『一緒に"
あの日のステージを思い出す。
脳裏をよぎるのは音圧マックスのバンドサウンド。ステージ上には
最初の一曲はガラガラギューンと、弟妹たちの影響で聞き慣れたフレーズ。その次はビートルズだ。2曲目が終わる頃には、会場のボルテージはマックスだった。
『ステキな歌声だったし、ギターも四月に始めたとは思えないくらいうまかった』
『リードギターの子もかっこよかったし』
『キーボードの子も可愛かったし』
「ベースの子は、裸足だったね」
机上に書いたメッセージを見返して、少し笑った。
かっこよかった。楽しそうだった。
「ドラムは、まだ見つかってないんだね」
ロック・ミュージックにおいて、ドラムは必要不可欠。これはあくまでも持論に過ぎないのだが。
……ほんの少し、ほんの少しだけ。彼女たちとバンドをやる未来を思い描いてみた。数秒だけ、その未来に浸ってみた。
「……無理、なんだよね」
力なく笑い、授業のノートへと目を落とす。今は数学の授業中だ。方程式の書かれたノートには、まだ解は書かれていなかった。
ノートとにらめっこすること数秒、やはり気になってしまう。我慢できず、横目を使ってメッセージを読む。
『とってもステキなライブだったよ!』
感動したことは変わらない。我が子を見守る母のような心持ちで、このメッセージの相手を思い浮かべる。
獅子舞を添えたメッセージに頷いて、 ノートに鉛筆を走らせた。
初ライブ終了後、クラパと俺はりみの住むアパートにて打ち上げ兼反省会を行っていた。
「かんぱーい」
五人の声が重なった。
「祝いだ。米ならある。遠慮せんといてや」
「これ、うちの畑でとれたきゅうりっす」
「お菓子とか買ってきておいてよかった……」
「普通ボーイ、ファインプレーね」
机に並ぶおにぎりときゅうり。そしてお菓子。飲み物はお茶とジュースだ。米ときゅうりの割合が大きいのはご愛嬌。
というのも、りみの住むアパートは近所にお店が何もなかったのだ。打ち上げをすることがライブ後すぐに決まったことで、あらかじめお菓子やジュースを帰り道で買ってきたのだが……どうやら余計なお世話とはならなかったらしい。
「後で買えばいいと思ってたんだけど、まさかここまで周りに何もないとは思ってなかったわ……」
「牛込、なんで言わなかった?」
「忘れてた!」
「よーし、お前はお菓子食べるの禁止な」
「そんなゴブタイな!!!」
「ま、まぁまぁ……りみちゃんも、うん、お米持ってきてくれたし……お、おいしいよ!」
「戸山さんが言うなら……」
「ちょろくないっすか? むぐむぐ」
戸山さんが言うことは絶対だからな。
「さすが師匠! ささっ、つがせてもらいますぅ」
「お米を、だけどね。というか今日はおにぎりだけでしょ」
「知ってた!」
「んぐんぐ……ふぅ。自分、きゅうり剥くっす!」
おにぎりを食べ終えた花園さんは机の上にあるきゅうりを1本取り、フルーツナイフできゅうりを剥き始めた。実に慣れた手つきで剥くので、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「自分、フルーツカットが特技で。実は左利きで、こっちの手は器用なんっす。ただ右手と心は不器用っす」
「左利きだったのか……」
「ギターは普通の、右利き用のだよね」
「そうっす。でも帰って、その方が弾きやすいっす」
ギターには右利き用と、左利き用がある……らしい。
左利き用ギターと右利き用ギターでは、ピッキングする手と指板を押さえる手が逆になることから、部品や弦の張る順番が逆に配置されると書いてあった。あと、右利き用のものに比べて生産が少ないとか。
これに加え、『右手の方が難しい』という人や『左手の方が難しい』という人がいることから、一概に左利きは左利き用を使うべきとはいかないそうだ。
おにぎりを食べ終わったあとはお菓子を食べよう……となるはずが、その前にちゃぶ台の上に山盛り載せられたきゅうりを消費せねばと一人ずつノルマが課せられた。ちなみに、俺が一番多かった。
「カッパみたいだね」
主に俺に向けられた発言だった。周りが笑い、そして周りもきゅうりをかじり始めた。
「クラパの皆だって、カッパみたいじゃないか」
笑い声が牛込の部屋に響き、カッパたちの反省会兼打ち上げは続く。
『楽しかった』、『次はこうしたい』という会話は、彼女達が本当に楽しんでいるからこそ出てくるものなのだと思えた。
「次のライブに向けて、ふたつの課題を何とかしなくちゃね」
有咲がそう言って、二本の指を立てた。クラパのメンバーがそれをみて、少し真面目な顔で頷く。
「一つは、ドラマーを探すことだよね」
戸山さんの言葉に有咲が首肯し、話を進める。
『ドラム担当はやはり必要だ』というのが、クラパと俺の共通認識だ。前回のライブは確かに大成功だったが、やはり物足りなさがあった。
リズム隊がベースの牛込しかいないというのも厳しいものがある。本人は「目立てるから問題はない!」と言っているが、それはそれとしてドラムは欲しいらしい。
「ではもう1つは
「それはもういい」
「もう一つはオリジナル曲を創ることっす」
「知ってた!」
本当か?
……ともかく、もう一つは花園さんの言う通りオリジナル曲の作成だ。『作詞作曲:クラパのメンバー』の曲を作ることは、バンドをやる上でやはり必要らしい。
「ドラマーの方は相手次第だけど。オリジナル曲は自分たちで進められるからね」
まぁ全員作詞も作曲も未経験なのだが。
前途多難ではあるが、ひとまず全員一曲でいいから作曲にチャレンジするという形に収まった。
『普通ボーイもなんか書きなさい』と有咲から言われたが、そこは丁重にお断りしておいた。
『ドラマーもオリジナル曲も何とかなればいいなぁ』と。そんな漠然とした願いを込めながら、ちゃぶ台から取ってきたきゅうりをかじった。
「沙綾、お前、ほら、もうあがっていいぞ」
健康をアピールしつつ、娘に早く仕事をあがるよう促した。
「ねえ、お父さん、どうして急にはりきってるの? また体壊しちゃうよ」
愛娘である沙綾は、高校一年生とは思えないくらいにしっかりしている。いや、しっかりしすぎな程だ。そして、その原因は自分にあった。
二年前に妻を亡くし、そのショックからしばらく無気力になった不甲斐ない自分が、沙綾をここまで追い詰めたのだろう。それに加えて父である自分まで一年前に倒れてしまったことが、トドメになってしまったに違いない。
それまで沙綾が頑張ってきたバンド活動まで、その時に辞めてしまったのだから。
「大丈夫、父さんはもう大丈夫なんだ」
これ以上、沙綾に好きなことを我慢してほしくはない。
仕方ないといった様子で自分の部屋へと戻っていく娘の後ろ姿を見送りながら、気を引き締めた。
「……それにしても、聴いたことある気がするんだよなぁこの曲」
つい先日からずっと、沙綾が厨房のスピーカーで流している曲に耳を傾ける。
聴き手の心を燃え上がらせるような曲だった。そしてどこか、懐かしい曲だった。
商店街で行われたお祭りで、女子高生のバンドがやっていたオリジナル曲らしい。故に聴いたことあるはずもないのだが――
『――In the name of BanG_Dream!』
「……おいおい、マジか」
いつも店番を代わる時に曲を切り替えていたから、この歌詞に気づかなかったのか。
聴いたことあるなんてものじゃない。これは、この曲は、かつて
「不思議なことも、あるものだなぁ」
一層気が引き締まる。この曲に恥じないような生き方をしないとこの曲に、そして何より少年時代の自分に顔向けできない。
「『バンドリ』ってそういうことだったのか……そうだな。俺も作るか、バンドリカレーパン」
最強のパンを作るために、厨房に立つ。スピーカーの曲は切り替えない。メタリカもレッチリも、今日はお休みだ。
今の名物であるレッドホットドッグ(チリペッパー味)に続く、ヤマブキパンの名物になることは間違いなしだ。
少年時代に感じた熱さが、再び胸の中に甦っていた。
初ライブの反省会から数日後が経過したが、ドラムの応募が来る様子はなかった。
今日もクラパは蔵で練習、そして練習後に作曲を頑張っているのだろう。各メンバーかうんうんと唸りながら試行錯誤している姿をここ数日間見続けている。
何か力になれればいいのだが、俺にできることは非常に少なかった。
「差し入れ、何にしようかな」
差し入れは俺に出来る数少ないことの一つだった。
日直の仕事で練習に遅れるため、何か差し入れでも買っていこうと商店街を歩いている。
戸山さんはフライドポテトが好きだからファストフード店が無いか確認するが、古き良き商店街にそんなものはなかった。
「うーん……お、パン屋か」
暫く歩いていると、前方に以前来たことのあるパン屋が見えた。ヤマブキパンという名のパン屋で、少し特徴的な名前のパンを売っていた覚えがある。
「牛込が確かチョココロネ好きだったはずだし……ここにするか」
重すぎず軽すぎず、差し入れとしてはちょうど良いだろう。
店内をくぐると、以前と同じ店員さんがレジに立っていた。
「いらっしゃいませ!」
トングとトレイを持って、ずらりと並ぶパンたちのもとへと足向かう。
チョココロネとレッドホットドッグ(チリペッパー味)に、以前あまり売れていないと言っていたメタリカあんぱん、自分用にカレーパンも買っておこうとトレイへ持っていく。
他にも数個ほどのパンをトレイに運び、レジの方へと持っていく。
「すみません、お会計お願いします」
「はーい。……お兄さん結構買いますね〜。育ち盛りだね」
「あぁいや、これだいたい差し入れなんです。ちょうどで」
「はい、丁度ですね。なるほど! 部活か何かかな?」
「知り合いがバンドをやっているんですよ。前にこの商店街のお祭りでも演奏させていただいたんですけど……」
「ほうほう!」
袋にパンを入れ終えた店員さんが、納得したと言わんばかりに手を打った。
「うちの娘……沙綾と言うんだが、女子高生達のバンドがお祭りで演奏した曲を最近好んで聴いているんだ。厨房でもよく流している」
サアヤさんというのは、以前来た時に店員さんと話していた子のことだろう。
ヤマブキパンではパン作りの際にパン生地に音楽を聴かせるというのは以前に聞いたが、今のブームはクラパであるらしい。
「そのバンドの曲を聴かせたパンも作ったほどさ。バンドリカレーパンという名前でね」
カレーパンの名前を聞く限り、クラパであることは間違いなかった。バンドリというのは『Yes! BanG_Dream!』から来ているのだろう。
あの曲は、有咲が見つけた「成り上がりノート」に書かれていたものだ。調べたところどこかのアーティストの曲というわけではないことがわかっていて、おそらくそのノートを書いた有咲のお父さんが書いた曲だと思われる。
なんにせよ、彼女達の音楽を好きでいてくれる人間がいるのは嬉しい。
「バンドリ……なるほど。ありがとうございます。彼女たちにも伝えておきます」
「……っと、すまないね。おじさんの話を聞かてしまって」
「いえいえ」
「うちの娘もドラムとして以前バンドをしていたから、少し懐かしくなってしまってね……これは引き止めてしまったサービスだよ」
そう言って、店員さんがレッチリドッグを1つ袋の中に入れた。
ドラムの経験があるならば、クラパのドラム候補として声をかけてみようかとも一瞬考えたが……今ここに娘さんはおらず、そもそも会ったことの無い人間をいきなりバンドに誘うなどできるはずもなく。
「ありがとうございました!」
パンの入った袋を受け取り、店員さんの声を聞きながら店を後にする。
商店街を出た辺りで袋からカレーパンを取り出し、一口。
「……おいしい」
その道中でも何故か、話で聞いたパン屋の娘さんのことが頭から離れなかった。ドラムの応募が来なくて不安になっているのだろうか。それとも……『サアヤ』という名前を、どこかで聞いたような気がしているからだろうか。そんなことを考えているうちに、カレーパンを食べ終えていた。歩くスピードを少し早める。
「本当に、なんとかなればいいな」
漠然とした願望だが、今はそうすることしかできなかった。
六月も終わり、蝉の声が増えてきた。七月上旬のじんわりとした暑さが、夏の到来を告げていた。
あけましておめでとうございます。今年の抱負は更新速度の上昇ですが……ダメだった場合はご愛敬ということで一つ。
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