輝く笑顔をもう一度   作:TAYATO

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第18話

 

「もっと夜遊んだりな、部活をやったりとか、自分の好きなことをしなくちゃな」

 

 極端なことを言っている気がする。長い間『ごめんな』と自分の不甲斐なさをただ謝っていただけで、娘に父親らしく語りかけることに慣れていないことが少し歯痒い。

 我ながら下手くそな健康アピールだ。自然と沙綾が安心できるような言葉を投げかけられるほど自分は器用じゃない。

 

「父さんの知らない〝お前〟をな、もっと大切にして欲しいんだよ」

 

 大人になってから『楽しかったあの頃』として、今の時間をいつか笑って振り返られるように。

 大人になったからこそ見出せる楽しみ、というのもあるだろう。だけど学生時代の思い出というものは、何物にも変え難い価値を持つことがある。

 

(そう、例えば彼の言っていたバンドに参加するとか――)

 

 バンドリカレーパンを焼く沙綾の姿を思い出して、少しそんなことを考えてしまった。考えるだけならタダである。

 時計を見れば、少し時間が経っていた。並べられた生地たちが、焼き上げられる時を今か今かと待っている。

 

(言ったからには、まずは行動に示さないとな)

 

 ヤマブキパンは、本日も通常営業だ。

 

 


 

 

 教室は未だ騒がしかった。

 一限の予鈴が鳴るまで、まだ数分の余裕がある。同級生の皆はそれぞれ、ここ数ヶ月で仲良くなったであろう友人との会話によって時間を潰していた。かくいう俺もその一人だ。

 

「それで、最近バンド練習の調子はどうなのよ。なんか弾けるようになった?」

 

「俺は何の楽器もやってないと言っただろ……戸山さん達の方は、色々苦戦してるみたいだ。何か力になれるといいんだけど」

 

 メンバーそれぞれの演奏技術は毎日の練習によって確実に上達しているし、演奏するカバー楽曲のレパートリーも少しずつ増えている。しかしそのレベルアップの速度は、ドラムの募集作業と作詞作曲の作業によって少しゆっくりとしたものにならざるを得なかった。

 作詞作曲の方はメンバーそれぞれのペースで進めていくしかない。だからこそ、ドラマーの欠員の方をできるだけ早く解決したいのだが……

 

(未だに応募がないとは。まぁ、仕方ないか)

 

 有咲がドラマー募集の書き込みを掲示板で行ってから数日が経つが、未だに反応はなかった。

 

「お、戸山さん達が来たようだぞ」

 

 廊下を見ながらそう言った桂が、何か言いたげな表情でこちらへと顔を向け直した。

 彼の目に映っていたのは、牛込と花園さんが手を取り合っている姿だった。

 

「……いつもあんな感じなの?」

 

「いつもあんな感じだよ。おはよう、戸山さん」

 

「あ、千葉くん。おはよう」

 

 馬鹿二人が廊下で茶番を繰り広げている中で、戸山さんが一足先に教室へと入ってくる。

 鞄を下ろしながら挨拶を返すと、彼女はすぐに自身の机へと目を落とした。

 

 彼女の机では毎日、交換日記じみたメッセージのやりとりが行われている。明確にいつからやっているのかはわからないが、入学して数週間経った頃には既に彼女の日課とも言うべきものになっていた。

 戸山さんはその相手に色々励まされたり、勇気づけられたこともあるようだ。だからこそ、このメッセージは彼女にとっての心の拠り所の一つとなっているのだろう。

 一度も会ったことはない、顔の知らない誰か。そんなもう一人の机の主は、戸山さんにとって大事な理解者だった。

 

 そして、そんな相手の名前は確か――

 

(『サアヤ』さんだったか……うん、()()()?)

 

 ――その名前に、引っかかりを感じた。

 

「ち、千葉くん!」

 

 なにかを思い出せそうというタイミングで、戸山さんが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

 

「あの、ね。ドラムの事なんだけど……」

 

 棚からぼた餅が出てきたかのような。彼女の表情は、思わぬ幸運に出くわしたと言わんばかりだ。

 一呼吸置いて、戸山が口を開いた。

 

「もしかしたら……なんとかなるかもしれないの」

 

 


 

 

 時は経って昼休み。バンドメンバーと俺は屋上で昼食をとっていた。

 

「しかし、かすみんに友達がいたとはね。それがまず、一番の驚きよ」

 

 あの後戸山さんはバンドメンバーを集め、皆に向けてサアヤさんのことを話した。

 なぜそのことを俺たちに話したのか。それはサアヤさんがドラムの経験者であったと、机のメッセージにて明らかになったことが理由だった。

 明らかになったことの中に、以前戸山さんに噛み付いた獅子舞がサアヤさんであったことがあった。女子高生があの迫力ある獅子舞を演じていたのかと思うと、驚きを隠せない。

 

「あの獅子舞の動き、ただ者ではなかった」

 

「ドラム経験からくるリズム感の良さも、あの迫力に繋がっていたのかな」

 

 牛込と俺が頷きながら呟く。

 

「わたしは、サアヤちゃんと一緒にやれたら、そんなの夢みたいだなって」

 

「夢、か」

 

 サアヤさんをバンドに誘うのか。そんな有咲の質問に、戸山さんは迷うことなく肯定の意を示した。

 夢と返した彼女の目はキラキラしていた。起こりうる、彼女にとって最高の可能性を夢想しているのだろう。

 いつもならこちらまでワクワクするようなその瞳に、なぜか今日は不安を覚えた。

 

「で、どんな感じなの? 彼女って、バンドやってくれそうな感じなの?」

 

 確認するように、有咲が質問を投げる。

 

「わかんない。私考えてみたら、さあやちゃんの事、なにも知らなくて」

 

 戸山さんはサアヤさんのことを、よく知らない。

 

「向こうはわたしのことをよく知っているの」

 

 だけど、サアヤさんは戸山さんのことをよく知っていて。

 戸山さんが語り出す。それは彼女が歩んできた、ここ数ヶ月の思い出だった。

 

「わたしに友達がいなかったことも」

 

 始まりは戸山さんただ一人だったこと。

 

「星を追いかけてギターに出会ったことも」

 

 星のシールを追いかけて、彼女は相棒(ランダムスター)に出会ったこと。

 

「バンドを始めたことも」

 

 有咲と出会って、俺も巻き込んで、バンド活動が始まったこと。

 

「悩みとかも、相談してたし」

 

 これまでの数ヶ月、戸山さんがぶつかった壁は決して少なくなかった。そんな時、彼女はサアヤさんに相談していたのだろう。

 

 悩みだけではない。楽しかったことも、彼女はきっと共有していたのだ。

 

「たえちゃんがつかまらないときにも相談したし」

 

「りみりんのこと書いたらウケるって返ってきたし」

 

「ライブも見てくれて、素敵だったっていう感想もくれた」

 

 サアヤさんはこれまでの戸山さんの物語を、殆ど全て知っている。

 戸山さんにとって、サアヤさんは大事な()()()なのだ。サアヤさんのことを語る戸山さんの顔は微笑みを浮かべていて、サアヤさんの存在が戸山さんの中でどれほど大きいかが読み取れた。

 

 

「それはずいぶん、いびつな関係性ね」

 

 

 だからこそ、有咲のその一言が痛かった。

 

「えっ……いびつって?」

 

「戸山さん。サアヤさんって、どんな子なのかな」

 

「えっと、サアヤちゃんは……同じ席だから……多分、定時制の子で……」

 

「……うん。他には?」

 

「えっと、獅子舞に入ってて、しっかりした優しい子で……あ、あと、ランダムスターを知ってた」

 

「なる、ほどね」

 

「ほとんど何も知らないということは、実際本当のことらしいわね」

 

 有咲が、なんともいえない表情を浮かべている。戸山さんはどことなく居心地の悪さを感じているようだ。

 聞く限り、戸山さんとサアヤさんの関係性はほとんど一方通行のものだった。

 直接会ったことはなく、その関係は完全に話し手と聞き手。それを、まともな友達関係とは言い難い。

 

 ……しかし今そのことについて言及しても、話が拗れるだけであることは目に見えていて。自然と、この話は一旦保留となっていた。

 花園さんが、得られた情報からサアヤさんの人物像を考察している。

 顔も知らない戸山さんの相談を、文字という形とはいえ真摯に受け止めるほどに面倒見がよくて、そして優しい子。それが花園さんの考察するサアヤさん像だった。

 

「ランダムスターを知ってるってことはメタル者っす」

 

「ふむ、獅子メタル殿か」

 

 ランダムスターという特殊なギターを知っているということは、ある程度ロックに精通していて、中でもメタル系に強いことが読み取れたらしい。

 実際、このギターをテレビ等で見かけるということは今までなかった気がするが……どうやらメタルでは使われる場面がそこそこあるようだ。

 

「それでどうするの、かすみん。あんたから誘ってみる?」

 

「うん、誘ってみたい」

 

 サアヤさんを勧誘することについて、反対の意見が出ることはなかった。そもそもドラムの応募が一つもなく、反対する理由がなかったのだ。

 この話はこれで終わり。そう言わんばかりに、予鈴が鳴った。

 

「そろそろかな。教室戻ろっか」

 

 有咲の言葉で五人が立ち上がり、教室のある階と屋上を繋げる階段を降りていく。

 本鈴がなるまで後少し。午後の授業はなにがあっただろうか。文系科目は少し苦手だから、午後はないといいな。後で確認しておこう。

 

 ――足が重く、胸になにかがつかえているようなこの感覚は、きっと長い午後授業に対してのものだ。

 

 拭いきれない不安感から、目を逸らした。

 

 


 

 

 その日はいつもより早く目が覚めた。

 睡眠不足だろうか、どことなく体が重い。だけど、寝直すほどの早朝でもなかった。気だるげに体を起こし、洗面所へと向かった。

 

 身支度を済ませて家を出た。空は鉛色で、いつ雨が降り出すかもわからない様子だ。傘を忘れたことに気づいたのは、家から遠く離れたところまで来てからだった。

 

 学校に着いた。人気の少ない教室で、誰かがぽつんと立ち尽くしていた。

 

 

『ごめんね。無理なんだ』

 

 

 ざあざあと降り始めた雨が、やけにうるさかった。

 




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