと浮かんでいたような心が、地上へと引き戻される感覚。
「あっ、えっ、えっと……」
有咲ちゃんの手には、もう一つのイヤリングが残っていた。
優しそうに、でも少し愉しげに。有咲ちゃんが目を細めていた。
……星は、わたしにとって大切な存在だ。
歌を歌う時はいつだって、星の鼓動を感じている。トクン、トクンと、音が聞こえる。
(わたしは……)
それを、誰につけてもらいたいのか。
そう考えて、答えが出るまで。時間はそんなにかからなかった。
その人は、いつも私のそばにいてくれて、わたしの歌が誰かに届いていると……そう実感させてくれる人。
「ち、千葉くん……お願いしても、いいかな?」
彼はわたしのファンなのだと、常日頃からそう言ってくれている。
少しこそばゆい感じもする。だけどその言葉は、わたしが歌を歌うその理由の一つにもなっていて。
有咲ちゃんからイヤリングを手渡されて、千葉くんがわたしの耳へと手を近づける。
ちらっと彼の方を見てみる。彼の肩に、少し力が入っているように見えた。
そんな彼の姿が少し面白く思えた。
ファンサービス、というものがある。ファンに向けて手を振るだとか、投げキスをするだとか、そういったものだ。
そう、これはファンサービスだ。日頃の彼への感謝と――
(獅子舞の時に私を助けてくれなかったもんね)
――悪戯心も少し含めた、そんな私のファンサービスだ。
ぱちり。音と共に、少し鼓動が強くなった。イヤリングをつけ終えて、彼が離れる。
それに入れ替わるように、りみちゃんがランダムスターを私の肩にかけてくれた。たえちゃんもピックを手渡してくれた。
「センパイに何かあれば全力でフォローするっす!」
たえちゃんがそう言った。
「師匠がいつも気配を消していたのは、こう言う時に輝くためだ」
りみちゃんがそう言った。
「輝くわよ、みんなで。あんたはもう一人じゃない」
有咲ちゃんがそう言った。
「全力で楽しむよ。だからクラパも……戸山さんも、目一杯楽しんでくれ」
千葉くんが、そう言った。
「わたし……わたし……」
「わたし! 銀河よりもビッグになる!」
目を合わせた5人で、力強く頷いた。
メンバー全員でお揃いのハッピを羽織り、サウンドチェックのためにステージへと向かった。
――――――
――――
――
辿り着いたステージは簡素なものだ。
客席にも人は数人程度しかいない。その少ない人々も、殆どは眠たげな顔を浮かべた人ばかり。
はっきり言ってアウェイだ。だけど、
それに――私たちを見てくれる人は、すでに客席にいるのだから。
トクン、トクン、と音が聞こえる。星の鼓動が、私の中で感じられる。
恐れるものは何もない。あとはただ、輝くだけだ。
(ついに、初ステージが始まるんだ)
その第一声を今、高らかに放とう!
「ねえ、みんな! 一緒に”音楽《キズナ》”を奏でよう!」
エフェクターを踏んで、おにぎり型のピックを振り下ろす。強く歪ませたギターサウンドで、開幕の狼煙を上げる。
そこにもう一つ、鋭いギターの音が奔った。続くようにキーボードの電子音が鳴り響き、ベースの重低音がうなりをあげる。
遠慮はいらない。音圧はマックスだ。私たちを震源に、寝ぼけた商店街中を震撼させる。
時間にして数十秒。音の洪水を、アイコンタクトを交わしてピタリと止める。
一瞬のブレイク。意図した無音で溜めを作り、そして今こそ大きな声で!
「クラパのパーティー! 始まるよ!」
私たちのパーティーで、夢を撃ち抜いてやる!
間隔が空いて本当にすみません。僕は無力だ……
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