本当の事を言うと、なぜあの時彼に手を伸ばしたのかわからない。
かつて私のファンだったと言った彼。その思いを無下にした私。
子供の頃の河川敷ライブ、確かにそこに誰かいた覚えがある。
今日の出来事――再び聞こえた星の鼓動のおかげで思い出したんだ。まぁ、うっすらとなんだけど……
その子は遠くから私を見ていた。近づくこともなくそこでずっと。
それが何故なのか。なぜそんな所で見ていたのか。人の心を読む力なんて持っていないから分からない。
彼の――千葉くんの姿もまさにそんな感じだった。憧れを抱いて、自分では届かないものを遠くから眺めている、そんな姿。
そんな姿を見て私は不意に思ってしまったんだ。
遠くの星を掴めないものと諦めて、『自分は眺めるだけで満足だ』と、自分から身を引いて応援するだけなんて。
――『ねぇ、そんなのじゃつまらないよ』って。
星を掴もうとするから、人は輝けるんだ。綺麗だと目を輝かせるだけじゃ勿体ない!
気付いた時には、手を伸ばしていた。一緒に
彼は一瞬躊躇ったが、すぐに吹っ切れた表情を見せて私の手を取ってくれた。
とてもまともとは言えない、けど最高にキラキラしてるライブは続く。私はギターを、有咲はホーキを、彼は何も持たず声だけで……思う存分奏で続ける。
久しく感じていなかった星の鼓動。再び出会ったそれは、こんな最高の時間を持ってきてくれたんだ――
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「………ふわぁ」
重い瞼を開け、軽く伸びをする。
窓から差し込む眩い日差し。頭の傍には音の止んだ目覚まし時計。その針は7:30を指していた。
昨日の疲れの影響か、一段と深い眠りについていたようだ。
軽く欠伸をしながらベッドを降り、学校へ行く支度をし始める。
昨日あれだけ大騒ぎしたのだ。疲労感は少し残っている。しかし、その疲労感は決して嫌なものではなかった。むしろ心地よいとさえ思う程だ。
不思議な事に、昨日まであれだけ燻っていた嫌悪感は、自分の前に姿を現さなかった。
――――――
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――
リビングに降りると、既に朝食がテーブルに並んでいた。いつも自分で済ましているのだが、いつまで経っても起きてこない自分の為に作ってくれたようだ。
いつもより起きるのが遅かったな。たまたまだよ。
家族と簡単な会話を交わしながら朝食を口にする。
一件愛想が悪いように見えるが、別に家族の仲が悪いわけではない。むしろ良好だと言える。ただ食事時に会話を弾ませるタイプじゃないだけだ。
朝食を済ませ、食器を洗おうとしたがそれをやんわりと断られた。
母が目で時計を見ろと伝えてくる。目を向けた先の掛け時計8:05を指していて――8:05? 本当に言ってる?
これは普通にまずいやつだ。
ドタドタと足音を立てて、大慌てで玄関へ向かう。忘れ物はないはずだ。靴を履いてドアに手をかける。
「じゃあ、行ってきます。」
いつもは自分の声だけが響くリビング、だけど今日はそこから行ってらっしゃいと二つの声が返ってきた。
何気ない、ただの挨拶。だけどそれは、不思議と自分の心を温かくする。
何故だろうか、今日は自分の目に見える全てが輝いて見える――なんてことは流石にないが……普段とは違った景色が眼前に広がっている、そんな感じがした。
こんな穏やかな心持ちで通学するのはなんだか久しぶりのように思える。
学校へ向かうその足取りは、心做しか少し軽かった。
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――――
――
時間が経つのも早いもので、今は放課後。
特に思い悩むこともないまま授業が終わった。
授業中、後ろの席の戸山さんが少々鼻息を荒く……という言い方をするのは良くないな。何やらウキウキした様子で机に必死に何かを書いていた事以外は特に変わったことのない平凡な1日だった。
少し前にちらりと机を見て見たことがあるが、戸山さんはどうやら自分の机で見知らぬ誰かと文通をしているらしい。
定時制に通っている誰かだろうと予想しているが、合っているのかはわからない。
そもそもそんな所まで踏み込むつもりもない。昨日あんなに騒ぎあったといっても、それで仲良くなったのかと言えば微妙なところだ。
そもそも今日一日、自分は彼女と一言も会話していない。挨拶はしたけども。
そんな戸山さんは、HRが終わった途端走って教室を出ていった。
まぁ、行先はだいたいわかってる。元々自分も、放課後はそこへ向かうつもりだったから。
『かすみんとそこの普通ボーイ、明日もここにおいでよ。かすみんには明日からあたしがギターを教えてあげるから。あ、普通ボーイは雑用ね。じゃあよろしく〜♪』
昨日の帰り際、有咲は自分たちに向かってこう言った。普通ボーイというあだ名は彼女の中で既に定着してしまっているらしい。
そんなこんなで、少々強引に自分の予定を決められはしたが……元々何らかの形でサポートしたいとは思っていたので、実を言うとこの雑用係への任命は結構好都合だったりもする。
折角彼女の輝きを、再び目にすることが出来たんだ。もっとその輝きを、この目に焼き付けたい。
好きだったアーティストが、復活した時のファンの心境はこういったものなのだろうか。自分が夢中になったになったアーティストは、後にも先にも彼女だけだから……よく分からない。
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ここ数日ですっかり見慣れたルートを通り、有咲の家へ辿り着いた。日はまだ沈んでいない。
ふと彼女は祖母と二人暮らしだと昨日ちらりと耳にしたのを思い出した。家にお邪魔しているのだから、一言挨拶くらいはしておいた方がいいだろうと市ヶ谷家の母屋へと足を向ける。
――――――
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――
少々古いタイプの呼び鈴を押す。ピンポーンと音が鳴って、その後すぐに家の中からこちらにむかって来る足音が耳に入った。
「はい、はい、こんにちは」
「こんにちは。市ヶ谷有咲さんのお祖母さん……で間違いないですか?」
「ええ、あの子の祖母をやらせていただいております。」
そう言って有咲のおばあさんはホホホと、穏やかに笑った。それにつられてこちらも笑顔をうかべる。
「有咲さんと、あともう1人ここにいるはずなんですけど、もう蔵の方に?」
「えぇ、あの子ったら今日一日中そわそわしていて……よっぽど楽しみだったみたいでねぇ……香澄ちゃんだったかしら? 彼女が来たらさっさと蔵の方へ歩いて行っちゃいましたよ。」
多分、戸山さんもそれについて行ったのだろう。
「有咲、よっぽど楽しみだったんですね」
「えぇ、そりゃあもう……あの子があんなに楽しそうにしてるのを見るのは久しぶりで」
おばあさんは本当に嬉しそうに……けれどどこか悲しさのようなものを含んだ笑みを浮かべていた。
「……有咲と、仲良くしてあげてください。あの子、あれで寂しがり屋なんです。人見知りだから友達もできなくて……」
結局、それ以降おばあさんとの大した会話をすることはなかった。
この会話の後、台所で彼女達に持っていくためと飲み物だけもらいおばさんとはそこで別れたのだ。
……有咲とは昨日知り合ったばかりで、彼女のことはまだよくわかっていない。
だが、そんな自分でも彼女も何かを抱えているのは大体察しがついた。
――昨日、レコード盤を手に取った彼女が呟いた『父さんの命日』という単語と悲しげな表情。
――戸山さんが言った『BanG Dream!』という言葉への反応。
彼女にもなにか事情があるのだろう。
――けどそれは、容易に立ち入ってはいけない領域の筈。
知り合って間もないのに、そこまで踏み込んでいくのはそれこそ野暮というもの。
上手く人と付き合うのには適度な距離感を保つことが肝要なのだ。
彼女とは戸山さん関係で、長い付き合いになるかもしれない。
もしそうなったのなら、その事情について知る機会も出てくるだろう。
だけど今はまだそのときではない。
今は彼女とは付かず離れず、上手い具合に付き合っていくのが一番だ。
――兎にも角にも、今は戸山さんのお手伝いをすることが先決だ。
今日はその為にここへ来たのだから。
お盆に麦茶の入ったペットボトルとコップをのせて、俺は倉の方へと歩いていった。
取り敢えずここまで。
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