「ちょっと待って!」
「そんなドラムのいないロックは認めない!」
歌舞伎役者が見得を切るように、演技がかったトーンで沙綾さんが叫んだ。
星を追い、辿り着いた蔵の扉を開け放った後の第一声はまるで宣戦布告のようで、どこか見覚えのある光景だった。腕を組んだ牛込がうんうんと、おでこを光らせながら頷いている。
スピーカーから漏れ出す残響が、開け放たれた扉を抜けて、夜闇の中へ吸い込まれていく。
時が止まったかのように、ぽかんとした表情を浮かべる戸山さん達を見て、「あれ?」と首を傾げる沙綾さん。助けて欲しそうに視線をこちらへ向けてきたので、首を横に振っておけば、視線がこちらを非難するようなものに変わった。
目を逸らすとより一層、視線の槍がこちらをちくちくと突き刺刺さってくるようだったが、今は少しだけ見ない振りをさせて欲しい。
沈黙を破ったのは戸山さんだった。
「来てくれたんだ、沙綾ちゃん」
「来たよ、香澄ちゃん」
そう言って、二人が笑いあう。
「普通ボーイが案内したというには、コイツ帰ってくるの早かったし……もしかして元から道を知っていたり?」
「そうなの? 沙綾ちゃん」
「うん、香澄ちゃんが机に書いてくれてたでしょ? 星のマスキングテープの先に、ここへ辿り着いたこと」
そう言ってぐるりと、彼女は辺り一面を見渡すような仕草を見せた。
市ヶ谷宅の蔵内部。すっかり見慣れたスタジオセットを沙綾さんは見たことがない。
彼女の目に広がるのは、読者の視点で見ていた景色。戸山さんを主人公とした、七転八起の物語の光景。沙綾さんはそれを机越しに、遠くで一人眺めているだけだったのだろう。
「私、バンドがやりたくなっちゃったんだ」
――今までは。
過去への悔恨と未来への不安は、未だ彼女の中で、熱を帯びた火傷跡のように燻っている。ちりちりと、痛みを伴って彼女の精神を蝕むその燻りは、決して消えることはない。
「今度はその〝物語〟に、私も加わらせて!」
――それならば、残り火のように揺らめくその痛みさえも、全部抱えて持っていってしまえ!
星光のようなキラメキを湛えた瞳と共に、彼女は強く、その一歩を踏み出す。熱を帯びた輝きが、止まった時間を氷解させる。勇気と共に、彼女は少しだけ欲張りになろうとしていた。
彼女の決意表明に、否を唱える者がここにいる訳がない。
「沙綾ちゃん」
彼女達は皆、自身の
「みんな!」
音楽が好きで、バンドが好きで、互いが一緒に
ハイハットの3カウント、戸山さんの歌声、始まりのBコード。エフェクターの電源ランプが、地上にある星々のように輝いて、無敵で最強の
『さあ 飛び出そう!』
――それは、超新星爆発と共に宇宙を伝播した衝撃波だった。
身体がビリビリと震えて、目の前を閃光が走っていったような。『この曲はこう在るべきだった』のだと、本能的に分からされるような錯覚。
ツインペダルに、三本のスティック。沙綾さんによって、絶え間なく刻まれるビート。飛び散る汗が、照明が反射してキラキラと光っている。
まるでブランクを感じさせないその姿が、バンド全体のボルテージを高みへと押し上げていく。宙の彼方へ。際限なく、どこまでも。
――BANG! DREAM! 夢を撃ち抜け! BANG! DREAM!
花園さんのスナッパーが唸り轟くギターソロを超えて、落ちサビへ。
鈴のような歌声に、周りの音が合流していく。音と音が結ばれ、繋がり、編み込まれていく。
――飛んでいけ、どこまでも!
――遠く、遠く、ふくろう星雲にだって届くほどに!
最後のサビは燃え上がるように。流れ星の如く、大気圏を突き抜けたように熱を帯びて、彼女達の歌が駆け抜けていく。
『
コールアンドレスポンスにありったけを込めて、『BanG_Dream!』と強く叫んだ。
それを受けて戸山さんが片目をぱちり。可愛げなそのウィンクと共に、小さな星が零れ落ちる様を空見した。
『――Yes! BanG_Dream!』
満たされつつも、名残惜しさを感じさせるアウトロを越えて、演奏が終わる。
しん、と静まる中で、声もなく顔を見合わせる彼女達は皆、輝くような笑顔を浮かべている。
「ねえ! 私、バンド名を思いついちゃった」
「え、ホント! 私も!」
戸山さんと沙綾さんが、弾むような声で静寂を破る。有咲、牛込、花園さんがそれを見守っている。
『せーのっ――Poppin'Party!』
七月七日。七夕という日に生まれたその出会いに、一つの名前が付けられた。
Poppin’Party。略してポピパ。元気で、可愛くて、ちょっと
「ねえ、お客さんに挨拶しようよ!」
「そうだね、ほら、さあやもこっち来て」
「いいね! やろうやろう!」
バンド名を噛み締めていれば、ドラムセットをバックに、彼女たちが集まりこちらを向いていて。
「へ?」
自分でも信じられないような、気の抜けた声が出てしまった。
「良かったわね、普通ボーイ。栄えある挨拶第一号をその目と耳で体験できるんだから」
「タダなのは今だけ」
「行くよー」
「心の準備が――――」
真ん中に立った戸山さんが声を上げる。静止する声も、問いかける声も、何もかもが間に合わないまま、彼女達はもうステージの上。
「わたしたち!」
――Poppin’Partyです!
七月七日。千葉修斗は灰になった。
「……はっ!」
「あっ」
どうやら、少しの間意識を失っていたらしい。『Yes! BanG_Dream!』を合わせて、バンド名が決まってからの記憶がない。なにか美しいものを見ていたような気はするのだが。
「おはよう、千葉くん」
「なんだゆめか……」
「千葉くん!?」
おきのどくですが、ちばのぼうけんしょはきえてしまいました。
「アホなことしてないで、さっさと起きなさい普通ボーイ」
呆れるような様子で背中を蹴ってくる有咲に生返事をしつつ、少し重い自身の身体を起こした。「んな!」と鳴いたザンジとバルを撫でつつ辺りを見渡せば、どうやら彼女達は休憩中……というより、沙綾さんの歓迎会ムードで、各々が姿勢を崩して寛いでいた。
「ファン第一号らしい、良いリアクションだったよ」
ヤマブキパンから持ってきていたパンを片手に、沙綾さんが悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
自分が
ぱん、と手を叩いた有咲に、ポピパのメンバー達の視線が集中する。
「普通ボーイも起きたし、一旦進捗確認と行きましょ」
有咲が開いたノートを、皆でじっと眺めていれば、罫線だけが引かれた真っ白なノートに、『第一回Poppin'Partyミーティング』の文字が記された。
「楽曲制作の進捗は……まずまずと言ったところね」
「進捗ダメです!」
「同じくっす!」
「素直な二人にはチョココロネをあげよう」
『わーい!』
「かすみんは作詞大丈夫そう?」
「作詞作業はこれからだけど……今ならなんでもできる気がする……!」
沙綾さんの加入と、一曲目――『STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜』の完成により、これまで以上に絶好調な戸山さんは、世界的に有名な配管工が
「……うん」
そんな戸山さんを見て微笑み、そして何か意を決したような様子で沙綾さんが手を挙げた。
「どうしたの?」
「オリジナル曲なんだけどさ、私も作ってみてもいいかな?」
沙綾さんの言葉に、有咲は迷う素振りを見せることなく頷く。
「もちろんよ。むしろ大歓迎! 作詞は――」
「どうせなら、作詞もやってみたいな」
意気揚々と名乗りあげようとした戸山さんが少し涙目になっていた。
「確かに、かすみんのキャパ的にもこれ以上は難しいかもね」
「で、できるもん」
「知ってるのよ。かすみんあんた、中間テスト赤点だったでしょ」
「うっ」
「仲間だな、師匠」
「りみちゃん!」
ひしと抱きしめ合う二人の頭に、有咲の鋭いチョップが入る。
「話、戻すわよ」
「作詞を頼んでる側が言うのは違うかもだけど、かすみんは正直キャパオーバー気味。『STAR BEAT』の練習に加えて、ちゃんとお勉強もしないといけないからね」
「はい……」
「だから、沙綾ちゃん。いきなり大変だけど……」
「任せて! 元々、私がやりたいって言い出したことだからね」
「あ、勉強は普通ボーイが教えておいてね」
「え」
「次の議題に行くわよ」と、困惑する自分を置いてけぼりにする勢いで有咲が話を進めるため、目をぱちくりさせながら戸山さんの方を見れば、「不束者ですが……」と言ってきた。
不束者なのはこちらの方だ。戸山さんに何かを教えるなんてあまりに畏れ多い。しかし、天を仰いでも時間は止まらない。
騒がしくも楽しげに会議は進む。次のライブの話。その先のライブの話。
物販でご飯と漬物を出そうとするメンバーに呆れたり。顔を突き合わせながらセットリストを考えてみたり。アンプラグドに憧れを持ってみたり。
いずれ来る、辿り着くであろう未来を夢想して。皆が笑い合いながら、楽しい
☆☆☆☆
「ここにいたんだ」
少しひんやりとした風を受けながら、何をするでもなくぼうっとしていれば、すっかり聴き慣れた声が、自分の近くまでやってきていた。
「ちょっと寒いね。昼間の頃とは大違い」
髪を押さえながら彼女がそう呟く。
雲ひとつない夏の夜の空には、月と、月の光に照らされた多くの星が、夜闇の中で瞬いていた。
「『STAR BEAT』、本当にいい歌詞だった。ライブで聴くのが楽しみだな」
「ふふっ、ありがとう」
少し頬を赤らめながら、戸山さんがふにゃりと笑った。
「本当に、ありがとう。千葉くんの応援に、いつも励まされてるから」
「大袈裟だよ」
そのお礼が自分には勿体ないように思えて、顔を逸らしながら、謙遜するように言葉を返す。
二人の間を風が吹き抜けた。がさりと揺れる木の葉の音。夏草の青々しい香りが鼻腔をかすめる。
「戸山さん?」
数瞬の沈黙が生まれたので、彼女の名前を呼んでみれば、空を眺めていた戸山さんが口を開いた。
「千葉くん。ライブ、楽しみにしていてね」
――少し言葉を詰まらせながら、笑った彼女の表情が印象的だった。
まるで、物語の1シーンみたいに、戸山さんの周りが光でぼやけているような。
「楽しみにしてる。絶対に、最前列で見るから」
まるで場違いなその景色の中で、精一杯のエールを送る。
戸山さんの歌はこれから沢山の人を魅了していくはずだから。
いつか自分の届かない存在になるまでは、彼女の目の前で、彼女の歌が好きだと言い続ける。
「……それじゃ」
「うん」
『また、明日』
夜空に浮かぶ夏の大三角が、きらりと光ったような気がした。
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「……大袈裟なんかじゃ、ないよ」
星の絵が書かれた紙を片手に、空を見上げながら呟かれたその言葉は、夜空の向こうに溶けていった。