輝く笑顔をもう一度   作:TAYATO

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前話で『今年最後の更新になるかも』と言ったな。

あ れ は う そ だ

ウワァァァァ!!!(どうぞ)


第7話

 昨日通った道を思い出しながら歩くこと数分。

 俺はようやく有咲達がいる倉に辿り着くことができた。

 

(麦茶、温くなってなければいいんだけど)

 

 予想より時間がかかってしまった為少し不安に思い、そっとペットボトルの側面に手を伸ばす。

 触れた指先からはヒンヤリとした感触が伝わってきた。よかった、まだ大丈夫そうだ。

 

 扉を開け、靴を脱ぎ、いざ階段を登ろうと前を向く。

 

 

 ――その先にあったのは梯子階段だ。

 

 

「………」

 

 

 ……さて、大事なことなのでもう一度言わせてもらおう。

 

 

 ――その先にあったのは()()階段だ。

 

(待って待って待って)

 

 ……すっかり記憶から抜けてしまっていた。

 成程、道理で有咲のおばあさんが麦茶のペットボトルを見た時に一瞬心配そうな表情を浮かべていたわけだ。合点がいった。いや、いって欲しくなかったけど。

 

 持ち物を確認しようと、恐る恐る目線を下げる。そこにはお盆。そしてその上に乗っているコップと――

 

 ――問題の、容量2L重さ2kgのペットボトルがあった。

 

 ……100%不可能とは言わないが、これをもったまま梯子を登るというのは少々酷な話である。

 

(まぁ、幸いコップはガラス製じゃなくて紙製……落ちても割れて悲惨なことになったりはしない……けど)

 

 ペットボトルが落ちた時のリスクを考えると少し苦い顔になってしまう。

 

(仕方ないか)

 

 気は進まないが、お盆と紙コップだけ先に持っていくことにした。二度手間になるが、ペットボトルは後回しだ。

 

 ……面倒くさいなぁ

 

/\/\/\/\/\

 

「麦茶ありがとう……なんか、ごめんね」

「いえいえ。よかれと思ってやった事だし、気にしないで」

「そうよかすみん。むしろもっとこき使ってやっちゃいなさい!」

「やめてください死んでしまいます」

 

 どうやらまだ、彼女たちは特に大きなことはしていなかったようで、戸山さんはランダムスターをキラキラした目で見つめ、有咲は何やらパソコンで作業をしていた。

 今はお盆の周りを自分たちが囲んでいる形になって座っている。

 あの後、しっかりと二度手間をかけてこの部屋に運びこんだ麦茶で喉を潤す。程よく冷えていて美味しい。苦労した甲斐があった……あったと思いたい。

 

 軽く辺りを見渡す。昨日とは少々部屋の内装が変わっているようだ。ゲーム関係のものが全てその姿を消している。

 

「有咲、ここにあったゲーム機とかどうしたの?」

「あのゲーム達は処分することにしたわ」

 

 ……その思い切りの良さに少し驚いた。

 あの中には少し古めの機体もあった気がする。

 一度手放せばそうそう手に入らない可能性だってあるだろうに、何が彼女をそこまでつき動かしたのだろうか。

 

「普通ボーイも来たことだし……そろそろ発表といきましょう」

 

 彼女はコップに残っていたお茶をグイッと飲み干し、こほんと一つ咳払いをした。

 ……普通ボーイ呼びに関してはもう触れないでおこう。

 

「あたし、新しいゲームを始めることにしたのよ」

「ゲーム?」

「えぇ、それも世界にただ一つの『()()()()()』よ!ゲームの拠点はこの蔵で……」

 

 ばっと立ち上がり、びしっ、と指を突き出した。無駄のない動きだ。

 思わず「おお……」と感嘆の声が口から漏れ出てしまう。

 

「主人公はかすみんのね!」

「……?」

 

 ――指さされ、名指しされた当の彼女は一瞬ポカーンとしたあと

 

「……ええ!?」

 

 と驚きの声を上げた。

 

 だがしかし、彼女の驚愕と困惑は有咲にとっては想定済みのようで、気にすることなくにやりと笑いながら話を進めていく。

 

 ゲームの名前は『BanG Dream!』らしい。昨日戸山さんが言っていたフレーズそのものだ。

 曰く『ピュアでシャイで、バカでクレバーで、熱くてクール、最高にしてサイテーな物語(ロマンス)』。

 壮大なのかそうじゃないのかよく分からないが、とにかく勢いのある物語という事だけは把握した。

 

 しかしそんな勢い全開な物語の主人公(予定)である戸山さんは、有咲の勢いについていけず困惑しっぱなしなのであった。

 

「……あの、ちょっと……何を、言っているのか」

「……有咲、もう少しゆっくり説明した方が良くないか?」

「……いいのよ、こういうのは勢いが大事なんだから―――ねぇかすみん、ギター、欲しいでしょ?」

 

 有咲はそう言いながら部屋の隅へ歩いていき、そしてあのギター(ランダムスター)を手に取る。

 

「このギター、あんたになら一万十五円で譲ってあげる」

「いっ!?」

「一万! ホントに!?」

 

 これはあくまでもネットの情報であるのだが、そのギターは通常30万円以上の値段で取引されるようなものらしい。

 それに彼女、有咲にとってもそのギターは思い入れのあるものなのだろうと大体察することが出来たのだが……そんな代物を一万円で?

 

「でもいいの? ホントにいいの? いいギターなんでしょ?」

「いいよ。ただし、条件がある」

 

 有咲の言葉に、戸山さんがゴクリと喉を鳴らした。

 

「あたしのゲームのミッションを、最後までクリアする。これが条件よ!」

 

 ――ミッション。mission。任務。

 

 ふむ、どうやら先程言っていた育成ゲームに参加する事が、一万十五円という破格の値段での取引の条件らしい。

 

「ミッション……」

「ええそうよ。詳細についてはおいおい伝えていくつもりでいるけど……どうする?」

 

 ……戸山さんがちらりとこちらの方を見たが、すぐに顔を戻した。自分で考えるべきことだと、本人もわかっているのだろう。

 少しの間考える素振りを見せた後、彼女はおずおずと肯定の意を示した。

 

「……うん。やって、みようと思う」

「その言葉を待ってたよかすみん!」

 

 有咲が興奮のあまり戸山さんの手をガシッと掴み、ブンブンと上下に振った。

 戸山さんは予想してなかった有咲の行動に「うきゃっ」と声を出している。可愛い。

 

「さて、それで……貴方はどうする? 普通ボーイ」

「……俺?」

 

 2人のやり取りをぼんやり眺めていた為に、少し反応が遅れてしまった。

 

「普通ボーイ……いや、千葉くん。……頼む側が言うのもなんだけど……貴方にできることは多分少ないわ。雑用とか雑用とか雑用とか、貴方がやることは基本そっち方面になると思う」

 

 つまり雑用オンリーか。

 

「貴方がいなくても、確かにこのゲームはクリアできるかもしれない。―――でもね、私は貴方にも手伝って欲しいと思ってるの。どうやらかすみんの事を気にかけているようだし……うん。かすみんはどう思う?」

「……ぇ……あの、えっと……」

 

 唐突に話を振られた戸山さんは口をもごもご、指をいじいじと実に可愛らしい仕草を見せて――

 

 

 

「私も、千葉くんに手伝って貰えると嬉しいかなっ、て……」

 

 

 

 ――彼女の言葉に思考が一瞬フリーズした。

 

 

 ――いや、思考回路がオーバーヒート?

 

 

 ――ダメだわからない。

 

 

 うん、取り敢えず戸山さんが可愛いということしかわからない。

 いやそれはそうなんだけどそうじゃなくてあぁ違う……

 

 

「ん゛ん゛っ゛」

 

 ……いや、気を取り直さないと。

 

 彼女は誠意を持って俺にその言葉をなげかけてくれたんだ。

 

 

 それなら俺も、誠意を持って自分の思いを彼女たちに伝えなければならない。

 それが筋ってものだろう。

 

 

「……わかった」

 

 姿勢を正して、返事の言葉を口に出す。

 

 ……雑用しかやることがないなど、もとより百も承知だ。実際俺には、楽器の知識も経験もない。

 

 でもその上で……俺は彼女たちのことを手伝いたいのだと、そう心から思っていたんだ。

 

 それに――

 

(憧れの人が自分の行動を少しでも望んでくれているなんて、これ以上のことは無いと断言できる)

 

「戸山さん。有咲。できることは少ないかもしれないけど……俺にもこのゲーム、手伝わせてもらえないか?」

「――ええ。サポート役がいるのはすっごく助かるわ! ……ふふっ、一応志望動機も聞いておきましょうか?」

 

 ……志望動機? そんなの――

 

「そんなの、俺が戸山さんのファンだからに決まってるじゃないか」

 

 

 ――そう。つまりはそういうことだ。

 

 

/\/\/\/\/\

 

 その後、戸山さんは有咲から『チューニング』のやり方と『パワーコード』の弾き方を学んだ。有咲本人曰くネットの受け売りらしいが。

 

 ミッションクリア毎に報酬があるらしく、チューニングの方はクリアした為、戸山さんは二十四センチ四方のアンプを受け取っていた。

 しかし有咲にもやることがあるらしく、結局、パワーコードの方を戸山さんが習得する前にその日は解散。家でそれの練習をすることが戸山さんの宿題となった。

 

 練習中、普段の戸山さんとは違って活き活きとしていてその姿はまるで輝いて見えた。

 蔵でのライブ……もうこの際『クライブ』とでも呼称しよう。

 そのクライブでの輝き、まるで星の輝きのようなあの彼女のキラメキに似た何かを、練習の中でも見た気がする。

 

 普段はおどおどしていて、俗に『コミュ障』と揶揄されそうな彼女だが、ランダムスターをギャリギャリ弾いている間だけはあの頃の――幼き日の、完全無欠な星の申し子に戻っているように思えるのだ。

 

 ――あぁこれは本当にひょっとして、ひょっとするのかもしれない。

 

(一層、気合いが入ってきた)

 

 家へと足を早める。俺に出来ることは少ないし、役に立てるとは思えないけど、少しでもバンドや楽器の知識を頭に入れておきたい。

 

 彼女の輝きが見たいんだ。その為に俺に出来ることがあるならなんだってやりたいし、やってやる。

 

 ――――だって俺は、彼女のファンだから。




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